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法学研究科長インタビュー

2022.03.22

武蔵野大学法学研究科長『有明日記』その8

SDGやESGを意識した、ルール創り教育の展開
―大学院法学研究科と法学部法律学科の共同授業など―

法学研究科長(前法学部長・前副学長) 池田眞朗

有明日記8

上の左側の写真は、2015年の武蔵野大学法学部法律学科の民法の授業風景です。全国の法学部でも類例のなかった「大教室双方向授業」を実践しているところです。そして私たちは、2020年度からのコロナ禍におけるZOOMオンライン授業でも、この「大教室双方向授業」の実現に努力してきました。一方、右側の写真は、法学研究科の「ビジネスマッチング方式」による、教員・院生の合意による遠隔・対面授業の選択をイメージしたものです。法学研究科では、この方式を、新型コロナの収束の有無にかかわらず継続採用します。そして、武蔵野大学法学部法律学科と大学院法学研究科は、2021年度から、SDGsやESGを取り込んだ、「新しいルール創り教育」の実践を始めています。
(法学研究科長『有明日記』は、法律学科と法学研究科の双方のページに掲載します。)
お待たせしました、有明日記の更新です。「新世代法学部」を標榜して2014年に誕生した本学の法学部は、完成年度入学の4期生が2021年3月に卒業し、史上最高の成果を残してくれました。さらに1期生の卒業生たちの華々しい成果もありました。一方、大学院法学研究科ビジネス法務専攻は、2018年4月からまず修士課程を開き、2021年4月からは博士後期課程も開設しました。
法学部から大学院法学研究科博士課程まで整った本学では、早速、2021年度から多彩なゲストスピーカーを招いて、法学研究科と法律学科の共同授業を複数回開始し、SDGsESGを取り込んだ、「新しいルール創り教育」の実践を始めています。本稿はその御報告になります。また大学院のほうでは、その「新しい法学教育」を実現させる有力な方法として、社会構想大学院大学とタイアップして、実務家教員を養成する「実務家教員COEプロジェクト」を2019年度から遂行中です。さらに、科目等履修生制度に力を入れ、そのうちの一部には、法律学科4年生が奨学金を得て大学院の科目を履修できる制度も創設されています。2022年度授業の開始に際して、常に一歩先を目指している法律学科と法学研究科の最新情報をお伝えします。是非これまでの有明日記と合わせてお読み下さい。

時代のトレンドと武蔵野・法の教育コンセプト

今回は、大学院志願者や学部受験生の保護者の方々を対象に、少しレベルを上げたお話をしたいと思います(これまでの法律学科と大学院法学研究科の歩みについては、是非前回の有明日記7をお読みいただけますと幸いです)。
なぜ武蔵野・法では、「ルール創り教育」をしているのか、なぜ武蔵野・法では「起業」の科目を置いているのか(大学院に「起業ビジネス法務総合」を置いて、法律学科4年生にも科目等履修生として学べるようにしています)、なぜ武蔵野法学研究科では「実務家教員」を養成しようとしているのか、がすべてつながるお話です。

(1)高度知識社会

前回、現代は、「情報社会」を通り越した「高度知識社会」だということを書きました(政府が言うSociety5.0「超スマート社会」の考え方です)。そこでは、人はある意味では学び続けないと生きていけません。つまり、新しい知識が次々と必要になってくる中で、学ぶことと生きることがイコールで結ばれる時代が到来しているのです。そこから、社会人の学び直し(リカレント、リスキリング)教育の必要性も言われるわけです。

そうすると、この「高度知識社会」の法学部・法科大学院教育は、どう変わらなければならないか。考えてみてください。進展の速い時代には、当然、法律も以前よりも変わるスピードが速くなります。それだけでなく、新しいルール、新しい法律を制定する必要がどんどん大きくなってくるわけです。

(2)想像力と創造力

ひと昔前の法学部生は、長い間机に向かって、権威とされる学者の本を読み込み、覚えたことを答案に再現できる学生が優秀とされたのです。しかし、現代では、それだけの学生はあまり役に立ちません。そうではなくて、時代の新しいニーズに応えて適切なルールを創り出せる人材が求められているのです。つまり、学んだことの正確な再現の能力よりも(それもある程度は必要なのですが)、時代のニーズに対応できる「想像力」と「創造力」が求められるのです。私は、もう20年以上前から、法律の学生に一番足りないのが想像力(イマジネーション)と創造力(クリエイティビティ)であると論じてきましたが、まさにそういう時代が到来しているのです。

