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学問の地平から 教員が語る、研究の最前線

第39回 建築学・建築設計工学部 建築デザイン学科 水谷 俊博 教授

人生を豊かにする「良い建築」をめざして

工学部 建築デザイン学科 教授

水谷 俊博Toshihiro Mizutani

京都大学工学部建築学科卒業。京都大学大学院工学研究科建築学専攻修了。武蔵野大学環境学部教授等を経て、2015年4月より現職。2023年、武蔵野市のゴミ清掃工場リニューアルに伴う「武蔵野クリーンセンター・むさしのエコreゾート整備事業」で日本建築学会賞(業績)を受賞。専門は社会基盤(土木・建築・防災)、建築設計、意匠等。水谷俊博建築設計事務所代表。

私たちの社会生活は、住宅、オフィスビル、公共施設などさまざまな建築に囲まれています。優れた建築には人を気持ちよくする力があり、そうではない建築は、逆の感覚を生んでしまうことも。研究、教育、さらに建築家としての実践を通して、人々に新しい刺激を与える建築を世に送り出すことに情熱を傾けているのが、水谷 俊博教授です。水谷教授が設計に携わり、今年度の日本建築学会賞を受賞した「むさしのエコreゾート」で、研究活動や教育についてお話を聞きました。

研究の背景

実務での気付きを研究テーマに

工学の中でも建築を専門とし、特に建築設計の分野を研究しています。「建築」は、人間が生活していく上で、とても身近な存在です。それだけに、良い建築とともに生活したり、行動したりすることは、少し大げさかも知れませんが、私たちの人生を豊かにするものだと考えています。私は、大学で研究・教育を行いながら、建築設計の実務も続けてきました。その実務の中での気付きや発見を研究に結びつけ、たくさんの人々に何か新しい活力や元気を感じてもらえる建築をつくるため、設計手法などに関するテーマに取り組んでいます。

研究について

公共施設の設計手法やリノベーションを研究

現在研究者として取り組んでいるテーマは、大きく分けて3つあります。
一つ目は、建築設計手法の分析です。特に公共施設でよく行われている、住民参加型の建築設計手法や、参加型のプロジェクトでのワークショップなどの事例を集め、住民の多様な声がどのように設計に反映されるのかを分析しています。

かつて、公共施設の設計は、行政と設計者の間だけで決められるものでした。しかし、国内でも1980年代くらいから、実際に施設を利用する住民の意見を設計に取り入れることの重要性が指摘されるようになり、現在では、住民参加型の建築設計はさまざまな場面で行われています。

一言で「住民参加型」といっても、ワークショップなどで設計の過程を共有しながら意見を反映させていく方法や、完成後にどう利用したいか、どんな場所だったら過ごしやすいか、といった設計や施設運営の大本になる部分に参画してもらう方法など、そのスタイルは多様です。そうした多様な方法をピックアップし、どのような傾向があるのかを把握していきます。

二つ目の研究テーマは、美術館や劇場などの公共建築について、建築計画から建築の細部(ディテール)までを分析し、空間にどのような影響を与えるかなどについて検討しています。「場所」とは、人と人、人とモノを繋ぐ空間です。「場所」にはどのような構成要素があり、その要素が人と人やモノの関係性に何か影響を及ぼしているのか、事例分析を通して理解を深めているところです。
三つ目は、リノベーション建築の研究です。近年、日本各地で「空き家問題」がクローズアップされていますが、空き家を有効活用するリノベーションの設計手法、建物を取り壊した後の跡地利用の在り方などについて、現場での実践も含めた研究に取り組んでいます。空き家は、放置すると、倒壊、ごみの不法投棄、防犯性の低下など、地域にさまざまな悪影響を及ぼす可能性があるといわれています。周囲の土地柄や地域のポテンシャルを考慮した建築設計により、空き家や跡地を活用する新たな手法を提案できればと考えています。

武蔵野クリーンセンターが建築学会賞受賞

今年、私が設計やデザインに携わった武蔵野市のゴミ清掃工場「武蔵野クリーンセンター」と隣接する「むさしのエコreゾート」の整備事業が、日本建築学会賞を受賞しました。この整備事業は、老朽化したごみ処理施設を敷地内に移設新築し、旧建物はリノベーションして環境啓発施設「むさしのエコreゾート」として活用するというもので、2020年にエリア全体が完成しました。

いわゆる“迷惑施設”のイメージが強いごみ処理施設は、一般的に、住宅地とは離れた場所に作られます。しかし、武蔵野市のゴミ清掃工場は、市役所に隣接した市の中心部にあり、周囲を住宅地に囲まれているというほかとは違った特徴を持っています。同じ敷地内に新しいクリーンセンターを建設するにあたっては、10年以上にわたって周辺住民のみなさんと議論を重ね、単なるゴミ清掃工場ではなく、地域にとって付加価値のある公共施設になることをめざしました。

設計デザイン監修として携わった新しい「武蔵野クリーンセンター」は、“武蔵野の雑木林”をコンセプトに、木々をイメージさせる外観や、屋内に自然光を取り入れるなど、従来のごみ処理施設とは一線を画した建築になっています。2階に設けた見学者通路をぐるっと一周すると、ごみ処理の流れがすべて分かるような設計にしているのも特徴的で、暮らしに欠かせないごみ処理の様子をオープンにすることで、環境問題やまちづくりを考える拠点としての機能も併せ持つ施設になったと考えています。

