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犯罪被害者等の権利保護

犯罪被害者等の権利保護

犯罪等により害を被った人、その家族、遺族(以下犯罪被害者等)の状況に対して、欧米諸国では1960年代後半から当事者が声を上げるようになった。多くの国では1980年代に至って犯罪被害者等の権利や支援について定める基本法が制定され、公的な制度として犯罪被害者等への多角的支援が行われるようになっていた。

日本では、1980年に犯罪被害者等給付金支給法が制定されている。犯罪被害者等のための初の施策と言えよう。これは犯罪によって死亡した犯罪被害者の遺族、重症病や障害を受けた被害者のための制度である。しかし、かなり限定的なもので、制度が施行されてから改正される2000年までの支給件数は、ほぼ年間150前後、支給額は平均すると一件あたり300万円に満たない。被害者支援の分野の実質としては、諸外国の動きに大きく後れをとっていた。特に刑事司法の場では被害者についての規程もほとんどなく、被害者の権利どころかその存在さえ無視された状態であった。

1990年代後半になると、犯罪被害者等給付金支給制度10周年などをきっかけとして、実践的な被害者支援が一気に広がりを見せた。2000年の「刑事訴訟法及び検察審査会法の一部を改正する法律」及び「犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する規則」や改正少年法の施行で、ようやく犯罪被害者等にも訴訟記録の閲覧・謄写や意見陳述の機会が保障されるようになった。ほかにも「児童虐待の防止等に関する法律」(2000年)、「ストーカー行為等の規制等に関する法律」(2000年)、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」(2001年)など、多くの被害者関連の法律が施行されている。そして、被害者支援の高まりを受けて、犯罪被害者等基本法が2004年12月に成立、2005年4月に施行された。この法の基本理念において、《すべて犯罪被害者等は、個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有する》と被害者の権利が初めて明確に述べられるようになったのである。

さらに、施策を実際に計画的に推進するために、2005年12月には犯罪被害者等基本計画が法律に従って決定されている。国・地方公共団体が講ずべき基本的施策として、(1)相談及び情報の提供(2)損害賠償の請求についての援助(3)給付金の支給に係る制度の充実等(4)保健医療サービス・福祉サービスの提供(5)犯罪被害者等の二次被害防止・安全確保(6)居住・雇用の安定(7)刑事に関する手続への参加の機会を拡充するための制度の整備といった項目が掲げられている。

基本計画に伴って犯罪被害者等の状況が大きく変わったこととして、次の二点を挙げておきたい。一つは、犯罪被害者等給付金の支給対象の拡大と「自賠責並み」までの支給拡充を目指した犯罪被害給付制度、もう一つは、改正刑事訴訟法が国会で成立し、犯罪被害者等が直接刑事裁判に参加したり被告に質問したりすることができる司法参加が現実のものとなったことだ。2008年の施行以来、これらは実際に運用されている。

2011年3月には第2次犯罪被害者等基本計画5カ年計画が決定された。この中では、犯罪被害者給付についてその根本的枠組みについての検討会、カウンセリング無料化を進めるための検討会の設置が次のように決定され、すでに動き出している。また性犯罪についての支援も急務となっている。

犯罪被害給付制度の拡充及び新たな補償制度の創設に関する検討

犯罪被害給付制度の拡充及び犯罪被害者等に対する新たな補償制度の創設については、平成20年度に拡充した犯罪被害給付制度の運用状況等を踏まえて検討を行うため、推進会議の下に、有識者並びに内閣府、警察庁、法務省、厚生労働省及び国土交通省からなる検討のための会を設置し、必要な調査及び検討を行い、3年以内を目途に結論を出し、必要な施策を実施する。

カウンセリング等心理療法の費用の公費負担についての検討

犯罪被害者等に対する臨床心理士等によるカウンセリング等心理療法の費用の公費負担については、推進会議の下に、有識者並びに内閣府、警察庁、法務省、文部科学省及び厚生労働省からなる検討のための会を設置し、必要な調査及び検討を行い、2年以内を目途に結論を出し、必要な施策を実施する。

