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学問の地平から 教員が語る、研究の最前線

第82回 日本上代文学・近現代短歌 文学部 日本文学文化学科 大島 武宙 講師

上代文学をひもとき 日本語による「歌」のありようを探る

文学部 日本文学文化学科 講師

大島 武宙Oshima Takeoki

東京大学文学部卒業後、東京大学大学院人文社会系研究科日本文化研究専攻修士課程、同研究科博士課程修了。2022年より現職。歌人・寺井龍哉として短歌の創作や評論活動なども行う。

世の中のあらゆる物事の根本を形づくっているのは言葉です。日本列島の人々が古くから使ってきた言葉で、どのような文学を生み出してきたのかを知ることは、私たちがどう生きてきたのか、そしてこれからどう生きていけばよいのかを知る手がかりになるはずです。上代文学とは、8世紀の奈良時代までの文学を指しますが、この中の日本最古の歌集『万葉集』を中心に研究する大島武宙講師に、上代文学研究の面白さについてお聞きしました。 21歳の時、歌人・寺井龍哉として「現代短歌評論賞」を史上最年少で受賞した経歴を持つ大島講師が、日本語による「歌」を探求する醍醐味について語ります。

研究の背景

広大な時間と空間を表現する歌に魅せられて

日本文学に関心を持ったきっかけは、中学2年生の時、国語の先生が授業で取り上げた『万葉集』の柿本人麻呂の歌でした。「東野炎立所見而反見為者月西渡(東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ)」という有名な歌で、現代語訳では「東方の野の果てに夜明けの光がさしそめる。ふりかえると西の空に月が傾いている」となりますが、短い歌の中に広大な時間と空間が表現されていることに感動しました。おそらく先生の教え方もよかったのだと思いますが、振り返れば、この体験がその後の短歌創作や上代文学研究への道筋をつくったように思えます。

大学の文学部では倫理学を専攻していました。当初、日本文学か哲学を専攻しようと思っていたのですが、より実用性があるというか、実社会で役に立つと、家族に説明しやすくて(笑)倫理学を選びました。もともと日本の思想に興味があったので、日本の仏教や神道の思想に関する本を読み漁り、卒業論文では江戸時代の歌論を扱ったのですが、そこで、近代を勉強するなら近世のことを知らなければ、近世を勉強するなら中世を知らなければいけない…と先生から言われたのです。倫理学を学ぶ中で得た、「前の時代との関係を重視する考え方」の影響もあり、「ならば、いっそ一番古い時代のことから研究してみよう」と思い、大学院に進学する際、『万葉集』などの上代文学を専門にしました。

大学の授業で『万葉集』をやや専門的に勉強する機会があり、千数百年にわたって多くの学者や歌人たちがさまざまな解釈を施してきたこと、漢字だけで表記されているために、いまだに読み方が確定できない歌があることなどを目の当たりにして、これはなかなか面白そうな領域だなと思っていたことも、あらためて『万葉集』に興味を持つようになったきっかけでした。

研究について

『万葉集』の修辞(レトリック)や「挽歌」の表現構造を読み解く

研究テーマの一つとして、『万葉集』の歌の表現における修辞(レトリック)の意識について考えています。修辞とは、簡単にいえば「言葉にほどこされる工夫」のことで、比喩や擬人法がその代表です。従来、和歌の修辞というと、枕詞や序詞、掛詞、縁語などがテーマになることが多かったのですが、柿本人麻呂や山上憶良、大伴家持の歌を見ていくと、一つの歌の中で同じ語を何度もくり返して使用し、時にはその同じ語を異なる意味で使用する、ということが修辞として行われていることに気づきます。五音、七音を基調とした定型を持つ『万葉集』の歌々において、その手法が意識的に用いられていたのではないか、と考えています。

『万葉集』には、宮廷行事や旅などを題材にした「雑歌」、おもに男女の恋を詠んだ「相聞」、死者を悼む「挽歌」というカテゴリーがありますが、中でも私は挽歌の表現構造に関心があります。挽歌とは、人の死を悼む歌や、みずからの死を予期して嘆く歌など、大きくいえば人の死に関わる歌のことです。挽歌に興味を持ったきっかけは、大学時代に大津皇子の辞世の歌「百伝(ももづた)ふ磐余(いはれ)の池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲隠りぬる」について調べたことでした。謀反の疑いをかけられ刑死する直前に詠まれたこの歌の「今日のみ見てや」という表現に、死の直前の心境の切実さを感じたのです。

『万葉集』では死を「移動」として表現することも多く、死者が山の向こうや雲の向こうに「隠れていく」と歌われることがあります。これは単なる修辞技法ではなく、死者への思いを表現し、生者が死を受け入れるための方法の一つでもあったと考えられます。 また、『万葉集』の挽歌には、「行路死人歌」と呼ばれる興味深いジャンルがあります。これは旅の途中で力尽きて死んだ見知らぬ人を悼む歌で、全く縁のない他人の死を想像力によって歌うという、現代ではやや理解しにくい歌の表現ですが、こうした歌を通じて、古(いにしえ)の人々の死生観や共同体意識を探究しています。

