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学問の地平から 教員が語る、研究の最前線

第23回 政治学・アメリカ政治法学部 政治学科 杉野 綾子 准教授

アメリカの大統領権限と政策実現過程を追う

法学部 政治学科 准教授

杉野 綾子Sugino Ayako

慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程修了。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。2001年に一般財団法人日本エネルギー経済研究所に入所し、アメリカのエネルギー政策・産業を中心に、アメリカの政策決定過程、エネルギーと関連が深い運輸・インフラ政策、税制、対外政策などを研究。同研究所で研究主幹を務めた後、2021年4月より現職。

長きにわたって国際社会のメインステージに立つアメリカ。大統領の言動や政策の変化はアメリカ国内にとどまらず、世界情勢に大小さまざまな影響を与えています。その政策実現の過程では近年、大統領権限が強まる傾向が見られます。その変化に着目し、現代アメリカ政治とエネルギー・環境政策の分析に力を注ぐ杉野綾子准教授の研究をご紹介します。 

研究の背景

影響力の大きなアメリカ政治の今を分析

アメリカは常にその挙動が世界の注目を集める国です。私が専門とするエネルギー分野でいえば、アメリカは天然資源豊富な一大生産国であり、世界最大の消費国でもあります。また、アメリカの中東政策は世界中のエネルギーの安定供給を左右し、気候変動問題への積極度によって国連での交渉が進んだり頓挫したりすることもあります。それほどの影響力を持つアメリカの政策が、どのような仕組みで決定されるのかを理解するため、現代のアメリカの大統領権限やエネルギー・環境問題に焦点を当てた研究に取り組んでいます。

研究について

大統領はどれくらい強い権力を持つのか

-法解釈を変えて政策を実現させる大統領たち-

▲ウェストバージニア州議事堂にて

アメリカで大統領が政策を実現するには、関連する法案や予算が議会で可決される必要があります。ところがそれが難しい場合は大統領の権限で既存の法律の解釈を変えて政策を実行するケースがあり、その過程でどのような手続きがとられ、利害関係者がどのように関わっているのかを研究しています。端的に言えば「アメリカ大統領はどれくらい強い権力を持ち、どの程度自分の政策を実現できるのか」です。

「大統領権限で法解釈を変え、政策を実現する」という手法は、1960年代のニクソン政権ごろにはすでに行われていましたが、時代を追うごとに大胆さを増しています。たとえば、民主党のオバマ政権は気候変動対策を重視していましたが、議会では共和党や産業界の抵抗が強く、さらに任期途中の下院選挙で共和党が勝利したことも重なって政策が進められなくなり法解釈を変えて政策実現を図りました。その後のトランプ政権、さらにはバイデン政権になってもその流れは変わらず、むしろ加速しているといえます。というのも、オバマ政権が法解釈によってコントロールしたのは国務省や財務省などの官庁でしたが、その後の政権では日本でいう公正取引委員会のような独立規制機関にもそのコントロールが広がっているからです。本来は大統領や議会から独立性が高いはずの機関にも大統領によるコントロールが広がっています。

現代アメリカのエネルギー・環境政策

-化石燃料の外堀を埋める金融規制-

▲見学した炭鉱にて、隣のトラックと比較して巨大なクレーン車と、クレーン車も小さく見える採掘現場

私が取り組んでいるもう一つの研究テーマはアメリカのエネルギー・環境政策です。前職のシンクタンクでエネルギーに関する調査研究を始めたころは、エネルギーといえば石油、ガス、石炭といった化石燃料だったのですが、今では気候変動や環境問題が話題の中心となり、この20年間でかなり様変わりした領域だと感じます。 現在、バイデン政権は気候変動対策として金融規制によって化石燃料の開発や生産に資金が回らなくなる政策を進めようとしています。具体的には金融規制当局が企業に対してCO2排出量、CO2排出削減のロードマップ、気候変動対策が事業に与える影響などを公表することを求め、脱炭素に取り組む企業に資金が集まることを狙ったものです。化石燃料を多く使う企業や規制強化に対して脆弱な企業が投資家に敬遠されることになります。一方で、金融規制当局には独立規制機関も含まれているため、これも前述した大統領権限での政策実現の一例だと考えることができます。この政策は今後、アメリカのエネルギー生産・消費を変化させていくのではないかと考えています。

-軽視できない電力の安定供給-

こうした政策を見ると、アメリカは国全体で熱心に気候変動対策を行っているように感じますが、細かく分析していくと電力の安定供給のために“保険を掛けている”ケースもあります。たとえば、ニューヨーク州は環境問題への意識が高い地域で火力発電には化石燃料の中でもCO2排出量が少ないガスを使っています。ところが、ニューヨーク州には多くのCO2を排出する石油発電の設備も併設しなければならないという規制があります。これは大寒波などで家庭のガス需要が急増した際に発電所が燃料不足に陥って大停電になるのを防ぐためです。アメリカの「本音と建前」がうかがえる話ですが、電力の安定供給という視点で考えれば、化石燃料から再生可能エネルギーへの急転換はあまり得策とはいえないのでしょう。気候変動対策はもちろん大切ですが、再生可能エネルギーへの移行は需給バランスが突発的に変化する可能性に対し長期的・計画的に二重、三重の備えをしながら行う必要があると思います。

