学問の地平から
教員が語る、研究の最前線
第4回 臨床心理学・精神保健
本学の教員は、教育者であると同時に、第一線で活躍する研究者でもあります。本企画では、多彩な教員陣へのインタビューをもとに、最新の研究と各分野の魅力を紹介していきます。
第4回 臨床心理学・精神保健人間科学部人間科学科 小西聖子 教授
日本における犯罪被害者支援の歩みとともに
 研究者としてのあゆみ
一度は公務員の道へ
大学で心理学を選んだのは、家族の障がいに接する中で、心理学の中にその人が抱える課題を解決する糸口があるのではないかと考えたからでした。
実際には、そういう個別の答えは学問の中にあるわけではなく、もっとずっと広い深い領域が目の前に開けていることを大学の4年間で知りました。当時まだキャンパスでは女性が少数派だったところを、教育心理学科は、同学年13人のうち9人が女性だったと記憶します。その中では、少数派であることをあまり意識することもなく充実した教育を受けられました。
しかし、それでも4年次には現実に直面することになります。まだ心理学を学んだ人間への社会的なニーズがあまりない時代です。しかも、男女雇用機会均等法の施行前で、女性も受けられる求人はほとんどありませんでしたし、オイルショックまでが重なりました。進路といえば公務員か研究者しかない状況でした。
そのため、公務員の道を選び、東京都民生局(当時)の心理判定員として社会人のスタートを切りました。
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女性ゆえの不条理に目を向ける
しかし、現場で働く中で、学部レベルの知識ではまだまだ不充分であることを、幾度も認識させられました。そこで、改めて大学院への進学を考えることになります。
ただ、現場で接する課題には、精神的な疾患が関係することが多く、心理職ではなく精神科の医師がイニシアチブをとる場面が多くありました。そこで、心理学の修士・博士課程に進むのではなく、改めて医学部に入り直し、学部卒業後、大学院で精神医療を学びました。
医学部の学部・大学院はまだまだ男性中心の社会で、旧時代的な考え方に幾度となく直面しました。
特に私の場合、社会人入学で在学中に2人の子どもを出産し、育児をしながら学ぶという、「はじめて」づくしの学生でした。そういう学生に、当時の医学部は優しくはありませんでしたし、社会が、出産や育児にまつわる「母性神話」や、男性同様に仕事を持つ女性への偏見に彩られていることを痛感しました。
そういった、今から見れば不合理だといえるような状況にたびたび接する中で、女性の問題-すなわち自分自身の問題―に取り組んでいきたいという思いが生まれ、先述の通り、博士論文では女性犯罪者の精神鑑定を研究テーマに選ぶことになったという次第です。
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今後の展望
研究のウチとソトをバランスよく
今後の展望としては、冒頭に申し上げた性暴力被害者の急性期のケアについて、より研究を深め、各地のセンターに展開していける臨床事例を積み上げていきたい、それによって支援を受けられる人を少しでも増やしていきたいと思います。これまでこれだけ重いテーマ、悲惨な事例に日々直面しながら、自分自身の精神を保ち、仕事を着実に進めて来られたのは、様々な仕事を同時並行で抱え、多忙な中にいたことが、かえって心身のバランスを保つのに役立ったとも思います。研究や講義、臨床、心理臨床センターの運営、外部での講演、審議会やそのほかの会議のほか、新聞や雑誌にコラムなどの連載を持ったり、バラエティ番組に出演していたこともあります。
本業の研究以外の仕事にもそれぞれ発見があり、面白く、本業の支えとなってきたと思います。
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毎日新聞「今週の本棚」の10 年にわたる連載を単行本化した
『ココロ医者、ホンを診る』で毎日出版賞を受賞

読者へのメッセージ
繰り返しになりますが、犯罪被害者の問題、性暴力被害者の置かれている厳しい環境について、一人でも多くの方に知っていただけたらと思います。
多くの場合、被害者はPTSDによる心身の不調を抱えているのに、人前でそれを明らかにできないという状況に置かれています。辛さを知ってもらおうとしても、周りから寄せられるのは、ケアではなく、偏見や無理解であるからです。
私自身も、以前はこれだけ重大なニーズのある社会問題があるということを、研究を通じてその被害に接するまで、全く気づかないままに過ごしてきました。
おそらく、私たちの生きる社会には、同じように誰にも気づかれず、解決に向けた取り組みが何らなされていない問題、大きな理不尽が、まだいくつも存在しているのだと思います。
ぜひ、犯罪被害者支援への理解、サポートとともに、いまだ気付かれていない社会課題が身近に横たわっている可能性にも、目を向けていただけたら幸いです。
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