第74回 臨床看護学 通信教育部 人間科学部 人間科学科 看護学コース 山花 令子 准教授
看護実践における気づきを教育に
通信教育部 人間科学部 人間科学科 看護学コース 准教授
埼玉医科大学附属看護学校(現閉校)卒業後、東京大学医科学研究所附属病院に勤務。専門看護師(がん看護)。東京都立大学人間健康科学研究科看護科学域博士後期課程修了。博士(看護学)。東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻特任助教、東京医療保健大学看護学部講師を経て、2023年4月より現職。専門は臨床看護学。
医療現場での看護実践の中では、患者の小さな変化に気づき、適切な対応につなげる能力が看護の質を左右します。山花准教授は看護の出発点である「気づき」に着目し、気づきから生まれる臨床実践のプロセスを明らかにする研究に力を注いでいます。気づきを生み出す背景としての道徳的感受性の重要性に目を向け、より良い看護教育、より良い臨床看護実践への貢献を目指す山花准教授の研究を紹介します。
研究の背景
長い臨床経験での実感が研究の出発点
看護学校を卒業後、約20年看護師として臨床で経験を重ねてきました。特に、造血細胞移植という血液のがんの治療に長く携わる中で、長期にわたる療養の過程では看護師の気づきや対処が患者さんの治療に大きく影響することを実感し、その経験から臨床実践における看護師の「気づき」に強い関心を持つようになりました。現在は、患者さんのQOL(生活の質)向上につながる看護実践について、「気づき」という視点から研究しています。
研究について
看護実践を左右する「気づき」と道徳的感受性
私の研究は、看護師が臨床の中でどのように「気づく」のか、そのプロセスを明らかにし、実践をより良いものにしていくことを目指しています。
臨床現場で看護師は、まず患者の変化や状況に「気づき」、それを自身の知識や経験と統合して「解釈」し、適切な「対応」を行い、その後の「振り返り」を通して経験を蓄積し新たな気づきにつなげています。Tannerは臨床判断モデルとしてこのプロセスを示しています。特に「気づき」は、臨床判断の出発点でその後の判断や実践の質を左右する極めて重要な契機です。最初に「気づき」がなければ、いかに知識や技術を有していても、判断や行動に結びつかず、患者への適切なケアの提供に至らない可能性があります。ではそもそも「気づき」がどのようにわき上がってくるのか、という疑問から私の研究は始まりました。
ここ数年取り組んでいる研究では、「患者さんにとって何が最善か」と考えるような看護師の道徳的感受性が「気づき」に影響しているのではないかという仮説を立て、看護実践プロセスの検討を進めています。現場の看護師を対象に、参与観察やインタビュー、質問紙を用いたアンケート調査を実施し、結果を統計的手法でモデル化して論文にまとめているところです。モデルの中では、道徳的感受性が関与していることが考えられ、道徳的感受性を高める教育の重要性を提示することができているのではないかと考えています。
「相手にとって何が良いことかを考える」といった道徳的、倫理的意識は、ある意味では“持っていて当たり前のこと”で、幼いころに身に付ける個人の特性のように感じられるかもしれません。しかし、道徳的感受性は、大人になってからも発達する余地があるといわれています。学校や実践現場で、技術や知識と同じように道徳的な側面を育成することが大切だと考えていますが、問題は、価値観や感受性といった内面的な要素はマニュアル化して教えにくいという点です。多忙を極める看護現場でいかにその大切さを伝えていくかは、難しい課題でもあると思っています。
現場に直結して役立つ事例研究手法とは
「気づき」の研究と並行して取り組んでいるのが、造血細胞移植看護におけるクリニカルラダー(看護師の臨床実践能力を段階的に評価・育成するための仕組み)の改訂や実態調査です。造血細胞移植は血液のがんの治療法で、骨髄移植、さい帯血移植などがよく知られています。現在取り組んでいるクリニカルラダーの改訂は、日本造血細胞移植学会看護部委員会の教育活動の一環として実施しており、移植患者を支える看護師に対する段階的な教育を、より現場の実情に即した内容に見直すことを目的としています。
また、事例研究を通して実践知を伝える取り組みをしている研究グループに参加し、研修会の開催や事例研究を実際に取り組む活動をしています。その成果をまとめた『ケアの意味を見つめる事例研究』という書籍では、事例研究における倫理的配慮に関する項目を執筆しました。
私が事例研究に取り組み始めたきっかけは、臨床現場で困難な事例に直面した際、過去の誰かが同様の状況でどのように患者さんと向き合い、ケアを行ったのか知りたいと思ったものの、そのような文献を見つけることができなかったことにあります。一から対応を模索するのではなく、先人の経験に触れることで自身の実践に新たな視点を加え、より良い支援につながるのではないかと考えています。同じように、実践を可視化し共有可能にしながら知を蓄積したいと願っている皆さんとともに、少しずつでも前に進めていけたらと思っています。
今後の展望
実践知を広く共有し患者のQOL向上を
私の「気づき」の研究について現場の看護師さんにお話しすると、とても大切なことだと共感を示してくださいます。これからは研究成果を活かして、「気づき」を元に実践を変化させていくこと、そしてそのプロセスの重要性と方法を、現場の皆さんにわかりやすい形で伝えることができたらと考えています。
看護師の継続教育では、研修やeラーニングなどを通じた知識の習得が中心になることが多い一方で、実践の中で得られる学びは座学だけでは身につきにくい面があると感じています。キャリアを積んだ先輩看護師が、ご自身の実践や後輩指導の場面を通して経験を伝えていくことも、大切な役割なのではないかと思っています。
