学問の地平から
教員が語る、研究の最前線
第32回 建築生産・資源循環学
本学の教員は、教育者であると同時に、第一線で活躍する研究者でもあります。本企画では、多彩な教員陣へのインタビューをもとに、最新の研究と各分野の魅力を紹介していきます。
第32回 建築生産・資源循環学工学部サステナビリティ学科 磯部孝行講師
住宅建築の脱炭素化に役立つ仕組みづくりを目指して
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Profile
東京理科大学理工学部建築学科卒業。東京大学大学院新領域創成科学研究科社会文化環境学専攻博士課程修了。博士(環境学)。愛知県庁建設部、武蔵野大学工学部環境システム学科助教、講師を経て、2023年4月より現職。研究テーマは住宅・建築物のライフサイクルアセスメント、建材の資源利活用に関する研究等。
世界が気候変動問題に直面している今、持続可能な未来を目指し、社会のあらゆる場面でCO2排出量の削減が求められています。その中でも人々に身近な住宅の建築や改修に着目し、建築物の脱炭素化を評価する仕組みや、建材のリサイクルシステムの構築に取り組む磯部孝行講師の研究を紹介します。
研究の背景
住宅のライフサイクル全体で環境負荷を考える
2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、今、さまざまな場面で脱炭素の動きが加速しています。最近特に注目されているのが、私たちの暮らしの場である「住まい」の脱炭素化です。
 
 近年、断熱性能の向上と再生可能エネルギーの導入で住宅の年間エネルギー消費量を実質ゼロにするZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)に対して国が補助制度を設けるなど、住宅のCO2排出量削減の取り組みが急速に広がっています。さらに、住んでいる時だけでなく、建築から解体まで住宅のライフサイクル全体を通してCO2排出量を減らすという視点も求められるようになりました。
 
 こうした動きの中で、環境に与える影響をできる限り抑えつつ、人々の豊かな暮らしを支える住宅建築をどのように実現していくか、民間企業などと連携した研究を通して考えています。
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研究について
改修工事によるCO2排出量削減効果を‟見える化”
私が取り組んでいる研究テーマは、大きく分けて2つあります。「建物のCO2排出量の評価」と「建設廃棄物のリサイクル」です。

一つ目に挙げた「建物のCO2排出量の評価」の具体的な取り組みとして、東京大学、不動産会社と3者共同で、住宅の改修工事によるCO2排出削減効果を数値を使って「見える化」する研究を行っています。

現在、新築住宅の環境性能についてはさまざまな議論がなされている一方、約5,000万戸もある既存の住宅の省エネ化推進や脱炭素化は、有効な議論があまり進んでいません。私たちの研究はその点に着目し、すでにある住宅を対象に、改修工事をするとどのくらいCO2排出量を削減できるのかを数値化する手法の構築を目指しています。

研究では資材のデータから建物の3次元モデルをつくるBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)などのデジタル技術を使い、基礎や柱など改修工事で再利用される部材と、新たに投入される部材を正確に把握。その情報を元に、廃棄物量と資材投入量、それに伴うCO2排出量を算出し、更地にして建て替える場合と比較しました。その結果、耐震性や断熱性を高める全面改修工事は、建て替えに比べてCO2排出量を47%削減できることが分かりました。

住宅を直して使い続けることの効果を数値化できたことは、社会にもインパクトのある成果だと思います。今後はさらに研究を発展させ、改修工事による長寿命化の効果、省エネ・創エネ設備の導入効果なども検証していく計画です。

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建設廃棄物のリサイクルに関しては、プラスチックでできた樹脂窓のリサイクルを目指して、他大学の先生、建材メーカー、業界団体とともに、再資源化システムの構築に向けた研究を行っています。現在は、樹脂窓を使った住宅の改修や解体が増え始めている北海道をフィールドに実証実験を行い、窓枠に使われている塩化ビニル樹脂のリサイクルに伴う課題や効率的なリサイクルの仕組みを検証しているところです。

樹脂窓は断熱性や気密性に優れているという特徴があり、日本では1980年頃から北海道を中心に使われ始めました。近年では全国に普及していますが、樹脂窓をリサイクルする社会的仕組みが日本にはまだなく、再利用されずに処分されてしまうのが現状です。海洋プラスチックが世界的問題になる中、樹脂窓についてもリサイクルや再資源化する体制づくりが不可欠だと考え、この研究に取り組んでいます。
樹脂窓のリサイクルで一番のネックになっているのは、一つの樹脂窓にさまざまな種類のプラスチックが使われているという点です。たとえば、リサイクルのターゲットである塩化ビニル樹脂と戸車に使われているナイロン樹脂では性質が異なり、一緒に溶かしてリサイクルすることはできません。どうすれば効率的に塩化ビニル樹脂だけを取り出せるのか、現在議論を進めているところです。また、解体業者や廃棄物処理業者からの回収量とコストのバランス、再生原料を使った製品の普及も大きな課題です。今後も検討を重ね、効率的に樹脂窓を回収して再資源化するシステム構築に貢献する研究成果を発信していきたいと考えています。
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▲樹脂窓などプラスチック系の建設廃棄物のサンプル