学問の地平から
教員が語る、研究の最前線
第14回 民法学
本学の教員は、教育者であると同時に、第一線で活躍する研究者でもあります。本企画では、多彩な教員陣へのインタビューをもとに、最新の研究と各分野の魅力を紹介していきます。
第14回 民法学法学部 法律学科 金 安妮 講師
民法における理論と実務の融合を目指して
今後の展望
契約ごとの具体的な事情に合わせた規定が必要
契約上の地位の移転は、平成29年に成立した改正民法によって、明文化という大きな一歩を踏み出しましたが、克服すべき問題は、依然として残されています。

改正民法の539条の2は、契約上の地位の移転について、「契約当事者の一方が第三者との間で契約上の地位を譲渡する旨の合意をした場合において、その契約の相手方がその譲渡を承諾したときは、契約上の地位は、その第三者に移転する」と定めています。しかし、これは、いわば「契約上の地位は、譲渡当事者間での合意と第三者による承諾があれば移転させることができる」ということを示した一般的な規定にすぎません。
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契約上の地位の移転は、先ほど例で挙げた賃貸借契約だけでなく、売買契約やフランチャイズ契約など、ありとあらゆる契約が対象となりますし、契約によって移転の目的や当事者間の事情も異なります。そのため、改正民法で新設された539条の2は、契約の多くに共通する一般的な内容のみを規定し、契約ごとの事情を勘案した具体的な内容については、判例や学説の解釈に委ねています。

解釈による要件・効果の具体化に際しては、実務に目を向けることが大切であると考えています。たとえば、539条の2は、契約上の地位の移転に際して、契約の相手方による承諾を要求しているため、フランチャイズ契約におけるフランチャイザー(本部)の地位を移転する場合には、フランチャイザーは、多数のフランチャイジー(加盟店)から承諾を得なければなりません。しかし、この点について、実務では、すでに「個々のフランチャイジーによる承諾を取り付けることが困難である」との声が上がっており、利用上の問題点が指摘されています。したがって、フランチャイザーによる契約上の地位の移転については、多数のフランチャイジーが存在するというフランチャイズ契約の特性も踏まえて、契約の相手方による承諾の要否や方法等を検討する必要があるように思います。今後の研究では、実務上の問題点に着目しつつ、外国法との比較を通して、学説を展開していきたいです。
教育
難しい法律用語を身近な例で分かりやすく
授業では、できるだけ分かりやすく、具体例を使って説明することを心がけています。たとえば、交通事故などの不法行為による損害賠償について規定した民法709条には、「故意」と「過失」という言葉が出てくるのですが、日常用語としては、「わざと」と「うっかり」といった意味合いで理解されているのではないかと思います。ところが、民法の世界では、故意は、「結果発生を認識かつ容認すること」、過失は、「結果発生の予見可能性があるにもかかわらず、結果を回避する行為義務に違反すること」と、より細かく定義されています。なんだか難しい言い回しですよね。私自身、法律学を学び始めたばかりの頃は、教科書や専門書に出てくる文章が難しくて、「これから4年間ちゃんとやっていけるかな……」と不安になった時期がありました。だからこそ、学生の皆さんには、私と同じような不安を抱かせないように、できるだけイメージしやすい具体例を用いて、「なるほど、そういうことか!」と思ってもらえるように努めています。

数年前、ある学生さんに「先生と出会えたおかげで、民法のおもしろさを知ることができました」と言ってもらえたときは、本当にうれしかったですね。学生の皆さんに「民法っておもしろいかも」と思ってもらえることが、教員としての一番の喜びです。
人となり
民法のおもしろさに目覚めた大学時代
-入学当初は暗記に必死-
お恥ずかしい話ですが、大学に入学して法律学を学び始めた当初は、初めて聞く言葉がたくさん出てくるので、授業についていくのがやっとでした。民法は、1年生のときに、第1編の総則に関する授業を受けるのですが、2・3年生で学ぶ債権の内容なども当たり前のように出てきて、「分かるような、分からないような……」と戸惑いながら授業を聞いていたことを覚えています。ただ、総則は、どうしてもあとで学ぶ分野と結びつけないと教えられないので、教える側の立場になってから、総則を分かりやすく教えることの難しさを痛感しました。

というわけで、お話が少し逸れてしまいましたが、1・2年生のうちは、法律学の難しさに戸惑いながらも、単位は取らないといけなかったものですから(笑)、なんとか期末試験を乗り越えるために、必死に条文や判例を頭の中にたたき込んで、暗記していました。
-人生を変えた池田眞朗先生との出会い-
そんな私が民法の研究者を志すようになったのは、大学3年生のときに、池田眞朗先生(本学法学部教授・法学研究科長、慶應義塾大学名誉教授)の「債権総論」の授業を受けたことがきっかけでした。

