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学問の地平から 教員が語る、研究の最前線

第40回 経営学経営学部 経営学科 宍戸 拓人 准教授

ビジネスの課題に0距離で向き合う経営学者として

経営学部 経営学科 准教授

宍戸 拓人Shishido Takuto

一橋大学商学部卒業。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。博士(商学)。一橋大学商学部特任講師(ジュニアフェロー)、武蔵野大学経済学部経営学科講師を経て、2019年より現職。コンサルティング・ファーム「Consulente HYAKUNEN」のリサーチ・フェロー、スタートアップ「Maxwell’s HOIKORO」のCDO(Chief Development Officer)も務める。

社会の不確実性が高まる中、今、多くのビジネスパーソンが、教科書的な経営学の考え方だけでは答えが見つからない課題に直面しています。経営学におけるコンフリクト・マネジメントを専門とする宍戸准教授は大学での研究活動と並行してコンサルティング・ファームなどで働き、ビジネスの現場が抱える多様な課題を解決しながら、その経験を教育や研究に結びつけています。「現場で役立つ経営学者」として活躍を続ける宍戸准教授にお話を聞きました

研究の背景

職場の対立=コンフリクトは良くないこと?

私がこれまで研究活動のメインとしてきたのは、経営学におけるコンフリクト・マネジメントの研究です。「コンフリクト」とは意見などの衝突、葛藤、対立といった意味で、人と人との関係にはコンフリクトがつきものです。職場でも「若手社員とシニア社員の仲が良くない」「営業部門と生産部門の意見が対立している」といったさまざまなもめ事が起こりますが、「もめ事=良くないこと」とばかりは言えず、対立から新たな価値が生まれることもあります。そこで、職場での対立をいかにうまくマネジメントして価値を生み出すか、という観点からコンフリクト・マネジメントの研究に取り組んできました。

研究について

イノベーションを生む健全な対立とは何か

職場でのコンフリクトには、2つのとらえ方があります。「対立は職場をバラバラにする好ましくないものだ」という見方と「対立がない職場は活気がなく、新しいものを生み出すには対立を積極的に起こす必要がある」という見方です。どちらが職場にとってプラスになるかといえば、おそらく、「対立は起こした方がいい」です。たとえば、X(旧Twitter)を買収したイーロン・マスク氏はあちこちで対立を起こしていますが、その対立がなければテスラもスペースXのロケットも生まれなかったでしょう。イノベーションや新たな価値を生み出すには、対立というプロセスは必須なのかもしれません。

ただし、職場での対立には望ましい対立もあれば、そうではない対立もあります。たとえば、仕事とは関係なく、単に仲が悪いだけの対立を「リレーションシップ・コンフリクト」といいますが、これはほぼ何の意味もありません。また、古いタイプの日本企業でよく起こっているのが、権限や責任の所在、根回し、社内調整といった極めて内向きなことで対立する「プロセス・コンフリクト」です。これも新しい価値を生むことなく、むしろ組織の活力を奪うような対立です。

一方、意味のある対立と言えるのが、仕事やプロダクトに関する対立です。これを「タスク・コンフリクト」といいます。タスク・コンフリクトが価値を生み出した例として、1990年代に初めてプリントシール機が開発された時のエピソードがあります。

プリントシール機といえば、今も昔もメインユーザーは女子中高生。友達同士で気軽に楽しめるのが魅力の一つです。ところが、開発の途中までは男性エンジニアが「できるだけきれいな写真にするべき」と画質の高さを追求した結果、コストが上昇し、料金も高く設定する必要が生じたといいます。しかし、女性の開発スタッフが「何でもはっきり写るより、女性はちょっとボケているくらいがいい」と声を上げて、画質にこだわるのをやめ、料金を数百円に下げることができました。おそらくその過程では大きな意見の対立があったと思いますが、対立がなければプリントシール機はあれほどヒットするものにならなかったでしょう。こうした健全な対立をいかに増やすかが、コンフリクト・マネジメントの一つの目的だと考えています。

