武蔵野大学工学部建築デザイン学科 スマートフォン用の画像

Institute of Architecuture



建築研究所は、建築・地域・環境の諸課題を解決するための事業に取り組み、社会の発展と人類の福祉に貢献することを目的に設立されました。工学部建築デザイン学科・工学研究科建築デザイン専攻における教育研究との連携を中心とし、学内外の関連機関とのパートナーシップ強化を図りながら研究活動を推進しています。




研究員

 氏 名所属等
所長風袋 宏幸工学部長 , 工学研究科長
主任水谷 俊博工学部 建築デザイン学科長
研究員伊藤 泰彦工学部 建築デザイン学科 教授
伊村 則子工学部 建築デザイン学科 教授
河津 優司工学部 建築デザイン学科 教授
金 政秀工学部 建築デザイン学科 准教授
田中 正史工学部 建築デザイン学科 講師
宮下 貴裕工学部 建築デザイン学科 助教
荒木 智帆工学部 建築デザイン学科 助手
杉村 照平工学部 建築デザイン学科 助手
客員研究員伊原 慶本学非常勤講師 , 株式会社東京アーキテクツアンドアソシエイツ
加藤 肇本学TA , タタ・コンサルタンシー・サービシズ
佐藤 桂本学非常勤講師
西本 真一日本工業大学工学部教授
西本 直子有限会社一級建築士事務所クロノス
⼭際 康貴pixiv エンジニア




紀要

紀要




環境デザイン再考


工学部建築デザイン学科教員による
武蔵野地域五大学共同教養講座が開催されました。

平成30年度武蔵野地域五大学共同教養講座として、建築デザイン学科教員4名による連続講義「環境デザイン再考(全4回)」が武蔵野キャンパスにて開催されました。毎回 100 名を超える参加者にご来場いただき、盛況のうちに幕を閉じました。
本テーマの「環境デザイン再考」は、平成17年度武蔵野市寄付講座「環境デザイン論:環境の世紀を生きる感性」及び同講座をもとに編集した、論考集「環境デザインの試行」の続編として位置づけられています。この 10 年間、世界金融危機、東日本大震災、東京五輪開催決定と続く激変していく世界の中で、今回講義を担当した 4 名の活動は展開されてきました。さて、環境デザインの試行、その後は? 以下に、再び立ち止まって考える機会となった各講義の内容についてレポートします。


第1回
11/3

「太陽と風
-形をつくる力-」
風袋宏幸

環境デザイン再考
浮遊する光景の中へ」展
平成23年2月11~平成23年2月20
パナソニックセンター東京・ピアッツァ(有明)
“Into the Floating Scapes” Exhibition
February 11 to February 20, 2011
Panasonic Center Tokyo / Piazza (Ariake)

環境形成に大きな影響力をもつ自然の光と風は、太陽のエネルギーによってもたらされます。太陽は私たちにとって恵みであり、同時に災いにもなります。本講義では、光に対する反射、変形、投影という応答や、風を可視化する地形や植物など、太陽との関わりから生まれる様々な造形を参照しながら、自然と人工が織り成す環境デザインの数々の取組みが紹介されました。最後に、それらの具体的試行から浮かび上がってくる「あそぶ」と「みる」という基本的な行為の連鎖に焦点が当てられ、環境デザインの原点に再び立ち戻っていく大切さについて議論が展開されました。

| First Lecture (11/3) |

“Sun and Wind –Forces that Create Form–”
Hiroyuki Futai

Natural light and wind, which greatly influence the formation of the environment, are generated by solar energy. The sun is a gift to us, but it can also cause harm. This lecture discussed several environmental design projects that harmonized nature and artificial objects, while referring to many forms generated through interaction with the sun such as various responses to light including reflections, transformations, and projections, or topography and plants that visualize wind. Lastly, the lecture focused on the sequence of the basic activities of “play” and “seeing” one can find in these specific trials, and argued for the importance of returning to the starting point of environmental design.