今後の展望

アメリカ政治の変化を捉えて現実に生かす

ご存知の通り、アメリカは4年ごとに大統領選挙があり、そのたびに政治が大きく変化します。「候補者が違うだけで、民主党と共和党の候補者が争うのは毎回同じでしょう?」と思う方もいるかもしれませんが、政党の性格や支持者の層はどんどん変化しており、研究者として大統領選挙には毎回違う難しさと面白みを感じています。その変化を捉えながらその時々のアメリカ政治、エネルギー・環境政策の研究に取り組み、日本企業や官公庁の活動に役立つ研究をしていきたいと考えています。 アメリカは長きにわたり国際社会で存在感を持ち続ける国です。しかし昨今、中国の台頭などによって相対的に国力が低下し、内向きの国になりつつあります。アメリカが今後、国際社会の中でどのようなポジションになっていくのか、研究を深めていきたいと思っています。

教育

人間関係があるところには政治がある

政治学と聞くと、「難しそう」と感じる学生が多いようです。確かに、新聞の政治欄を読むと、過去からの経緯を知らないと理解できない複雑な問題が多いですが、国会で行われていることだけが政治ではありません。政治は私たち一人ひとりにとって身近なもので、人間関係の中で意見や利害の対立があれば、そこにはすでに政治が存在します。たとえば、幼稚園児が外で元気に遊ぶ声を聞いて「にぎやかで地域が明るくなる。どんどん外遊びをさせるべきだ」と考える人と「うるさいから外遊びをやめさせてほしい」と訴える人がいれば、それはもう地域の“政治問題”です。上司と部下でも、学校の友達同士でも、人間関係のあるところに政治はあります。特に1、2年生の授業では、そうした政治学の間口の広さや面白さを伝えるように努めています。

もう一つ、学生に伝えたいと思っているのは「とにかく仕事は面白い」ということ。授業で自分の専門であるアメリカ政治の話をする時は、たぶん喜々として話しているのですが、そんなところから研究(仕事)を楽しんでいるんだな、と感じてもらえればと思っています。学生は「やっぱり大学の先生って変わってるな」と引いているかもしれませんが…(笑)。仕事を始めて、はじめはあまり興味が持てない業務でも「やってみたら新しい発見があって意外と楽しい」と感じた経験がある方は多いのではないでしょうか。授業を通じて学生に「政治って何がそんなに面白いんだろう」と興味をもってもらい、さらには授業の課題やレポートで「やってみたら案外楽しかったな」と感じる経験をして仕事を前向きに面白がる社会人になってほしいと思っています。

人となり

シンクタンク勤務から学究の道へ

私が政治学の道に進んだのは子どものころに天安門事件や冷戦終結をテレビで見て、何かすごいものを見たと感じたのがきっかけです。そこから社会科の勉強がとにかく好きになり、ずっとこれを勉強したいという一心で大学では政治学を専攻しました。大学卒業後、エネルギー問題を研究するシンクタンクに勤務し、そこでアメリカの調査を任されたことが現在の研究の出発点です。

シンクタンクでは企業や官公庁のお客様からよく「アメリカはこの先どうなるか」という予測を求められました。ただ、当時は日々アメリカのニュースを追うだけで精一杯。先のことまでは自信を持って回答できないこともありました。どうすればいいか悩みましたが、アメリカの政治の仕組みを理解すれば少なくとも「この先起こらないこと」は分かるようになるだろうと考え、働きながら大学院の博士課程で学びを深めることに決めました。

博士論文の執筆を進めながらどんどん細かいところへ、またその背後にある歴史的経緯や思想へと政治の仕組みをきちんと理解すると、ニュースを見て重要な内容かそうでないかの判断が早くなり、仕事の効率や処理速度が格段に上がりました。社会人のみなさんには仕事に行き詰まったら、ぜひ大学や大学院での学び直しをおすすめします。すごく良い経験になると思いますよ。

ハマり続けているアラ汁作り

前の職場が築地市場の目の前だったので、何年も前から魚のアラ汁作りにハマっています。アラはめちゃくちゃ優秀な食材で、魚屋さんでちょっと買い物をするとおまけでくれたりするし、アラだけを買っても一袋100円ぐらいですよね。あとはネギさえあればアラ汁が作れて簡単でおいしい。アラ汁作りのコツはお湯を先に沸騰させておいて、アラを少しずつ入れることです。そうすると生臭くならないんですよ。 私はアラの中でも中骨のアラ汁が好きなので、魚屋さんやデパートの鮮魚売り場に行くとどんなアラがあるかチェックして中骨のアラが多いお店を選んで買っています。今までいろいろな魚でアラ汁を試して2種類の魚を組み合わせてみたりもしたのですが、一番好きなのはやっぱり鯛のアラ汁。ヒラマサもおいしかったですね。それにハマグリを入れたらもう最高です(笑)。

―読者へのメッセージ―

学生時代は大人から「卒業後の進路のこと、自分が何に興味があってどんな仕事がしたいのか、そのために何をしておくべきかはよく考えなさい。4年間は短いよ。」と、散々言われた記憶があります。しかし振り返ってみると全然計画性が無く、「なにこれ、面白い!」と思えることがあれば本を読んで詳しそうな人にいきなり電話して話を聞きに行き、満足したら「次いこ、次!」という感じでした。ある意味図太かったわけですけれど、今度はそういう学生の図太さに振り回されることを楽しんでいきたいと思っています。

取材日:2022年5月