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学問の地平から 教員が語る、研究の最前線

第90回 幼児教育学 教育学部 幼児教育学科 松田 こずえ 准教授

ノルウェーに学ぶ 子どもが「参加する」幼児教育

教育学部 幼児教育学科 准教授

松田 こずえMatsuda Kozue

お茶の水女子大学家政学部児童学科卒業。お茶の水女子大学大学院 人間文化創成科学研究科人間発達科学専攻 保育・児童学領域博士後期課程修了。博士(社会科学)。武蔵野大学教育学部幼児教育学科専任講師を経て、2025年4月より現職。

子どもの権利や民主主義を重視する国として知られる北欧ノルウェーでは、「より良い社会をつくる」という視点から幼児教育を捉え、子どもを社会の一員として尊重する考え方に基づいた教育政策が進められています。また、保育者も子どもの権利や平等に対する高い意識を持ち、幼児期からジェンダー平等や多様性を尊重する姿勢を育む教育が重視されています。松田先生は、そうしたノルウェーの教育政策やカリキュラムの在り方に着目し、社会参加や多様性を尊重する意識を育む幼児教育の実践に関する研究に取り組んでいます。

研究の背景

9.11直後のNYでの経験から研究者の道へ

大学卒業後、幼稚園教諭として働きながら、保育の奥深さや楽しさを実感する一方、海外の幼児教育に関心を持つようになりました。その思いを強めたのが、2001年から1年半暮らした米ニューヨークでの経験です。同時多発テロ直後で社会や地域が混乱する中、子どもや保護者を支える保育者の姿から、保育者の役割は万国共通であること、幼児教育は家庭や地域、社会そのものを支える力があることを実感しました。

こうした経験を経て、より深く幼児教育を学びたいという思いが高まり、大学院に進学しました。諸外国の幼児教育に視野を広げ、研究テーマの方向性を模索する中で、当時のノルウェー首相の来日中の講演を聞く機会がありました。そのスピーチの中での「子どもを社会の一員として育てる」という考え方に衝撃を受け、ノルウェーの先進的な保育政策やカリキュラム、特にジェンダー平等、公平性、多様性の尊重に着目した研究をスタートさせました。

研究について

社会をつくる実感はいかにして育まれるか

-幼児期からの「参加」が社会の基盤に-

現在は、ノルウェーの幼児教育における子どもの「参加する権利」を中心テーマとして研究しています。
ノルウェーでは、男女平等や多様性が尊重される社会を目指して、幼児教育でも子どもや保護者、保育者が公平な社会に向けた意識を持つための政策的取り組みがあります。大人と同様、子どもにも意見表明権が保障され、それは幼児教育のカリキュラムにも位置付けられています。また、幼稚園の保育内容や運営には子どもと保護者も参画し、保育者同士も対話を重ねながら保育をつくっています。私は、こうした子ども、保護者、保育者の3者が主体的に「参加」する仕組みが、公平で持続可能な社会基盤を育んでいるのではないか、と考えています。

▲ノルウェーの幼稚園での子どもたちの話し合いの様子

研究では、子どもが自分の考えや思いを表現し、その声が大人に受けとめられ、クラスや園の集団づくりに生かされる経験を積み重ねながら、「自分も社会をつくる一員である」という実感を育むプロセスに着目しています。制度や政策だけでなく、子どもたちの日々の姿や保育者、保護者との関わりまでを視野に入れ、ノルウェーでのフィールドワークやインタビューを通して、参加する権利、ジェンダー平等、公平性といった理念が実際の保育の中でどのように実践されているかを調査しています。

