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学問の地平から 教員が語る、研究の最前線

第41回 英語教育学教育学部 教育学科 江原 美明 教授

「使える英語」を教える教師を応援したい

教育学部 教育学科 教授

江原 美明Ehara Yoshiaki

上智大学外国語学部卒業。テンプル大学大学院修了。博士(教育学)。高校教員、神奈川県立総合教育センター指導主事、神奈川県立外語短期大学准教授、神奈川県立国際言語文化アカデミア教授を経て、2021年4月より現職。高等学校外国語科の学習指導要領改訂に携わり、2012~13年度にはNHK Eテレの英語アニメ「リトル・チャロ」シリーズで講師を務めた。

「学校で何年も勉強したけど、しゃべれない」。英語に対して、多くの日本人はそんな印象を持っているのではないでしょうか。「知っているけど使えない」という状態を、どんな学び方なら解消できるのかに興味を持ち、英語の学習方略や教師教育に関する研究を続けてきたのが江原教授です。教員を志す学生への授業、現場の教員の研修を通して、学校の英語教師を支え、英語を使うための教育に力を尽くす江原教授にお話を聞きました。

研究の背景

知識としての英語をどう使えるようにするか

この20年ほどの間、学校の英語教育にはさまざまな変化が起きています。特に、コミュニケーション能力を重視した内容への転換が進み、現在の高校の学習指導要領ではいわゆる英語の4技能(読む、書く、聞く、話す)のうち、「話す」を“やり取り”と“発表”に分け、5領域を総合的に学ぶカリキュラムで児童・生徒の英語力の向上をめざしています。

日本という環境で、英語で上手にコミュニケーションが取れるようになるには、教え方にもさまざまな工夫が必要です。私もかつて高校の英語教員だった時には、どうすれば英語のコミュニケーション力が高まる授業になるかに頭を悩ませ、さまざまな英語教育関連の書籍を読んで勉強しました。英語教授法や第二言語習得についてさらに学ぼうと、大学院に入って研究をする中で出合ったのが、Language Learning Strategies(言語学習方略)という研究分野です。
学習方略とは、やさしく言い換えると「効果的に学ぶための手立て」といった意味で、言語を教える側には大変重要なトピックです。私は、言語学習方略の中でも「知識として持っている英語を、どうしたら流暢に使えるようになるか」に興味を持ち、これまでの研究で得られた知見と英語教育の実践を結びつけるような研究を進めています。

研究について

英語の学習方略や教師の思考プロセスを研究

私はこれまで英語教育に関する研究に3つの視点から取り組んできました。その3つとは、学習方略、言語教師認知、教師教育です。

何かを効果的に学ぶには、繰り返し学習やイメージ化など、さまざまな方法があります。英語学習にもそうした学習方略があり、これまでの研究ですでに多くの知見が得られていますが、学校の英語教育にその方略を応用するためには、現場の教師の役割がとても重要です。

学校では、教材や指導法と生徒の間に、必ず「教師」というフィルターが介在しています。優れたカリキュラムや良い教材があっても、教師がそれに価値を感じていなければ、生徒が効果を享受することはできません。たとえば、コミュニケーション重視の英語教育に関して学校の先生方に話を聞くと、研究熱心でとても意欲的な先生もいれば、そこまで前向きではない先生もいらっしゃいます。前向きになれない理由はさまざまですが、教師自身の学習履歴の影響は大きく、「自分が教わってきたように教えてしまう」という傾向や入学試験等への対応も無視できない、といったこともあります。こうした教師の意思決定プロセスについて、教師の思考や心の動きに影響する要因を分析しながら明らかにする、言語教師認知の研究にも力を入れています。

▲江原教授が共著、監修した書籍

さらに、英語学習方略、言語教師認知の研究で得られた知見をいかに教師教育に活用するかという課題に焦点を当て、大学での学生の教育だけでなく教員研修の講師としての実践も行っています。 本来、学習方略の理論を知ってもらうことも大切ではあるのですが、現場の教員はとても忙しく、現実的には「すぐに役立つ情報」が求められます。そこで、教員研修では、学習方略の重要なポイントに絞って備忘録的に使えるリストを示し、できるだけ具体的な提案をするよう努めています。また、参加者との対話を重視し、同じ英語教師として、現場の先生方を勇気づけることにエネルギーの多くを費やしています。

英語教育の小中高接続を改善するために

今現在は、英語教育における小・中・高の接続が重要な課題と考え、その改善を図る研究に力を注いでいます。そのために過去3年間、神奈川県のある市内のすべての小学校を訪問させていただき、外国語教育の現状について調査を行いました。

小学校では2020年度から英語が必須科目になりました。もちろん、どの学校も学習指導要領に従って授業が行われているのですが、全国的に見れば、学校や教師によって取り組みにばらつきがあり、教科書の多岐にわたる内容を消化しきれていない面もあるようです。また、教科化によって成績が可視化されたことで、「英語嫌い」になる子どもが増えているのではないかという指摘もあります。

中学高校についても、コミュニケーションを重視した独自の取り組みをする自治体や学校が出てきましたが、発信力の育成に時間を割く分、基本的な文法や読解力の育成が十分にできず、大学入学後、英語検定やTOEICで得点が伸びにくいという側面があります。こうした課題を英語教師がどう解決したらよいのかを探るため、龍谷大学の研究者と協働で研究を進めているところです。
高校外国語科の学習指導要領改訂に関わったひとりとして、施策と現場とのつながり、理論と実践の往還について、具体的な方策を提案することが私のミッションだと考えています。今後、新学習指導要領のもとで小中高の先生方がどのような指導と評価を行ったかを分析し、将来の学校英語教育への提言をまとめていきたいと思っています。さらに、個々の児童や生徒が、それぞれのニーズに応じて英語を身につけていくための方略についても、データ収集と考察を続けていきたいです。

