第75回 会計学(管理会計学) 経営学部 会計ガバナンス学科 佐藤 正隆 講師
大企業に負けない中小企業を応援する新しい管理会計の体系を追究
経営学部 会計ガバナンス学科 講師
慶應義塾大学商学部卒業後、同大学院商学研究科(修士・博士)修了。中小企業の事例を中心に、管理会計の手法について心理的なコントロールや社内コミュニケーションなどを含めた研究に取り組む。2019年より武蔵野大学経営学部会計ガバナンス学科助教、2023年より現職。日本管理会計学会参事のほか、慶應義塾大学や東京都立大学法科大学院などで講師を務める。
「管理会計」とは経営者などが自社の経営状況を把握し、より良い経営判断を行うために必要な会計情報を作成・分析する手法のことです。佐藤講師は「現場主義」の研究者。多くの企業の経営者や会計責任者等に自らインタビューして、企業実体に即した管理会計のあり方を探求しています。特に、「中小企業の管理会計のあり方」について研究を進める佐藤講師の研究を紹介します。
研究の背景
「数字」を扱う能力で社会の役に立つためには?
私は子どもの頃から文章より数字が好きでした。高校2年生までは理系でしたが、大学進学を控え、いざ学部選択を考えた際に「会計学」を専攻しようと決めました。自分は理工系の技術者や研究者ではなく、数字を扱う能力を使って企業や社会の役に立つことに取り組みたいと考えたからです。
実は私の父も大学で会計学を教えていましたから、普通の高校生にとって縁遠い「会計学」も私にとってはなじみ深い学問だったこともあります。私たちが日々購入している製品には値段が設定されています。値段を設定する上で、その製品を製造するためにどのくらいお金がかかっているのか、いわゆる「製造原価」にとても関心を持っていました。
入学した大学の講義で「直接原価計算」に出会いました。これは製造原価を製造量などによって変わる「変動費」と一定額の「固定費」に分け、変動費だけを製品原価として計算する手法です。固定費は製品原価に含めず、期間費用として扱い、利益がゼロになる損益分岐点を把握し、短期的な利益計画に役立ちます。
企業会計は大きく分けると投資家などへの情報開示を目的とする「財務会計」と、経営者向けの「管理会計」、税金に関する「税務会計」に大別されます。「直接原価計算」は「管理会計」分野で扱われており、外部への情報開示(財務諸表)には含まれていませんでした。直接原価計算を用いて外部報告することで、投資家などの外部の利害関係者にとって知りたい情報を提供できるのではないかと考え、その後、直接原価計算の歴史を遡りました。その過程で利益管理の方法として直接原価計算の延長にある「スループット会計」という手法に関心をもつようになり、それが私にとって管理会計の研究者となる第一歩となりました。
研究について
研究室を飛び出して中小企業の経営現場へ!
管理会計が含まれる「会計学」とは、企業などの経済活動を記録・計算・整理し、外部の利害関係者や内部の管理者に情報として伝える方法を研究する学問です。
企業活動というものは資金的なことから法的なことまで多くの制約を抱えており、そうした問題を解決しながら利益を出しています。一部上場企業などであれば資金も人的資源も潤沢にあるため、大規模な設備投資などで一気に問題を解決することが可能ですが、わが国の企業の大部分を占める中小企業ではそのような解決を図ることはなかなかできません。そこで経営者の意思決定を支えるのが管理会計です。
これまでの管理会計の研究では企業のライフサイクル(成長期~成熟期)に応じて、最適な管理会計の手法が示されてきました。ところが実際にこの管理会計を経営に取り入れている中小企業はまだ少ないのが実情です。これはたいへん残念なことで、私たち会計学の研究者がもっと積極的に企業へのアプローチをすべきなのだと思いました。
それぞれ個別の企業の経営理念、経営手法、経営者の人柄を知ってこそ、その企業の弱点克服や抱えている課題解決」が可能になるのではないか? そんな問題意識から私は多くの中小企業の経営者とのインタビューを通じ、学問理論として提唱されている管理会計の手法を実務でどのように活かすことができるのかを研究するようになりました。
多くの企業の経営を知ることで私は中小企業が業績を向上するために、2つのコントロールが必要だと考えました。まず目標管理、予算管理、さらに業務範囲の明確化といった「会計的な側面よりのコントロール」。もう一つは「心理的な側面よりのコントロール」です。こちらは経営理念の浸透やしっかり社内コミュニケーション活動がなされているのかなどに着目します。この2つの「コントロール」がしっかり機能してこそ、従業員満足度が高まり、ひいては企業業績の向上が見込まれるというのが私の考えです。
今後の展望
難しい目標だからこそチャレンジのしがいがある
研究室を飛び出して企業現場へ乗り込んでいく私の研究スタイルは、しばしば経営コンサルタントのようだと思われています。実際に業界大手を含む複数の企業からコンサルティング業務を求められていますから、それは決して間違いではありません。しかし、私の目的はあくまでも会計学、それも管理会計の立場から日本の中小企業をもっと元気にする研究活動にあります。
