~仏の心を身につけた子どもに~
武蔵野大学附属幼稚園
どんぐり通信 園だより

平成21(2009)年度

平成21年4月号

新学期に寄せてご挨拶

園長 山田 英昭

 幼稚園の園庭門横の掲示板に、退職者の先生方の名前が挙がっております。その中に西本園長先生の名前が挙がっていることに、びっくりされた方も多いかと思います。
西本先生は、4年間に亘って幼稚園の教育、特に、皆様のお子さまが『ほとけの心を身につけた子どもに』育つよう、力を尽くしてこられました。しかし、このたび大学のたっての願いで、4月から大学の人間関係学部の学部長先生として就任されることになりました。幼稚園にとっては、幾重に感謝しても仕切れない程のご恩を頂ました。本当に有難うございました。

 さて、このたび西本先生の後任として園長に就任しました私は、山田英昭と申します。自己紹介として私事をいささか述べさせていただきます。私は、東京四ツ谷の西本願寺の寺に生まれ育ち、武蔵野女子学院に就職して以来、35年の間に、子ども4人を巣立たせました。しかし残念なことに、10年前に家内をお浄土に先立たせ、現在は娘夫婦と孫二人に末娘と5人、一緒に暮らすジイジであります。どうぞよろしくお願いします。お読みになられた方もいらっしゃるかと思いますが、今年の2月28日の読売新聞に、『ほめられる子思いやり育つ』の記事が掲載されておりました。内容は、「乳幼児期に親からよくほめられる子供は、他人を思いやる気持ちなどの社会適応力が高くなることが、長期追跡調査で初めて科学的に証明された。」というものです。

 『ほとけの心』とは、昔から『他を思いやる心』といわれております。「ほとけの心〈思いやりの心〉は、正にお父さんお母さんが愛情をもってお子さまをほめるところに芽生える」ことが、科学的に証明された訳です。しかしながら、子育て中は親も無我夢中のときで余裕がなく、子どもをほめることがなかなか出来ないものです〈私もその一人でした〉が、愛する子どものために、ほめてほめて育てていただければと思います。それが、ジイジ園長の歓びであります。

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平成21年5月号

ほとけの心を身につけた子どもに育つ

園長 山田 英昭

 早いもので、園長就任より一ヶ月となりました。
 皆様の貴重なご意見を拝聴するために、再度、先月いただいたアンケートを読み返してみました。その中に、本園が教育目標に掲げる、『ほとけの心を身につけた子どもに』について、お書きいただいた文章がかなり見受けられ、その内容に私自身が感銘を受けましたので、その内の一部をご紹介します。
先ず、お子様が仏さまの心を身につけた内容です。

 「行事についても何よりも子どもの思いを考え、結果より過程を大切にしていること、自然を身近に感じ、生き物を大切にする心を育てることは、子どもの心の成長を促すものだと思います。 〈中略〉 仏の心をもつ子どもを育てるという保育目標に 正直、具体的にどのようなことなのだろうかと思っていたのですが、例えば、運動会、年長組のリレーで、子どもたちが足の遅い子も速い子も お互い助け合い、励まし合っている様子を見て、これこそが仏の心ではないかと感じました。
 遅いからといって馬鹿にしたり、仲間はずれにしたりせず、その子の力を認め、いかにその子をカバーし、チームワークが作れるかを 子どもたち自らが考える姿に感動しました。なんて澄んだ心を持った子どもたちなのだろうと思い、そうした仏の心を日々の保育の中で教え導いてくださっていることに感動しました。」また、仏さまの心は、自分一人の成長にとどまらず、他の人にも変革をうながすはたらきをします。そのことが述べられている文章もご紹介します。

  「私も毎日弁当をつくれるか、延長保育がなくても大丈夫かと不安でいっぱいだったが、特に苦だったことはなく、逆に、毎日ポッケいっぱいにミントの葉をつんできてくれたり、園服に焼き芋のにおいをたくさんしみこませて帰宅してくる ピカピカの笑顔に幾度もこの園にしてよかったと感じた。」
即ち、お子様をとおして、親御さん自身が成長するのです。