研究・教育活動を支える2つの“副業”

元々コンフリクト・マネジメントが専門ではありますが、それにとどまらず、現場の具体的な課題を起点に関連する分野をその都度学び、ビジネスパーソンと一緒に解決策を検討することが、最近の私の「研究」のスタイルになっています。
そうした研究スタイルになったのは、私が今、大学教員のほかにコンサルティング・ファームのリサーチ・フェローとスタートアップのCDOという2つの“副業”を持っているからです。そして、この“副業”が、大学での研究や教育にも大いに役立っています。

コンサルティング・ファームでは、チームの一員としてクライアント企業に出向き、課題の検討、調査、分析を行い、調査結果のプレゼンもしています。ビジネスの現場で起きている課題は複雑で、経営学のどの分野に関する課題なのか、最初からはっきり分かっているわけではありません。しかし、もしそれが自分の専門分野ではなくても「専門外なので分かりません」では仕事になりません。ですから、専門で区切ることなく、その時々の課題に対応して、必要な分野を研究していくことになります。

また、スタートアップでは、経営学の理論と実務の実践知の両方を駆使することで、企業の教育や研修等の様々な介入施策の効果を可視化するシステムを開発提供する会社に参与しています。
今、ビジネスの世界では人材を資本としてとらえ、その価値を引き出すことで企業価値を高める「人的資本経営」が注目されていますが、人的資本経営のベースになるのは、社員への教育という「投資」です。ところが、設備投資などとは違い、人への投資は「投資によってどれほど利益が得られたか」という投資対効果がブラックボックス化しています。教育や研修がいわば“やりっぱなし”になっている現状に対し、経営学の研究で蓄積されてきたエビデンスと、実際の企業の現場で得られた知見とを組み合わせることで教育の効果を評価しようという考えが事業のベースになっています。

研究者としてシステムの理論の部分に関わる中で、時にはエンジニアと意見がぶつかることもあります。まさに自分が対立の最前線に立っているわけですが、正直に言うと私自身がプロセス・コンフリクトのようなことをやった瞬間もありましたし、単なる仲違いのような対立に加担してしまったこともありました。そのことに気付いて、なぜそんなことをしたのかを振り返るとコンフリクトに関する理解を広げることができます。大学院時代に読んだ論文や学んだ理論が今になって理解できることも多く、副業での経験は研究や教育に大きな価値があると感じています。

今後の展望

現場で得た学びを教育に反映していきたい

これからもビジネスの現場で役に立つ経営学者でありたいです。それは、外部からアドバイスしたり講演したりするようなポジションではなく、ビジネスパーソンと一緒に苦しみながらビジネスの課題解決に0距離で携わっていく経営学者、という意味です。現在も副業の会社ではそういった働き方をしていますが、それを継続していくとともに、そこで学んだことを教育に反映していくことも大切にしていきたいと考えています。

▲宍戸先生の著書

ただ、本音を言えば、今後の展望は「分からない」ですね。自分のこれまでを振り返ると一生懸命何かに取り組み、そこから新しい道やチャンスが生まれ、その積み重ねで今があるように思います。今やっていることに一生懸命取り組む中でまったく別の重要なことが見えてきたら、それをやり始めるかもしれませんが、とにかく今は大学での教育と副業を一生懸命やっていきます。

教育

学生の多様な経験は教育の大きなリソース

経営学では「教科書に書かれていること」と「実践」の間にかなり大きなギャップがあると思っていて、私の授業はそのギャップを埋めるものにしたいと考えています。

たとえば、職場での権限委譲については、よく「上司が細かくマネジメントするより、権限委譲をした方がチームのパフォーマンスが上がる」ということが言われています。しかし、自分が現場に立つと人に仕事を任せるのは難しく、つらいものです。また、権限委譲をしたチームは初めに学ぶ時間が必要なので、上司が細かく指示を出すチームと比べてパフォーマンスが上がるまでに時間がかかることも研究で分かっています。「権限委譲するリーダーシップが良いのか」という問いには唯一の答えはありません。そうした答えの分からない問題を学生と話し合いながら考えていくのが私の授業スタイルです。