第2回
11/10

「こどもと建築
-学びの場とまちづくり-」
伊藤泰彦

環境デザイン再考
「遠野オフキャンパス」高校生との町家調査
平成24年9月~現在
岩手県遠野市中央通りほか
“Tono Off Campus” Townhouse research with high school students September 2012 – Ongoing Chuodori, Tono, Iwate Prefecture and other locations

日本の学校教育では、衣食住という生活の 3 要素のうち、住教育の取り組みが少ないと言われています。一方、身近な環境である住まいやまちに対する理解を深めるために、建築の専門家たちの様々な活動が広がってきました。本講義では、講演者が関わる日本建築学会でのこどもの建築教育事業や、岩手県遠野市・東京都西東京市での町家・公園の利活用プロジェクトなどが紹介されました。「こどもに教える」だけではなく「こどもを通して(専門家・地域住民が)気づく / 築く」という、双方向の学びの中でのまちづくりについて、提言がなされました。

| Second Lecture (11/10) |

“Children and Architecture –Learning Environment and Urban Development–”
Yasuhiko Ito

It is often said that Japanese education focuses less on the element of shelter among the three essential elements of living, namely food, clothing, and shelter. On the other hand, architectural specialists have been undertaking various activities aimed at deepening the understanding of housing and towns that constitute their immediate environment. This lecture introduced projects the lecturer has been involved in to the audience, such as the architectural education projects for children at the Architectural Institute of Japan and townhouse and park utilization projects in Tono, Iwate and in Nishi-Tokyo,Tokyo The lecture proposed urban planning through “mutual learning involving specialists and local residents who aware and build through children” instead of only “teaching children.”

風袋
こどもを通して気づくというのはよく分かります。一方で、こどもを通して築くというのは、どのようなことなのでしょうか? こどもと一緒につくるということとの違いを教えてください。
伊藤
建築学会ではこどもの教育を謳う事業に関わっています。教育を目的とすると、一方通行になりがちです。双方向の関係を築くと、我々の「気づく」につながります。モノづくりの場面でさらに発展させて、こどもの参画によって成果の質が上がる状況を「築く」と表現しました。こども(あるいは市民)参加の建築やまちづくりのワークショップが、単に計画の主旨説明になっていたり、ユーザー参加をプロジェクトの正当性のアリバイにしているケースがあります。単に一緒につくるだけでは、「築く」とはいえません。以前、小学校の校地改修事業で、敷地調査をこどもに託したことがあります。その後もこどもや先生らによるリサーチを、繰り返しました。こどもの目を通した情報を与条件に組み込むと、デザインのクオリティーを上げることができるんだと実感しました。「こどもを通して築く」ためには、モノと同時にプロセスのデザイン力が必要だと「気づ」いているところです。

第3回
11/17

「街とつながる施設デザイン考
-広がる建築の可能性 -」
水谷俊博

環境デザイン再考
武蔵野クリーンセンター
Musashino Clean Center

『街(地域)とつながる』という事を考えたとき、脱グローバリズムのスタンスをどう捉えるか、ということも大切なトピックと考えられます。それを建築に置き換えてみると、空間やプログラムをシンプルに純化したり、系統的かつ階層的にデザインコンセプト等をコントロールせずに、多様な複合性を拾い上げる、ということも一つの重要なファクターになるでしょう。本講義では、講演者が実際に建築設計に携わった公共施設、「アーツ前橋」(群馬県前橋市)と「武蔵野クリーンセンター」(東京都武蔵野市)の2事例を中心に紹介がされ、「街と つながる施設のデザイン」というものを考えるきっかけを得る講義が展開されました。

| Third Lecture (11/17) |

“Facility Design Connected to Town –Expanding Architectural Possibilities–”
Toshihiro Mizutani

Coming to understand the position of de-globalism is an important issue when considering “how to connect with towns (areas).” When this issue is considered through architecture, it corresponds with how engagement with diverse multiplicity, instead of simple purification of space and program or systematic and hierarchical control of the design concept, is becoming an important factor. This lecture mainly discussed two examples of public buildings, namely “Arts Maebashi” (Maebashi, Gunma) and “Musashino Clean Center” (Musashino, Tokyo), both of which the lecturer designed, and it offered an opportunity to consider the concept of “facility design connected to towns.”