(3)行動立法学とルール創り教育

そうであれば、法律の条文を覚えたり、学説を暗記したりなどという学習よりも、このルール(法文)は何のための、誰のためのルールで、それがないと人はどう困るのか、どう行動してしまうのか、という観点からの学びをしっかり身に付けて(池田「行動立法学序説」〈注1〉参照)、自分が卒業して入って行く社会の構成員をより幸福にできるルールの創り方を学ぶことが大切になるのは当然なのです。

(4)起業を学ぶ意味

そしてそういう能力を培うためには、「想像力」と「創造力」の涵養が必要なので、たとえば「起業」の勉強をするのは、まさにそういう力を養うのに適切なのです。前述の「起業ビジネス法務総合」では、会社作りに関係する法律を学ぶだけでなく、起業家の客員教授の指導も含めて、実際に会社を作るために例えば地方公共団体に補助金を申請する申請書を作り、我々担当教員を仮装投資家としてプレゼンテーションをするところまで行ってもらいます。

(5)実務家教員の必要性と有用性

このように考えてくると、学生側に必要な資質・能力が変わってくるのと同様に、教える教員の側にも求められる能力が変わってくることがわかります。つまり、これまでの法律学とその教育は、学説偏重の傾向がありました。いわゆる条文解釈学が幅を利かせていたのですが、ルールをどう解釈するかも重要ではあるのですが、問題は現実の社会生活の中で、そのルールをどう使ってどう紛争を解決するか、あるいは紛争になる前にどう予防するか、さらにはルールのない問題にどう対処するか、などというところにあるはずです。それであれば、学理的な研究(その必要性も否定はされませんが)だけでなく、実際の取引や紛争解決に関与してきた経験の豊富な、実務家教員の重要性が増してくることは当然と理解されるでしょう。

(6)時代のトレンドと武蔵野の法学教育

このようにして、学部法律学科のルール創り教育と、大学院ビジネス法務専攻の開設、そこでの実務家教員養成、さらに起業家養成授業は、すべてつながるわけです。武蔵野の法律学科・法学研究科のコンセプトが時代のトレンドに即していることをご理解いただけたかと思います。

SDGs・ESGと法律学科・大学院法学研究科共通授業

では、我々は具体的に以上のコンセプトをどう実践しようとしているのか。教育は実践です。実践して、結果につなげなければ評価されないのです。法律学科の、司法試験や難関資格試験の合格実績については、前回までの有明日記を参照していただくとして(なお、2021年度には、新たに不動産鑑定士試験にも合格者を出しました)、ここでは2021年度後期までに複数回行った、新しい試みについて御報告しましょう。それが、前回も少し触れた、SDGs・ESGを意識した、法律学科と法学研究科の共通授業の展開なのです。

2021年度には、SDGsやESGに関係する、法学研究科と法律学科の合同特別授業を合計3回にわたって実施しました(法学研究科は、その実績にもとづいて、SDGs実行宣言を6月に発出しました)。5月に法律学科・法学研究科合同SDGs関係特別授業「SDGsとESGを学ぶ」を開催し、6月には、ダイハツ工業の方に法律学科・法学研究科合同ESG関係特別授業「自動車メーカーの地域貢献―ダイハツ工業の場合」という講演をしていただき、さらに12月には、日本経済新聞社の方にやはり法律学科・法学研究科合同授業として「法律の学生における新聞情報の重要性―ことに日本経済新聞の場合」 という講演をしていただきました。これらは、いわゆる法律学の専門科目の授業のように、入門から専門へという積み上げをしていくものではありませんので、学部の1年生から大学院生までが、同じ講演でもそれぞれレベルの異なった理解と気づきを得られるものです。それで、コロナ禍の中でもZOOMでの遠隔授業を採用することによって、対面の場合の教室定員の制約なく、大人数で受講してもらえたわけです。

SDGsに関しては、武蔵野大学全体が重点テーマとしているのですが、法学研究科と法律学科では、それに加えてESGの観点が必須となります。企業において配慮すべき環境、社会、ガバナンスの問題ですが、ここに他学部他学科にない特徴があることになります。