人間がなぜ死ぬのか、死ぬとはどういうことなのかという問題は、科学的・医学的には説明ができますが、「なぜこの人が死んでしまって、私は生きているのか」とか「なぜ私はこの人より先に死ななければならないのか」という問題、つまり「死の不条理性の問題」に対して科学的に迫るのは困難で、文学的・宗教的・哲学的に考えざるを得ません。人間は誰しも、いつかは死んでしまい、数年に一度は、友人や家族の死を経験するものですが、それでも私たちはその一つ一つの死に衝撃を受け、時には容易には立ち直れないほどの悲しみに浸ることになる。そうした死というものの不思議さについて幼い頃から興味があり、『万葉集』の中でも特に挽歌に興味を持つことにつながっていったように思います。

以前、フランス人に「『万葉集』には恋の歌もたくさんあるのに、どうして挽歌の研究をしているのですか」と不思議がられたことがあるのですが、『万葉集』の恋の歌はハッピーなものは少なくて、「こんなに恋しいのにあの人と逢えなくて寂しい」というような、今ここにいない、はなればなれになった人のことを思う歌が多い。そう考えると、死んでしまった人のことを思う挽歌と実はそれほど変わらないともいえます。

近代沖縄の短歌の足跡を追って

もう一つの研究テーマは、近代の沖縄で詠まれた短歌についてで、沖縄の大学の先生たちと共同で調査・研究に取り組んでいます。沖縄には、もともと「琉歌」という独自の歌謡の伝統があるのですが、江戸時代以前に日本の和歌も伝わり、歌人たちが活動を始めていました。しかし、アジア太平洋戦争における地上戦の被害によって、明治以降に発行された新聞や雑誌の多くが焼失してしまい、今となっては活動の実態がよく分からなくなっています。

本土とは異なる気候や文化を持つ沖縄でどのような歌が詠まれていたのか、残された資料の収集や整理を通じて明らかにしようとしています。沖縄から海外に渡った移民の足跡を追って、台湾やブラジルにも調査に出かけました。異郷の地で詠まれた歌の言葉の中に、万葉以来の和歌の伝統とその土地の現実とが折り重なっているように思え、とても興味深いものがあります。

その他、「寺井龍哉」という筆名で10代の頃から短歌をつくり始め、近現代の短歌についての評論を書く活動もしています。いま短歌の世界では、口語的な、話し言葉風の言葉遣いがますます一般化してきていて新しい時代の到来を感じています。その中で、どんな歌が面白いのか、どうすれば面白く読めるのか、同時代的な批評も楽しみながら行っています。

今後の展望

短歌だけが今も残り続ける秘密を解き明かしたい

日本語の歴史、文化における「歌」とは何かについて、研究を通して少しでも明らかにできたらと思っています。五七五七七の短歌の定型は、古代の宮廷で人工的に作られたものだと考えられていますが、それ以前にもさまざまな形式の歌があったにも関わらず、なぜか短歌だけが千数百年以上にわたって継承され、今も日常的に短歌をつくる人がいる。これは考えてみればとても不思議なことです。その秘密はどこにあるのか。おそらく時代や場所によって事情は異なるとは思いますが、この大きな問題に対してさまざまな方向から迫っていきたいと考えています。さらにいえば、人間にとって言葉とは何なのか、ものを考えるとはどういうことなのかということに少しでも手がかりが与えられたらと思っています。

これまで日本語の文化の歴史において、和歌をつくること、和歌について論じることが、言葉と心に関する抽象的・哲学的な思考を支えてきました。それらを振り返ることによって、西洋の哲学とはまた違った方法で、人間の言葉や内面について深く考えることができるのではないかと考えています。もっとも、研究が進むにつれて、これまでとは違う視野が開けてくることがあるので、3か月後、半年後には全く違う見通しを持っているかもしれませんが。

教育

自由な学びのきっかけづくりを

学生たちには、自分の感情や感覚を疑い、他人との違いを考えることを大切にしてほしいと思っています。小説や詩歌、映画やマンガ、音楽に感動することはもちろん大切なのですが、100人が100人とも例外なく感動する作品は存在しません。同じものを見ても、感じ方がそれぞれ違うのは、それまでに見てきたものが違うからです。私はB’zはかっこいいと思うけれど、あんなものはエアロスミスのパクリだという人もいる。私はダサいと思っているアーティストを、学生の皆さんはかっこいいと思っていることもある。首相の言動を見て、ぜんぜんダメだと思う人もいれば、高く評価する人もいる。その差は何に起因するのか、ある程度までは論理的に検証することができるはずで、それこそが新しい議論の地平を開く一歩といえます。

