
第59回 基礎看護学 看護学部 看護学科 羽入 千悦子 准教授
臨床経験の振り返りを
看護の向上につなげるために

看護学部 看護学科 准教授
羽入 千悦子Hanyu Chieko
弘前大学教育学部特別教科(看護)教員養成課程卒業。武蔵野大学大学院看護学研究科看護学専攻博士後期課程修了。東京慈恵会医科大学医学部助手、東京慈恵会医科大学医学部講師を経て、現職。専門は基礎看護学、看護教育、フィジカルアセスメント。
看護の世界ではよく「看護は実践の科学である」と言われます。看護学は患者へのケアという実践と切り離して考えることはできず、看護教育においても、学生たちが実習の経験をいかに将来に役立つ学びに繋げられるかが重要です。そして、経験から学びを導き出すためには、経験の「振り返り」が大きな鍵を握っています。羽入先生は、看護教育における経験学習の在り方にスポットを当て、看護現場での経験を積み上げ、学びに繋げる方法に関する研究に取り組んでいます。
研究の背景
コルブの経験学習モデルがベースに

看護学生にとって、臨地実習での経験は、学修に大きな変化をもたらすものです。しかし、人は単に経験しただけで自動的に学びを得て、成長できるわけではありません。
経験を学びにつなげる方法としてよく知られているのが、教育理論家コルブによる経験学習モデルです。コルブの理論では、①失敗や成功を経験する(具体的な経験)、②経験を振り返る(内省的な観察)、③自分なりの仮説や教訓を立てる(抽象的な概念化)、④仮説や教訓を新たな状況に適用する(積極的な実験)の4つのステップを踏むことで、経験から学びを得ることができます。私はこの経験学習モデルを看護教育に当てはめ、4つのステップのうち、特に経験の振り返り(内省的な観察)に注目して研究に取り組んでいます。
研究について
経験を効果的に積み重ねるための振り返りとは
よく「失敗から学ぶ」と言いますが、看護学生の臨地実習には失敗がつきものです。時には自信を失うような失敗を経験することもありますが、後になってその時の自分を振り返り、患者さんの言動を自分がどう受け取り、何を感じたのか、なぜそう感じたのかを掘り下げて考えていくと、自分の思考や行動の前提となる価値観や考え方のクセが見えてきます。そして、自分の価値観やクセが分かると、自然と行動が変わっていきます。失敗はつらいことですから、振り返りを強要することはできないのですが、失敗のプロセスを丁寧に見つめ直すことには大きな意義があると私は考えています。
これまでに、看護師や看護学生が経験を効果的に積み重ねていくための振り返りの方法や、経験からどのような学びを得ているかについて研究を進めてきました。そこから見えてきたのは、経験を深く振り返ることができる人は、「自分視点」と「患者視点」の両方から自分の言動を見ていたということです。研究では、2年目の看護師、看護学生それぞれについて調査を行いましたが、どちらの調査でも同様の結果が得られました。多角的な視点と振り返りの深さについては、さらに研究を続け、看護教育に生かせる知見を探っていきたいと考えています。
学生の臨床判断における思考過程を研究

臨地実習で学生は、目の前の患者さんの状況を見て行動することが求められます。事前に体のどこを観察し、どんな症状に注意しなければならないのかを学んでベッドサイドへ行きますが、実際の患者さんの状態は刻々と変化しているため、計画通りにいかないことも少なくありません。たとえば、肺炎の患者さんの呼吸状態や顔色を観察しようと計画していても、そこで患者さんがゼイゼイと苦しそうに呼吸をしていたら、顔色よりも動脈血の酸素飽和度などの数値を確認することが優先されます。そうした臨床推論、臨床判断についても興味があり、現在研究に着手しています。看護を学び始めたばかりの学生はどのような情報を手がかりに患者さんの状態を判断するのか、学生の思考過程を明らかにし、臨床判断の力を養うためにはどのような教育が求められるのかについても考えていきます。
人によって考え方はさまざまですが、私は、自分の行動を多面的に見て深く振り返ることが、看護実践をより良いものにしていく一つの有効なツールになると考えています。今後も看護師、看護学生の成長や実践を助ける経験学習、振り返りにフォーカスを当てて研究を進めたいと思っています。
今後の展望
教育を通してベッドサイドの看護の向上に貢献したい