「科目等履修生」の募集―知のカフェテリアへようこそ

上に述べたように、学ぶことと生きることがイコールになる時代です。そして武蔵野の大学院法学研究科は、国立・私立の著名教授や、4大とも5大とも呼ばれる法律事務所の第一線の弁護士教員などをスタッフに擁しています。ですから、法学研究科で学びたいが大学院の正規生となるのが負担という人については、1科目、2科目の科目等履修生という制度があり、法学研究科ではこれに力を入れています。これまでは年2回、前後期の募集をしていたのですが、本学は4学期制を取っているので、より多くの方々の応募ができるよう、2022年度からは、3月募集、5月募集、9月募集という3回の募集をすることにしました。社会人や他大学の大学院生などの場合は、原則書類選考で採用致します。冒頭にも書きましたように、教員との合意でオンライン受講もできます。また、前回にも書きました、2020年度から開始している、法律学科4年生が、しかも(人数に限りがありますが)2科目程度の法学研究科の授業を科目等履修生として(しかも奨学金を得て)聴けるという、「科目等履修生」+「ABC奨学金」の制度を始めました。ABCはAriake Business Challengersの略です。もちろんこちらは面接等による選抜があります(学部4年生が履修した場合も、成績証明書に成績が付きますし、本学の法学研究科に進学した場合は履修済み科目としてカウントされます)。

「人的資本投資」に対応できるビジネス法務教育の探求

最近、「人的資本投資」という言葉が使われるようになりました。かつて私が省庁の審議会でご一緒したことのある東京大学の柳川範之教授は、その理由として、①技術革新や環境変化によって、リカレント(学び直し)教育などスキルアップの必要性を多くの人が感じるようになったこと、②今後イノベーション(技術革新)を生み出すために、新しいアイディアを出すことができる、人の能力を高めることの重要性が認識されてきたこと、を挙げておられます(柳川範之「人間中心の人的資本投資を」日本経済新聞2022年3月15日)。本稿をここまでお読みになった皆さんは、私の述べてきたところがまさにこの人的資本投資につながることをご理解いただけると思います。そして柳川教授は、企業の中で人を人的資本として認識しそこへの投資を考えるのがこれまでの考え方だったが、これからは個人を主語にして投資を考える必要性が出てくる、と説いておられます。「個人が主体的に、必要な人的投資を行っていくことが重要になる」と言われるのです。つまり、人々は自らを成長させ心身の健康や幸福(ウエルビーイング)を得るために、適切な投資をすること、そしてその効用を社会全体で測定・評価することが大切になるわけです。

それを私の立場で受け止め、表現し直すならば、新時代の法学教育、ことにビジネス法務教育は、そのような社会全体の要請に適切に応えるものでなければならないことになります。武蔵野大学の法律学科・大学院法学研究科の教育は、これまでもそしてこれからも、そういう意識と使命感を持って、構築し展開していくものとしたい。これが、2022年度の学年開始にあたっての、法学研究科長としての意思表明です。

実務家教員養成プロジェクトの成果について

最後に、本学法学研究所(法律学科と大学院法学研究科を所轄)で2019年度から実施している、「実務家教員COEプロジェクト」については、報告書に相当するものとして、池田眞朗編著『アイディアレポート ビジネス法務教育と実務家教員の養成』(2021年3月末出版)と、この2022年3月末に公刊される続編、池田眞朗編著『実践・展開編  ビジネス法務教育と実務家教員の養成2』があります(いずれも発行は武蔵野大学法学研究所、(株)創文扱い)。 続編の『実践・展開編』の中では、法学研究科の「ビジネス法務専門教育教授法」という科目の紹介や、受講生の報告論考、実務家教員の使用に適した教材の開発等が掲載され、さらに西本学長の講演や小西副学長との対談等も収録されています。関心のある方はご参考にしてください。
〈注1〉池田眞朗「行動立法学序説―民法改正を検証する新時代の民法学の提唱」法学研究(慶應義塾大学)93巻7号(2020年)57頁以下。

関連リンク

【法学部・法学研究科NEWS】
2021.12.24 法学研究科長がクメール語翻訳版民法教科書出版の記念講演を行いました

https://www.musashino-u.ac.jp/news/20211224-04.html

2021.11.08 法律学科卒業生が不動産鑑定士試験に合格しました
https://www.musashino-u.ac.jp/news/20211108-02.html

2021.06.29 法学研究科は2021年6月に法学研究科SDGs実行宣言を行いました
https://sdgs.musashino-u.ac.jp/news/grad_law_sdgs/

2021.06.19 ダイハツ工業による法律学科・法学研究科ESG関係特別授業を行いました
https://www.musashino-u.ac.jp/news/20210619-01.html

