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学問の地平から 教員が語る、研究の最前線

第65回 データサイエンス学 データサイエンス学部 データサイエンス学科 浦木 麻子 准教授

「専門家の知識」という宝をデータベース分析に生かすために

データサイエンス学部 データサイエンス学科 准教授

浦木 麻子Uraki Asako

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程修了。博士(政策・メディア)。データサイエンス分野の研究に従事し、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任講師・特任准教授を経て、現職。元スキー日本代表選手。FIS Advertising Committee Public Relations and Mass Media委員を4年半担当し、国際スキー連盟におけるマーケティング分野の国際交渉にも尽力した。現在は、公益財団法人日本オリンピック委員会情報・科学スタッフとしてデータベース&テクノロジWGに参画している。

現代の社会では日々多種多様で膨大なデータが蓄積されています。浦木准教授は、そのビッグデータの分析に人間が得意とする「意味」の視点を取り入れ、専門家が持つ経験や知識を分析結果に反映させる方法論の確立を目指して研究を進めています。より良い未来をつくるため、人類の歴史が積み重ねてきた知識という“宝物”をデータベースの分析に活用しようと力を尽くす浦木准教授の研究を紹介します。

研究の背景

意味に基づいてデータを分析する

音楽を聞いていて「この曲は明るいな」と感じたり「落ち着く曲だな」と感じたりすることは、誰でも経験があると思います。音や音楽は波形のデータで表すことができるのですが、数値が羅列されているデータだけを見ても、それが明るい曲であることは分かりません。しかし、人間は聞くだけで「明るい」と感じます。このデータと人の間を埋めるため、私が専門とする研究領域では「目に見える数値などには表れていないけれど、人間にはなんとなく分かる意味」をデータから取り出したり、データを意味が分かる言葉に書き換えたりすることで、情報を意味的に比較、整理することを可能にしていきます。このデータを意味に基づいて分析する手法を用いて、これまでに公衆衛生や環境など、さまざまな分野のテーマに関する研究に取り組んできました。

これらの研究テーマには学部生時代から興味を持ち、シンプルなアイデアから取り組みを始めました。恩師であるデータサイエンス学部長の清木康教授や、研究室の大先輩である石橋直樹教授から、研究の本質に迫るアドバイスをたくさんいただき、現在の研究の方向性に大きな影響を与えてくださいました。そして、現在も武蔵野大学データサイエンス学部にて研究・業務をご一緒させていただけることは、とても心強いです。

研究について

知識を活用して「専門家らしく」分析する方法論

現在研究において推進しているのは「Semantic Microscope(セマンティック・マイクロスコープ)」というプロジェクトです。これは、たくさんある時系列データから、特定の分析や目的のために意味的に本当に必要なデータを抽出することをコンセプトとした、データのための顕微鏡をつくるプロジェクトで、清木康教授と一緒に推進しています。

たとえば、学校の授業で顕微鏡を使ってデンプンを観察する時は、ジャガイモからデンプンを取りだし、観察しやすいようにヨウ素液で着色し、紫色になったデンプンにピントを合わせ、より大きく見える倍率のレンズで観察します。この時私たちは、デンプンという観察対象に応じて、何から取り出すか、どの試薬を使うか、どこにピントを当てるか、どのくらいの大きさで見るかといった“設定の組み合わせ”を調整しているわけですが、それを時系列データに対して行っている研究、と想像していただくと分かりやすいかもしれません。

データを分析して、目的や状況に合った結果を得るには、膨大なデータの何に注目するかという設定の組み合わせを決めることが必要になります。その際、分析する分野に詳しい専門家は、どのデータをどのようにピックアップするかという設定の組み合わせや、ピックアップした情報から現状を把握する方法を、過去の知見や経験に基づく暗黙知として持っています。一方、現在の技術ではまだコンピューターが設定の組み合わせを決めることは難しく、人間が一から教えてあげる必要があります。そこで私は、設定の組み合わせの決定に専門家の知識を取り入れることで、コンピューターが「専門家らしく」分析できる方法論をAIシステムとして確立することを目指し、研究に取り組んでいます。

水質変化や公衆衛生のデータ分析に活用

セマンティック・マイクロスコープ的アプローチで行った研究の一つに、ハワイ・オアフ島の海水データから海中のバクテリアの数を分析・予測した研究があります。

オアフ島では、川で洪水が起きると、川底から巻き上げられた砂やバクテリアが海に流れ出ます。そのため、洪水の直後は海が濁り、地元の人も海には入りません。1週間ほど経つと濁りはなくなり、見た目にきれいな海に戻るのですが、実は海中のバクテリアは最も多く、健康に悪影響を及ぼす危険が高くなります。そこで、海洋科学の専門家の知識を用いて、過去の洪水時のデータから「健康被害」という意味において重要度の高いデータを抽出し、その時々の状況を踏まえて危険度を予測して、海の利用者に周知するようなシステムを構築しました。

また、新型コロナウイルスの感染が拡大していた時期には、公衆衛生の専門家の協力を得て、当時住んでいたオーストリアで感染者数の予測に関する研究にも取り組みました。さまざまなデータの中から、重症者の検査だけが行われる日曜日のPCR検査件数に注目し、セマンティック・マイクロスコープの手法で翌週の感染者数の予測に使えるデータを絞り込むことができました。