犯罪被害者等の精神的、身体的被害の回復は、犯罪被害者等基本計画の重点課題の一つとなっている。被害者への早期支援、さまざまな機関との連携、重度ストレス反応の治療など心理的ケアの分野に期待されることは大きいが、制度の改編と違って一気に改善することができないのもこの領域の特徴である。犯罪被害の心理に精通した専門家の増加が望まれている。
参考:第2次犯罪被害者等基本計画
平成23年9月14日取得
(小西聖子)
PTSD疾患概念

PTSD疾患概念

PTSD関連の疾患概念は、欧米社会における被害とその回復や補償の問題と絡んで形成されてきた。だからこそ「補償神経症」「裁判神経症」というような過去の別称が示すように、患者に対する偏見や詐病の疑いも、常にこの疾患につきまとってきた。診断基準の設定および米国を中心とする1980年代以降の疫学研究・治療研究の蓄積によってようやく社会に認められるようになった疾患と言えよう。

日本においては1995年の阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件等を契機として、PTSD概念が広く知られるようになった。被害者支援という社会における新しい領域の発展とPTSD概念の浸透は一つの動きの二つの側面となっている。遅れて、虐待、DV、性暴力の被害などへの社会的関心が高まり、これらについてのPTSDにも関心が向けられるようになった。2000年前後に相次いで行われた被害者支援に関する立法がそのことを示している。

これまでのどの時代においても、PTSDおよびPTSDに関連する病態は司法との密接な関連を持っている。現在も、被害者の被害の状態、裁判参加の問題、加害者の情状や更生に関わる問題など、様々な形でPTSDは裁判と関連する。日本におけるこの領域の歴史は浅い。司法の側のPTSD理解、臨床の専門家の司法の理解のどちらもが必要とされている。

疾患概念の萌芽

身体の負傷だけでは説明し得ない症状:トラウマ(心的外傷)への反応の発見
19世紀鉄道事故被害者に見られた症状「鉄道脊椎」
20世紀初頭戦闘を体験した兵士に見られた症状「シェルショック」「ヒステリー」「戦争神経症」
1941年カーディナー著「戦争による外傷神経症」→この症状記述がPTSD診断基準の記述の礎となる

疾患概念の形成

疾患実体の再発見、診断基準の登場

1960~70年代米国 市民権運動に端を発する人権運動
ベトナム反戦運動  反戦退役兵士の自助グループはPTSD集団治療のきっかけとなる
女性運動 性暴力やDVの被害者・虐待の被害者などが声を上げ始める。フェミニストによって創設された強姦被害者のシェルターでの支援によるレイプトラウマ研究の端緒となる。
1980年  米国精神医学会による精神疾患の診断・統計マニュアルDSM-IIIに初めてPTSD診断基準が登場

研究の発展による疾患像の確定

PTSD診断基準にもとづく操作的な定義を用いた各種研究でさまざまな質の異なる体験(戦闘体験や災害事故の被害、犯罪被害、強姦の被害から虐待被害まで)への反応を統一的に論じることが可能になった。

1980~90年代  疫学研究、治療研究の実施。これらにより現在のPTSD疾患像確定。

現在のPTSD疾患像

外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder: PTSD)

生涯有病率:1~10%。単独の精神障害としては押しなべて高い。多くの人がり患する可能性のある精神障害であり、その社会的損失も大きいことを、複数の大規模疫学研究が示している。

発症リスク要因

●トラウマ以前の要因:女性、トラウマ歴、子どもの頃の有害環境の存在、何らかの精神的既往など
●トラウマ体験関連の要因:出来事の衝撃の大きさ、死の恐怖、実際の負傷、出来事中の解離、出来事の認知など
●トラウマ以後の要因:直後の解離、急性ストレス反応、ソーシャルサポートの欠如など

急性期のトラウマ反応はほとんどの人に生じるが、「レジリエンス(回復への弾力性)」により多くの場合自然に軽減していく
    ↓
新疾患モデル PTSDは自然な回復が妨げられた疾患である

