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学問の地平から 教員が語る、研究の最前線

第60回 社会福祉学 人間科学部 社会福祉学科 中西 真 准教授

少年非行を防ぐスクールソーシャルワーク実践を考える

人間科学部 社会福祉学科 准教授

中西 真Nakanishi Shin

立命館大学政策科学部政策科学科卒業。立命館大学大学院社会学研究科応用社会学専攻博士後期課程修了。博士(社会学)。大学院修了後、行政の子ども家庭センターの児童指導員などを経験。帝京科学大学医療科学部助教などを経て、2024年より現職。専門はスクールソーシャルワーク、児童家庭福祉。

少年犯罪の検挙件数は全体的に減少傾向にありますが、社会の耳目を集めるような少年による凶悪事件は、毎年のように起きています。その一方で、近年、非行の背景として、家族関係や貧困など子どもを取り巻く環境の影響が指摘され、非行防止の観点からも、厳しい生育環境に置かれた子どもをいかに支援するかが大きな課題となっています。この課題に対して、学校を拠点とするスクールソーシャルワーク実践の研究を通してアプローチしているのが中西准教授です。社会の希望である子どもたちの幸せのため、暴力的な関わりのない社会づくりを目指す中西准教授の研究を紹介します。

研究の背景

スクールソーシャルワークとは何か

大学時代、少年非行・犯罪の予防や対応について、社会学や社会福祉学の観点から研究した経験を土台に、スクールソーシャルワーク実践に関する研究に力を注いでいます。スクールソーシャルワーカーは、学校を拠点として、問題を抱えた児童生徒の学校、家庭、地域の環境を整え、子どもがよりよく生きていくためのサポートをしています。学校で子どもの課題を解決する役割としては、「スクールカウンセラー」がよく知られていますが、スクールカウンセラーが心の専門家であるのに対し、スクールソーシャルワーカーは社会福祉的観点で問題の解決を図るという違いがあります。子どもを取り巻く環境が多様化、複雑化しているいま、スクールソーシャルワーカーは、子どもの社会的背景にアプローチしながら課題解決を図るキーパーソンとして、大きな役割を果たすことが期待されています。

研究について

非行の背景にある子どもの環境を整える

少年非行・犯罪や子どもの暴力行為には、家庭の状況、学校での子ども同士や教師との関係、個人的な特性など、さまざまな要素が影響を与えると言われています。現在私は、スクールソーシャルワークや児童家庭福祉に軸足を置き、非行などの課題解決のために必要な支援や体制、さらに子どもや家庭に関する福祉と学校の協働に焦点を当てた研究を進めています。

具体的には、学校で起きている問題の背景を調査し、子どもたちの環境にスクールソーシャルワークがどのように関わることができるのかという現代的テーマでの研究のほか、歴史的視点でスクールソーシャルワーク実践を整理する研究にも取り組んでいます。スクールソーシャルワーカーが制度化される以前の1960~70年代の日本では、学校の教員や児童相談所などのケースワーカーが、同様の役割を担っていました。その方々へのインタビュー調査や資料を元に、当時の取り組みをまとめ、現代にも生かせる知見を探っています。

たくさんの子どもが集まって1日を過ごす学校は、子どもの貧困や虐待を発見しやすく、近年は学校をプラットフォームとする社会的支援が注目されています。その中で、スクールソーシャルワーカーは、学校という子どもに近い場所から、ほかの社会福祉職と連携して子どもを支えられるところに強みがあります。一方で、児童相談所の職員のように法的に強い権限が与えられているわけではなく、認知度もまだ低いことから、学校現場での教員との連携には課題もあります。スクールソーシャルワーカーと教員が協働し、お互いに理解を深められるよう、研究を通して支援していくことができればと思っています。

協働によって連続性のある支援を

さらに、スクールソーシャルワークと他分野の協働、政策や研究とのつながりに視野を広げた研究にも取り組んでいます。

子どもの支援においては、幼児期から思春期に至るまでの生育歴、発達も踏まえた連続的な理解が重要です。しかし、子どもの成長に合わせて保育所や幼稚園、小学校、中学校の間で適切に情報が共有されなければ、支援が途切れ途切れになってしまう可能性があります。また、教育、保育、心理など隣接する専門領域と連携し、多面的な視点で子どもたちを見ることができれば、より良いサポートに繋がります。子どもの年齢や専門領域の違いによって分断されることなく連続性のある支援ができるよう、他分野との協働をどう進めていくかについて研究で考察しています。

また、政策に関する研究では、要保護児童対策地域協議会(要対協)の活動の分析検討を進めています。要対協は、虐待などで保護が必要な児童や保護者を支援するための組織で、児童福祉法に基づいて全国のほとんどの市町村に設置されています。要対協には行政、学校、児童相談所、医療機関などの専門家が集まるため、専門職同士の協業、要対協と地域住民の協業の在り方などに注目し、組織がうまく機能するための方策を検討しています。

