平成23年4月号
人間成就(人が人となる)
-関東大震災の翌年、本学院は仏教主義に基づいた人間成就を目的に創立された-
園長 山田 英昭
3月11日の東日本大震災のあと、高校生を主人公としたACジャパンの広告の中で、
「こころ」はだれにも見えないけれど
「こころづかい」は見える
「思い」は見えないけれど
「思いやり」はだれにでも見える
というナレーション〈宮澤章二「行為の意味」より〉をテレビでよく見聞きしますが、幼稚園でも子どもたちが相手を思いやる姿に、先生方も驚かされることが多々あります。
年少のAくんが、自分の机にクレヨンの痕があるのを見つけると、
「これはぜったいBちゃんがつけたんだ!」と、怒っているところに、そこに来たCくんが、
「ちがうよ! Bちゃんはやっていないよ!」と、かばっていました。
Bちゃんを必死にかばうCくんの姿に、先生はすごく成長を感じ、とてもうれしく思ったそうです。
年中のクラスに、お友だちが話しかけても誘っても、ちっとも返事をしない、ちょっとクラスの中で浮いたDくんがいます。その子が風邪で休んだとき、
「Dくんは年少組にいけばいい!」と、ある男の子がいいました。
それを聞いた数人の子がそれぞれ、
「えー それはやだー」 「かわいそうだよ」 「せっかく同じ組になったのに…」と、いったのです。
先生は自分がいわなくても、子どもたちから相手を思いやる言葉が出たことに、うれしくて涙がでたそうです。
行為の意味 宮澤章二
―― あなたの「こころ」はどんな形ですか
と ひとに聞かれても答えようがない
自分にも他人にも「こころ」は見えない
けれど ほんとうに見えないのであろうか
確かに「こころ」はだれにも見えない
けれど「こころづかい」は見えるのだ
それは 人に対する積極的な行為だから
同じように胸の中の「思い」は見えない
けれど「思いやり」はだれにでも見える
それも人に対する積極的な行為だから
あたたかい心が あたたかい行為になり
やさしい思いが やさしい行為になるとき
「心」も「思い」も 初めて美しく生きる
―― それは 人が人として生きることだ
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平成23年5月号
ほとけ様の子どもたち
園長 山田 英昭
やっと春らしい季節になった中で、豊かな感情と思いやる心(ほとけ様のこころ)を持った子どもたちの姿が、見られました。
年少さんがこいのぼりを作成しました。そのこいのぼりを持って外で遊んでいるときに、先生が、
「こいのぼりは風が好きなんだよ」というと、
「本当に?! おいしいの? ○○も食べたい!」といったので、
先生と二人で大きな口をあけて風を食べてみました。
そのとき、○○君は、
「あまくておいしい」といったのです。
<風に甘さを感じるなんて、ステキですね>
年長さんが4月に亡くなったウサギの「ゆきちゃん」のお墓にお参りしたときのことです。
ゆきちゃんの墓前に花をあげるために、どんぐり山に咲く草花を摘みました。
子どもたちは、先生と一緒に、
「お花さんごめんね」とささやいていました。
<お花にもいのちを感じているのです>
年長さん4人が、まるでほとけ様のように玄関前の階段の上であぐらを組んでいました。
その子たちが、
「ホールのほとけさまは立っているよ」
「でも、座っているときだってあったよなぁ」
「どっちが本当なんだろう?」と話していたので、先生が、
「座っているのは、悟りを開くときの姿だよ」と話すと、
「じゃあ、俺たちはまだ座るのだ」と座禅を続けました。
<そのほとけ様ごっこの姿は座禅草と同じでした>
翌日、「修行は終わった」と先生にいいにきたところで、「ごっこ」は終わったのです。
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平成23年6月号
てんとう虫はてんとう虫
園長 山田 英昭
このところの幼稚園の流行りはてんとう虫探しです。
そんなてんとう虫に、益虫と害虫の2種類があるようです。
幼稚園でよく見かけるナナホシテントウ(背中に7つの紋)やナミテントウ(背中に2つか4つの紋)は、農作物の害となるアブラムシ(アリマキ)を食べてくれるから益虫で、背中の紋が一杯あるニジュウヤホシテントウは、じゃが芋や茄子の葉を食べるので害虫だそうです。その食性を利用して生物農薬としてアジアから欧米に持ち込まれたナナホシテントウやナミテントウが、今では在来のてんとう虫を滅ぼす外来種として害虫扱いを受けているのです。
<人間の都合で益虫になったり、害虫になったり、てんとう虫にはいい迷惑ですね>
それに比べて、幼稚園ではどんなてんとう虫も大人気です。まさに流行っています。幼虫を探して教室で飼い、成虫になるのを楽しみにする年長さんや、てんとう虫をこわごわ触る年少さんまで、皆が夢中です。
