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学問の地平から 教員が語る、研究の最前線

第85回 社会福祉学 人間科学部 社会福祉学科 櫻井 真一 講師

生活保護施設は日本の社会福祉の最前線

人間科学部 社会福祉学科 講師

櫻井 真一Sakurai Shinichi

明治学院大学社会学部社会福祉学科卒業。首都大学東京人文科学研究科社会行動学専攻社会福祉学分野博士後期課程修了。博士(社会福祉学)。生活保護受給者などを支援する施設にソーシャルワーカーとして勤務し、約15年にわたり現場を経験。武蔵野大学人間科学部社会福祉学科助教を経て、2021年4月より現職。専門は社会福祉学。

憲法が定める「健康で文化的な最低限度の生活」を国民に保障するため、必要最低限の生活費用を国が援助する生活保護制度。貧困や低所得を「他人事」と考え、生活保護にネガティブなイメージを持つ人も少なくありませんが、生活保護制度は日本の社会保障における“最後の砦”です。生活保護制度に基づく保護施設での支援を「社会福祉の最前線」と捉える櫻井講師は、支援の文脈から生活保護や貧困を捉え、地域での共生に目を向けた自立支援の在り方に関する研究を進めています。

研究の背景

2000年代初頭のホームレス支援が出発点

大学の教員になる前は十数年間、ホームレス状態の方や生活保護受給世帯を支援する施設でソーシャルワーカーとして働いていました。私が働き始めた2000年代初頭は、バブル崩壊後の不況で急増したホームレスが、深刻な社会問題になっていた時代です。当初は「仕事さえ見つかれば解決する」と考えられていたホームレス問題ですが、私が現場で施設の利用者に寄り添い、支援する中で見えてきたのは、職の問題だけでは片付かない、それぞれが抱える生活のしづらさという課題でした。

バブル崩壊によるホームレスの増加は、高度経済成長期以降忘れ去られていた「貧困」という社会福祉の根源を、あらためて照らす出来事だったと言えるかもしれません。施設を利用する方の経済的困窮の背景には、アルコールや薬物への依存、うつや統合失調症などさまざまな理由があります。そうした生活課題を解消しながら地域で再び暮らすためには、どう支援していけばいいのかを考え始めたことが、現在の研究の道につながっています。

研究について

保護施設における個別支援計画はどうあるべきか

-2024年制度改正後の現状を調査-

現在私は、生活保護法で「保護施設」に位置づけられている救護施設や更生施設における個別支援計画の策定について、現場の職員の方々の取り組みを明らかにする調査研究に取り組んでいます。
保護施設とは、生活保護を必要とする人の中でも、身体・精神の障害、依存症などにより、日常生活を営むことが難しい方を入所させる施設をいいます。保護施設は、介護施設のように「利用者が自らの希望で入所する施設」ではなく、市町村が行政処分によって入所を決定(措置)する施設であり、利用者が施設やサービスを希望することはできません。救護施設、更生施設の入所者は、施設内で生活しながら、健康管理、リハビリ、作業訓練など自立に向けた支援を受けています。その際、一人ひとりの支援の羅針盤となっているのが、各施設による「個別支援計画」です。
2024年、国の制度変更により、保護施設に個別支援計画の策定が義務付けられ、市町村の福祉事務所が作成する援助方針との整合を図るよう指針が示されました。制度が改正されて約2年が経過した今、保護施設ではどのように個別支援計画を作って日々の支援に活用しているのか、福祉事務所の援助方針との整合はどこまで進んでいるのか、などを明らかにしたいと考え、研究に着手したところです。