今後の展望

暴力的な関わりのない社会を目指して

研究者として大切にしているのは、現場と協働して当事者とその背景を理解し、研究者の視点で真実を追究する「現場と研究の往復」です。成果をどのように現場に還元できるかを常に意識しながら、研究に力を尽くしています。

その先で私が目指しているのは、社会から暴力的な関わりをなくすことです。暴力的な関わりには、身体的な暴力だけでなく、無視などのいじめ、暴力的な言葉も含まれます。スクールソーシャルワーク実践に役立つ研究を通して、何かを伝えたい時にどうすれば暴力的な関わりではなく適切な言葉で伝えられるかを検討し、学生や実践家に伝えることが、その第一歩になると考えています。

また、子どもや学校だけでなく、高齢者福祉や障がい者福祉、職場のハラスメント、SNS上のトラブルなど、暴力的な関わりはさまざまな場所で被害に苦しむ人を生んでいます。将来的には、そうした他分野にも自らの研究を応用できるよう、考えを深めていきたいです。

少年非行・犯罪や子どもの暴力に対して「子ども本人に指導や罰を与えればなくなるだろう」と考える人がいますが、それだけでは問題は解決しません。子どもを取り巻く家庭、学校、地域、社会の環境も調整し、ヒト、モノなどの社会資源を生かして、安心して生活できる居場所をつくることも、とても重要なのです。子どもも大人も安心できる社会、暴力的な関わりのない社会を目指して、研究の知見を提供していきたいと考えています。

教育

学生と西東京市の「子ども会議」をサポート

社会福祉学の学びは、講義や文献購読も重要ですが、それだけでなく、社会福祉の施設や学校などのフィールドに出て、現場を体験しながら考えて実践していくことも大切です。2025年度は、ゼミ生を中心とする学生たちが西東京市の「子ども会議」に加わり、子どもたち自身が行政の取り組みについて考え、意見をまとめて市に提案するといったサポートに取り組んでいます。さらに、学生からの要望も聞きながら、施設見学や研究会への参加、授業で実践家の話を聞く機会を設けるなど、学生が社会のさまざまな現実を想像し、理解できるよう力を尽くしています。

また、授業では、話し合いの雰囲気をつくることを大切にしています。特に少人数のゼミでは、全員がお互いの思いや感じたことを尊重しながら話し合い、ソーシャルワークの基礎である対話に基づいた授業を進めています。さらに、私自身が学び、研究してきたことを伝え、学生が自ら考えるきっかけを作るよう心掛けています。私は教員ではありますが、自分自身もまだ学んでいる途中のようなものだと思っていますから、こちらが一方的に教えるのではなく、学生と対話して一緒に考えることを大事にしていきたいと思っています。

人となり

国技館で味わう大相撲の熱気と迫力

子どものころから大相撲を観るのが好きです。私のごひいきは宇良関。同じ関西出身なのと、すごく一生懸命な姿勢がとても素敵だなと思って、ずっと応援しています。

私が大相撲を見始めたころは、ちょうど若貴ブームで、家族と一緒にテレビの中継を毎日見ていました。いまは東京に来て、念願の国技館にも行けるようになったので、生で観戦するのが休日の楽しみの一つになっています。実際に国技館で取組を観ると、真剣勝負の熱気、迫力が伝わってきて、中継で観るのとは全然違うんです。両国のあたりは江戸風情が残っている素敵なエリアなので、街歩きするのも楽しいですね。年3回の東京場所はできるだけ現地で観戦したいと思っているのですが、最近は海外の観光客の方が増えているからか、以前に比べてチケットが取りにくくなりました。年配の方だけでなく、若い方、子ども連れの方も観に来ていて、やっぱり大相撲の人気はすごいなと実感しています。

季節の植物に癒やされています

休みの日や空いた時間は、庭園や公園に季節の植物を観に行きます。駒込の六義園や谷中の岡倉天心記念公園まで脚を伸ばすこともありますが、一番身近で植物を楽しめる場所が、この武蔵野キャンパスです。春はウメ、サクラ、ツツジ、梅雨時はアジサイが咲き、秋になると黄色に染まったイチョウ並木も見事です。キャンパスの近くにはMUFG PARKや武蔵野市中央公園もあるので、この一帯全体が緑豊かで季節を感じられるすごく素敵なエリアだと思います。

時間があれば、史跡巡りや日本の作家に関わる記念館巡りをするのも好きですね。社会福祉士の実習の巡回指導や学会で遠出した時には、せっかくなので、近くに史跡や記念館を探して行ってみることもあります。

読者へのメッセージ

子どもは社会を映す鏡だと言われています。子どもは社会から大きく影響を受け、逆に子どもに起きている問題は、大人の社会で生じている問題でもあるかもしれません。子どもは生まれてくる家庭を選べません。しかし、家庭の状況によって、将来の生活、進学、仕事などが大きく左右されているのが現状です。ソーシャルワーク、社会福祉は、そうした人生の課題に対して、より良い方向へ向かうサポートができる可能性を持っています。多くの学生に社会福祉に興味を持ってもらい、社会のさまざまな方と交流して学びを深めてほしいと願っています。




取材日:2025年4月