学問の地平から
教員が語る、研究の最前線
第28回 社会福祉学
本学の教員は、教育者であると同時に、第一線で活躍する研究者でもあります。本企画では、多彩な教員陣へのインタビューをもとに、最新の研究と各分野の魅力を紹介していきます。
第28回 社会福祉学人間科学部 社会福祉学科 永野 咲 講師
声をきかれてこなかった人たちとともに
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Profile
埼玉大学卒業、東洋大学大学院修了。大学在学中より社会的養護に関する研究を始め、社会的養護を経験した友人たちとNPOを立ち上げる。日本学術振興会の特別研究員PDなどを経て、2020年より現職。社会福祉士。NPO法人インターナショナル・フォスターケア・アライアンス理事長。厚生労働省「子どもの権利擁護に関するワーキングチーム」構成員東京都児童福祉審議会専門部会委員なども務めている。
児童養護施設や里親家庭で育った「社会的養護」の経験者のことを「ケアリーバー(care/保護・leaver/離れた人)」と呼びます。彼らは18歳で施設や里親を離れた後、孤立してしまうことが多いといわれています。社会的養護でのケアは十分だったのか、社会的養護を離れた後どんな暮らしをしているのか--。過酷な環境に追いやられてきたケアリーバーの声に耳を傾ける、永野咲講師の研究を紹介します。
研究の背景
施設の子どもの姿が忘れられず、福祉の道へ
児童養護施設や里親家庭で子どもを養育する制度「社会的養護」について研究しています。
きっかけは、大学時代に経験した児童養護施設での実習でした。2週間施設に泊まりこんでの5人同室での実習で、最終日は本当にクタクタになっていました。「ようやく解放された」と思いながら最後に配属寮を振り返ると、3歳の男の子がベランダから私を見下ろしていました。実習の間はよく泣いていた子でしたが、その時は泣いてもおらず「バイバイ」と言うわけでもなく。ただただ私のことを見つめていた、その姿が今でも忘れられません。

たくさんの大人たちが去っていく様子をその子はずっとこの施設で見ていたのだと思います。そして、私が「解放された!」と思った場所で18歳まで生活する。これまでどんな気持ちだったのか、これからどんなふうに育っていくのか……。彼のような子どもたちのことが頭から離れなくなり、大学在学中から活動を始めました。シンポジウムへの参加から始まり、社会的養護のもとで生活した経験のある当事者と知り合って、やがてNPOを立ち上げることになりました。
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研究について
ケアリーバーが抱える不安と孤独
日本は家族依存社会といわれていて、多くの制度やサービスは家族が機能していることを前提に組み立てられています(たとえば、コロナ禍での特別給付金も「世帯主」に振り込まれましたよね)。そのため、家族が機能しないと、子ども・若者はかなり深刻な状況に陥ります。本来、それをカバーするのが、「社会が親に代わって、子どもを育て、見守り続ける」社会的養護という制度です。

施設や里親のもとで育った子どもたちは、基本的に18歳で社会的養護を離れて歩み出すことになります。しかし、虐待などによるトラウマを抱えていたり、先ほどの家族が機能していることを中心とした社会の中で相談できる大人が周りにいなかったりすることで、孤立することが多いといわれています。精神的・経済的な不安を抱え、大学等に進学しても中退してしまったり、転職を繰り返して経済的に困窮してしまったり……。そのようななかでもケアリーバーを支える仕組みが整っていないのです。

大学院時代に行った聞き取り調査では、社会的養護のもとで生活した経験のある若者が大学に通いながら「週8」で働いていると聞き、不条理な気持ちになったことを覚えています。子どもの頃に過酷な経験をして保護され、家族から離れ、行政から行き場を決められ……。保護される前も、保護された後も、社会に出てからも、彼らはずっと大変なのです。大変さが集積していくばかりの状況に、「何かおかしい」と感じた気持ちを、今でも持ち続けています。ケアリーバーの話を聞けば聞くほど、現状を変えていかなくてはならないと強く思います。
ケアリーバーの消息を追う
日本には、社会的養護の仕組みはありますが、社会的養護を受けた人がその後どのような暮らしをしているのか、公的にはほとんど把握されてきませんでした。親子なら、18歳で家を出ても、互いの住所くらいは知っていて、気にかけていることが多いと思います。しかしケアリーバーの場合、18歳で社会的養護のもとを去ると、その後の消息にもう誰も責任をもちません。

このことの問題の一つは、彼らが受けたケアについてどう評価しているのか知る機会を失うということです。たとえば、何らかの商品やサービスは、受けた側の声を反映して、日々改善していくものです。ケアを受けてどう感じたのか、どんなことに困ったのかを聞き、変えるべき部分は変えていかなくてはいけません。しかし、福祉の領域では、そのPDCAサイクルがあまり行われてきませんでした。ケアを受ける時期が子ども期である社会的養護はその最たるもので、子どもたち・元子どもたちの評価がほとんど反映されずにきました。そのため、現在の社会的養護のシステムが、受け手にとって本当に満足いくものなのかがわからないのです。
もう一つの問題は、ケアリーバーたちの現状が把握できていないということです。今、彼らが本当に困っていること、求めていることは何なのか。問題がわからなければ、支援制度を整えることもできません。

調査の必要性を訴え続けていましたが、法改正のタイミングもあり、2020年に初めて国によるケアリーバー調査が行われました。私も調査班に加わり検討を重ねましたが、回答者はわずか14%。そもそも半数のケアリーバーには調査票さえ届きませんでした。社会的養護を離れた後、一度途切れてしまった消息を掴むことがとても難しいのです。これまでの生活で保護による分離や養育者の頻回な交代を経験していることも少なくないため、誰かに頼るという経験が希薄なケアリーバーもいます。「自分でどうにかしなければ」と、追い詰められる前に、相談できるような仕組みが必要だと考えています。
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▲永野先生の著書

当事者参画の仕組みを
障がい者の自立生活運動に関するスローガンで、「Nothing about us, without us(私たちのことを私たち抜きで決めないで)」というものがあります。これは、社会的養護の領域にも当てはまる言葉です。

保護される子どもは、ある日突然生活ががらっと変わります。安全を守るためとは言え、大切な友だちやペットに別れを告げる暇もなく、これまでの生活と分断されるのです。それ自体は仕方ないかもしれませんが、問題は子ども本人に十分な説明がされないことです。「今こういう状況だから、こうのような方針で検討しています」「あなたはどうしたいですか?」……こうした会話がされません。
自分の知らないところで物事が進み、「今日からここで暮らすよ」と言われる。自分の意志や希望を聞かれることがないのです。そのため、ケアリーバーは、「自分の人生を他人が次々に決めていってしまう」という感覚を持つといわれています。

ですから、当事者参画の仕組みを作る活動に力を入れています。まず、ケアリーバー調査を通して彼らの実態を知ること。そして、その声を国に届け、制度として形にすることを目指しています。
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