-“施設から地域へ”個々の背景に応じた支援を-

生活保護は、基本的に在宅での保護を原則とし、ほかのさまざまな制度(年金、雇用保険など)を最大限使っても生活に困る場合にのみ受給することができます。さらに保護施設は、被保護者の中でも在宅での生活が困難な方だけが入所する“最後のセーフティネット”です。そのため、従来は、退所を目指すよりも「施設にとどまることでその人の生存を保障する」ことに支援の主眼が置かれ、個別支援計画も「施設で安全安心に過ごすために、その人の生きづらさをどう解決するか」という視点から立案される傾向にありました。
しかし近年、社会福祉の各分野で“施設から地域へ”の移行が進む中、保護施設の個別支援計画においても「退所後に起こり得る生活のしづらさを想定しながら、施設にいる間にどう支援や環境調整を行うか」へ、視点のシフトが求められています。

また、措置入所を決める行政側は、「なぜ入所させるのか」と「何がクリアできれば地域で生活ができるのか」という“理由”と“目的”に基づいて援助方針を策定します。しかし、これまではその援助方針と施設側の個別支援計画の方向性にズレが生じることがあり、今回の制度改正では、その2つを整合させることを求めています。そうした制度の変化に合わせて、この2年間に現場がどう変わり、今どのような取り組みを実践しているのか、保護施設を訪問してインタビュー調査を実施しているところです。

保護施設に入所した原因や経緯は人それぞれですが、その原因には、少なからず本人の努力では乗り越えられない外的な要因が含まれていることがあります。例えば、ホームレスになった理由を「金銭管理能力が低いから」と、その人の能力に求めるのはある意味簡単です。しかし、本当にそうでしょうか。私も毎日家計簿を付けたりはしませんが、普段「金銭管理能力が低い人」と言われることはありません。ところが、もし明日大学がなくなって私がホームレスになり、私自身の能力は何も変わっていないのに「あなたが家計簿を付けられないからこうなったんだ」と言われてしまうとしたら、それは果たして正しい理解と言えるでしょうか。
従来の個別支援計画は、本人の能力に原因を求めやすい傾向が見られ、私自身はそこに違和感を感じています。これからの個別支援計画が、支援を受ける方それぞれの背景や能力をしっかり考慮した支え方、その人がその人らしく生きていくための支え方になるよう、研究を進めていきたいと考えています。

今後の展望

知見を地域の共生社会や福祉全体のヒントに

先にもお話ししたように、保護施設は、今日本にあるあらゆる社会福祉制度・サービスをもってしても生活維持が困難な方が集まる“真のセーフティネット”です。社会福祉制度・サービスは年々充実していますが、それでもなお対応が難しい方の最後の受け皿が保護施設であることを考えれば、保護施設とは日本の福祉政策やサービスの潜在的ニーズを映し出す鏡にほかならないのです。一方で、ホームレスや低所得、貧困に対する支援のメニューは、高齢者などほかの社会福祉領域に比べると、決して充実しているとは言えません。そうした状況の中で、保護施設の職員の皆さんは手を取り合ってさまざまな支援にチャレンジしています。

また、社会福祉の各領域で地域移行が進められる中、これからはその地域の“常識”とは異なる価値観、背景を持った方も、共に生活していくことになるでしょう。地域における多文化共生を実現する上で、保護施設での取り組みや知見が、地域での融合のヒントになるかもしれません。
これからの研究を通して、保護施設が“最後の受け皿”であるだけでなく、次の福祉施策やサービスの起点になり得る先駆的な取り組みの場、新しい福祉の潮流を切り開く最前線の場として再評価されるよう、関わっていくことができたらと考えています。

教育

「見たくない現実」を自分事にしていく

社会福祉にはさまざまな領域がありますが、貧困や生活困窮は明るいテーマとは言えず、残念ながらあまり学生に人気のあるフィールドではありません。私が担当している授業でも、よく学生から「見たくない現実ばかりでつらい」と声が上がるのですが、貧困は学生を含め、誰にとっても当事者性をはらむ問題です。いくら手堅く真面目に働いているつもりでも、景気や情勢の変動で勤務先が倒産してしまう可能性はあります。むしろ、若い世代ほど蓄えが少なく、すぐにでも困窮してしまうかもしれません。“見たくない現実”かもしれませんが、その現実から目を逸らし続けていると、逸らしきれなくなった時に大きな壁にぶつかります。学生には「高齢者福祉は数十年先だけど、貧困はすぐにでも直面するかもしれないよ」と話し、もしもの時に絶望せずに生き抜くための術を学ぶ大切さを伝えています。