今後の展望

教師同士のコラボを進める提言をめざして

今、英語を学ぶ方法は学校以外にもたくさんあります。やろうと思えば、1人でいくらでも勉強することができるでしょう。そうした時代にあって、これからの学校での英語教育の役割とは何でしょうか。それは、クラスの仲間や先生と英語でやり取りをしながら生徒に「通じた!よかった!」という体験をさせることであり、そのためには教師同士がコラボレーションし、同じ方向を向いて進むことが必要だと私は考えています。

最近、教育現場では職場の教員同士が協働し支え合う関係性を意味する「同僚性(collegiality)」という言葉が注目されています。教員は学校でチームの一員として働いていますから、たとえば、自分はコミュニカティブに授業をしたいと思っていても、周りの教員がそうでないのでなかなか踏み出せない、といったことが起こりえます。

一方、少し手前味噌になりますが武蔵野大学の教育学科は教員間の仲が良く、情報交換もまめに行っていますし、将来教員になる学生を大事に育てようという目標も共有されているので、同僚性という意味では理想的な環境です。そうした同僚性の高い環境をいかに作るかが、英語教育において今後さらに重要になるでしょう。 英語学習方略の研究で得られたこれまでの知見を整理し、さまざまな学習方略の実践的な使い方を現場の教員に分かりやすくリマインドする。そうした私の取り組みが教員間の共通理解をつくり、職場に良いコラボレーションを生み出す助けになってほしいと願っています。教員同士のコラボに繋がる提言を一つでも多く発信できるよう、今後も研究に力を注いでいきたいです。

教育

「教師の目」を持つ学生と互いに学び合う

現在担当しているのは、教員免許取得のための「英語科指導法」や「英語科教育法」、さらに語学講座「Comprehensive English」といった授業です。

教育学科の学生と接していて感じるのは、「みんな小中高で学校教育を真面目に受けてきた学生だな」ということです。学生の姿から、日本の英語教育の成果と改善点が見えてくることがあります。

たとえば今の学生は数年前に比べて、口頭でのコミュニケーションがとても上手になりましたが、一方で、高校で学んだはずの重要な文法の知識を忘れてしまっていることがあるようです。それは学生の勉強不足だけが原因というより、高校で学ぶべき文法があまりに多岐にわたり、しかも大事な要素とそうではないもののメリハリがつけられていないことにも原因があるように思います。そういった課題も見つけつつ、学生のみなさんとともに学びを深めているところです。
教師を目指している学生は、私たち大学教員を見る目が鋭いですね。「学生としての目」ではなく、すでに「教師としての目」で見られている気がしています。授業を受けながら「この先生は教え方が上手だな」とか「今の説明は分かりにくいな」とか、批判的に分析しているのが分かるので、正直、授業をするのがちょっと怖いんです(笑)。とはいえ、学生に自分を良く見せようとすると必ず失敗するので、できるだけありのままの自分を見てもらいながら、学生と私がともに学ぶ姿勢をいつも大切にしています。

人となり

社会人になってから趣味でスキーを始めて、今も年に1回は新潟にスキー旅行に行きます。毎年カナダ人とアメリカ人の友人と3人で行くのですが、私はスキーのアドヴァイスをして、彼らからは英語を教えてもらっています。たとえば、気持ちよく滑っていたのに転んでしまった時、「油断するなよ」と自分に言い聞かせるんですが、ある時「これって英語ではどう表現するんだろう?」と疑問に思って彼らに聞いてみたんですよね。そうしたら、アメリカ人の友人は“Don’t get too comfortable. ”が近いんじゃないか、って。直訳すると「心地よくなりすぎるなよ」という感じです。なるほど! と目から鱗でした。そういう瞬間が楽しいですね。

実は、スポーツと英語の習得には共通点が多いんです。どちらもHow To本を読んだり動画を見たりするだけでは上達しないし、場数を踏まないとうまくならない。だから英語と同じように、スキーの練習でも学習方略のポイントを絞って、頭の中に備忘録を作っていました。たとえば、スキーの小回りの場合には、「ストックはブーツの踵の横方向につく」みたいな方略を、一度に1つだけ意識する。意識して体を使っていくと、ある瞬間から意識しなくてもできるようになって、方略がスキルに変わるんです。そうやって一つずつスキルを増やしていくことが、スポーツでも語学でもきっと大事なんですよね。

―読者へのメッセージ―

語学学習は、いつの時代のどんな人でも常に0からのスタートです。一つ一つ頑張って学んでいくしかありません。しかし、それを乗り越えて外国語でコミュニケーションできるようになると、気持ちが世界へと広がっていきます。さらに、広い世界で起きていることに興味がわき、それまでにない新しい出会い、新しい気付きを得られます。それは、とても素敵なことではないでしょうか。ほかの国の人たちと自由にコミュニケーションを取る楽しさをぜひたくさんの方に味わっていただきたいです。そのために、私は研究を通して英語の先生方を応援し、英語を学ぶみなさんの役に立っていきたいと思っています。

取材日:2023年11月