今後の展望

データの力で人間の存続に貢献したい

膨大なデータから必要なデータを抽出する技術として利用されているのが、みなさんもご存知のAIです。一般の方にも利用が広がっている生成AIは、データからパターンを学習して新しいデータを作るため、「人間らしい答え」に近付けようとすると膨大なデータ量を必要とします。一方、専門家の知識を利用するアプローチは、かなり狭い範囲の目的に対してではありますが、比較的小さなデータセットでも人間に近い洗練された答えを出すことができます。さらに、分析結果同士の有効な比較も可能になります。また、専門家の知識を使うことで、思いも寄らない予測結果が得られるかもしれません。人類が長い歴史の中で積み重ねてきた知識や経験は、素晴らしい宝物です。その宝物を、データの世界になんとか取り入れ、活用していくことを目指しています。

私の最終的な研究の目的は、データの力で人間の進化・存続に貢献することです。オアフ島の海の水質の研究や、コロナの感染者数を予測する研究は、データを使って人間を守るという目的につながる取り組みとしても意義あるものだったと考えています。気候変動や環境問題、感染症など、人間の存在が脅かされる要素はたくさんあります。自然現象そのものを人間の力で変えることは難しいかもしれませんが、人間の行動をより良いものに変えることはできるはずです。データによる根拠を示して人々の行動変容を促し、人間社会の存続に貢献していきたいと思っています。

教育

学生時代に備えてほしい4ステップの思考法

「社会連携活動概論」「マルチメディア知識ベース」「データマイニング」などの授業を担当していますが、どの授業も、学生に自分の「目的・目標・現在位置・道のり」の4つを考えてもらうことから始めています。何かに取り組む際、自分が何のためにそれをするのかという目的を明確にし、目指す目標を設定し、自分が今いる位置から目標までの道をどう進むかを考えることが習慣化されていれば、社会という多種多様な人がいる場でも物事を前に進めることができるからです。

4つを明確にしておくことは、社会での活動に限らず、人生のあらゆる場面で広く役立つ思考法だと思っています。データサイエンスの研究においても、この研究は何を解決しようとしているのか、そのためにどんな方法で何をするのかをきちんとイメージして努力すれば、高い確率で研究が前に進みます。もし進まなくても、どこかに修正すべき点があると気付くことができます。とてもシンプルで、大学卒業後どんな進路に進んでも自分を支える力になる思考法なので、ぜひ学生時代に備えておいてほしいと願っています。

人となり

フリースタイルスキーで日本代表に

12歳でフリースタイルスキーの「アクロ」という種目を始め、日本代表選手として国際大会に出場していました。アクロはちょっと特殊な種目で、簡単に言うと体操競技のゆかをそのままスキー場に持っていったような競技です。ゆるやかな斜面を四角く区切って、その中で音楽に合わせてストックを使って縦回転したり、ジャンプして横回転したり、なかなかアクロバティックなんです。
アクロを最初に見たのは、スキー場の情報誌に載っていた写真でした。一目見ておもしろそうだなと思って、当時住んでいた横浜から練習場がある長野県のスキー場に通うようになりました。スキーは少し滑れるくらいでしたが、バレエを習っていたので踊ることはできたんですよね(笑)。練習を始めた頃は「長野五輪で正式種目になる」と言われていて、私も五輪を目標に頑張っていたのですが、残念ながら長野五輪のときに正式種目から外れたことで、18歳で競技からは退きました。その後もご縁をいただき、5年ほど前まではヨーロッパで国際スキー連盟の委員を務めました。現在は、公益財団法人日本オリンピック委員会のデータベース&テクノロジWGにも参画させていただいています。

海外生活でミニマリストに

▲インスブルックの街にて

幼い頃はアメリカのメリーランド州で過ごし、武蔵野大学に着任するまでの10年ほどはハワイとオーストリアのインスブルックに住んでいました。海外への引っ越しは荷物をたくさん持っていけないので、日本からハワイに引っ越すときの荷物は、家族3人で衣装ケース9箱分だけ。それ以来、物を増やさないミニマリストの暮らしがすっかり習慣になりました。家の中に自分のデスクはなく、仕事をしたら必ず全てきれいに片付けます。ダラダラ仕事のことを考えず、一旦すべて片付けて環境も頭の中もクリアにした方が、ふとした瞬間に良いアイデアが浮かびやすい気がしますね。







▲もりもりと育ったイタリアンパセリ

インスブルックでは、家の庭でイタリアンパセリを育てることにハマりました。イタリアンパセリは2年目に花が咲いて種を付けるのですが、その種を取って乾燥させて、今年の春に“2代目”を植えることができたんです。家族は今もインスブルックにいるので、写真を送ってもらっては「大きくなった!」って喜んでいます。2代目だと思うと、なんだかうれしいんです。

読者へのメッセージ

最近は「AIはすごい」というイメージが先行しているのですが、私が研究を通じて感じるのは「本当に人間の能力はすごい」ということです。研究をしていると、私たちが日常的に行っている意味による比較や分析が、機械にとっていかに難しいことかを実感します。人間がつくり上げてきた知識と経験は大切な宝物ですから、それを少しでもデータサイエンスの世界に取り入れ、研究成果を通して人間がより良い未来へ進めるような行動を後押ししていきたいと思っています。




取材日:2025年6月

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