『有明日記』その10
2024.05.21
武蔵野大学『有明日記』その10
法学部11年目のバトンタッチ
―「オンリーワンでナンバーワン」を目指して―
名誉教授(前法学研究科長・元法学部長・前副学長) 池田眞朗

上の写真は、2015年の武蔵野大学法学部法律学科の民法の授業風景で、写っているのは、2014年入学の法律学科1期生です。全国の法学部でも類例のなかった「大教室双方向授業」を実践しているところです。「マジョリティのための法学部教育」を標榜し、資格試験以外にも広く民間就職や公務員という進路もサポートしてきましたが、この学年からは、既に弁護士が2名誕生し、2024年春の段階で、4期生までで合計10名の司法試験合格者が誕生しています。
また、大学院法学研究科は、ビジネス法務専攻として、2018年に修士課程を、2021年に博士後期課程を開設し、こちらは「ビジネスマッチング方式」という、教員・院生の合意による遠隔・対面授業の選択可能システムを採用しています。したがって、法学研究科では、学部から入学した院生は対面で、業務のある社会人や遠隔地在住者は遠隔で、というハイフレックス授業も行われています。
学部も、大学院も、「アフターコロナ」の再飛躍を目指す日々が始まっています。2021年度から取り組んでいる、法学部では、SDGsやESGを取り込んだ、「新しいルール創り教育」の実践も成果が形になり始めています。 また大学院法学研究科では、法律学を超えた、新しい「ビジネス法務学」の確立に取り組んでいます。
(『有明日記』は、法律学科と法学研究科の双方のページに掲載してきましたが、執筆者であり法学部と大学院法学研究科の創始者である池田眞朗教授の退職・名誉教授就任に伴い、今回が最終回になります。)
人生を変えるのは君自身の力です
「新世代法学部」で「楽しく学んで人生を変える」。これが、ただのキャッチコピーではないことを証明しようと、10年間やってきました。既にこの「有明日記」のバックナンバーで、司法試験合格者数などの実績をお伝えしましたが、人生の目標は難関資格試験を突破するだけにあるのではありません。それぞれの人に、それぞれの達成したい目標があります。教員として一番うれしいのは、3月の卒業式の日に、「先生、本当に人生変わりました!」と言ってくれる学生諸君が多数いることなのですが、これから武蔵野・法を受験しようとする皆さんに、これだけはお伝えしておきたいことがあります。 「本当に人生変わりました!」と報告してくれる人は、経験上全員が、学業だけでなく、友達作りにも、あるいは必要に迫られてのアルバイトとの両立などにも、懸命に努力した人たちなのです。どこかの大学に入れば人生の成功が約束されるわけでは決してありません。結局頼れるのは自分自身だけなのです。ただ、武蔵野・法は、しっかりした人生の目標を持っている人には、その目標達成のためのできるだけのサポートをし、おぜん立てをしたい。そう思って努力してきました。
結局は君たち自身の努力、という好例を上げておきましょう。2017年度入学の4期生は、一橋、慶應、早稲田、中央などの法科大学院に延べ26名合格という、法科大学院進学では学部史上最高の成果を残してくれたのですが、この学年は、1期生から力を入れて指導してきた、大教室などでも「席は一番前から座る」を非常によく実践してくれた学年なのです。その受講姿勢が結果につながるのです。ただその後コロナ禍で対面授業が激減したため、その「伝統」が一時潰えたのですが、今年2024年5月の、3年生対象の「企業エクスターンシップ」(当日の講演者は鹿島建設相談役(前副社長)で本学客員教授の渥美直紀先生)を参観したところ、学生諸君は一列目からびっしり着席してくれていました。「伝統」の復活です。これなら大丈夫、と私は思いました。
11年目のバトンタッチー素晴らしい後継者のご紹介
私は、2014年開設の法学部について、ことにその法律学科について、カリキュラム作成やスタッフ集めを、当時の寺崎修学長にお任せいただき、担当しました。その後、大学院法学研究科をビジネス法務専攻として作り、2018年4月からまず修士課程を開き、2021年4月からは博士後期課程も開設しました。2023年度が博士後期課程の完成年度で、そこまで見届けての退職となりました。幸い博士後期課程も、実務家教員養成をうたってきたこともあって毎年複数の受験者があり、現在博士後期課程だけで留学生を含めて5名の在籍者となっています。修士課程生は、当初のプランの通り、学部からの入学者と、社会人、留学生の3つのカテゴリーからバランスよく在籍しています。こうして10年で、法学部と大学院法学研究科が完成したわけです。
退職する私にとって一番うれしかったことは、素晴らしい後継者に恵まれたことです。慶應義塾大学大学院法務研究科(法科大学院)教授で、以前同校の法科大学院長もなさり、昨年2023年6月まではわが国の法科大学院協会の理事長までされていた、片山直也先生にバトンを渡すことができたのです。片山先生は、私と同じ民法債権法、さらに担保法をご専門とされている、現在の日本の民法学界を代表する学者で、詐害行為取消権という分野について大部の研究書複数冊を出版されているだけでなく、多数の教科書も執筆されています。先生には、私がこれまで務めてきた、法学部長、大学院法学研究科長、法学研究所長の3つの職を兼ねていただくことになりました。