2021.01.21 法律学科の1期生2名が司法試験に合格しました
https://www.musashino-u.ac.jp/news/20210121-01.html

2020.12.28 法科大学院合格者数最終発表  国立・私立とも史上最高を更新しました
https://www.musashino-u.ac.jp/news/20201228-03.html

2021.02.03 法律学科1期生が司法書士試験に合格しました
https://www.musashino-u.ac.jp/news/20210203-01.html
 
【法学部・法学研究科EVENTS】
2021.03.02 法学研究科博士課程開設記念連続フォーラム(オンライン)第3回「高齢者とビジネスと法」Onlineフォーラム
https://www.musashino-u.ac.jp/event/20210302-00000591.html

2021.02.16 法学研究科博士課程開設記念連続フォーラム(オンライン)第2回 担保法制Onlineフォーラム
https://www.musashino-u.ac.jp/event/20210216-00000584.html
 
2021.02.02 法学研究科博士課程開設記念連続フォーラム(オンライン)第1回Online電子契約フォーラム
https://www.musashino-u.ac.jp/event/20210202-00000570.html
 

池田眞朗教授1

池田 眞朗 Masao Ikeda
【プロフィール】
1949年生まれ。博士(法学)(慶應義塾大学)。2020年3月まで、本学副学長・法学部長。現在本学大学院法学研究科長。専門は民法債権法、金融法。現在日仏法学会理事、ABL協会理事長。慶應義塾大学名誉教授。

フランス国立東洋言語文明研究所(旧パリ大学東洋語学校)招聘教授、司法試験(旧・新)考査委員(新司法試験民法主査)、国連国際商取引法委員会国際契約実務作業部会日本代表、日本学術会議法学委員会委員長、金融法学会副理事長等を歴任。

動産債権譲渡特例法、電子記録債権法の立案・立法に関与。主著の『債権譲渡の研究』(全4巻)で全国銀行学術研究振興財団賞、福澤賞を受賞。2012年民法学研究功績により紫綬褒章受章。

【最近の著作・論考】

【著書】
『ボワソナード』(日本史リブレット)(山川出版社、2022年)
『ボワソナードとその民法〔増補完結版〕』(慶應義塾大学出版会、2021年)
『スタートライン債権法〔第7版〕』(日本評論社、2020年3月、本学2年生民法3Aから4Bの指定教科書)
『プレステップ法学〔第4版〕』(編著、弘文堂、2020年3月、本学1年生法学1の指定教科書)
『民法Visual Materials〔第3版〕』(編著、有斐閣、2021年3月、本学2年生民法3Aから4Bの指定参考書)
『民法はおもしろい』(2012年、講談社現代新書、本学法律学科入学前教育の推薦書)
『新標準講義民法債権各論〔第2版〕』(慶應義塾大学出版会、2019年)
『新標準講義民法債権総論〔全訂3版〕』(慶應義塾大学出版会、2019年)
『民法への招待〔第6版〕』(税務経理協会、2020年)
『民法的精義』(朱大明=金安妮他訳による上記『民法への招待』の中国語版)(清華大学出版社、2020年)

【論文等】
「新世代法学部教育の実践―今、日本の教育に求められているもの①~⑥」 書斎の窓(有斐閣) 643号~648号(2016年1月~2016年11月)
「行動立法学序説―民法改正を検証する新時代の民法学の提唱」法学研究(慶應義塾大学)93巻7号(2020年9月)
「民法改正案債権譲渡部分逐条解説―検討と問題点」慶應法学(慶應義塾大学法科大学院)36号(2016年12月)
「日本法学教育史再考―新世代法学部教育の探求のために」武蔵野法学 (武蔵野大学法学部)5・6号(2017年2月)
「民法改正法の解説と施行までの留意点」税経通信(税務経理協会)72巻13号(2017年11月)
「日本の金融法制の現状と展望―金融イノベーションと規制の観点から」(中国清華大学国際シンポジウム講演記録)SFJジャーナル(流動化・証券化協議会)16号(2018年2月)
「日本民法典の発展過程――ボワソナード旧民法典から二〇二〇年施行の債権関係大改正まで」二宮正人先生古稀記念『日本とブラジルからみた比較法』信山社 2019年7月
「民法(債権法)の全体像とその改正の概要」税経通信 2019年12月号
※2017年度の国立小樽商科大学の入学試験では、池田先生の著書『民法はおもしろい』(2012年、講談社現代新書)が現代国語の問題に使用されました。

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