現在、PTSDと発達的側面の関連についての研究、生物学的研究、神経心理学的研究が進展している。


(小西聖子)
PTSDの治療法に関する研究

PTSDの治療法に関する研究

外傷後ストレス障害(PTSD)の治療の領域ではすでに多数のランダム化比較試験(randomized controlled trial 以下RCT とする)を用いた効果研究が蓄積されており、それらについての文献レビューもメタ分析も数多く行われている。治療ガイドラインも複数の学術団体等で作られており、おおむね、
  • トラウマに焦点化した認知行動療法(Trauma-focused Cognitive Behavioral Therapy: 以下TFCBTとする)は成人の慢性PTSD(トラウマから3カ月以上)に有効である。特にエクスポージャー法については、エビデンスは十分にある
  • PTSD治療の第一選択は、エビデンスに従えばエクスポージャー法
  • EMDRなどほかのTFCBTも、エビデンスのレベルはエクスポージャー法に劣るが、有効であるとする効果研究は多い
  • 薬物との併用、集団療法、その他の療法については、研究が不足しているが、薬物と心理療法を併用している臨床研究は多い
  • トラウマに焦点化しない心理療法をPTSD患者に一律に適用することは避ける必要がある

とされている。以下では、信頼できるメタ分析に基づいて、治療法の評価について説明する。またその限界、今後の展望について意見を述べる。


TFCBTの有効性は、1980年代末ころからRCTによる研究で繰り返し示されてきた。その多くは、治療のコンポーネントとして、トラウマ記憶へのエクスポージャーや認知の修正などの技法を含んでいる。その中核となっているのが、Foa EBらが1980年代に提唱し実証結果を継続的に発表し、マニュアルや解説も発表されている持続エクスポージャー(Prolonged Exposure以下PE とする)療法である。

【参考文献】
Foa EB, Hembree EA, & Rothbaum BO. Prolonged exposure therapy for PTSD:
Emotional processing of traumatic experiences (therapist guide). New York: Oxford University Press, 2007. (金吉晴, 小西聖子監訳. PTSDの持続エクスポージャー療法 トラウマ体験の情動処理のために. 星和書店: 東京, 2009.)

日本トラウマティック・ストレス学会. PTSDの治療薬処方の手引き
http://www.jstss.org/topic/treatment/treatment_24.html (平成23年9月16日取得)

心理療法の効果についてのエビデンス

Bisson J & Andrew M (Cochrane Database of Systematic Reviews 2007; Issue 3. Art. No.: CD003388.)

コクラン共同計画の慢性PTSDの心理療法のシステマティックレビューにおいては、2007年現在で33のRCTの結果が集められている。対象は慢性PTSDを持つ成人である。急性期および初期の介入については別個の項目が立てられている。治療法は、①TFCBTあるいはエクスポージャー法、②ストレスマネジメント・リラクセーション③集団でのTFCBT、④トラウマに焦点化しない認知行動療法、⑤その他のセラピー(支持的療法、非指示的療法、精神力動的療法、催眠療法、⑥EMDR、⑦待機群に分類されており、33の研究のうち22研究がTFCBTを行っている。

ここでいうTFCBTは、PTSDを持つ個人に対して行われる主としてトラウマに焦点を合わせた認知的、行動的あるいは認知行動的な技法であり、エクスポージャー法もこの中に含まれると定義されている。したがってこれらのTFCBT研究には、現在臨床研究が行われ実施されているPTSDを対象とした定型的な認知行動療法の多くが含まれている。またここではエクスポージャー法とは「被験者にその場面を細部まで現在形で話してもらい、録音し、それを繰り返し聞くこと、また、現実の場面で外傷記憶を思い出すきっかけとなるようなことに直面していく」と説明されている。これはPEにおける想像エクスポージャーおよび現実エクスポージャーの技法にほかならない。TFCBTの内容は様々にバリエーションがあり、類似の手法でも研究者によって呼称が異なる場合もある。一つの定式としてのPEからの距離も様々である。が、日本で現在実証的臨床研究報告のあるPTSDのTFCBTはPEだけであるので、本報告の趣旨からして、ここでPEよりは広義のTFCBTという概念での効果をそのまま扱うことにする。

トラウマ体験後の時間は2カ月から5カ月であり、6研究がベトナム戦争退役兵、12研究が性暴力被害を中心とする女性の暴力被害者、2研究が交通事故体験者、1研究が難民体験者、1研究が警察官、残りの11は様々な質のトラウマ体験者を対象としている。すべての研究が欧米の先進国で行われており、米国が23と圧倒的である。アウトカムは臨床家の測定するトラウマティックストレス症状の重症度である。すなわち部分PTSDの参加者を対象に含む研究もある。さらに自記式のトラウマティックストレス症状、抑うつ症状、不安症状、有害事象、ドロップアウト率が評価の対象となっている。

