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学問の地平から 教員が語る、研究の最前線

第79回 教育工学 教養教育部会 宮田 真宏 講師

教育現場が試行錯誤する「伝わる授業」を実現するために 行動センシング+AIが大きな力になる

教養教育部会 講師

宮田 真宏Miyata Masahiro

玉川大学工学部を卒業後、通信インフラを扱う企業に就職。その後、同大学大学院工学研究科を修了し、同大学の脳科学研究所の研究員として、自ら小学校・中学校・高校などの教育現場に足を運び、行動センシング技術や人工知能(AI)の教育的応用の研究に取り組んできた。2019年より非常勤講師として武蔵野大学に着任し、2023年より現職。博士(工学)。

学生時代から教育現場での人工知能(AI)の応用に関心を抱いていたという宮田真宏講師。10年ほど前から人の動きや位置などの状況をリアルタイムに計測・データ化し、分析する「行動センシング技術」とAIを組み合わせて、学校の先生が客観的に授業を振り返り、より良い授業を実現するための支援システムについて研究しています。多くの教育現場の協力を得て進めている研究の目的と中身について、そして宮田講師の「教育」への思いについて話していただきました。

研究の背景

情報技術・AIと教育の接点を探る

大学時代、私は工学部で情報技術について学びながら、人の「知能」について大きな関心を抱いていました。大学院修士課程の頃から本格的に脳科学研究に着手。当初は「知能とは何か?」というテーマにアプローチするために人の脳波の測定などを行っていましたが、やがて情報技術で知能を再現するシステムを作ることに関心が移っていきました。

一方で私は在籍していた大学が教員養成に力を入れていたこともあり、「教育」にも関心を抱いていました。折しも認知科学が専門である指導教員が別の研究テーマの一つとして、幼稚園児の成長を行動センシングという研究手法で解明する研究に取り組んでおり、そのお手伝いを通して私の「教育」への関心はますます高まっていきました。人が成長していくプロセスに興味が尽きません。

現在、私が取り組んでいる研究は「教育現場」を主な研究フィールドとした「授業センシングによる授業の全体像の把握と教員へのフィードバック法の開発」です。
これまでいくつかの教育現場に関わってくる中で、私は授業の良し悪しや学習者(児童、生徒)の理解度が教員一人ひとりの経験や感覚などに大きく依存していることを実感してきました。一般的に経験豊富な先生のほうが新人の先生より教えるのが「上手い」わけですが、それはなぜでしょう?

簡単に言えばベテランの先生は、授業中に学習者がどのような行動を取り、どの場面で集中したり、戸惑ったりしているのかを把握する能力が高く、状況に応じて授業のやり方を変更するノウハウを身に付けていると考えられます。しかしいくらベテランでも教員一人で多くの学習者がいる教室全体に目が行き届かないことはありますし、ましてや新人の先生にその能力を求めるのは無理があります。そこで私は自分が学んできた人工知能や行動センシングの技術を用いて、教室内の学習者の行動を客観的に捉え、授業の振り返りと改善に生かす方法を開発しようと思い立ちました。

研究について

行動センシングで授業への参加状態をデータ化

私が目指しているのはベテラン教員のノウハウや感覚を尊重しつつ、それを補完する形でベテランから新人まで先生方の授業支援を行うことです。
手法としては教室空間にカメラなどのセンシング機器を設置し、学習者一人ひとりの顔の向き、肩やひじの位置などを計測します。AI技術も駆使して教室にいる学習者の参加状態や授業への参加方法の違いを数値化して客観的に捉えることを目的としています。

これまで多くの学校の協力を得て実施してきた研究ではまず、教室の前後に複数台のカメラを設置し、授業映像から顔認識AIを用いて学習者の顔情報を取得してきました。その結果より学習者の位置や向き、あるいは教壇の先生を見ているかどうかなどを踏まえて、学習者の授業参加状態を推定してきました。私たちの研究に協力していただいたのは主に小学校と中学校で、いくつかの幼稚園や高校でもカメラによるデータ取得を行いました。

こうした研究を通して、講義などの座学の授業と実技などの個人作業やグループワークなど、授業の種類によって学習者の行動パターンが大きく異なることが分かってきました。そこでこの結果を踏まえて、授業中の学習者の行動理由を解釈するために「今、授業の中でどのような活動が行われているのか」を自動的に分類する手法の研究を進めています。具体的には教室の前後に設置されたカメラで検出される顔の数に着目し、それを数値化して分析することで、講義、個人作業、グループワークといった授業活動を機械学習により分類できる可能性を示しました。

研究を始めた約10年前には授業をカメラで記録することに対する学校の先生方の抵抗感が多少ありましたが、現在では多くの先生方に快くご協力いただき、私たちの研究成果を教育現場にフィードバックする良い関係を築くことができています。

今後の展望

より良い授業のための有効なツールとして活用してほしい

私は研究を通して、現場の先生方が自身の授業を振り返り、より良い授業づくりにつなげるための手がかりを発見していただくことを目標にしています。授業中の学習者の行動をデータとして可視化することで、従来は経験や感覚のみに頼っていた部分に、ベテラン、新人関係なく教員に新たな気づきを与えられるのではないかと考えています。