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平成21年6月号

幼稚園同窓会での出会い

園長 山田 英昭

 5月9日(土)の同窓会でこんなことがありました。6年生になった女の子が職員室に入ってきて、
「先生、今もフェレット(イタチ科の哺乳小動物)いますか」 と聞いてきました。私の横にいた井上先生が、「今年の2月に亡くなったの。ちょうどお誕生会の日でね、みんなで『バックス(フェレット)』のお別れ会をしてから、お誕生会したのよ。お墓もあるから、同窓会の後でお参りしてね。」 というと「分かりました。後でお参りしてきます。」 といって、職員室を出ていきました。

 この後、井上先生から、あの子は幼稚園にいたときは、虫が大好きで、回りの子とはちょっとうちとけない子でしたが、それはとてもフェレットを可愛がっていて、いつも餌をやりに来ていたんですよ。と聞かされました。とってもしっかりした今の様子からは、6年前の一人になりがちな女の子の姿はちょっと想像出来ませんでした。でも、同窓会に来るたびに、いつもいつも『バックス』に会いにきてくれていた姿は、容易に想像できました。同時に、そんなこの子の心には、亡くなった『バックス』が今も生きつづけているのだ。という思いがして、とても暖かい気持ちが湧いてきました。

  ここにも「ほとけさまの心を身につけた子ども」が育っているとの思いで、喜びの半日を過ごさせていただきました。

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平成21年7月号

雪頂忌とお盆によせて

園長 山田 英昭

 6月28日は、武蔵野女子学院を創設した学祖高楠順次郎博士の祥月(しょうつき)命日(めいにち)で、この日を雪頂忌と呼んでいます。

  昭和20年の終戦まで後2ヶ月というときに、80歳でお浄土に還(かえ)られました。そのお姿は雪頂講堂の1階ロビーの正面に胸像が安置されていますので、ご存知の方も多いかと思います。先生は泰山木の花(幼稚園職員室前にも大きな白い花を咲かせております)が大好きであったということで、毎年本願寺の和田堀廟所の墓前にささげ、先生の孫や曾孫の年齢にあたる学院関係者が、先生のご遺志を今後も受け継いでいくことを、心も新たにして誓っております。さて、私の父も母も数十年前にお浄土に還り、家内とも十年前に今生(こんじょう)の別れをしましたが、今でも夢の中で会えたとき、あたたかい気持ちが満ち満ちて、目がさめた後もしばらくは心がほかほかとあったかい、とってもうれしい気持ちになります。『また会えてよかったネ』と。

  今年の3月末に学生時代の仲間の一人が癌で亡くなりました。私の実家の寺にもよく顔を出していたので、実家の義姉がその訃報を知って電話をくれました。「○○ちゃんもお浄土に還って、あちらの方がにぎやかになるわネ」「そうだね。知っている人がお浄土の方にどんどん増えるネ」「えい子さん(私の家内)と今頃、『マア、お久しぶりネ』と言っているわネ」 歳のせいか、私もいずれ必ず死ぬ身であることを実感できるようになりました。

  『死への恐れはたった一人で未知の世界に向かうこと』といわれておりますが、先にお浄土に還っていった親しい人たちと、『また会えてよかったネ』と言葉を交わすことのできる世界を共有できることが、心強く、頼もしく、うれしく思えるこの頃です。