14研究649人のPTSD症状を治療直後に評価した値を比較した結果、TFCBT群のほうが待機群あるいは通常のケアを受けた群よりも有意に改善されていた。TFCBT群とストレスマネジメント群には有意差がなく、TFCBT群とその他のセラピー群ではTFCBT群のほうが有意に改善されていた。ストレスマネジメント群とTFCBT群やEMDR群に有意差がなかったことがこのレビューにおける特徴であるが、これまでの多くの研究と同様に、エクスポージャーを含むTFCBTとEMDRの有効性が示されていると言えよう。レビューでは、どの個別の療法が、他に比べてよりよいのかについては明確でないこと、またどの療法が有害であるかについても不十分な実証しか得られていないことを述べており、実際に各療法の有効性を検証するシステマティックレビューが現在行われつつある。

【参考文献】
Bisson J& Andrew M. Psychological treatment of post-traumatic stress disorder (PTSD). Cochrane Database of Systematic Reviews 2007; Issue 3. Art. No.: CD003388.

Institute of Medicine (U.S.). Committee on Treatment of Posttraumatic Stress Disorder (ed). (Washington, DC: The National Academic Press, 2008)

Institute of Medicine(IOM)は全米科学アカデミーの健康部局となっており、「政府から独立してバイアスのない権威のあるアドバイスを政策決定者と社会に対して行う」ことを目的として設立されたNPOである。そこに組織されたPTSD治療に関する委員会が、退役軍人局の要請により、PTSDの薬物治療及び心理治療の効果についての実証性について検討している。検討すべき課題は5つで、①科学的実証研究を総覧し効果に関する結論を得ること、②治療の環境や対象集団などについての限界を明記すること、③現在埋められない溝と将来の研究についてコメントすること、④治療の目標、時期および治療の期間について述べること、⑤まだ研究の質に問題があることによってエビデンスが限られている領域について記すことであった。すなわちこの報告書はRCTのレビューから一歩進んで、さらにエビデンスの質について検討して格付けをしているのである。

委員会が検討対象としたのは、1980年から2007年までの18歳以上成人を対象とし、診断にあたってはDSMの診断基準を使用し、アウトカムとしてPTSDを測定する英語のRCTの研究である。評定は5段階であり、「エビデンスが十分である」という最も良い評価は、「治療が有効であるという一つ以上の質の高いエビデンスがあり、効果の存在、その強度ともに十分な信頼性があり、将来さらに研究が蓄積されてもこの研究による効果の評価への信頼性が変わらないだろうと考えられること」としている。結局この委員会では、薬物療法37研究、心理療法52研究を検討対象としている。対象人数は20人以下のものから500人を超えるものまで様々であったが、すべてRCTによる研究である。さらにシステマティックレビューとメタ分析の論文も検証されている。

結論としては、薬物療法はSSRIを含むどの薬物に関しても効果のエビデンスは不十分であると述べられている。心理療法に関しては、エクスポージャー法についてはそのPTSDに対する治療効果のエビデンスは十分であるとしている。心理療法52研究のうち23研究がエクスポージャーに基づく療法であった。質のよい研究はすべて同じ方向の結果を示しており、エクスポージャー法は臨床的に重要な改善をもたらしていた。またEMDR、認知再構成、認知スキルトレーニングについては、PTSD治療に関する効果のエビデンスは不十分であるとした。方法論に関して不十分なEMDR研究が多いことも指摘されている。また集団療法についてもエビデンスは不十分であった。透明性も専門性も高い検討のなかで、薬物療法心理療法を含めてPTSDの治療法の中で、エクスポージャー法のみがエビデンスが十分であるとされたのは特筆すべきことであり、専門家の間でも驚きをもって受け止められた。

【参考文献】
Institute of Medicine (U.S.). Committee on Treatment of Posttraumatic Stress Disorder (ed). Treatment of Posttraumatic Stress Disorder: An Assessment of the Evidence. Washington, DC: The National Academic Press, 2008.