5月の連休明けに、飼っていたてんとう虫の幼虫が成虫になったのを、年長さんの○○くんと☆☆ちゃんが、喜び勇んで、担任の先生や副担任の先生に見せに来ました。いざ見せようとしたとき、ケースの中の幼虫が何匹か死んでいるのを発見しました。笑顔が凍りついて、
「死んじゃっている…」
「えさのアブラムシが足りなかったのかな…」
「暑かったのかな…」と話をしていくうちに、○○くんが、
「生きている子たちを放してあげよう!」というと、☆☆ちゃんもすかさず、
「死んじゃった子は、『ごめんなさい』して、お墓を作ろう!」といい、二人で動物のお墓に埋めに行きました。
○○くんが、お花を摘むとき小さな声で、
「お花さん、ごめんね。てんとう虫ちゃんたちにあげたいから、ちょうだいね」といっていました。
<てんとう虫や草花に自分と同じいのちを感じている子どもたちは、別け隔てのないほとけ様のこころを宿しています。それに引き替え自分は……>
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平成23年7月号
夏のめぐみ
園長 山田 英昭
6月半ばは、年長の子どもたちが植えた夏野菜が実る時期です。
ある日、年長さんがキュウリの初物を、
「やったー」「やったね!」と、喜びの声をあげて採ってきました。
早速、ホールの仏さまにお供えしました。子どもたちは、手を合わせて何かつぶやいています。
「お日様の光をくれたり、雨の水をくれてありがとう!」
と仏さまにお礼の報告をしていたのです。そして、そっと目を開けて、
「仏さまってどうやって食べるの?」と先生に聞きました。
「仏さまは食べ物の香りをいただくのよ!」とこたえると
「え?! じゃあ もうかいだかな?!」といったのです。
その後、キュウリを子どもたちは塩もみにして食べたのですが、
「おいしいー」と大評判でした。中には、
「ぼくは野菜嫌いだけど、幼稚園のなら食べられるのだ!」という子もいました。
<幼稚園には子どもを変える不思議なパワーが存在するのです>
その一週間後、
「畑のきゅうりが3本もおおきかったよ!」「トマトも赤いよ!」と子どもたちから報告があり、たまわり物の野菜をどうするかの相談が、年長クラスの当番さん6人で行なわれました。
「年長の3クラスで分けよう。」
「年長さん以外でもお世話してくれたクラスがあるよね」と、先生がいうと
「年中さんは取らずにがまんしてくれた」「先生にもあげよう」「もうたくさん食べたしね」ということで、キュウリ3本は年中さんにプレゼントされました。
ミニトマト8個については、「これからもどんどんできるよ」ということで、6人のお当番さんと、その日が実習最後の教育実習生の2人で食べることになりました。
「甘くておいしい」とみんなの前で食べた8人を、
「いいなぁ」「あー よだれがでちゃう」といいながらも、子どもたちは、とても良い顔でうれしげに見ていました。
<共によろこぶことができるのって、ステキですね>
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平成23年9月号
身勝手な大人(おとな)
園長 山田 英昭
年長さんにもなると、「ごっこ遊び」をしているうちに、パンチをしたり、蹴ったりのケンカとなります。その原因を聞いていくと、自分のしたいことをお友だちが聞いてくれなかったから、というものです。
でも、素直に「パンチしてごめんね」と、謝れるのも子供たちのよさです。
それに比べて、大人になると子どもほどストレートに自分のわがままを出しませんが、自分の都合を優先することで、案外相手に酷いことをしてしまいます。
教育者で、ラジオの子ども電話相談室の回答者で有名でありました無着成恭さんが、奈良県の寺で講演した折、そこに参加された方から聞いた話です。
「村に寝たきりのおばあちゃんがいます。そのおばあちゃんは、小学校5年生になる孫娘が、学校の行き帰りに見た村の様子を話してきかせてくれるのを、毎日、楽しみにしていたそうです。
ある日、孫娘が学校から帰ってまっすぐおばあちゃんの寝ているところにいって見ると、おばあちゃんがいない。不思議に思ってお母さんに聞いてみたら、
『おばあちゃんはね、下のものも始末できなくなったから、お父さんと相談して裏の藁小屋に寝てもらっているんよ』 といいました。
孫娘は小屋に飛んでいっておばあちゃんの顔を見ながら、何もいわずポロポロ涙を流しました。
そして夕食の時、その孫娘はお父さんとお母さんの顔を見ながら、
『お母さんがおばあちゃんになって動けなくなったら、私もお母さんを藁小屋に寝かせてあげるね』 といったのです。」
娘に、「私もお母さんを藁小屋に寝かせてあげるね」と、いわれたお父さんとお母さんはどう思ったでしょうね。親にしたことの酷さに気がついて、おばあちゃんに謝ることができたでしょうか?