大学は自由な場所で、自分で本を読んだり、さまざまなところへ出かけたりしながら多くのことを学べる環境が整っています。大学で学べることの全体からすると、授業で学べることは、ほんの一部に過ぎません。だからこそ、量的にはわずかであっても、学生の皆さんの自由な学びにつながる、よいきっかけを提供できればと考えています。自分で学ぶ能力が身につくように、情報を収集し、読み込み、それを整理し、さらに自分で文章にまとめる、という一連の流れも大切にしたいと思っています。

そして、逆説的な言い方になりますが、この世界には、よくわからないものがあるのだということをわかってほしい。すばやく答えを見つけることだけに価値があるのではなく、答えが容易に見つからないような問いをいつまでも抱え続けること、いったん得られた答えを疑い続けることこそが、本当の意味での知性的なあり方だと考えています。

人となり

映画鑑賞や読書体験が育んだ研究の芽

▲アッバス・キアロスタミ監督の特集上映で、全7作品を鑑賞した特典として手に入れたというオリジナル・トートバッグ

中学生の頃から、都内のミニシアターで1日に2、3本の映画を観て、ぼんやり散歩をしながら帰るのが好きです。『桜桃の味』などで知られるイランのアッバス・キアロスタミ監督、『台風クラブ』などを撮った相米慎二監督をはじめ、作品の上映があるとできるだけ駆けつけるようにしている監督が何人かいます。この2人の監督はどちらも長回し撮影に特徴があるのですが、ある風景や人物を淡々と切り取っているようでいて、それを見つめているこちらの心情が少しずつ変化していくような感覚があって、観終えると日常の見え方が少し変わってくる。同じものをずっと見続けていることで起こる心的な変化というものは、ひょっとすると研究にも通じるのかもしれません。ある種の映画マニアの特性だと思いますが、出演している俳優よりも、監督や脚本、撮影は誰なのかに興味を持ち始めて、過去を遡って系譜をいろいろ調べたりしたのですが、思えばそれも今の研究に通じる姿勢だったのかもしれませんね。

小学生の頃からずっと続けてきて、いまだに飽きないのは、やはり読書です。日本文学の研究者なのだから当然だろうと思うかもしれませんが、自分の仕事や研究とは直接関係のない本を、どんなに忙しくても、1日に1章だけでも読むようにしています。最近ではサン=テグジュペリの『人間の大地』(渋谷豊訳、光文社古典新訳文庫)に感銘を受けました。実はちゃんと読んだことがない作家だったのですが、いま読むことができて本当によかったと思える作品で、こういう出会いがあるからまだまだ読書は面白いとあらためて思えました。

研究とは関係のないことでいうと、松本清張の『昭和史発掘』(文春文庫)を読んだことがきっかけで、数年前に二・二六事件について調べることにハマり、関係する場所を歩いたりしました。決してクーデターを起こした青年将校に対して思想的に共鳴したわけではないのですが、私自身、これまで自分の行動によって現在の体制や社会の状況を変えられるという確信を持つことがなかったので、事件を主導した当時の青年将校たちが何を考えていたのかという点に興味を持ちました。結果的に歴史を動かした人たちの心情について想像してみることは、ややこじつけかもしれませんが、上代文学の研究にもつながることかもしれません。

読者へのメッセージ

『万葉集』には、上代の人々の素朴な感情が謡われていて、中国大陸からの文化的な影響を受ける以前の日本独自の美意識が感じられ、天皇から庶民までの幅広い歌が収められている、と考えている方が多いのではないでしょうか。確かにそのように語られたこともありましたが、これは少し古い『万葉集』のイメージといえるでしょう。実際には、『万葉集』の歌にも周到な修辞(レトリック)が凝らされていて、決して素朴なだけの歌集ではありません。すでに中国から大きな影響を受けていることはまぎれもないことで、庶民の歌はごくごく一部であり、ほとんどは天皇と皇族・貴族たちの歌です。『万葉集』に何らかの幻想を投影するのではなく、あくまでも8世紀に成立した一歌集として、まずは先入観にとらわれず冷静に見つめることを大切にしてもらいたい。先人たちの研究を踏まえつつ、その上で他の人がまだ気づいていない視点で深掘りし、新たな発見ができる要素が『万葉集』にはあると思っています。

言葉は、人間の心を伝え、感動をもたらす素晴らしいものだと思いますが、一方で人間にとって一つの有用な道具に過ぎないと見ることもできます。その道具がどう使われてきたか、これからどう使うべきかという問題は、実は非常に政治的で、実際的なことです。昨今、文学研究の意義が疑問視され、文学部不要論などを耳にすることもありますが、言葉について考えることが、こうした点からもきわめて実用的な意味を持つことは、いくら強調してもし過ぎることはないでしょう。




取材日:2026年3月

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