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平成21年9月号

「いのち」のかがやき

園長 山田 英昭

 8月25日から夏期保育が始まりました。新型インフルエンザの大流行により学級閉鎖の学校も多くある中、園児の皆さんが元気で登園して来られるのか心配をしていましたが、それも杞憂に終わったようです。
1ヶ月前と違って、真っ黒に日焼けした子どもたちがプールではしゃいでいます。水をかけあったり、バタ足で大きなシブキをたてている子もいます。手押しポンプの井戸やジャブジャブ池の付いた新しい砂場に初めは戸惑っていた子どもたちも、昼近くにはキャアキャア声をあげて遊んでいます。
 そんな子どもたちを見ていると、「いのちがはじけているナァ」「いのちが輝いているナァ」とつくづく思います。今年100歳になったまど・みちおさん〈「ぞうさん」の作詞家〉の詩を思い出しました。

 「アリ」 まど・みちお詩集「動物のうた」

アリは
あんまり 小さいので
からだは ないように見える
いのちだけが はだかで
きらきらと
はたらいているように見える
ほんの そっとでも
さわったら
火花が とびちりそうに…

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平成21年10月号

「いのち」の変化

園長 山田 英昭

 今の時期子どもたちは、大学図書館裏のぶどうを採って食べたり、オンブバッタを一緒に跳ねながら捕まえたり、トンボを追いかけたりと、秋をいのち一杯楽しんでいます。
 しかし、楽しいことばかりではなく、9月10日(木)には子どもたちが可愛がって育てていたミシシッピアカミミガメ〈幼体はミドリガメともいう〉の「カメタ」が死にました。11日(金)、ホールでの最後のお別れには、カメタをなでてお別れする子や手を合わせて「ナムアミダブツ」と称える子もいました。
19日(土)に行われた彼岸会〈教職員、学生・生徒・園児、同窓生及びその親族で、この1年の間に亡くなられた方を追悼する会〉には、ホールでのお別れの様子を思い浮かべて、子どもたちに成り代わりカメタの身内としてお参りをしてきました。

  秋は、お米やぶどう・柿・みかんといった果物がたくさん実る豊穣の季節であるばかりでなく、北の大地ではサケが産卵のために川に溯上して種を残すと死んで岸に打ち上げられるといった、生と死とが織り交ざっている季節でもあります。
 朝に子どもたちの輝くいのちを感じて、夕方に真っ赤に映えた西の空に沈む太陽を見ていると、大自然の中で『いのち』が変化しているに過ぎないことを実感させられ、まさに生と死が別物ではないことが分かります。

  アメリカのレオ・バスカーリアが書いた絵本「葉っぱのフレディ」の一節にも「いのち」の変化について書かれた箇所がありますので、ご紹介します。

 『世界は変化しつづけているんだ。変化しないものは ひとつもないんだよ。春が来て夏になり秋になる。葉っぱは緑から紅葉して散る。変化するって自然なことなんだ。〈中略〉死ぬというのも 変わることの一つなのだよ。』

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平成21年11月号

「根っこ」を育てる

園長 山田 英昭

 先生方が一日を終えてその日の保育内容を記載する保育日誌に、小金井公園に遠足に行ったときのエピソードがありました。
「お散歩ポシェットにどんぐりを詰め込む。中には根が出ているどんぐりもあった。『なにこれー』、『すごーい!』と、根の長いものを探す子もいた。」
といった内容です。どんぐりが根を出し、芽生えようとしていたようです。

 幼児期は人間として生きていく上での「根っこ」を作る時期といわれておりますが、根の役割には、

  1. 基礎、土台となって、土の上の茎や幹を支える
  2. えだ葉を育て、実をつけるために、土から栄養分を吸収する

の二つがあります。
 また、根を張るにも横に広く張る草木もあれば、縦に深く根を伸ばすものもあります。いずれにしても目に見えない土の中で、「根っこ」は植物を育てるはたらき、風雨に倒されないはたらきを一生懸命にして、土の表面に出ている部分を支えています。

  根っこと同様に、目に見えない海の中で意外と知らないはたらきをしているものに、ヨットのキールとウエイトというものがあります。船底の下に縦に伸びた板がキールで、その下に取り付けた重しをウエイトといいます。ヨットが風で横に倒れるのを防ぐと同時に、横に倒れて水に浸かっても直ぐに元に戻す「復元力」のはたらきをしています。