これまで会計学分野で積み重ねられてきた理論と実務の双方向から中小企業における管理会計の必要性を検討しています。取引先や銀行などの金融機関との関わりが管理会計に与える影響を考察しつつ、各企業の実態に即した原価管理のあるべき姿、すなわち「大企業に負けない利益を生み出す中小企業のための管理会計」を体系化して世の中に問うことが私の目標です。
もちろんこれはかなり難しい目標であることは自分自身がよく理解しています。私が知る限り会計学の研究者でそうした「野望」を抱いている人はほとんどいません。しかし、だからこそ挑戦してみたいです。
教育
管理会計を自分ごととして考えてもらう
大学に入学したばかりの学生にとって「経営」や「会計」は、言葉の意味こそ知ってはいても具体的にどのようなものかをイメージすることは難しいでしょう。基礎的な概念や理論についてはテキストなどで学んでもらいますが、私の講義やゼミではできるだけ企業が抱える具体的な課題や事例を使って、学生の皆さんがリアルに「経営」や「会計」を捉えることができるように心がけています。多くの学生がアルバイトをしていますが、その職場の問題点や人事評価などについても取り上げ、自分ごととして考えてもらえればと思って教えています。
毎年さまざまなタイプの学生に出会う楽しみ
ゼミでは年度によって学生のカラーが違うのが面白いですね。現在の4年生は学生同士の仲が良く、明るく活発な集団、3年生は資格取得重視の堅実派集団、そして2年生は起業に挑戦するなどのアクティブ集団……私もそんな彼らに合わせて指導するようにしています。簿記や公認会計士などの資格取得をめざす学生にはとことん付き合います。学生の喜ぶ顔が見たくて頑張っています。
「正解は決して一つではない」
一つだけ私が学生に伝えたいことは「教員が話した正解がすべてではない」ということです。管理会計分野ではしばしば実務で行われている管理方法が研究者に認識されていないケースがあります。それに対して私たち研究者が「御社のやり方は理論と異なる」と指摘することが必ずしも正しいわけではありません。ということは教員が思いつかなかった学生の考えが新しいマネジメント手法や管理手法につながる可能性は十分にあります。
そのため私は一方的な知識の伝達だけではなく、与えられた課題について学生自身に考えさせる授業を心がけています。企業のトップマネジメントの事例ではイメージがつかないため、教員の立場で学生をどう管理するのかという身近な事例に置き換えています。
人となり
趣味は旅行と神社仏閣めぐり
中学時代にアメリカでホームステイをした時は文化の違いに驚愕しました。今、研究者として世界を知らないと視野が狭くなってしまうという思いもあって、年に一度は海外旅行に行くようにしています。最近ではオーストラリアと台湾に行きました。いつもと異なる環境に身を置き、違う景色を見ることで、自分の悩みなどたいしたことではないことに気付きます。
学会の仕事や入試など大学の業務で地方に出張した際はできる限り近くにある神社仏閣に立ち寄るようにしています。出雲大社や伊勢神宮はやはり素晴らしかったです。今年のゼミ合宿は日光だったので東照宮にお参りしました。

▲2羽のレインボーロキリートをのせて。オーストラリアのカランビン動物園にて

▲ゼミ合宿で訪れた日光東照宮にて(佐藤先生の「S」のポーズ)
グッズやサインの価格変動ウォッチ
野球観戦も私の趣味の一つ。といっても特定のプロ野球チームを応援しているわけではなく、好きな「選手」を追い続けています。最近ではメジャーリーグに行ってしまった山本由伸選手や大谷翔平選手、現阪神タイガースの森下翔太選手などを追いかけています。
野球そのものも楽しいのですが、野球選手のサインやグッズ等の取引価格を考察することにも興味があります。対象が結婚したり、引退したりしたときの価格下落を見ると人というものの非情さを表しているように思えます。ただし、引退したことでかえって希少性が高まって価格が高騰する場合もあり、こうした価格変動を企業の株価の推移のように分析するのはなかなか面白いですよ。芸能人のサインやグッズなどでも同じです。
そういえば、秋葉原が通学ルートだった大学時代は、ガチャで入手したポケモンカードの価格分析にハマったことがありました。やはり私は「数字」が大好きなんですね。
読者へのメッセージ
私の専門分野である「管理会計」は企業経営者や中間管理職が活用するものと考えられがちですが、実は多くの人が管理会計の考え方を日常生活で活用しています。例えば私たちは外出や旅行などでできるだけ交通費が安くなるルートや交通手段を探します。でも恋人とのデートの場合は交通費が安いからといって徒歩や乗り換えが面倒なルートではひんしゅくを買うかもしれない……こうした意思決定は管理会計の考え方と基本的には変わりません。
また企業経営者ではなくても、クラスやアルバイト先、さまざまなコミュニティなどで時にはリーダーシップを問われる場面もあるでしょう。そんな時に自分たちが置かれた環境を最適なものにしていくためにどうすることが望ましいのかを考えることも管理会計的な思考です。そう考えると「管理会計ってなんか役に立ちそう」と思いませんか?
私は自分が面白いと思っている管理会計を多くの若い世代に好きになってもらいたくて、日々学生たちと接しているのかもしれません。
取材日:2025年11月