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平成23年10月号
一人ひとりの違った輝き
園長 山田 英昭
4月の入園時にはお母さんから離れられず、園庭門では泣き声が絶えなかった子どもたちも、半年近く経つとずいぶんと成長を見せてくれます。
台風襲来の翌日のことです。
園庭は小枝や葉っぱが散乱していて、先生方は朝から後片付けをしていました。
年少の子どもたちにも葉っぱ拾いの手伝いをたのむと、ふだんは部屋にこもりっきりの、AくんやBくんも園庭にでてきて、「分った!」「どこに行けばいい?」と、やる気になって遊ぶのを忘れたように、てきぱきと手伝ってくれました。
別の組では、園庭の遊具がぬれているので、雑巾で拭くのを子どもたちにお願いしました。CちゃんDくんEちゃんFちゃんの4人の子が「やる!」といって、滑り台やジャングルジムを拭き始めました。
Cちゃんは、「きれいにしているの」と、うれしそうでした。
DくんとEちゃんは一緒にジャングルジムの上まで登って、「今ふいてまーす」と教えてくれました。
Gくんは始めはやらないといっていましたが、ほかの子が「やる!」といったのを聞いて、しぶしぶながらも参加してくれました。やり始めると、滑り台の階段の手すりを楽しそうに拭いていました。
幼児期は子どもの成長にバラツキがあります。特に年少では、今でも園庭門でお母さんから離れられずに泣く子や、先生の話を聞かずに自分のしたいことにしか関心を示さないで、あっちにフラフラ、こっちにフラフラする、目を離せない子もいます。そんな子のひとりHくんのエピソードです。
遠足が雨で順延となったので園バスでドライブしました。バスの中で、「お腹がすいた」と大声で泣きつづけるIちゃんに、みんながビックリしていると、Iちゃんの前に座っていたHくんが、くるっと後ろに振り向いてIちゃんの頭をなでたのです。それを見た先生は友達に親愛の姿を見せるHくんの成長にうれしくなったのです。
<一人ひとりの違いをそのままに受け止めていければと思っています。>
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平成23年11月号
子どもたちの心の成長
園長 山田 英昭
子どもたちが待ちに待った大学の摩耶祭に、年長、年中、年少3人組の縦割りペアさんが、少しドキドキした顔で出かけていきました。
年長さんには、ペアの年中さんや年少さんが勝手に離れないように、いつも人数を確認する、ワタ飴をペアさんに分けるなど、いくつかのお約束ごとをしています。
年少さんを間に挟んで3人が手をつなぎ、50円をしっかり握ってきた年長さんが代表でワタ飴を買い、年長さんがそれぞれのやり方でペアさんに分けます。
一袋を少しずつ分けて食べるペアさんもあれば、一気に全部を分けて食べるペアさんもいます。
後で年長さんの子どもたちに先生が聞くと、
「自分の分よりもペアさんにたくさんあげたよ!」
という子がほとんどでした。先生は、
「きっと自分が年中年少の時に、ペアのお兄さんお姉さんがそうやって分けてくれていたからかな?!」
と思ったそうです。
<年下の子を思いやる心が、代々伝わっています>
ワタ飴を買うより先に、人形劇を見に行く縦割りペアさんもいます。そのペアさんの年少さんが突然、劇を怖がって泣き出しました。
隣に座っていたペアの年長さんと年中さんの二人が、「大丈夫だよ」と優しく声を掛けて、肩や背中をポンポンと叩いて慰めていました。
<先生は少し離れた所からその様子を見て、心が温かくなったそうです>
子どもたちの思いやりの姿は、ふとした瞬間に垣間見られます。
お朝拝の時、年少のAちゃんが床に座り込んでしまいました。横にいた年中のBくんCくんが優しく声をかけたり、身体を支えて起こそうとしたりしています。Aちゃんも立ち上がるのですが、また座り込んでしまい、それが何度か繰り返されました。
<諦めずに何度も手を差し伸べる二人の姿に、仏さまの姿が重なって見えました>
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平成23年12月号
クロくんの功徳
園長 山田 英昭
11月8日、にわとりのクロくんが天寿をまっとうしました。人間であれば100歳位でした。成鳥で幼稚園に来てから9年間、子どもたちの友となり、子どもたちの絵のモデルとしても活躍してくれました。