実は片山先生は、私の慶應義塾大学でのゼミの教え子で、まさに一番弟子にあたる方なのですが、あとを引き継いでくださることは本当に感謝に堪えないことで、大学の教育者としての幸福をかみしめています。片山先生には、これまでの武蔵野・法のコンセプトをご理解いただいたうえで、どうぞご自由に腕をふるっていただき、さらなるイノベーションを加えていっていただければと願っております。
退職にあたって―大学院の成果物のご紹介
私は、2020年春に3年間務めた副学長を退いて、以後大学院の強化に努めてきました。大学院は、研究機関ですから、当然その研究成果を世に問う形で発表して行かなければなりません。
有明日記その9に掲げましたように、2022年度から、法学研究所叢書の出版を開始し、2023年3月には、武蔵野大学法学研究所叢書第1巻として、一部学外の弁護士さんなどの寄稿も加えて、13本の論文を掲載した、池田眞朗編『SDGs・ESGとビジネス法務学』(武蔵野大学出版会)を上梓しました。現代の喫緊の課題にいち早く取り組んだ論文集として、他大学や著名弁護士事務所等からも注目されています。次いで2023年度分は、同年7月末に、武蔵野大学法学研究所叢書第2巻として、池田眞朗編著『検討!ABLと事業成長担保権』(武蔵野大学出版会)を出版しました。こちらは現在わが国の民事法学者やビジネス法務の関係者の最大とも言っていい関心事である、担保法制の改正に関する議論をまとめたもので、収録されているシンポジウムは、金融庁、経済産業省、財務省近畿財務局の方々の報告に、学者や弁護士の報告や論稿を加えたもので、このような顔ぶれでの「ビジネス法務学」研究の実践は、日本では他に類を見ないものとなりました。本書では、本学ご就任前の片山先生にもコメントや論文をいただいています。
武蔵野大学大学院法学研究科ビジネス法務専攻は、金融・担保関係、SDGs・ESG関係、高齢者法関係(これについては2023年9月刊行の武蔵野法学19号に同年3月実施のシンポジウムを再現収録しました)の3テーマを重点研究ポイントとしてきましたが、これらについて、武蔵野の大学院法学研究科がわが国の研究拠点として着実に認識されるようになりつつあります。
さらに2024年度分は、24年5月に、武蔵野大学法学研究所叢書第3巻として、23年11月に本学で実施したシンポジウムの収録を中心とした、池田眞朗編『日本はなぜいつまでも女性活躍後進国なのか』(武蔵野大学出版会)を出版したところです。これは、私の提唱する「ビジネス法務学」(法律学よりも広い、法律学や経済学、経営学、会計学等をつなぐハブの位置に来る新しい学問とお考えください)の実践として、研究者や弁護士以外の実業活動をしておられる方々にも登壇・寄稿していただいたものです。これが新たに武蔵野大学法学研究科独自の研究業績として社会的に評価を受けることが期待されています。
もう一つ、本学法学研究所と大学院法学研究科は、文部科学省の資金を得て、2019年度から23年度までの5年間、実務家教員養成のプロジェクトに参加してきました。これについても、2024年3月のプロジェクト完了にあたり、報告書総集編に当たる書籍、池田編著『実務家教員の養成―ビジネス法務教育からの展開』(武蔵野大学法学研究所、創文発売)を出版しました。大学院に「ビジネス法務専門教育教授法」という科目を開設して養成教育にあたりましたが、そのプロセスで上記の「ビジネス法務学」(企業や金融機関の利益や法的ノウハウを超えた、人間社会の持続可能性を第一義に考える新しい学問)の構築が進んだという経緯があります。
読者の皆さんへのメッセージ
現代は、一方で急速な技術革新が進み、他方で地球温暖化(沸騰化とも称されます)が止まらない、100年に1度と言われる大きな変革の時代です。この時代に生き残っていくためには、大学も、そして皆さんお一人おひとりも、「オンリーワンでナンバーワン」といえる強みと個性を持たなければいけないと思います。どうそ皆さんご自身も、それを探してください。なかなか見つからない、という場合も多いでしょうが、一つだけの美点ではそうは言えなくても、複数の美点をお一人で持つことによってオンリーワンと言えるという、「ハイブリッドオンリーワン」でも結構です。そういうことを私は有明での最終講義の結びに申し上げました。
少なくとも、武蔵野大学法学部法律学科を作り、大学院法学研究科を作った人間が、教壇からの最後のメッセージとして、「皆さん、やっぱり、オンリーワンでナンバーワンを目指してください」と述べていたことを、どこかにご記憶いただければ、そしてそういう記憶を持った教員・学生の皆さんにここ有明の地に集っていただければ、大変うれしいと思います。「有明日記」、最後までお読みいただいて、ありがとうございました。


池田 眞朗 Masao Ikeda
プロフィール
1949年生まれ。博士(法学)(慶應義塾大学)。2020年3月まで、本学副学長・法学部長。2024年3月まで、本学大学院法学研究科長。2024年4月より本学名誉教授。専門は民法債権法、金融法。現在日仏法学会理事、ABL協会理事長。慶應義塾大学名誉教授。
フランス国立東洋言語文明研究所(旧パリ大学東洋語学校)招聘教授、司法試験(旧・新)考査委員(新司法試験民法主査)、国連国際商取引法委員会国際契約実務作業部会日本代表、日本学術会議法学委員会委員長、金融法学会副理事長等を歴任。
動産債権譲渡特例法、電子記録債権法の立案・立法に関与。主著の『債権譲渡の研究』(当時全4巻、現在全5巻)で全国銀行学術研究振興財団賞、福澤賞を受賞。2012年民法学研究功績により紫綬褒章受章。2023年春の叙勲で瑞宝中綬章受章。