-小さなクラスから「参加」を積み重ねる-

子どもが「自分も社会をつくる一員である」という実感を育む、と聞くとずいぶん大きな話に聞こえるかもしれませんが、最初は幼稚園のクラスという小さなコミュニティが子どもにとっての“社会”です。その中で、自分の意見を表明し、その意見によって、クラスの何かが変わる経験をすることから「参加」が始まります。子どもたちの年齢に合わせて、その日の降園前にクラスみんなで歌う曲を決めたり、翌月にみんなで行く遠足の行き先を相談したりなど、先生と子どもたちとで対話しながら決めていきます。周りの友達や大人との信頼関係を築きながら、自分は何かを良い方向に変えられる、自分が社会をつくることができる、と実感する経験を重ねることが、いずれ社会や政治に主体的に参加する姿勢をつくるのかもしれません。
子どもを「保護される存在」としてだけでなく、自分の考えを表現し、他者との対話を通して社会をより良くしていく一人の市民として育てるために、幼児教育には何ができるのか。その問いを軸に、研究を続けています。

ジェンダー平等に関する国際研究に参加

近年は、自然体験や美術館教育にも研究テーマを広げています。自然や美術には、正しい答えがありません。そのため、各国で「私はこう感じた」「あなたはどう考える?」と、多様な見方や価値観を認め合う経験を大切にした教育が展開されており、そうした教育実践について調査を進めています。

▲いろいろな国の言葉に翻訳されたジェンダーに関連する絵本

さらに、国際共同研究にも挑戦し、ジェンダーに関する絵本を8カ国の子どもたちに読み聞かせ、子どもの反応や、保育者や保護者の考え方の違いを国際比較しています。テーマだけでなく、各国の研究者と言語や文化の違いによる差異を議論しながら研究を進めるプロセスにも面白さを感じています。





海外の幼児教育は、国や園によって実践や価値観が大きく異なり、知れば知るほど奥深い魅力があります。新たな視点や課題に出会うたびに、研究したいテーマが次々と生まれる分野でもあります。また一方で、私は、海外の実践や知見を日本に紹介するだけでなく、日本の保育の魅力や価値を海外へ発信し、互いの実践から学び合うことが、よりよい幼児教育につながると考えています。日本には、子どもの気持ちに寄り添い、他者への共感を育みながら、四季の自然や伝統行事を大切にする保育文化があります。海外と日本、それぞれの実践の価値を比較・考察し、その知見を保育や教育の発展に生かせるよう、研究成果を広く発信していきたいと考えています。

今後の展望

誰もが自分らしくいられる社会に貢献したい

私が研究を通して考えていきたいのは、子ども一人ひとりが「自分は大切な存在であり、自分の声には社会をより良くする力がある」と実感しながら育つことができる社会をどうすれば実現できるのか、ということです。幼児教育は、単に知識や技能を身に付ける場ではなく、人への信頼、自分らしく生きる力、多様な人とともに未来をつくる力の土台を育む営みです。北欧諸国と日本の実践を往還しながら、異なる視点や価値観に触れ、双方が学び合える幼児教育の在り方を発信していきたいと思います。

また、子どもたちの中には、病気や障がい、文化的背景など、さまざまな理由で自分の意見を表明しにくい子どももいます。マジョリティだけに目を向けるのではなく、思いを発信しにくい子どもたちも安心して参加できる教育、社会についても、研究を深めていきたいと考えています。
私は、研究とは論文を書くことだけではなく、社会との対話だと考えています。学生と学び合い、保育者や保護者、地域の方々と実践を積み重ねながら、子どもも大人も「自分らしく生きていい」と感じられる社会の実現に少しでも貢献したいと思っています。

教育

学生時代に心が動く経験を重ねて感性を豊かに

授業で大切にしているのは、「幼児教育ならではの学び」を学生自身が体験することです。幼児教育において子どもたちは、遊びや自然、人との関わりを通してさまざまなことを学びます。そのため、授業でも学生が「感じる」「考える」「対話する」「協働する」という学びのプロセスを経験できるよう工夫しています。たとえば、1年次の必修科目「保育原理」では、1枚のコピー用紙でできる遊びを楽しんだり、緑豊かなキャンパスでクローバーの葉を使った実験を通して自然の面白さを発見したりと、体験的な学びを多く取り入れています。学生たちは、自らも子どものように楽しみ、驚く体験を仲間と共有することで、なぜ子どもは遊びの中で育つのか、子どもが育つ環境を保育者はどのように構成するのかを考え、学びを深めています。
また、学科独自科目の「幼児教育プロジェクト」では、学生が地域や自然とつながるPBL(課題探究)型の学びを実践しています。これまでに、栃木県益子町での陶芸体験、茨城県での田植え、北陸の麹を使った味噌造り、武蔵野大学附属幼稚園の子どもたちと一緒に育てた藍を使った藍染めやビワの葉染めなど、さまざまな活動に取り組んできました。また、地域の親子を対象としたワークショップでは、学生自身が企画、広報、運営を担当しています。

