学問の地平から
教員が語る、研究の最前線
第34回 租税法・EU法
本学の教員は、教育者であると同時に、第一線で活躍する研究者でもあります。本企画では、多彩な教員陣へのインタビューをもとに、最新の研究と各分野の魅力を紹介していきます。
第34回 租税法・EU法経営学部会計ガバナンス学科 髙橋里枝准教授
日本にも大きな影響を持つEU租税法
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Profile
慶應義塾大学大学院商学研究科前期博士課程修了。慶應義塾大学大学院法学研究科前期博士課程修了。修士(法学、商学)。税理士。慶應義塾大学大学院法学研究科助教を経て、2021年4月より現職。専門は租税法、EU法。
私たちの暮らしに欠かせないさまざまな公共サービスは、税によって支えられています。その税に関するさまざまな法律を総称して租税法と言います。グローバル化や情報化が進む中、租税法もまた、国際協調や個人情報保護などのさまざまな課題に直面しています。独特の法秩序を持つEUの租税法に着目し、加盟国の国内法とEU法の関係の分析や、日本を含むEU以外の国々に与える影響について考察する髙橋里枝准教授の研究を紹介します。
研究の背景
単一国家とは異なる法秩序を持つEU
欧州連合(EU)は、主権国家である加盟国が自らの主権を制限し、主権を共有して統合しているほかに類をみない組織体です。単一国家とは異なる法秩序に興味を持ったことをきっかけに、EUの租税法を中心とした研究に取り組んでいます。現在は、特にEU法の観点から直接税、納税者の権利保護、環境税制について分析や検討を行っています。
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研究について
EU法は加盟国の直接税にどう影響するのか
EUにおける直接税については、大学院時代から継続して取り組んでいる研究テーマです。
 
税にはさまざまな種類があり、納税義務者と税負担者が同じ税を「直接税」、そうではないものを「間接税」といいます。身近なものでは、所得税、住民税、固定資産税、法人税などが直接税、消費税や酒税は間接税に当たります。日本の消費税にあたる付加価値税は、EUにおける共通租税としてすべての加盟国に導入が義務づけられています。そのルールも指令という形式で共通化されています。一方で、直接税は加盟国に課税権があります。EUの加盟国は権限の一部をEUに委譲していますが、そこに直接税の課税権は含まれていません。つまり、直接税に関する権限は各国が持ち、それぞれの国の事情に応じた税制を行っています。
その一方で、EUには「EU法は加盟国の国内法に優先する」という原則があります。加盟国は、直接税の課税権についても、EU法を遵守した上で行使する必要があるのです。ところが、直接税をどう課税するかは国の歳入や財政に直結することですから、各国とも易々とEU法の言いなりになりたくはありません。そこで、EU法を考慮した上で選択肢を設けて納税者に選ばせる、という手法を採る国が増えているのですが、その結果、税制度が納税者にとって複雑で分かりにくいものになってしまうという問題が生じています。また、そもそもEUはヒト、モノ、サービスや資本が自由に移動し、市場原理に則った競争が行われることを目指しています。EU法によって生まれた複雑な税制度は、果たして「障壁のない域内市場」というEU本来の目的にかなうものなのか、という疑問も生まれます。そうした問題意識から直接税に焦点を当て、EU法の影響を分析し、EUの政策を含めた方向性を検討しています。
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▲先生が翻訳に携わった書籍

租税情報の「交換」と「保護」の関係に注目
二つ目の研究テーマであるEUにおける納税者の権利保護については、特に租税に関する自動的情報交換とデータ保護法制の関係に注目しています。

近年、多国籍企業による国境を超えた租税回避が国際的に問題になっています。租税回避とは、税法が想定していないような不自然な取引形態を取り、課税を逃れる行為を言います。脱税と違って法には触れませんが「グレー」とみなされ、EUでは租税に関する情報交換の範囲を広げて租税回避に対抗しようとする動きが強まっています。一方で、EUは2016年、急速な技術発展とグローバル化に対応する新たなデータ保護法制(GDPR)を整備し、個人情報保護を保障する姿勢を示しています。つまり、情報の「交換」と「保護」の相反する2つの動きが進んでいるわけです。

現状では、納税者の権利保護よりも、脱税や租税回避の防止に重きが置かれる傾向にあり、GDPRでも課税に関する情報は保護対象から除外されています。ただ、租税回避に関わる情報をピンポイントで抜き出すのは難しく、実際には周辺情報を含む大量のデータが課税当局に集まってしまうこと、情報交換の対象範囲が国によって異なる可能性があることなど、さまざまな問題があると考えられます。こうした問題に目を向けながら、「情報交換の範囲拡大」と「個人情報の保護」をどう両立させるのか、EU司法裁判所や欧州人権裁判所の判例を材料に分析を進め、関係を明らかにしていきたいと考えています。
3つ目の環境税については、2021年の「日・EUグリーンアライアンス」をきっかけとして、EU、EU加盟国、日本の気候変動対策や環境分野と税制の関係について分析を試みています。日・EUグリーンアライアンスは、グリーン成長と2050年カーボンニュートラル達成のため、エネルギー移行、環境保護など多様な分野で日本とEUが協力を進め、気候変動や環境対策で国際社会をリードすることを目指すものです。この合意によって、EUが日本の税制を含む政策にどのような影響を与えるかを探っていきたいと考えています。
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