誤解してほしくないのは、研究で用いるAIやセンシング技術は、教員の役割を置き換えるものではないということです。私たちの研究は教員一人ひとりがそれぞれのスキルと個性を生かしてより良い授業を行うためのサポートを目指しています。教育にはやはり「人のあたたかみ」が必要であり、技術やデータはあくまでも「道具」に過ぎません。そのため研究を進めていくにあたって現場の先生方としっかりコミュニケーションを取り、お互いの理解を深めながらご協力いただいています。

10年ほどにわたる研究によって学習者の行動の大まかなパターンは明らかになってきました。これからは個別の授業や教育段階(幼稚園など)での検証を進めていき、学校現場はもちろん、学習塾など教育産業などでも活用してもらえる研究成果を出したいと考えています。また、海外での学会発表も行っており、私たちの研究成果を世界各国で活用してもらいたいと思っています。

教育

単に知識を伝えるのではなく一人の人間として向き合う

武蔵野大学では副専攻(AI活用エキスパートコース)の担当教員として、ほとんどすべての学部の学生と関わっています。

近年、生成AIが急速に発達しており、将来的には授業そのものをAIが担う時代が来る可能性もあります。そのような社会状況を踏まえつつ副専攻の授業では、技術的な知識だけでなく、AIが実社会で現在どのように使われているのかについて考える機会を大切にしています。

教員に求められる役割は、単に知識を伝えることだけでなく、学生一人ひとりに寄り添い、人の温かみを感じられる形で学びを支えることだと私は考えています。授業では学生の反応や理解度に応じて柔軟に進めること、さらに対話を通じて考える楽しさを共有することを意識しています。私の授業を通して「人と人との関わりの中で学ぶ価値」を感じ取ってもらえたら嬉しいです。

「教育」や「授業」を研究対象としている私ですが、自分自身が人に教えることが純粋に楽しく、学生たちとのおしゃべりを楽しむことで私もエネルギーをもらっています。リモートの授業が多いのですが、できるだけ対面でコミュニケーションする時間を作って、彼ら一人ひとりの個性や考え方について知るように心がけています。

人となり

国内外で食べ歩きを楽しんでいます

私は食べ物の好き嫌いがなく、おいしいものが大好きです!プライベートな旅行や学会発表で訪れた先で、その土地でしか味わえない食べ物を楽しむことが現在の趣味です。国内外を問わず現地の人々のリアルな暮らしを知るためにあえてローカルなスーパーに立ち寄り、並んでいる商品からその土地ならではの食文化を知り、おいしそうなものがあれば買って食べてみるようにしています。

ただし、特に海外では気をつけないとお腹を壊すこともあり……以前、某国の空港レストランでプリンを食べて食中毒になったことがありました。おそらく材料の卵にあたってしまったのだと思いますが、それ以来、海外では食文化を楽しみつつも慎重さを心がけるようにしています。

自分でいろんなものを作ります

食べること自体が大好きなので、外食だけではなく自宅で調理もしています。休日は低温調理器を使ってローストビーフやサラダチキンなどをよく作りますし、学生時代からさまざまな飲食店でアルバイトをしていたおかげでおいしい味玉なども作れます。

ちなみに大学には、仕事道具の一つである3Dプリンターがありますので、研究の話で紹介した教室に設置するカメラのカバーなども自作しました。

イベントは思いきり楽しみます!

AI副専攻では、学生の企画でBBQやクリスマスパーティー、新年会などのイベントを年に数回実施しています。クリスマスパーティーでは、学生からの要望でサンタになって登場するなど、AI副専攻全体で盛り上がる活動をしています。まさか私が仕事でサンタクロースになるとは思ってもみませんでしたが(笑)

そろそろ学生時代にハマっていたテニスを再開?

大学生の頃にはテニスにハマっていました。いちばん夢中だった頃は週に6日(!)テニスをしていたこともありました。競技自体も楽しいのですが、テニスを通して同じ大学の同期、さらに他学部・学科の先輩や後輩と交流するなど、知り合いの輪がどんどん広がっていきました。当時知り合ったテニス仲間とは現在でも交流があり、私の人生の財産になっています。

読者へのメッセージ

私の研究は、教育を単に数値データで評価したり、管理したりすることが目的ではありません。授業という場において、大勢の学ぶ人(児童・生徒・学生)と教える人(教員)がそれぞれ何を感じ、その結果としてどのように関わり心を通わせているかを、人間の能力だけでは難しい異なった視点から捉え直すための試みです。主役はあくまでも「人」であり、情報技術やAIはツールに過ぎません。

誰でもこれまでの人生の中で「あの授業は楽しかった」「ぜんぜん理解できなかった」などと感じたことがあると思います。学校の先生との相性が悪くて嫌いになった科目があるという人もいるでしょう(実は私にもあります)。学習者として教育現場で感じたそうした感覚の背景にある「学びの姿」を数値データとして可視化することで、教育について考え、話し合うきっかけの一つとして私の研究を捉えていただければうれしいです。 そして私自身も大学教員として日々学生の皆さんに満足していただける授業ができるよう、努力していきたいと思っています。




取材日:2026年1月

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