学生の体験を重視しているのは、大学4年間でたくさんの「心が動く経験」を重ね、自分の感性を育ててほしいと思うからです。幼児教育の現場では、保育者が子どもに与える影響がとても大きく、子どもたちは保育者の感性を敏感に感じ取ります。学生には、たとえば将来子どもに読み聞かせる絵本を選ぶときに、子どもの年齢や時期、内容を考慮することももちろん大事ですが、同時に「自分はこの絵本が好き」「この絵本は素敵だから、子どもたちに届けたい」と思いながら、本を選ぶ保育者になってほしい。その「好き」や「素敵」という思いが、保育者の言葉を通して子どもたちに伝わっていきます。大学で知識を得るだけでなく、さまざまな体験や出会いを通して自分の世界を広げ、感性を豊かにしていってほしいと思います。

人となり

世界のおもちゃや絵本をコレクション

▲先生が海外で見つけたおもちゃ

仕事にもつながるのですが、日本や世界のおもちゃや絵本を集めています。出張や旅行で海外へ行った時は、玩具店や絵本ショップに立ち寄るのが楽しみの一つ。おもちゃは、遊びながらその国の文化を体験できますし、飾って眺めているだけでも、なんだか楽しくなります。好きが高じて、おもちゃコンサルタントという民間資格や、レゴブロックを使って対話型コミュニケーションを進めるファシリテーターの資格も取りました。絵本は、文章の言語が分からなくても、絵から内容を想像したり、装丁の美しさを味わったりできるのが魅力ですね。

おもちゃや絵本は、国境や文化を越えて、すべての人が楽しむことができるものだと思います。海外のおもちゃや絵本がそばにあるだけでも、子どもたちが世界に目を向け、関心を広げるきっかけにもなります。「国際保育論」の授業では、そんな話もしながら私のお気に入りのおもちゃや絵本を学生に紹介しています。

料理と音楽の意外な共通点とは

好きなことは、料理と音楽です。どちらも「シンプルなものから新しい世界が無限に広がる」ところにとても惹かれます。
料理は、一つ一つを見ればとてもシンプルな材料でも、組み合わせや工夫によって、何通りもの異なる味が生まれます。料理本のレシピの材料や作り方を眺めて、味を想像したり、アレンジして作ってみたりして楽しんでいます。音楽は、以前習っていたハープを最近また弾き始めました。音楽も料理と同じで、限られた音やリズムの組み合わせから、表現が無限に生まれます。弦を弾いた振動が空気を伝わって人の耳や心に届く。その仕組みを思うたび、目には見えないものが人の心を動かす不思議さや美しさを感じます。

▲めずらしい海外の楽器も披露してくださいました
▲同仁キリスト教会のクリスマスコンサートにてハープを演奏する先生

読者へのメッセージ

子どもたちがのびのび元気に笑ったり遊んだりできる社会は、誰もが明るい未来を実感できる社会ではないでしょうか。子どもの頃に思い切り遊び、心を動かし、自分の思いを受けとめてもらう経験は、人生を支える大切な土台になります。少子化が進む今、子どもに関心を持ち、子どもたちが育つ環境や社会について一緒に考えてくださる人が増えてほしいと願っています。最近は育児のたいへんさや負担に注目が集まることも多いのですが、子育てや幼児教育の魅力と楽しさを発信し、みんながもっと自由でいられる社会につながる研究をしていきたいと考えています。




取材日:2026年7月

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