先ほどお話したように、法律学を学び始めた当初は、日々の授業で習った条文の規定内容や判例の文言、学説の議論を暗記するのに必死で、法の意義や法律学の役割について深く考えたことはありませんでした。そんな私に、「法とは紛争解決のための手段であり、どのようなルールがあれば紛争を未然に防ぐことができるのか、紛争当事者の利害関係を適切に調整するためにはどのようなルールが必要となるのかを探求することこそが法律学の役割である」と気付かせてくれたのが、池田先生の授業でした。
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池田先生は、民法の債権総則にどのような条文が置かれていて、それぞれの条文に関連してどのような判例法理が形成されてきたのかについて、身近な具体例を用いて分かりやすく解説してくださっただけでなく、なぜそのような条文や判例があるのかを考えることの大切さを教えてくださいました。池田先生の授業を受けて、「なぜこのような条文が置かれているのだろう?なぜ裁判所はこのような判決を下したのだろう?」と考えるようになってから、民法には、さまざまな人の利益に配慮した規定や適切に当事者間の利害関係を図るための規定が数多く置かれていることを知り、もっと深く学んでみたいと思うようになりました。

また、池田先生の授業を受けて、「こんなにもおもしろくて、分かりやすい民法の授業があるんだ!」という驚きも感じました。池田先生は、ご自身の研究成果を踏まえて、最先端の議論に触れながらも、私たちに分かりやすいようにさまざまな実務の具体例を用いて授業をしてくださいました。自分が研究したことを学生に伝え、授業を受けた学生がその分野のおもしろさを知り、興味を持ってもっと学びたいと思うようになる――それって、すごく素敵なことだなと思いました。茨の道ではあるけれども、私も自分の研究や授業を通して、一人でも多くの後進に民法学のおもしろさを伝えることができたら、という思いから、研究者の道を志すようになりました。
-日課はウォーキング 10キロは当たり前-
昨年コロナ禍で授業がオンラインになり、通勤時間が大幅に減少したので、運動不足を解消するために、日課としてウォーキングを始めました。平日は1時間ほど、休日は、時間があれば一日中歩いていることもあります。おいしいものが買えるお店などをゴールに決めて、自宅から徒歩で往復するのが私流のウォーキングの楽しみ方です。往復10キロは当たり前で、最長で1日28キロ歩いたこともあります(笑)。

ウォーキングの効果なのか、以前よりぐっすり眠れるようになり、疲れを感じにくくなりました。また、ウォーキングを始めたことで健康を意識するようになり、食事に欠かさずベビーリーフを取り入れるなど、栄養バランスにも今まで以上に気を遣うようになりました。オンライン授業の期間中、学生さんから「自宅にいる時間が長くて、体調が優れない」という相談を受けたときには、自分の経験をもとに「負担にならない程度に、気分転換を兼ねて体を動かしてみてください」とアドバイスしていました。

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▲昨年5月〜今年5月までの金生生の平均歩数

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▲健康のために毎日欠かさず食べているベビーリーフ
―読者へのメッセージ―
民法は、私たちの日常生活に密接に関連している法律です。購入した商品に不具合があったら、売主にどのような責任追及ができるのか、交通事故に遭ったら、加害者にどのような責任追及ができるのか。民法には、こうした身近な法的トラブルの解決に役立つルールが数多く置かれています。また、民法の中には、知らないと取り返しのつかないことになってしまう制度もあります。たとえば、あるAさんが親戚のBさんから「Cさんからお金を借りたいから、連帯保証人になってほしい」と頼まれて、連帯保証人になったとしましょう。
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Aさんとしては、「Bさんには、Cさんから借りたお金を返済するだけの能力もあるし、返せなくなることはないだろう」と考えて、連帯保証人になったのかもしれませんが、実は、連帯保証人になった場合には、主債務者であるBさんが返済可能かどうかにかかわらず、債権者のCさんから「Bさんの借金を返済してくれ」と請求されたら、いったんBさんの代わりに借金を返済しなければなりません。実際に、このことを知らずに、軽い気持ちで連帯保証人を引き受けてしまい、悲惨な状況に追い込まれてしまう方が数多くいます。

読者の皆さんには、このような法的トラブルに巻き込まれないために、また、仮に巻き込まれたとしても、当事者としてどのような請求・主張をすることができるのかを知っていただくために、ぜひ民法に興味・関心を持っていただけたらと思います。
取材日:2021年8月