学問の地平から
教員が語る、研究の最前線
第19回 建築・都市デザイン学
本学の教員は、教育者であると同時に、第一線で活躍する研究者でもあります。本企画では、多彩な教員陣へのインタビューをもとに、最新の研究と各分野の魅力を紹介していきます。
第19回 建築・都市デザイン学工学部 建築デザイン学科 太田 裕通 講師
住むこと、生きることをデザインする「居住のデザイン」
今後の展望
実践と連関した建築・都市デザインの研究と理論構築
私の研究領域は、建築分野の中でも計画系と呼ばれる領域です。計画系は、私たちの生活自体をどう良くしていくかを考える学問であり、人類学や社会学に近い視点で街や地域の実態を把握していきます。一方で、日本では建築学が工学部系に位置づけられているように、何か有用なものを開発したり、未来に提案したりすることが求められます。つまり建築計画には「実態」の把握と、それをデザインに応用する「方法」の両輪が必要です。研究のアウトプットとして論文を書くことはもちろん、研究で生まれた方法論や理論を現場で応用できるものにしていく活動を続けていきたいと思っています。

私は、研究者を志したときから、「研究と設計を両立したい」という思いをモチベーションにしてきました。どちらか一方だけでも大変なことなのですが、私は元々気が多いところがあって、どちらもやっていきたい。社会心理学者のK・レヴィンは「良い理論ほど実践的なものはない」という言葉を残しています。理論を実践に役立つものにしていく取り組みは、これからも大切にしていきたいです。
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教育
実社会で学びを実践できるのは本学の強み
武蔵野大学で教員になって1年が過ぎようとしていますが、建築デザイン学科の実践授業「プロジェクト」には驚きました。1年生から4年生が一緒に取り組む授業なのですが、学部生のうちから学外で実践ができる大学は珍しいと思いますし、武蔵野大学の強みだと思います。

2021年度に私が担当したのは、神奈川県茅ヶ崎市にあるコワーキングスペースとカフェバーを併設した施設と協働で、冬のビーチに新しい価値とコミュニケーションを生み出すためのデザイン実践です。メンバーは1年生だけでしたが、私の指示がなくても自発的に発案し、現地調査を行ったり、アイデアを成長させたりする学生がいたことは、うれしい誤算でした。学生にとって、学内の設計演習などで培った力を活かして実社会で何かを実現することは、それがどんなに小さなことでも大きなモチベーションにつながります。私のプロジェクトでは、今後も学外で実社会に触れながらデザインする機会をつくっていくつもりです。

実習系の科目では、学生と1対1でやり取りする機会も多いのですが、学生への指導で特に気をつけているのは、やはり対話的に行うこと。自分の制作したものを「たいしたものじゃない」と卑下する学生も少なくないのですが、自分の作品をポジティブに感じられるようになると、おのずとやるべきことが見え、あとは自律的に手や体が動いていきます。学生が自分で走っていけるような力を引き出したい、と心掛けながら対話や授業を行っています。
 
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人となり
『たろうのひっこし』
実を言うと、私が大学の建築学科に進んだのには、あまりはっきりした理由がありません。工学部の中でも、デザインや絵の要素があっていろいろなことができそう、という割と浅い考えで建築を選んだというのが正直なところです。

大学院で研究を本格的に始めてから、自分が幼いころに読んでいた『たろうのひっこし』という絵本のことを思い出しました。主人公のたろう君は、お母さんにもらったじゅうたんを敷いた場所を部屋に見立て、いろいろな動物の希望を聞きながら、みんなが満足する居場所をつくっていきます。建築の研究者になってあらためて読んでみると、「様々な意見を持つ他者と対話し、意見を調整し、最終的に全員が納得する未来を実践する」という物語は、例えばパブリックな場所を参加型デザインでつくっていくようなものです。とても建築的な、居住のデザインの話だったことに気づいて、子どものころから本質的に興味があることは変わっていないんだなと思いましたね。

もう一つ感じたのは、絵本のすごさです。私たちが大量の文章と難しい言葉で論文にしていることを、ひらがなだけのわずか30ページほどで伝えているわけですから。要素をそぎ落としてシンプルに伝える方法は、絵本に学ばないといけないなと思いました。
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研究者 兼 ラジオパーソナリティ
建築の研究とはまったく関係ありませんが、博士課程にいた20代半ばの1年間、京都市のコミュニティラジオでパーソナリティをしていたことがあります。

別に研究者が嫌になったわけではないのですが、ただ、30歳手前でなんとなく先の人生が見えてきて、「このままこの道でいいのかな?」と迷う瞬間ってありますよね。そのタイミングで、新しくできるラジオ局が学生パーソナリティを募集していたので、ちょっとやってみたいと思って応募したんです。

アナウンサー志望やメディア関係の学部の学生が集まる中、私だけがラジオとは全然関係ない建築の研究者で…(笑)。その“異色の経歴”が良かったんでしょうか、採用され、毎週木曜日の夕方5時から生放送を担当することになりました。

小さなラジオ局だったので、企画を考えてゲストを呼ぶのも、番組で流す曲を選ぶのも、選んだ曲をかけるのも、全部パーソナリティの私の仕事。めちゃくちゃ大変でした。しかも生放送なので、機械の操作を誤って無音になってしまったら放送事故ですから、それもすごく怖くて。ただ、研究とはまったく違う分野のプロフェッショナルの方から勉強できるのは刺激的でしたし、実は妻と出会ったのもそのラジオ局だったので、人生の中で大事な時間だったことは確かですね(笑)
―読者へのメッセージ―
都市デザインでは、その街に住むみんなが「デザイナー」です。自宅の庭に道路から見えるように花を咲かせたり、近所の方々とお食事会を開催したり、地元の祭り準備に参加したりするのも、広く捉えれば街の風景を良くしようとする「デザイン」にほかなりません。自分の価値観に基づいて生活環境や居住環境を良くしていく行為は、たとえささやかなことであっても、居住のデザインと言えるのではないでしょうか。街のデザインは行政や建築家の仕事と思われるかもしれませんが、普段みなさんが暮らしの中で環境を良くするためにしている工夫こそが実はデザインの種となり、もっとみなさんの街に合う建築を提案できるかもしれません。「誰かがつくった街」に住んでいるのではなく、私も都市デザインに参加している。そんな思いを一人でも多くの方にもっていただけたらと思っています。
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取材日:2021年12月