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十七音で表現する自分の感情

No.038

文学部
日本文学文化学科4年

伊藤 翔太 さん

※所属・内容は取材当時(2025年12月)のものです。

「俳句創作ゼミ」での活動から大会へ

私は、3年生の時から文学部日本文学文化学科の俳句創作ゼミに所属しています。そこでは、1週間に一回、句会をして俳句を作る活動をしています。句会とは、俳句創作ゼミに所属する学生がそれぞれ俳句を作って持ち寄り、相互に評価しあうという活動です。俳句を学生や先生に読んでもらい、時にはコメントをいただいて、持ち寄った中から優れた俳句が選ばれます。以前、私が選ばれた際は記憶を司る「海馬」を俳句に入れていました。その時、「訪れた人が何かを思い出そうとしている、懐かしい感じがする」というような選評コメントをいただいたのですが、実は私は違う意味を込めており、人によって読み方が違うことを実感しました。このように、句会では異なった捉え方をされることもしばしばあります。 その他の活動としては、武蔵野キャンパス内を歩き回り、季節を五感で感じながら、俳句を詠むこともあります。キャンパス内だけではなく、井の頭公園等の学外の場所にも足を運んで俳句を詠むことがあります。現在、ゼミでは卒業制作として自分が作った100句以上の俳句をまとめた句集を作成することを目標として、日々、俳句を作り続けています。

また、昨年より、俳句創作ゼミの先生である堀切克洋先生に教えていただいた「現代俳句全国大会」に自分が詠んだ作品を応募しています。2年目の今年は「第62回現代俳句全国大会 青年の部」に『鳥雲に祈りなりそこなつた息』という俳句で応募し、正賞をいただきました。

俳句に触れるきっかけー原点は高校生の頃-

私は高校生の時に文芸部に所属していました。短歌や小説などを創作する部活動だったため、創作活動には馴染みがありました。そのころは短編小説を主に書いていたのですが、せっかくなら大学では別の創作をしてみようと考えました。俳句を扱うゼミがあることを知り、難しそうでありながらも面白そうと思い、俳句創作を選びました。また、高校生の時、短歌を作った際に、音数を持て余してしまうことが多かったため、より音数の少ない俳句の方が自分には書きやすいのではないかと考えたことも理由の一つです。

もし、高校生の自分に俳句の魅力を説明するのであれば、まずは1年のさまざまな自然や行事などが記された歳時記を読んでほしいですね。当時は俳句の良さを分かっていなかった気がしますし、部活でも俳句はほとんど詠んでいませんでした。俳句は慣れてこないと良さが分からないことが多く、小説とはまた違う魅力があると思っています。

俳句から見えてきた自分の感情

俳句を創作していると、作った俳句がどうも微妙に感じることがあります。いろいろと推敲しているときに、すっきりとまとまって一句になった時は嬉しく思います。これしかないというような形まで推敲できると、作ってよかったなと感じます。推敲は、お風呂に入っている時など生活している中でふとまとまったり、その時はまとまらずに放っておいたものの、別の俳句を作った時にうまくまとまることがあります。

逆に大変だったこともあります。それは、自分が表現したいことがうまく伝わらなかったことです。俳句は五・七・五の17音で構成されるため、とても短いです。そのため、鑑賞で想定していない読み方をされてしまうことも多くあります。ただ、想定はしていなかったけれど面白い読み方をされたときは、作品が鑑賞によって深みを増すという良さも体験しました。 今回、正賞をいただいた「鳥雲に祈りなりそこなつた息」は、言葉になりきっていない微妙な感覚を詠もうと思って書きました。祈りは言葉になることも多いですし、そこには願いのようなものがあると思っています。祈る時に、思いが強すぎるが故に言葉にならなかった感覚をこの俳句に込めています。

俳句とともにこれからのことを考える

今後は、未来の自分が詠んでよかったなと思えるような俳句を作っていきたいです。昨今は生成AIの発展も著しいですが、それがなくても良い句を作る人は大勢います。質の高い作品は勝手に増えていきますが、当然のことながら、自分の句は自分で作らなければ増えません。インターネットや生成AIからの情報ではなく、視覚などの五感からくる情報で人間味のある句を詠んでいきたいと思います。

俳句創作を続けていると、『昔、こんな句を自分が詠んだ』という事実が、感慨深いものになる日がいつかくるのではないかと考えています。自分で作った俳句は、ある程度大人になって落ち着いてきたときに読み返したいと思っています。もちろん、他の人が詠んだ句も読んでいきたいです。多くの句集や俳句誌を読むことも目標の一つです。

俳句は、創作活動の中ではややハードルが低いと思いますので、少しでも興味がある人はぜひ挑戦してみてください。

句会の様子
井の頭公園での句会

先生に季語の説明をしていただく
井の頭公園の紫陽花。夏の季語
夏の日差しの中、繁った木の涼しげな陰のことを指す「緑陰」。夏の季語

現代俳句全国大会の賞状と句集

取材を終えて

俳句という17音の中に、伊藤さんが季節や感情を丁寧に折り重ねてきたことが取材の中で伝わってきました。特に、言葉になりきらない感覚を俳句で表現していることについては、俳句という形式の奥深さと、伊藤さん自身の感性が重なって見えました。生成AIが全盛の時代にあっても、視覚からくる情報で人間味のある句を詠んでいきたいと伊藤さんが仰っていたように、私も自分の視覚や体験を信じて生きていきたいと思います。

取材・執筆:社会福祉学科 2年 田中 春香

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