 「根っこ」も「キール・ウエイト」も、普段は目に見えないものですが、植物やヨットの一番大事なはたらきをしています。幼稚園の保育も目には見えないものですが、人としての「根っこ」を育てると共に、思春期やその後に人生の寄り道や迷い道を色々したとしても、人間として正しい生き方に戻れるような「復元力」をまさに育てているのです。そんなことを、どんぐりの根っこを見つけて喜んでいる子どもの姿を思い浮かべて、思ったことでした。

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平成21年12月号

ほとけの子ら

園長 山田 英昭

 先生方の保育日誌を読んでいますと、子どもたちが本当に豊かな感性を持って『ほとけの子』に育っていることに驚かされます。その一部をご紹介します。

 金木犀の花を求めて、年中さんが学院内をお散歩したときのことです。
皆で橙色の小さな花を拾っていると、風が吹いていい匂いをさせながら花がたくさん落ちてきました。○○が、
「おばあちゃんが天国から降らせてくれているんだ!」 とつぶやきました。

 翌日も○○が転んでヒザの土を払い、傷を確かめたとき、ヒザから血が出ていないのを見て、「お空のおばあちゃんが守ってくれたんだね。」といいました。それを聞いて先生がとても感動したとのことです。

<豊かな自然や日常の中に、亡くなったおばあちゃんのはたらきを感じているのですね。>

  年少さんの先生が、お休みした三人の子どもたちのためにどんぐりを集めていると、先生の周りにいた子どもたちが、
「僕のあげる。」
「私のあげる。」 と分けてくれたそうです。

  先生は、入園時には幼かった年少さんに友達のことを思いやれる心が育ってきたことを、本当にうれしく思ったそうです。

 9月に亡くなったカメの『カメタ』を覚えていますでしょうか。カメが一匹もいなくなったのを知って、大学の学生が、『カメタ』の跡継ぎを年中さんのクラスに持ってきてくれたのです。カメは『まぐろ』と名が付きました。
△△が、
「ねー、先生。『まぐろ』が死んじゃったら、『カメタ』のお友だちになれるよねー。」 といったそうです。

<いのち賜りしものが、再び一緒に遇える世界を子どもながらに持っているのですね。>

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平成21年1月号

温かな心

園長 山田 英昭

 昨年12月18日の日経新聞に、こんなコラムが載っていました。
「来日した仏教指導者に、『倫理とは何でしょう?』とお伺いしたときに、しばらく考えて、一言、『温かな心』といわれた。私はいたく感動した。」

 人が人として生きていくときに一番大事にすべきことは、「温かな心」だといわれたのです。まさに、私たち幼稚園に携わる者の思いと一緒です。
 本園でも様々な機会を捉えて、温かく優しい心を持った子どもに育てるために色々な工夫をしております。その一端をご紹介します。

 運動会が終わったある日のことです。年中さんのクラスに、運動会に参加できなかった3人の子どもがいました。先生が、
「本当は、休んだ3人もみんなと同じように、お父さん、お母さんにほめて欲しかったと思うよ」 というと
「じゃあ 運動会をしてあげようよ!」
と周りの子どもたちから優しい応援がありました。後日3人のお母様を呼んで、そのクラスだけの運動会をホールで行いました。3人の子どもと、そのお母様がどれだけ喜んだことか。クラス中が心の温まる優しさにあふれた感動の一日でした。

 12月の発表会当日、具合が悪くて満足に舞台に立っていられない子が年長さんにいました。その子のお母様は自分の子が気になって気になって、ハラハラドキドキ。みんなの素敵な歌が満足に聞けなかったそうです。

 先生はそのお母様に声を掛けて幼稚園にきてもらいました。そして、みんなで歌を2曲プレゼントしたのです。みんなの歌を聞いてお母様が流した涙の嬉しさが、みんなにも伝わりました。その日の子どもだけでなく、そのことを知った私も目頭が熱くなりました。

