2020年度
EUの実証的研究と東アジアへの教訓
概要
EUはいま戦後最大の試練に直面している。英国のEU離脱に加えて、新型コロナ・ウイルスの猛威に直撃されている。危機の震度は、震源地の中国を上回るほどだ。このなかで、「移動の自由」を基盤にしてきたEUの活力は奪われ、存立基盤をそのものが揺らぐ事態になっている。しかし、この危機がEU崩壊への序章になるとみるのは、間違いだ。危機にあってもEUは「たゆたえども沈まず」である。いたずらに悲観主義に陥ることなく、EUの再結束と新たな役割を冷静に分析することをめざしている。
①コロナ・ショックを超えて
コロナ・ショックがEUの存立基盤を揺さぶり、EU経済に深刻な打撃を与えることは間違いない。危機はとくに、イタリア、スペインなどかつてのユーロ危機にみられた「弱い輪」に集中的にあわれている。危機の拡散のなかで、独仏も身動きが取れずEUの結束も風前の灯になっているようにみえる。皮肉なのは、EU内での協力がままならないなかで、震源地の中国がイタリア支援に乗り出していることだ。国境なき連合だったはずのEUが「国境封鎖」に動かざるをえないのは深刻である。
こうしたコロナ・ショックをどう乗り越えるか。EUは財政赤字の国内総生産(GDP)比の3%ルールを棚上げして、1%分を危機打開にあてる方針だ。緊急避難措置としてはやむを得ない選択だろう。欧州中央銀行(ECB)の金融緩和に限界がみられるなかで、財政規律を金科玉条にしてきたEUの柔軟性が試される。財政出動ではG7やG20での連携が重要になるが、その大前提としてEU自体の結束が問われる。
②英国離脱と自由貿易協定交渉の展開
英国のEU離脱(BREXIT)は、すったもんだの末に実現したが、2020年末までの移行期間内に英EUの自由貿易協定交渉が合意する保証はまったくない。自由貿易協定交渉が合意するには最短でも4年かかるだけに、移行期間の延長は避けられないだろう。とくにコロナ・ショックで英国とEUの交渉は身動きできないだけに、なおさらだ。それでも、ジョンソン英首相の強硬離脱を貫こうとすれば、「合意なき離脱」の危機が再燃する。
③グリーン・ディール戦略の可能性
EUのフォンデアライエン新委員長がまず掲げたのは、グリーン・ディール戦略である。今後10年間で1兆ユーロのグリーン投資を実施し、社会を「循環型」に転換する野心的な計画である。
2020年11月に英国グラスゴーで開くCOP26に向けて、温暖化ガス削減目標を「1990年比で少なくとも40%」から「少なくとも50%に引き上げ、55%をめざす」と切り上げた。温暖化防止をEU主導で実現する姿勢を鮮明にしている。
地球環境についてラガルドECB総裁も金融政策の新たな目標に据える方針であり、2トップの女性リーダーがEUの存在感を高める可能性がある。
④グローバル・ルール・メーカーとして
EUはグローバル・ルール・メーカーとしての役割を担っている。とくに、コロナ・ショックを通じて、GAFAなど巨大米IT企業が独占力を高める可能性があるだけに、独禁政策や個人情報保護などEUの役割は重くなる。
⑤日EU連携の重要性
危機の時代にあって、何より重要なのは「国際協調」である。覇権国家である米国のトランプ大統領が「米国第一」で国際協調を崩してきただけに、日本とEUの連携はとりわけ重要になる。それは経済連携協定を超えて、国際協調の「要」といえる。
研究会
第48回 | 「最終局面を迎える英国のEU離脱情勢~to deal, or not to deal, that is the question~」 日 時:2020年12月18日 講 師:田中理氏(第一生命経済研究所主席エコノミスト) |
第47回 | 「バイデン氏が変える世界と米欧関係 ~2020米大統領選報告~」 日 時:2020年11月26日 講 師:菅野幹雄氏(日本経済新聞ワシントン支局長) |
第46回 | 「英国EUの交渉とEU新体制の課題-世界金融危機~ユーロ危機との違いと今後の課題-」 日 時:2020年10月13日 講 師:伊藤さゆり氏(ニッセイ基礎研究所主席研究員) |