風袋
街と施設の理想的な「つながり方」を言葉にすると、どんな感じでしょうか。脱グローバリズム、多様な複合性などのキーワードもあがっていますが、もう少し詳しく教えてください。
水谷
当たり前のはなしだと思いますが、まずは、人々が気軽に施設に訪れて、建物の中に入りやすい、ということが大切だと思います。そして、施設内に入った人々が、さまざまなかたちで憩い、滞在できる魅力的な場があることです。もう少し入ディープな「つながり」となると、その施設内で人々が目的を持ったアクティビティができることが必要と思います。どこまで、それだけ必要かは、その施設の在り方によって変わってくると思います。例えば「、アーツ前橋」では不統一なヴォリュームの空間がつながる構成や、施設に設けられた開口から見える景の差異、既存のまま残した建築部位等が生む特異感、がゆるやかに連続していくことにより、多様なスケール感や複合性を持つ街の姿とつながっていく建築をつくることを目指しています。その状態を「ゆるやかな不統一の連続」と呼んでいます。

第4回
11/24

田無・保谷の神社と明治維新
-モノからものがたりへ-」
河津優司

環境デザイン再考
尉殿神社 参道
Approach to Jodono Shrine

明治維新直後に発令された「神仏判然令」は全国の神社のあり方に多大なる変革を引き起こし,ひいては廃仏毀釈と呼ばれる寺院の破壊までも惹起しました。のちには「合祀令」によって消えてゆく神社もありました。今日の日本人の信仰形態はそれらを起点として形成されたものですが,身近な社寺にその痕跡はいまだに残っています。本講義では、西東京市の田無神社,尉殿神社,天神社,氷川神社を事例にそのときそれぞれ何が起こったのかが検証され、いまに残る神社の「ものがたり」を知ることも豊かな環境の形成に貢献するものであることが示されました。

| Fourth Lecture (11/24) |

“Shrines in Tanashi/Hoya and Meiji Restoration –From Artifact to Story–”
Yuji Kawazu

“The Kami and Buddha Separation Order” issued immediately after the Meiji Restoration caused a radical transformation in Shinto shrines throughout Japan, and even triggered violent destruction of Buddhist temples called haibutsu kishaku. Later, some shrines disappeared due to the Shrine Merger Order. These events became the origin of Japanese people’s religious belief today, and the marks left can still be seen in the shrines and temples around us. This lecture used the examples of Tanashi Shrine, Jodono Shrine, Ten Shrine, and Hikawa Shrine in Nishi Tokyo to examine what happened to each during that historical moment, and demonstrated that knowing the still visible “stories” of the shrines also contributes to the formation of a rich environment.

風袋
少年時代に地域の肝試しに参加した時のことを、ふと思い出しました。闇夜の一本道を歩いて神社までお札を取りに行ったのですが、その直前に聞かされた怖い「ものがたり」によって、単なる道や神社が全く別の世界に感じられた体験です。さて、「『ものがたり』を知ることも豊かな環境の形成に貢献する」というときの「環境の形成」とは「環境の体験が形成される」という意味だと考えてよろしいでしょうか?
河津
「環境の体験」という概念は大切かもしれません。「環境」は「体験」されて初めて「環境」となるからです。その場の土地も歴史もあるがままにあります。その時を生きる人間になされるがままにあると言ってもいいかもしれません。「環境を体験する」というとき、その体験者にとって「環境が発見される」ことになります。天神社も尉殿神社も、だれにとってもあるがままにあるのですが、「発見」されることによって、発見者に新たな「体験」を付与します。このことこそが「環境の発見」「環境の体験」ということになるのです。「モノからものがたりへ」というとき、単なる「モノ」でしかなかった環境(タテモノ)が、「ものがたり」を生み出すような文化的「環境」へと変貌を遂げます。大切なことは、そこには「体験者」が必須だということです。すべて「体験者」次第だということです。「体験者」が「環境」をつくっているといってもいいでしょう。その「体験」のありかた次第なのです。「ものがたり」も人それぞれです。あるがままにある「モノ」に、それぞれに見合った豊かな「ものがたり」を発見しましょう、というのが私の願いです。

今回の連続講座で、環境デザインを再びテーマとする意義について自問自答した際に、論考集「環境デザインの試行」を何度も読み返しました。環境デザインの可能性を巡る長い議論の末に、「気づき」に対する深い理解に到達したことを振り返りつつ、その先にある言葉を探しました。それが、「築く」です。同じ音を持ち、語呂合わせ的な印象が強いかもしれません。しかし、築くことのない気づきや、気づくことのない築きに、未来はないのではないか。そう考えると、この相互補完的な2つの言葉のつながりに希望を託したいと思います。「環境デザイン再考」4 回の講義を終えた今、より強くそのことを感じています。(風袋)