翌朝、先生方がそれぞれ、子どもたちにクロくんが亡くなったことを伝え、ホールでお別れをしました。
「えー 死んじゃったのー」と、少し面白がっていた年少の子どもたちも、ホールの仏さまの前で横たわっているクロくんを目の前にした時は、真剣な顔で手を合わせていました。手を合わせて、「さようなら」とクロくんに話しかける子もいました。
年少の一人の子が、おじいちゃんの家で飼っていた死んだ犬の話しをすると、次々に、自分が大切にしていたモルモットやカブト虫やダンゴ虫など、死んだ小動物や昆虫の思い出を話し始めたのです。先生も思わずいいました。
「みんながそうやって思い出すと、亡くなった動物さんも喜んでいるよ!」
年長さんはにわとりさんの世話係をしていたこともあって、朝からクロくんにお花をあげに行く子が絶えませんでした。クロくんが好きだった草をこまかく切ってご飯を作り、ゼリーカップに水も入れて、お供えをした子もいました。
また、最近のクロくんが元気のなかったことを気にかけていて、
「よく、庭に横になっていたよね…」
「頭の上(とさか)がきれいな赤じゃなくて黒かったもんね」
「頑張って生きたね…」
と、クロくんの姿を偲んでいました。
ホールでは子ども一人ひとりがクロくんを撫でて、最後のお別れをしました。
「こんなにきれいな花に囲まれてみんなに撫でてもらい、クロくんきっと仏さまのところで喜んでいるね」と先生がいうと、○○くんは、
「仏さまのところで、『くすぐったい』っていってるかもね」と応えていました。
翌10日、年長の△△くんが、「昨日夢を見たよ。シロくん(昨年亡くなったにわとり)とクロくんが出てくる夢」というと、□□くんも「□□も見た。□□のはね、死んだこたち(幼稚園で亡くなった小動物)が天国で寝てるの。でね、クロくんもいて仏さまが、『頑張ったね』って頭をなでてるの」と話してくれました。
<子どもの心に仏心を植えて、クロくんは仏さまの所に還りました>
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平成24年1月号
名前のはたらき
園長 山田 英昭
昨年12月17日の発表会のエンディング。年長さん64人全員が壇上に立ち、最初に先生が、「○○くん」と園児の名前を呼ぶと、「ハイ」と答えた子が、今度は別の子の名前を呼びます。それが順番に、最後の1人の子まで、途切れることなく続きます。大きい声で名前を呼ぶ子もいれば、中には名前を呼ばれても返事に間が空き、次の子の名前を消え入りそうな声で呼ぶ子もいます。
観客席は、自分の子がちゃんと返事が出来るのか、間違えずにお友達の名前が言えるのか、ハラハラして見守る親御さんで一杯です。
そして、最後の64人目の子が返事をし、先生の名を呼んで終わりました。
子どもたちが仲間を信じて、とぎれることなく名前のたすきを繋げる姿に、会場が胸の熱くなる不思議な感動で満たされました。
幼稚園のお帰りの時間には、園庭門で「□□ちゃん」と呼ぶ母親を見つけて、「お母さん」とうれしそうに駆け寄る子の姿が毎日見られます。また、母親の姿を見つけられず、不安になって精一杯の声で「お母さん」「お母さん」と呼ぶ子もいます。
「お母さん」と呼ぶとき、その子の心は、きっと母親の姿で一杯になっているのです。
どうやら、子どもの安らぎと喜びは、母親の名を呼ぶことから始まっているようです。
幼稚園のお朝拝や諸行事の礼拝のとき、本園では仏さまの名前を呼びます。
母親への感謝の思いを、「お母さん」といって示すように、園長が、「ナモアミダブツ」と、阿弥陀様に安らかな日々を送っていることのお礼をいうと、子どもたちが一斉に声をそろえて、「ナモアミダブツ」と唱和します。それを三度繰り返します。
大勢の子どもたちの「ナモアミダブツ」の声を聞くと、なぜか心が温かくなることがあります。
それは、サッカーでシュートが入ると、観客がその選手をたたえて名を連呼するように、子どもたちの唱和する「ナモアミダブツ」が、阿弥陀様をたたえているように聞こえて、多くの小さな仏さまに囲まれている温(ぬく)もりを感じるからのようです。
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平成24年2月号
子どもたちは進化の申し子?