臨床研究の限界と問題

上記で紹介したレビューは、いずれも多数の治療効果研究について検討しているのであるが、当然それらの研究全体にわたる限界や問題点も検討されている。また臨床的な適用を考える時には別の限界や問題も見えてくる。

IOMの報告書の結論部分には、「PTSDの様々な治療法に関する科学的なエビデンスは、多くの退役軍人がPTSDの状態にあるという現実からの要請に応じられるほどの確実性を持っていないということがまず明確になった」と述べられており、どの治療法に関しても、より質の高い研究が必須であるとしている。PTSDに対する治療研究はまだ決定的に蓄積の少ない領域なのである。SSRIによる薬物療法には議論の末、厳しい評価が与えられた。が、高い評価を得たエクスポージャー法にしても、エクスポージャー法の中のどの技法が最も重要で効果的なのか、最適な実施法や期間はどれくらいなのか、これまでとは異なる下位集団を対象とした場合の違いはあるのか、グループでの適用はどうなのか、など現在は未知の問題は多い。またドロップアウトした参加者の追跡ができていない研究が多いことはコクランレビューの報告でも指摘されている。

エビデンスの評価と、治療の推奨は視点の異なる問題である。言うまでもないことだが、実証されていないこととその治療法は不適切であるということとは等価でない。特にEMDR、TFCBTの有効性については、今後よい質の研究が蓄積されればエビデンスはより強固になっていく可能性がある。またPTSDのTFCBTに関しては、各心理療法間の技法の重なりを多くの専門家が指摘している。そうであれば、今後は、有効であると考えられる心理療法のなかでも、どの治療法がよりよいのか、どの技法のどの部分が必要なのかという研究が今後の課題となろう。

また、IOMの報告が述べているように、「臨床実践には役に立つような臨床家や患者の好み、医療制度上の問題、倫理的な問題」などにはこれらの検討は触れていない。たとえば薬物療法にかかる費用と、TFCBTにかかる費用は、かなり違う。臨床家に要求される訓練も異なる。また参加者が治療のために必要とする治療時間も異なる。PTSDは比較的有病率の高いありふれた精神障害であるとすれば、多くの患者がいることになり、PTSDの慢性の患者全員にTFCBTのような個人療法を提供することは、医療制度の上の問題を解決しない限り世界のどこの国でも困難であろう。その意味では集団療法の臨床研究を行うことは喫緊の課題である。
(小西聖子)
PEの理論

PEの理論

PTSD治療に用いる心理療法はいずれも、基本にPTSD症状、あるいは恐怖症状の病理形成についての理論を持っているが、それらがそのまま実証されているわけではない。ある仮説に従ってPTSD症状を理解し、それに基づく定式的な治療法を開発し、その治療法のパッケージとほかの治療法とをコントロール下で比較することでその有効性を示す、という方法がとられている。したがって、なぜ効くのかという理論は仮説にとどまっているが、結果としてパッケージが有効であることは実証されているということである。

治療を実施するにあたっても、このことは認識されている必要があるが、一方でそれは、パッケージの変更によりさらに良い方法が開発される可能性も示している。改良の余地、発展の余地のあるオープンな治療法だということもできるだろう。またこのような理論が裏付けられるためには、PTSDの生物学的病理の解明の発展が必要とされると思われる。

持続エクスポージャー(Prolonged Exposure: PE)療法を提唱したEdna Foa は、不安障害治療に関する臨床研究を行ってきた心理学者である。そもそも曝露法は恐怖症などの不安障害に対する治療として開発されてきたものであるが、Foaは、1980年代からLangの「恐怖の構造」の仮説を用いて、PTSDに対する曝露療法を開発してきた。PEはFoaの感情処理理論(Emotional processing theory)に基づく、エクスポージャー療法であると言える。

PTSDの回復に関するメカニズムについてFoaとKozakは、実験心理学の記憶と感情に関する知見を参照しながら、次のような仮説を提唱している。慢性のPTSDは、外傷体験に関して成立する病的な恐怖の構造から生じる。恐怖の構造には、トラウマ記憶、感情、その意味づけが要素として含まれている。通常の場合、恐怖などの感情と記憶の連合は、その後の現実にさらされていくことで修正されていく。たとえば、子どもが一度波に巻き込まれて、波をこわがるようになったとしても、波の記憶と恐怖との結びつきは、現実の海辺で、安全な波を再び体験していくことで、修正されていくと考えられる。そうすると現実の場面で波が回避されることはなくなるし、またその記憶に再びアクセスしても生々しい感情が再現されることはなくなると考えられる。ところが、このような記憶が、その恐怖の強さなどのために、回避され続けると、そのような変化が阻害される。安全な現実への曝露がなければ、波はいつまでたっても危険だと認知され続ける。トラウマ体験の場合、その記憶にともなう恐怖や苦痛は著しいから、回避されやすい。回避されるために、その記憶は十分に処理されることがなく、持続していく。そのため記憶の侵入や認知の変化を核としたPTSDの症状の慢性化が生じる。