研究を通して、看護教育をもっと良くしていくことが今後の大きな目標です。たとえば経験を学びに変換できる学生の特徴を明らかにし、それを踏まえて学生同士で振り返りを行い、お互いが成長できる場をつくることもその一つです。近年の学生を見ていると、失敗したくないという気持ちがとても強く、中にはYouTubeで臨地実習の対策動画を見て、その通りに実践しようとする学生もいます。看護は現場に出てみないと分からないことがたくさんあり、どれだけ事前に準備をしても失敗を防ぐことはできません。看護は実践の科学と言いますから、やはり実践の機会を大切にしたいと私は考えています。学生が実習でうまくいかなかったときは、なぜうまくいかなかったのか、次にどうすればいいのか、どんな工夫をするか、一つ一つ一緒に考えながら、次のステップを踏み出すサポートをしていきたいと思っています。学生との対話を通して、学生も私も、お互いが磨かれるような教育の場を構築してきたいです。
さらに、学生時代にそうした学修をすることは、現場に出た後も自分の実践を深く振り返り、常に自らの看護実践を進化させる力につながります。大学の4年間で学生がどのように成長を遂げるのか。さらに、臨床現場に出た後は、専門職としてどのように成長するのか。そうした看護師の成長に焦点を当てた研究に、これからも力を注いでいきたいと考えています。看護教育をより良いものにすることで、より良い実践を追求できる看護師を輩出し、ベッドサイドの看護の質の向上に貢献していきたいです。
教育
臨床をイメージできる授業を学生とつくり上げる
現在、基礎看護実践論2(ヘルスアセスメント技術)や、4年次の統合実習などの授業を担当しています。知識を教える際は、その知識をどのような場面でどう使うのか、臨床での活用を具体的にイメージできるような教育を意識しています。特に、臨床の経験が全くない1年生が受けるヘルスアセスメントの授業では、聴診器で自分の胸の音を聞く時間をつくり、正常な肺の音や、気管と肺では呼吸の聞こえ方が違うことを自分の体を使って理解してもらい、自分の身体の反応と解剖生理の知識が結びつくように工夫を凝らしています。

また、看護技術を学ぶ時は学生同士で演習をしますが、これから何をするのか、どんな方法で行うかといった説明や、プライバシーの保護、周囲の環境への配慮といったことも含めて指導しています。たとえば聴診器を使う場面では、患者さんにどうやって服を脱いでもらうか、室温が低くないか、聴診器が冷たくないかといったことにも配慮する必要があります。医療者として、相手の立場に立つことは最も大切なことです。学生同士でペアを組み、お互いに患者役をやってみて改善点を言い合い、患者さんの立場で考える意識付けを図っています。さらに、教科書に載っている技術や知識をすべて鵜呑みにするのではなく、本当にそうだろうか?と疑い、調べてみる習慣をつけてほしいと伝えています。
私には、教育の場で「ねばならない」とはできるだけ言いたくないという思いがあります。私が大切だと思うことでも、学生にとってはそうではないかもしれないからです。そのため、日ごろから教員としてさまざまな提案をしつつ、一人一人の学生の思考、価値観、多様性を尊重した授業をつくろうと心掛けているところです。単位修得のための学修ではなく、好奇心や関心から生じる内発的動機づけによる学修を目指し、教員からの一方通行ではなく、学生とともにつくり上げていく授業を続けていきたいと思っています。
人となり
2匹のネコとの同居生活
去年の11月から2匹のネコと一緒に暮らし始めました。ひょんなことから引き取ることになったのですが、動物と一緒に生活するのは人生で初めて。ネコを飼うなんて想像したこともなかったので、自分でもびっくりです。
飼い始めて分かったのは、ネコってこんなに感情表現が豊かなんだ、ということ。2匹とも自己主張が強くて、いつも「起きて!」「ごはんちょうだい!」ってニャーニャーワーワー鳴くんです。ごはんが遅くなると機嫌の悪さが顔に出るし、私とソファーの座る位置を奪い合いになって、「どいて」と言ってもどかないし、ネコってすごく人間っぽいんだなと驚いたり笑ったりしています。
ちょっとイヤなことがあった時も、ネコが大福みたいにまん丸な顔で幸せそうに寝ている姿を見るだけで、イライラがすっかり解消されて、本当に100%癒やしですね。ネコたちに感謝です。


10年以上ハマっているコーヒー
以前は京都にハマっていて、しばらくは毎年のように旅行に行っていました。そこで出合ったのが、三条駅の近くにあるスマート珈琲店。その店のコーヒーの味にどハマりして、もう15、6年は豆を取り寄せ続けています。自宅の近くの喫茶店もいろいろ回っているのですが、まだスマート珈琲店以上に私の好みに合うコーヒーは見つかっていません。
最近の休日は、散歩していることが多いですね。世田谷のあたりをふらふらと1時間くらい歩いて、カフェに入ってみたり、ラーメン屋さんに入ってみたり。グルメというわけではないのですが、食べることは好きで、おいしそうなお店を見つけたら入ってみることにしています。今はネコ中心の生活でしばらく遠出もしていないのですが、また京都にも行ってみようと思っています。

▲出会って以来、ずっと取り寄せている「スマート珈琲店」のコーヒー豆

▲世田谷線が走る最近の散歩コース
読者へのメッセージ

経験学習における振り返りをテーマに研究していますが、その一方で、「振り返りましょう」と勧めることはおせっかいでもあると思っています。特に失敗を振り返るのは誰にとっても楽しいものではなく、振り返るかどうかは本人の選択です。ただ、看護は人に対峙する仕事であり、人に関わる専門職として、看護師は自分の実践をみつめ、進化、成長することが必要だと私は思います。看護師を目指す学生には、学生時代から振り返りを通して自分と対話し、成長する経験を積み重ねてほしいと願い、教員としてしっかりそのサポートをしていきたいと考えています。
取材日:2025年3月