4月9日、10日の2日間にわたり、築地本願寺で新入生と教員を対象とした参拝を行いました。両日にわたって全学部・研究科ごとに計6回に分かれて参拝を行い、参加者は本学発祥の地である築地本願寺で学祖高楠 順次郎博士の建学の理念について理解を深めるとともに、自らの夢や目標に向かって初心を固める日になりました。
このたびの築地本願寺での参拝に際し、新入生へのあたたかなご挨拶を賜りました。そのお言葉の趣旨が伝わるよう、一部を抜粋の形でご紹介させていただきます。
築地本願寺宗務長 尾井 貴童師

皆様、本日はようこそ築地本願寺にお参りくださいました。この本堂は約100年前、まだ重機もない時代に「仏教を次世代へ伝えたい」という多くの方々の情熱で築かれました。
浄土真宗は、阿弥陀様が「一人ももらさず救う」という無条件の慈悲を説く教えです。翻って現代を見渡せば「自分ファースト」が溢れ、自分と違う者を排除しようとする空気が強まっているように感じます。
しかし、仏教が教えるのは、他人を責める前にまず自分を省みることです。日本人がマナーや礼儀を評価されてきたのは、相手を受け入れる「寛容な心」を大切にしてきたからだと思います。この心こそが、現代に最も必要なのではないでしょうか。
阿弥陀様が私たちを想い合ってくださるように、皆様も他者の命を慈しみ、優しい世界を共に作っていかれることを切に願っております。本日は誠にありがとうございました。
築地本願寺副宗務長 木村 共宏師

ご入学おめでとうございます。築地本願寺へようこそお参りくださいました。私からは築地本願寺の歴史と、これからの学びについてお話しさせていただきます。
1617年に西本願寺の別院として浅草近くに建立された築地本願寺は明暦の大火で焼失後、海を埋め立てた「築地」の地へ移転しました。伊東忠太博士の設計により建立された現在の本堂は、外観は古代インド様式でありながらも、一歩入れば伝統的な仏教の世界が広がっているという特徴的な建物様式です。
これからの学生生活、AIの発展で知識を得ることは容易になるでしょう。しかし、大切なことは主体としての「自分」を見失わないことです。また、昨今の闇バイトや特殊詐欺などに見られるように、道具を使いこなす技術以上に、高い倫理観と知性がなければなりません。
この宗門校でのご縁を大切に、学問と共に「人としての心」を深めていってください。皆さんの学生生活が、素晴らしいものとなるよう願っています。
学校法人武蔵野大学総長 釈 徹宗

皆さん、本日は築地本願寺へようこそお参りくださいました。
今の世の中はとても急ぎ足で、放っておくと心に余裕がなくなり、自分中心の考えでイライラしたり、周りが見えなくなったりしがちです。だからこそ、今ここで静かに手を合わせ、ガチガチになった心をふんわりと柔らかく解きほぐしてほしいのです。
仏像が目を半分だけ開けている「半眼」には、「半分は外の世界を、半分は自分の内面を見つめる」という意味が込められています。皆さんも、専門の学びや社会に目を向けるのと同じくらい、自分の心もよく観察してあげてください。自分の気持ちというのは、意識して見つめていないとなかなか把握できないものですから。
実は、本学の附属校である千代田中学校・高等学校(当時は千代田女学園中学校・高等学校)の卒業生である女優の樹木希林さんも、かつて人生の壁にぶつかった際、学生時代に学んだ「仏教の教え」に深く支えられたそうです。彼女は「人間は必ず死ぬ」という真理を胸に、しなやかで強い心を持って生きておられました。
私たちが大切にしているのは、単なる知識の習得ではなく、皆さんの人生そのものの支えとなる「人格教育」です。仏教は教えだけでなく、音楽、芸術、武道など、日本文化のあらゆる根っこに繋がっています。これからの大学生活、そうした広い世界に触れて、自分なりの何かをぜひ感じ取ってください。
お帰りの際には、築地本願寺の敷地内にある「武蔵野女子学院 発祥の地」の記念碑もぜひ見てみてくださいね。私たちの歴史の原点に触れ、新しい一歩を踏み出していただければ嬉しいです。
武蔵野大学副学長兼仏教教育事務部長 石上 和敬

ご入学、おめでとうございます。
大学生活では新しい人間関係にワクワクしたり、時に悩んだりすることもあるでしょう。そんな皆さんに、作家の大江健三郎さんの言葉を贈ります。それは「親と子は互いに向き合うのではなく、共に同じ方向を見ることが大切だ」という考え方です。
これを仏教の視点で言えば、「あなたも私も、共に仏様に見守られている」という「も」の関係を意識することです。
自分と相手がただ対立するのではなく、世界の平和や幸せといった「日常生活を超えた大切なもの」を同じ方向で見つめてみてください。
築地本願寺の本堂のような具体的な形も、そのつながりを思い出す助けになります。一人で悩まず、「あの人も自分も、どこかでつながっている」という安心感を胸に、実り多い毎日を歩んでいってください。応援しています。
武蔵野大学学長 小西 聖子

今日は、これまで武蔵野大学がどう歩んできたのか、その「願い」の原点についてお話しします。
私たちの大学のルーツは、100年以上前の関東大震災(1923年)にまで遡ります。当時、築地本願寺も火災で焼け落ちる凄まじい惨状でしたが、その境内に建てられた「仮設救護所」が、被災者や孤児を支えるソーシャルワークの拠点となりました。この救護所の建物を、翌年に高楠順次郎先生が譲り受けて開校したのが、武蔵野女子学院。それが今の武蔵野大学の起源になります。
大災害という絶望的な状況の中で、「少しでも人の苦痛を和らげ、幸せを形にしたい」と多くの人が願ったその切実な思いが、大学の根本的な精神として今も脈々と流れています。
皆さんに伝えておきたいのは、知識だけで「わかったつもり」にならないでほしい、ということです。今や専門知識も豊富に得られる時代ですが、実際に現場に立ち、目の前で困っている人を見て、声を聞かなければわからないことがたくさんあります。学んだ知識を体験と結びつけ、もう一度見つめ直す。そんな風に想像力を働かせながら、一歩ずつ学びを深めていただけたらと思います。
開学の地、築地本願寺と武蔵野大学
本学は、1924年に築地本願寺の地で誕生しました。前年9月の関東大震災で東京の下町は焼け野原になり、10万人以上の方々が亡くなられました。築地本願寺の本堂も焼け落ち、焼け跡には日本赤十字社の仮設の救護所が建てられました。半年を経て、使用されなくなった病舎を借り受けて誕生したのが本学の前身である武蔵野女子学院です。
本学の学祖高楠順次郎博士は世界的な仏教学者でしたが、「生きとし生けるものが幸せになるために」という仏教の根本的な願い(四弘誓願)を大切にして、人格向上の道を歩むことを願って学院を開設されました。
それから100年、学校法人武蔵野大学は令和6年度に創立100周年を迎えました。今では、幼稚園、中高、そして大学、大学院を含む総勢1万3千人を超える総合学園となりました。大学だけでも、13学部、21学科、14大学院研究科、通信教育部を擁する総合大学となり、たえず成長とチャレンジを続ける大学として発展を続けています。
なお、100周年の記念事業の一つとして、この築地本願寺の境内には「武蔵野女子学院発祥の地」と刻まれた記念碑が据えられました。
