農業と都市をもつなぐ建築の新たな視点

No.044
工学研究科
建築デザイン専攻修士1年
森谷 玲香 さん
※所属・内容は取材当時(2026年5月)のものです。独自の地形を活かす、地域をつなぐ提案
北海道の広大な農地は、開拓期(1869年~1910年代頃)の「碁盤の目」構想により、500メートル間隔に格子状に区画割りされています。この地形に着目し、農地で道路が交差する「農地の交差点」へ等間隔に拠点を配置し、農家さん同士や地域との繋がりを生み出すための新たな交流の場となるよう建築デザイン学科の卒業研究で設計しました。
拠点には、農家さんが作業の合間に気軽に立ち寄れる休憩室と、収穫期に周囲と向き合い、交流しながら作業ができる選別室という2つの交流機能を設けました。さらに、地域住民や外部から訪れた人が、採れたての野菜や規格外の野菜を買いながら農家さんと直接対話ができる直売所としての機能も道沿いに持たせています。複数の場所に拠点を作ることで、広大な土地の中でも人の気配や温もりを感じることができます。
はじまりは農業への危機感、今私にできることは
活動の原点には、「もしも日本の食の生産現場がなくなってしまったら、私たちの食生活はどうなるのだろう」という強い危機感がありました。日本の農業は、少子高齢化の影響による後継者不足により、農家数の最大期である1955年頃の約600万戸から、現在では約80万戸まで減少しています。さらに5年後には農家が半減するとも言われています。
この人手不足による農地の放置問題や、土地のこれからのあり方に疑問を持ったことがきっかけとなり、農地に囲まれて育った環境など、自身の原点を見つめ直して農業というテーマに深く切り込むことを決めました。最初は、一見すると関わりが薄そうに見える農業と建築をどのように掛け合わせるべきか、北海道の景色に対して自分の設計が本当にふさわしいのか分からず、悩み続けた部分もありました。しかし、そこで一生懸命頑張って作業している方々の姿を見て、人を包み込む空間を作り出せる建築の可能性を農地においても見いだせるのではと気づき、今回の設計を形にすることができました。
想いを原動力に、自身の興味を信じて進む
活動を通じて、机の上の調査だけでなく実際に現地へ足を運び、自分の目で見て体感することの重要性を深く学びました。約2週間の北海道での現地調査では、農産物の共同販売などを行うJAや豆の販売に特化した会社で作物を収穫した後の選別作業を体験しました。また、農家さんの家でキャベツの収穫や雑草取りを体験しました。その中で、主婦の方々が向き合い、会話を交わしながら作業する姿や、農地の角の場所を休憩場所としている姿を見て、それを設計へ反映する工夫に繋げました。また、既存の農業倉庫のトタンの素材感や鉄骨構造を取り入れ、トラクターの荷台やコンテナのサイズに合わせた寸法設計を行うなど、風景に馴染む建築のあり方を模索しました。協力してくださった地域の皆様に見て頂きたいという思いが原動力となり、最後までやり切ることができたと考えています。さらに、人生に一度の挑戦として自ら応募した「北海道組卒業設計合同講評会2026」では、土地勘のある現地の建築家から「これからの農業に良い提案だね」と講評をいただき、優秀賞を受賞することができました。自分の興味を信じて外部へ発信し、評価されたことで、大きな達成感と自信を得ることができました。
学びと経験をもとに、緑地の新たな可能性を広げる
現在は大学院へ進学し、北海道のような大規模な農地だけでなく、より身近な都市部における農業のあり方や産業システムについて研究を深めています。これからの目標は、都市部に残された都市緑地を、建築のアプローチから維持・存続させる仕組みを確立することです。近年、生産緑地の中で直売所やレストランといった食に関わる建築物の設置を認める法改正が行われたため、この制度に沿った建築提案を具体化させたいと考えています。単一の緑地を単体で守るだけでなく、街全体に点在する複数の緑地を機能的に繋げ、災害時の防災拠点としても機能するような、広い範囲での活用方法を模索していきたいです。卒業設計で学んだ「人の営みをよく観察し、構造や素材を生かして人を支える空間を作る」という姿勢を発展させ、都市の小さな農地において建築がどのように貢献できるかを模索し続けていきたいです。
取材を終えて
取材を通して森谷さんの広い視野と、自らの研究に対する熱意を感じることができました。一見すると繋がりの薄い農業と建築ですが、現地での調査や体験を経て、そこで働く人を包み込む空間を設計したいという想いを形にして、自ら外部へ発信して評価を勝ち取った姿勢に感銘を受けました。また取材中に、建築には正解がなく無限に考えられるとおっしゃっており、作品をより良いものにしたいという姿勢が伝わってきてとても印象に残っています。
取材・執筆:データサイエンス学科 2年 水野 矢真人