また、毎年初めのうちは「怠けているから生活保護受給者になった人もいるはずだ」「頭では先生の話を理解できるが、感情では努力しない人は嫌だ」といった、SNSで散見されるような生活保護受給者へのネガティブな意見も寄せられます。ただ、そうした学生も、なぜ日本に生活保護制度があるのか、実際はどんな手続きがあり、受給する人はどんな生活をしているのかを学ぶ中で、少しずつ認識が変わっていきます。現場の支援者を志す学生には、漠然としたイメージで語るのではなく、知識を学んで現実の事象を一般化した上で、専門家として自分がどう向き合うのかを考えてほしいと思っています。

社会福祉には、「高い専門性や高い志を持つ人が担うもの」「大変な仕事」という印象があるかもしれませんが、いろいろな方の人生模様や生活に伴走者として関わることができる、とても魅力的な仕事です。今現在その方に起きている現象だけを見るのではなく、生活のしづらさが生じた背景や構造を多角的視点から読み解いていく楽しさもあります。そうしたソーシャルワークの仕事のやりがいも、授業を通して伝えることを心掛けています。

人となり

コーラ好きの“ゆるキャラ”系

うちの学科の先生方は、皆さん新進気鋭の研究者でなんだかキラキラしているんですが、私はどちらかというと脱力系の“ゆるキャラ”(笑)です。トレードマークは、ジャンクなお菓子と、赤のコカ・コーラ。




やっぱりゼロ(黒)は味が違うので、赤がいいですね。学科会議にもコーラのペットボトルを持っていくので、同僚の先生方にもコーラ好きは知られています。会議中、議論が白熱したタイミングでプシュッとふたを開けて、場の空気を乱しちゃうんですよ……(笑)。研究室には勉強のために学生が集まってくるので、学生と一緒にお菓子をつまむのも日課になっています。こんな感じなので、ソーシャルワーカーとして現場で働くことを不安に思う学生がいると、「私でも十何年間働いていたんだから、そんなに理想高く頑張らなくても何とかなるよ」と話して安心させています。

モンゴル語を勉強中

人間科学部は昨年度、モンゴル教育大学とMOU(基本合意書)を結び、学生間交流や研究交流がスタートしています。今年2月には私もモンゴルを訪問し、現地で授業や施設見学をしてきました。



▲2月訪問時(左)チンギス・ハーン騎馬像と(右)モンゴル教育大学での授業の様子

▲目下勉強中のモンゴル語教本

休日や空き時間を使ってモンゴル語を勉強していますが、なかなか難しいですね。表記に使われるキリル文字はロシア語に近く、日本語にはない発音も多いんです。とてもじゃないけど独学では無理だと悟って、スクールに通って勉強しているところです。

読者へのメッセージ

貧困や低所得という問題は、日常生活では「見えづらい」「直視したくない」テーマかもしれません。誰でも「なぜ貧しくなったのか」よりも「どうすればお金持ちになれるか」のストーリーが好きですし、昨今は貧困を自己責任論に集約させる傾向も強まっているように思います。ただ、人生の至る所に生活の危機は存在します。生活保護は、すべての人の地続きにある現実です。社会福祉や支援を「困っている人を助けるため」という“他人事”としてではなく、「自分がどんな社会で生きたいか」という“自分事”として考え、正しい知識を持つことは、社会福祉を学ぶ学生に限らず、社会のあらゆる人にとって大切なことだと思います。




取材日:2026年4月

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