また、クリーンセンターに隣接する「むさしのエコreゾート」は、旧建物のごみ投入扉などをそのまま生かし、昔のゴミ清掃工場の雰囲気が感じられるように、建築自体に、いわば博物館的な要素を持たせています。市の環境啓発施設として、環境フェスタやワークショップなどが開かれていますが、普段はあまり「環境啓発」にとらわれず、散歩の途中で休憩したり、芝生の広場でランチを楽しんだり、地域の方が自由に立ち寄ることができる施設として親しまれています。特に目的がなくても、座って休むだけでもいいし、環境のイベントに興味を持ったり、ここで出会った人と新しい交流が生まれたりするかもしれません。環境を学ぶだけでなく、地域の交流の輪を広げる場所としても、多くの住民の方に利用していただきたい施設です。

今後の展望

AIにはできない建築設計を追求したい

「良い建築は人生を豊かにする」と先ほどお話ししましたが、良い建築とは、心地よさを感じさせることがすべてではなく、何らかの刺激や新しい感覚を与えるような建築も大切だと思います。これからも、設計の実務や研究を通して、みなさんに新しい刺激を提示する建築をつくることに力を注いでいきたいと考えています。
また、AIの発達によって、世界は大きな時代の転換期を迎えていますが、それは建築設計の領域も例外ではありません。実際、授業の演習で学生が設計するレベルの建築ヴィジュアルであれば、すでにAIに描かせることは可能になっていきますし、いずれ建築設計の在り方もAIによって激しく変化していくでしょう。こういうトピックは、変化のスピードが速いもので、例えば10年後くらいには遠い昔の話になっている可能性もありますが、“超アナログ人間”の私としては、やはり「AIにはできないこと」を追求していかなければならないと思っています。そのためにも、まずはAIについて知り、たとえAI全盛の社会になっても、誰かを刺激するような良い建築の設計を自分の手で生み出していきたいです。

教育

設計から施工まで経験して実践力を高める

研究室では、机上の研究を建築設計や空間デザインに落とし込む力を付けられるよう、学生たちが実際に建築の設計から施工まで行うプロジェクトに取り組んでいます。仮設のカフェやイベントのインフォメーションセンターなど、小さな建築ではありますが、デザインや設計から実際のサイズで建てるところまで、すべての過程を経験することで、高い実践力が養われます。もちろんうまくいくとは限らず、プロジェクトが頓挫してしまうこともありますが、それも大事な経験です。一方で、うまくプロジェクトが進み、成果が評価された時には、大きな達成感を味わうことができます。例えば、武蔵野キャンパスにある「むさし野文学館」は、文学部と私の研究室の学生が協働で整備した施設ですが、2020年度のグッドデザイン賞(GOOD DESIGN AWARD 2020)を受賞することができました。

また、実践力だけでなく、構想力と構築力を身に付けてほしいという思いから、特に1、2年生には「長編小説を読むこと」と「3時間以上の映画を観ること」を薦めています。建築設計と聞くと、設計図を描く作業をイメージされる方が多いと思いますが、実は、コンセプトなどを的確に表現する言語能力も欠かせません。建築を設計するという行為は、「ある空間の中で物語を作る」と言い換えることもでき、長い物語を読み解いて新しい価値を発見する力は、建築を学ぶ学生にとって大切な能力だと考えています。

人となり

学生時代からバンドマン

▲バンドでライブをしていた当時の様子

学生時代にロックバンドを組んでいたことがあり、その流れで、今もバンド活動を細々とではありますが続けています。コロナ前までは、新宿や六本木のライブハウスで“おじさんバンド”仲間と対バン形式でライブもやっていました。今は、たまにスタジオで集まってセッションするくらいですね。
楽器ができないので、ずっとボーカルをやっていますが、最近は年齢のせいか声が出にくくて限界を感じています(笑)。楽器は年をとってもできる、と今更ながら分かってきて、ほかのメンバーがうらやましくなってきました。でも、ミック・ジャガーは80歳になっても、あの通りまだ現役なので、泣き言は言っていられませんね。

音楽も映画もアナログ派

▲レコードコレクションに囲まれた研究室の様子

音楽は聞くのも好きで、昔からずっとアナログのレコードにハマっています。大学に近い吉祥寺の中古レコード屋には、2週間に1回ペースで通ってレコードを探しています。いわゆる“掘る”というやつです。もちろん買わない時もありますが、2週間以上空くと“禁断症状”が出てしまうんですよね(笑)。
アナログといえば、映画もアナログ派で、配信ではなく必ず映画館で観る主義です。最近は老舗の名画座が次々になくなって寂しい限りですが、代わりに新しいミニシアターもできているので、足を運んで楽しんでいます。

―読者へのメッセージ―

世界的な視点で見ると、残念ながら、日本人の建築に関するリテラシーはまだまだ低いように思います。身近な建築である住宅をみても、日本中どこでも同じような形の家が建てられ、スクラップ・アンド・ビルドを繰り返しているのが現状です。良い建築とともに生活することは、私たちの人生に何かしらの刺激やプラスの影響を与えてくれます。ぜひみなさんにも、自分にとっての「良い建築」「気持ちのいい空間」がどのようなものかを、日常の中で意識してみていただきたいと思っています。
私も、微力ではありますが、良い建築をつくり、良い街、良い都市環境づくりに貢献していきたいと考えています。

取材日:2023年9月