  これからも「温かな心」を持った「ほとけの子」を育てていくことを、新年の願いとしたことです。

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平成21年2月号

涅槃会(ねはんえ)

園長 山田 英昭

 2月15日は、お悟りを開いたお釈迦様が2千数百年前に亡くなられて身も心も仏様になられた日です。その日を涅槃会と名づけて、お釈迦様のお徳を偲び、感謝する集いをします。
 お釈迦様は亡くなられる間際に、「自灯明、法灯明(自らをともし火とし、教えをともし火とする)」の説法を周りの方々にされました。
自灯明」とは、他と比べない生き方といえるでしょう。

  あるお母様が、「自分の子が周りの子より遅れているのではないか。色々なことをみんなと一緒に出来ないのではないか。」と、心配の余り幼稚園に来られたことがありました。しかし、教室の子ども達の様子を見るうちに、自分の子だけが周りの子と違っているのではなく、ほかの子も皆それぞれ違っていることに目が行ったのでしょう。
「先生、個性的な子が沢山なんですね。……フフフ」
といって、帰っていきました。自分の子を周りの子と比べているときは心配でしょうがなかったお母様が、比べる必要がないことに気がついた瞬間です。

  「他と比べない」ことで、心配・不安な心が安心へと転換したのです。
 「法灯明」とは、智慧(損得で考えるのではなく、真偽<まことかいつわりか>で見ていく)、慈悲(温かな心で人に接していく)を大事にする生き方といえます。

  昨年12月に、年長さんが劇の紙芝居作りをしていました。三人のうち二人は筆だけ洗ってそのまま行ってしまいました。先生が呼び止めて注意しようとすると、
「いいよ、私がやっておくよ!」と、残ったもう一人の子がいいました。
 片づけを中途にしていなくなった二人の子は「得」をして、後片付けを一人でした子は「損」をしたのでしょうか。違いますよね。

  後片付けを一人でもする、「損得を考えない、優しさと温かな心」を持っている子がいたことに、園長として喜びを禁じえませんでした。
  
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平成21年3月号

みんな仲良くします(誓いのことば)

園長 山田 英昭

 3学期にもなりますと、これまで自分のことで精一杯だった子どもたちが、泣いたり、困ったりしている子に声を掛ける姿が見られるようになります。

 年少さんが松芝園グランドで散歩していたときのことです。○○が転んで大泣きをしました。すると二人の子がやってきて、手をギュッと握り、「大丈夫だよ」と声を掛けていました。二人の優しさに、担任の先生の心が温かくなったそうです。

  観劇会(泣いた赤鬼)を年上のペアさんと一緒に鑑賞していたときに、鬼の姿が怖くて△△が泣いてしまいました。すかさずペアのお姉さんが△△の頭をなでてあげました。△△が直ぐに泣き止んだのは言うまでもありません。ペアさんに対する憧れと信頼は、先生以上に影響を与えているのかもしれません。

  年中さんが発表会の準備で虹色の看板を作っていました。一人に一色ずつ七色の絵の具を選ばせ、塗る場所もそれぞれに決めて取り掛かりました。 □□には好きな色があって、迷うことなくその色をゲットしました。しかし、その色を塗る場所は看板の中央部で、周りの色をよけて塗るには大人でもなかなか難しい場所でした。

 □□の持った筆にはたっぷりの絵の具が含まれています。中央部に行くまでにその絵の具を、違う色の所にたらたらと垂らしてしまいました。すると何人かの子が「あ゛―!」と一斉に声をあげました。それまで得意満面の□□の顔がさっと変わって、シュンとしてしまいました。

 ところが驚いたことに、声をあげた子の一人が、「□□ちゃん、わざとやったわけじゃないから大丈夫」とかばったのです。大人でもなかなか出来ないフォローですね。

 子どもたちに教えられる毎日です。


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