この理論では、トラウマとなるようなストレスとそのほかのストレスは、不安や恐怖との関連やPTSD発現の病理において、質的に異なるものではない。強い恐怖や不安の感情が記憶に組み込まれることが決定的であって、それがどのように生じたかについては直接には問題とならない。したがって、DSM-IV-TRのPTSD診断基準におけるA基準の客観的評価(「死の恐怖を体験する、受傷する、身体的統合の危機がある」ことの体験、目撃、直面など)は問題とならず、主観的評価(恐怖や無力感や戦慄が伴っている体験)の方が本質的である、と考えられる。また、侵入性の記憶やその回避による症状の存在が、治療法適用の必要条件である。

そのほかの不安や恐怖による病態にもこの治療理論が適用可能であることは、その歴史からもまたその理論からも納得できることである。実際に強迫性障害に対しても、同様の効果研究が行われ、実証を得ている。

この恐怖の構造の理論に従えば、PTSDが生じるかどうかを決めるのは、トラウマティックな記憶そのものではなく、それが生じた後に記憶の回避という対処がとられるかどうかという点にかかっていることになる。

恐怖や不安が著しく高まった体験の記憶は、すべての人に、恐怖の構造を作り出す。それ自体は病理的ではない。実際、何か衝撃的な体験をした場合に、それがトラウマの基準に当てはまらなくても、1、2日の間、PTSD症状に類似した症状を経験することは誰にもあることだろう。車の運転中に交通事故を経験すれば、それが死につながるほどのものではなくても、1、2日は運転が怖かったり、その場面が何度も思い起こされたりすることは普通に起こりそうである。しかし、多くの場合、恐怖の構造は、新たな事態にさらされることによって速やかに改変されると考えられる。事故を経験しても、じきに運転が怖くなくなり、事故のことはめったに想起されなくなる。

したがって、PTSDの回復に必要なことは、回避という対処を中止し、恐怖の構造を消去し、新たな適切な構造をもたらすことであることになる。

【参考文献】
Lang, P. J. Imagery in therapy: an information processing analysis of fear. Behavior Therapy 8: 862-886, 1977.
Lang, P. J. A bio-informational theory of emotional imagery. Psychophysiology 16: 495-512, 1979.
Foa, E. B. & Kozak, M. J. Emotional processing of fear: exposure to corrective information. Psychological Bulletin 1: 20-35, 1986.

PEの進め方

このような考え方から、PEでは、治療中に感情を伴ったトラウマ記憶を繰り返し賦活させ、病的な恐怖の構造の変更を図る。さらに、現実場面においても不適切な認知の変化がもたらす回避を捉え、段階化、繰り返しの曝露を図ることで修正していく。具体的には、これらの曝露法は、想像エクスポージャー、現実エクスポージャーと呼ばれ、PEの二つの基本的な要素となっている。

PEは全8~15セッション、標準10セッションで完結する。1回のセッションは90~120分で、週1~2セッションのペースで進める。最初のセッションは詳細な心理教育から始まる。心理教育は引き続き毎セッションで行い、PTSD症状と治療法の原理をクライエントに何度も繰り返し伝える。第2セッションの後半でクライエントに回避症状をリストアップしてもらって不安階層表をつくり、現実エクスポージャーの課題を設定し、現実エクスポージャーを始める。第3セッションで記憶に対する想像エクスポージャーが開始される。第4セッションから第9セッションは、二つのエクスポージャーが同時に進行する。最終セッションでは振り返りと今後症状が出た場合の対処の方法について話し合う。

【参考文献】
Foa EB, Hembree EA, & Rothbaum BO. Prolonged exposure therapy for PTSD: Emotional processing of traumatic experiences (therapist guide). New York: Oxford University Press, 2007. (金吉晴, 小西聖子監訳. PTSDの持続エクスポージャー療法 トラウマ体験の情動処理のために. 星和書店: 東京, 2009.)