授業をする中で、学生自身のアルバイトや部活動の“具体的な経験”が活きています。学生の中には、権限委譲が進んでいるスターバックスコーヒーやディズニーランドでアルバイトをしている学生もいれば、野球部でピッチャーだった学生もいます。同じ「権限委譲」というテーマでも、スタバでバイト中の学生は「店のルールの中でどこまで自分流の接客が許されるか」をイメージするし、野球部の学生はコーチと選手の関係について考えるかもしれません。全く違う経験をしてきた学生が同じ問題について議論するのを聞くのは私も新鮮で面白く、多様な経験がとても大きな教育のリソースになっていると感じます。

教室で学生が「経験」を振り返り、経営学者の私がその経験を抽象化して「知恵や知識」に変え、学生は学んだ知恵や知識を実践してまた次の経験をする。そうした経験学習のプロセスを回し、教科書的な理論を「前よりもちょっとだけ使えるもの」にしていくことが私の授業の役割だと考えています。

人となり

おいしいもの探しが息抜きに

教員の仕事と二つの副業で忙しくしていて、じっくり取り組むような趣味をなかなか作れないのですが、おいしいものを食べたり、おいしいお酒を飲んだりするのは大好きです。以前、スペインのバスク地方でおいしいものを食べまくってから、フランスのボルドーでワイナリーツアーをしたことがあって、その旅は最高でしたね。
最近は出張先でその土地のおいしそうなお酒を買って家で楽しんでいます。この間はカナダのスーパーで見知らぬ現地の女性に「絶対おいしいから!」と勧められたクラフトジンを買ったのですが、めちゃくちゃおいしかったです。妻とそのお酒にあうアテを探っていくのも楽しいですね。ほかに、甘いものも好きでホテルのアフタヌーンティーに行ったりもします。都内のホテルは結構行きましたけど、一番気に入っているのはマンダリンオリエンタル東京のアフタヌーンティー。味に隙がなくて、すごくおいしかったです。

40代になって美容にハマる

実は最近ハマっているのが、美容です。自分で使うのはプチプラのスキンケアばかりですが、化粧水とかフェイスマスクとかめちゃくちゃ詳しいですよ。学生とも「宍戸先生ってイエベっぽいよね」「え、イエベかな?」みたいな話で盛り上がっています(笑)。

朝起きて元気な顔じゃないとその日1日コンディションが上がらないタイプなんですが、仕事で徹夜が続いて朝ひどい顔になったことがあって。その時、妻の勧めでスキンケアを使ったらすごく肌つやが良くなったのがハマったきっかけですね。元々オタク気質なのでランキングを調べたり、美容系のSNSや動画を見たりして、かなり詳しくなりました。ただ、学生の方がずっと情報が早いのでいろいろ教えてもらうことも多いです。スキンケアの“研究”に関しては、学生たちの方が上ですね。

―読者へのメッセージ―

ビジネスで解決したい課題に直面した時、私たち学者やコンサルタントに「解決法を教えてもらおう」と思うのではなく、「一緒に考えましょう」という態度を持つことは、とても大切です。真面目な人ほど「先生、教えてください」とおっしゃるのですが、社会の不確実性が高まっている今、私もすぐには答えが分かりません。しかし、その人と話して、現場の様子を思い浮かべながら一緒に考えていくうちに、解決に必要なものが見えてくることがあります。これからのビジネスパーソンには、ぜひ学者や周りの人とフラットに話し、力を合わせて課題解決しようというマインドを持っていただきたいですね。

取材日:2023年10月