環境プロジェクト特別演習〔D〕

 

プロジェクトに集まった学生は6人

NPO法人CANPSとの連携からそれは始まった

ミッション

 

 

 

 

環境アメニティ専攻とCANPSとのコラボレーションのようす(抜粋)にリンクします。下の絵をクリックしてください。

アジアの子供たちを環境未来派にしなさい

 

2003年9月

2004年11月

 

画像をクリックしてください

リンク

NPO法人CANPSのWebマガジン

「僕らのアジア」の記事編集に参画しなさい



6人は、アジア大使館の取材調査から開始した

ASEAN諸国の大使館を手分けして取材

Webマガジンの記事にUPするという作業開始

もと日本経済新聞社の編集専門家の校閲を受けながら原稿書きにおわれた。

 
2003年12月

2005年2月

 

次のミッション

メンバーは各自アジアの国を決めて

その文化を紹介しなさい

 

現実は甘くない 雑誌原稿

チェックは厳しい、自信をなくす学生も現れた

 

CANPS事務局長

Webマガジン編集長

そして教員の前での 初めてのプレゼンテーション

それなりの度胸は、身についた。

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2004年5月

2004年7月

 

  
図.左はタイの教科書  右は韓国の小学校理科の教科書


プロジェクトメンバーは次に

CANPSのASEAN各国に駐在する人たちの協力を得て、韓国、香港、タイ、マレーシア、シンガポールそしてオーストラリアの教科書を入手した。

教科書との苦悩の日々が始まった。

タイ語…難解でレッスンも受けたが、途中放棄

英語 …これは、何とかなると自信が持てる

韓国語、中国語…留学生の協力を得る

※教科書はCANPSの母体 nna の海外駐在員とご家族の方々から取り寄せていただきました。ここにお礼申し上げます。

次のミッション

その1.アジアの花の取材をし、Webマガジンに連載記事をUPせよ

その2.アジアの教科書から「環境教育のあつかい」を各自で報告しなさい

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2004年6月

2004年7月

日本環境教育学会でポスター報告

2004年7月立教大学にて

 

 

本プロジェクトを外部にアピールしてみよう

アジア共通の環境教育を子供たちにすることは可能だろうか?

※ちょうど「持続可能な開発のための環境教育」が提示される

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2004年9月

2004年11月

 

小学校の教科書比較と学習指導要領の勉強会

ミッションは、地味なテーマに終始し、ディスカッションに時間を使い果たすばかりだった。とくにCANPSの交流事業が低調になったことと、愛知万博への参加が不調に終わったことが大きかった。

むなしく目標が見えにくいメンバーだった

プロジェクトの危機か

 
2004年12月

2005年3月

そこで ミッション は

ふたたび「エコプロダクツ2004」で

メンバーの取り組みを紹介した


コーディネーター役の担当教員ばかりが、先を急ぎ、学生たちは引き気味になる日々だった。

そしてメンバーの脱落。活動は小休止だ。

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2005年4月

2005年5月

 

提案:環境プロジェクトのスパイラルゴール

−大学の環境教育が構想する東アジア圏の環境教育−

図.現状の各国の環境への影響(2050年をゴールにした子供たちへのメッセージのために)。

ふたたび日本環境教育学会でポスター報告

2005年5月京都教育大学にて

UNESCOのよびかけのもと各国がDESDを2005年からスタートしたということもあり、

反響と手ごたえを感じるメンバーだった。

DESD: Decay of Education for sustainability development

「アジア共通で通用する、しかも未来を見据えた子供たちへのテキストをつくろうじゃないか」

コーディネーター役の担当教員は言った。

(プロジェクトが停滞してしまったなら、いっそのこと一気にレベル・アップだ!一般に通用する成果物を作成しようじゃないか。)

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2005年7月

2005年10月


各国の英語の資料や文献を読む日々、メンバーの何人が、最後まで、ついてこられるのだろうか。

(担当教員の不安の日々は続く)

次のミッション

夏休み明けに各自がアジアのひとつの国を対象に

「川をモチーフにしたテキストを作って提出せよ」

To be continue

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