日本でPEをPTSD患者に適用する際の注意点

これまでの日本でのPEの臨床研究は対象集団が小さくかつ限られたものであるが、これらの結果では、文化差については特に問題はなく適用できるという結果となっている。PEの適用された個人におけるPTSD症状の変化は、先行研究と同じ指標を使ってほぼ同じように測定されている。

ただ現実に日本においてPTSDの患者にPEを適用することについては、さまざまな困難がある。心理療法に関する医療制度上の問題は言うまでもない。どのような臨床の専門家にとっても、90分のセッションを週1回から2回の頻度で全10回から15回行うだけの時間と場所を確保することは容易ではない。

これらの現実的な問題がクリアされていると仮定して、次に治療者に注意を促したいのは、PEを含めた、トラウマに焦点化した認知行動療法の前提となっている臨床能力についてである。問題はいかに安全に、いかに有効に曝露を行うかということになる。PEの中心は、トラウマ記憶への積極的な曝露であることは間違いがないが、その記憶に対してクライエントが適切な量の感情関与を保てるようにすることが、想像エクスポージャーにおける治療者の技術になる。恐怖や不安の感情を保ちながら、時間をかけてトラウマを語ることは、クライエントにとっても簡単な作業ではないが、適切な曝露を行うために、またクライエントの動機づけを保つために、治療者にも、即時的な評価と介入が要求される。フラッシュバックが起きることもあるし、解離をもつクライエントの場合などは、感情麻痺やさまざまな身体症状、記憶の想起不能等が生じることもある。クライエントに何が起こっているか、判断し、次の方策をその場で決めていく必要があり、臨床能力がかなり要求される作業になる。

この療法を行う前提は、PTSDの臨床像についてよく理解していること、患者との間に治療同盟が確立されていること、治療に臨む患者への共感が必要であること、また認知行動療法に関する基礎的な訓練ができていることなどである。

どのような方法をとろうとも、トラウマに焦点を当てることは患者にはつらい作業である。その作業を行う大変さや治療をやらなくてはならない状況にいる無念さなど、PTSDの患者には治療に関連した特有の感情がある。それらを支持的に扱うことができなければ、治療は二次被害に直結してしまう。このような問題を安全に取り扱うために、一人前に治療を行うまでには技法を習得するだけでなく2,3ケースのスーパービジョンが必須とされていることも述べておきたい。

PEは強力な心理療法である。トラウマ体験から何年も経った慢性PTSDを持つ人でも治療できる可能性は十分にある。しかし、慢性のPTSD患者は、トラウマ記憶についてある程度語ることができ、毎週時間をとって治療に通い、宿題をやることのできる時間のある人ばかりではない。むしろ日常的な精神科診療におけるPTSD臨床の多くの時間は、このような状態にまで患者を安定させることに費やされる。「被害者」として臨床に現れ、生活の安全も図れていない人たちを対象とした治療では、当初必要なのはケースワークであり、症状の安定化であり、PEは最後の仕上げに相当する。それでも、筆者の経験ではこの治療法を知ることで、PTSD治療の見通しが立つようになり、また定型の認知行動療法による治療が不可能な場合にも(エビデンスはないが)さまざまな応用を図ることが可能になる。

【参考文献】
Asukai N, Saito A, Tsuruta N, Ogami R, Kishimoto J. Pilot study on prolonged exposure of Japanese patients with posttraumatic stress disorder due to mixed traumatic events. J Trauma Stress. 21(3):340-3, 2008.

吉田博美、小西聖子、井口藤子. Prolonged Exposure TherapyのPTSDへの効果研究--暴力の被害を受けた女性10名に対して. 心理臨床学研究. 26(3): 325-335, 2008.
(小西聖子)
臨床心理士による心のケアでの主な判断の流れ

臨床心理士による心のケアでの主な判断の流れ

下の図をクリックすると、Wordファイルで大きな図を見られます。
出典:犯罪被害者のメンタルヘルス 誠信書房

臨床心理士による心のケアでの主な判断の流れ