園長 山田 英昭
今、幼稚園では、3学期の初めに子どもたちにプレゼントしたコマを回すのが大流行です。
年少さんの女の子が、「一緒に回そう!(コマの)お相撲しよう!」と、コマ回し大会を開いていました。
「はっけよーい のこった」の掛け声で始まりました。
勝ち名乗りは、「○○ちゃんの勝ち、早く回せたからね 優勝」
「今度は△△ちゃんの勝ち、何回もぶつかったからね」
「今のは□□ちゃんの勝ち、回し方がおもしろかったから」
と、それぞれの理由をつけて勝ち名乗りを上げ、参加者全員が優勝できるようにしていました。
大人は、『みんなと仲良くする』ことの大切さを知っていても、なかなか具体的な行動が出来ませんが、おともだち一人ひとりの違いを認めて、それぞれを優勝とする子どもたちの知恵は、どこから出てきたのでしょう。
それは、子どもたちがお朝拝でする 『私たちはみんな仲良くします』の仏さまへのお誓いが、子どもたちの心に染み入っているからだと思います。
生物学の専門家が、多様性の大切さ〈一つ一つの違いを大事にすること〉について、次のようにいっています。
「生物の進化は質的に多様化していくことである。多様化した一つ一つのかけがえのない存在が、互いに関係を持ちあい複雑にからみあって生態系をつくり、その多様な生態系が相互に関係しあって地球の生物圏ができている。
地球の生物圏の一員である私たち人間は、生物の多様性を大事にしなければ生きることができない。」
コマ遊びの中で、一人ひとりをかけがえのない仲間として大事にできる子どもたちは、生物進化の申し子といえるのかもしれませんね。
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平成24年3月号
影現(ようげん)した仏さま
園長 山田 英昭
園児の1年間の成長の姿を示す作品展が2月19日に開かれましたが、お子様の成長ぶりに感激もひとしおのことではなかったでしょうか。
特に、年長さんの子ども一人ひとりの等身大の姿絵は、クラスの壁面に収まらずに中庭に面した壁一面にまで張られ、躍動感あふれたものから芸術性に富んだものまで、一人ひとりの個性あふれた、これが園児の描いたものかと驚かされるものばかりでした。
近隣から見学に来られた方々も説明役の先生に、「どうやって指導したのですか?」と、驚きの声をあげられていましたので、みなさんにもその描き方の秘密をお教えします。
先ず園児が大きな紙の上に自由な格好で横たわると、別のお友だちが鉛筆で身体の線にそって線を引き、今度は本人が鏡を見ながらクレヨンで顔の表情を写し取り、洋服のもようも描いて、それに絵の具で色を入れたのです。肌の色も一色ではなく黄・白・茶の三色の絵の具を混ぜたりと、とても丁寧に色をつけての姿絵づくりでした。
天気の悪い日は絵の具の乾きが悪く、「作製が間に合わない」と、先生方もやきもき。
中には、鏡に見とれてちっとも絵が進まない子が、「ボクは鼻が嫌なんだー」と、かんしゃくを起したり、筆から絵の具がボタボタとたれていてもボーとしながら塗る子もいたり。
それでも、子どもたちは、「自分の姿をズットとって置ける」との思いからか、とても一生懸命でした。
<いとし子の姿を写した姿絵は、光り輝くお子さんの面影(おもかげ)を偲ばせることのできる、
ご両親一生の宝物となることでしょう。>
「面影を偲ぶ」、「面影を見る」という言葉を、愛する者の姿を思い浮かべる時によく使いますが、この世に仏や神が現れることを、『影』という字を使って、「影向(ようごう)する」、「影現(ようげん)する」といいます。
<仏様のはたらきを感じたり、心にその姿を思い描く時には、仏様が見えずとも感じられるからです。>
毎月この場で、慈しみや思いやりあふれる子どもたちの姿を取り上げて紹介しているのは、子どもたちの尊い姿を知っていただきたいという思いと同時に、その姿にいつも仏様のはたらきを感じているからです。
<子どもたちを通して、影現した仏様といつも出会っていた訳です。>
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