現場にいる看護師さんは、おそらく意識することもなく、自然に「患者さんにとって何が最善か」を考え、実践につなげていると思います。日々当たり前に行っているからこそ、それが重要なことだとは気付きにくいこともあるように思います。先輩看護師の皆さんが、ご自身の経験や向き合い方を意識的に言葉にして後輩に伝えていくことで、後輩が実践を考えるきっかけになる。そんな循環が生まれるといいなと思っています。
また、造血細胞移植のクリニカルラダー改訂や教育の充実を通して、看護師の学びが現場に還元され、より良い療養環境が整えられるよう取り組んでいきたいと考えています。さまざまな研究や活動によって、実践知の共有がさらに進み、患者さんのQOLの向上につながることを願っています。
教育
現役看護師が通信教育で学ぶ看護コース
通信教育部人間科学部の看護学コースでは、現役の看護師の皆さんが、通信教育で看護学士の取得を目指して学んでいます。仕事と学業を両立しながらの学びには工夫やエネルギーが求められますが、皆さんが日々積み重ねている頑張りを応援したいと思っています。
授業では、受講生の皆さんが日々の実践を理論的に振り返り、実践知を育てていくことを大切にしています。すでに豊かな実践経験をお持ちの皆さんだからこそ、理論を学ぶことで、過去の実践の背景や意味づけが深まり、次の実践への新たな視点が得られるのだと思います。講義では、理論と実践を往復しながら学ぶことを支える場をつくることを心がけています。
学生の皆さんからよく聞くのが、「レポートを書くのが難しい」という声です。とくに、臨床の場で経験を積んでこられた方ほど、レポートにコメントがつくと戸惑われることもあるようです。そんなときには、「今は“学生”の時間を過ごしているのだから、うまく書けなくても当然、大丈夫ですよ」と声をかけています。学びの過程にある自分を大切にしながら、一緒に前に進んでいけたらと思っています。
また、通信教育では、学び続けるモチベーションをいかに維持するかが重要なポイントです。本学の通信教育部にはメタバース空間で学生同士や教員がつながる「縁バースキャンパス」がありますから、そこでの学生との交流を通して、一人で頑張るのではなくみんなで頑張ろう、と気持ちを共有することも大切にしています。
人となり
働きながら学んだ先輩として
私のキャリアは、「臨床現場と学びの往復」の連続だったといえるかもしれません。
看護学校を卒業後、勤務先の病院で後輩の指導に携わる中で、看護師の成長やパフォーマンス向上について疑問を感じ、働きながら大学で教育学を学びました。その後、造血細胞移植の患者さんのケアに関わるようになり、大学院修士課程を修了してがん看護専門看護師の資格を取得しました。さらに、造血細胞移植を受ける患者さんの療養環境を整える方法を検討する中で、気づきが重要な役割を果たしていることを実感し、それが現在の研究テーマにつながっています。
働きながら学ぶ日々は、同じ志を持った仲間と出会える貴重な時間でもあり、とても楽しいものでした。一方で、「限られた年限の中で何としても学び終えたい」という焦りも常にありました。学費の負担もあって、カフェでコーヒーを買うたびに「高いな!」とつい思ってしまうこともありましたが、今ではそれも友人たちとの笑い話になっています。 振り返ってみると、どんな経験にも無駄なことはないのだなと感じています。今まさに頑張っている学生さんたちにも、いつかこの経験を笑って語れる日が来て、その経験が活かされる喜びを感じてもらえたらうれしいです。
日々のいやしは10歳と3歳のネコ
10年前からネコを飼っていて、今は10歳のスコティッシュフォールドと3歳のブリティッシュショートヘアの2匹と夫と暮らしています。
先に飼っていた10歳はやさしくてのんびり屋。後から来た3歳はやんちゃ。10歳の方はずっと一人で自由気ままに暮らしていたのに、急に若いのが来て生活をかき回されて、ちょっと大変そうです。3歳の方が、体重が1㎏くらい重くてご飯も大食い。放っておくと3歳が10歳の分も食べてしまうので、2匹を離してご飯を食べさせるのが毎日大変です。日々のお世話は格闘ですが、やっぱりネコはいやしですね。いつもかわいいです。
着物の着付けを練習中
最近、念願だった着物の着付けを習い始め、今はほかの人に着付けるコースに通っています。といってもなかなか時間が取れず、月に1回ほどのペースなので、修得には時間がかかりそうなのですが……。5、6年前に一念発起して教室に申し込んだものの、コロナ禍で行けなくなり、ようやく再開してチャレンジしているところです。いつか人に着付けをして喜んでもらえるようになりたいですね。ちょっと考えているのは、病院から外出できない成人を迎える患者さんに、成人式の着物を着せてあげられたらいいな、と。着物に興味をお持ちの方は、お友達になっていただきたいです。
読者へのメッセージ
看護は、人の「生きる」を支える専門職だと思っています。その根底には、人への関心と、相手の変化や思いを感じ取り受け止める力が欠かせません。看護師が日々の実践の中で得た発見や学びの積み重ねが、患者さんの安心につながると信じています。 学生の皆さんが、それぞれの実践を振り返り、その中に看護の意味を見いだしていけるような学びを応援していきたいと思います。 「生きる」を支える専門職は看護だけではありません。本学の通信教育部では、心理・社会福祉・仏教・教育といった分野についても学ぶことができます。多くの方が通信教育部という学びの場でこれらの学問に触れ、ご自身の人生や実践に生かしていただけたら嬉しく思います。
取材日:2025年11月
- 通信教育部 人間科学部人間科学科 看護学コース
https://dl.musashino-u.ac.jp/academics/human_sciences/nursing/