第76回 ポジティブ心理学・精神看護学 ウェルビーイング学部 ウェルビーイング学科 秋山 美紀 教授
医療における「コンパッション=思いやり」の研究を 誰もが幸せになれる社会づくりに活かしたい
ウェルビーイング学部 ウェルビーイング学科 教授
北海道大学医療技術短期大学部看護学科(現 北海道大学医学部保健学科看護学専攻)卒業後、東京女子医科大学病院で看護師としての経験を積む。30代の時に東京大学医学部健康科学・看護学科に編入学し、その後同大学院修士課程・博士課程で介護する家族のメンタルヘルスなどについて研究。武蔵野大学ウェルビーイング学部が発足した2024年4月から現職。ウェルビーイング学会理事、日本ポジティブサイコロジー医学会理事などを務める。
看護師としてのキャリアを有する秋山美紀教授は、実践に即したポジティブ心理学の知見から「ウェルビーイング」を探究する第一人者。高齢化が進み、ストレスも増大する現代社会において、私たち一人ひとりが自分らしく、健やかに生きるためのヒントとはいったい何か? 現在「コンパッション=思いやり」を研究テーマに掲げる秋山教授に、研究への取り組みと、幸福感を高める思考の習慣について詳しくお話を伺いました。
研究の背景
ケアする家族のメンタルヘルスを考える
「マザー・テレサ」をご存じですか? 彼女はインド・西ベンガル州の州都コルカタを拠点に貧困や病に苦しむ人々の救済に生涯を捧げた修道女で、1979年にその功績によってノーベル平和賞を受賞しています。
私は北海道で生まれ育ち、カトリック系の高校に通っていたのですが、学校行事でマザー・テレサのドキュメンタリー映画を鑑賞して感動し、見終わった時に「いつか自分もインドで貧しい人のために働きたい!」と心が熱くなりました。しかし映画の解説をされたシスターは私の心を見通されたように「皆さんの中にマザー・テレサのお手伝いをしたいと思われた方がいるかもしれません。その気持ちは素晴らしいのですが、まずは自分の身の回りの人々に目を向けて、困っている人がいたら助けてあげてください」とおっしゃいました。そこで私は医療の道に進むことを考え始めたのです。
親の希望もあり、一度は教育系大学に進学したのですが、どうしても医療の道をあきらめきれずに看護系の短期大学に転学して看護師資格を取得。晴れて東京の大学病院で看護師としてのキャリアをスタートさせました。小児科と精神科で看護師としての経験を重ねていくうち、やがて臨床実習のために病棟に配属された学生の指導を行うようになりました。その時、若い人たちを教える仕事が楽しいことに気付いたのです。そして将来のキャリアを考え、思い切って大学教員を目指すために大学に編入し、大学院に進学。博士後期課程まで、主に難病を抱える患者をケアする家族の問題に焦点を当てた研究に取り組みました。
「家族のケア」というと「苦労」や「過酷」をイメージされる方が多いと思います。もちろんそうした側面は否定できません。しかし、実際に研究で多くのケアをする家族の方々と関わってきた中で分かったことは、苦労の中にも「楽しさ」や「幸せ」があるということ。病気になるまではなかなか一緒に過ごせなかった家族が、病気のおかげで「ずっと一緒にいられてうれしい」と話された方もいらっしゃいました。家族である患者と過ごす日常には間違いなくささやかな喜びがありました。そんな大学院での研究を経て、私はケアする家族のメンタルヘルスを重要なテーマとして考えるようになったのです。
その後、大学教員となりましたが、病気で手術のために入退院を繰り返し、満足に仕事ができなかった時期がありました。そんな失意の中で出会ったのが「ポジティブ心理学」で、人の強みに着目するというアプローチが病気で絶望していた私にはとても新鮮で、早く元気になってこれを看護に活かしたいという希望が見えてきました。日本ではまだ本格的な研究がされていなかった分野なので、海外の文献などを通して必死で学びました。同時期に「ポジティブ心理学」や「幸福学」普及のために頑張っていたのがウェルビーイング学部長である前野隆司先生です。だから前野先生から武蔵野大学に誘っていただいた時はとてもうれしかったです。
研究について
当たり前だからこそ面白い「コンパッション=思いやり」の研究
現在の私の研究対象は患者をケアする家族のほか、看護師など医療関係者も含まれています。研究テーマを一言で表すと「コンパッション=思いやり」。しばしば「思いやりなんて当たり前のことをどうして研究するの?」と聞かれることがありますが、当たり前と思われることほど汎用性が高く、特に看護職は「思いやり」を生業とする職業ですから、“思いやりを伝える方法”や“思いやりのあるケアとは何か”を学問として明らかにすることは大きな意義があると私は思っています。
現在は、コロナ禍という嵐の中で疲弊した看護職に対し、エネルギーチャージできるようなプログラム開発に取り組んでいます。その一つとしてウェルビーイング学部の同僚である吉野優香先生にサポートしていただき、吉野先生の専門分野である「感謝」を用いた介入研究(対象者に働きかけ(介入)を行い、その変化を評価する研究)に取り組んでいく予定です。そのほかにも神戸市看護大の船越明子先生、東京大学の宮本有紀先生と共に、ひきこもりの人々へのコンパッションの介入研究、また慶應義塾大学の平野優子先生、東京都医学総合研究所の中山優季先生、新生病院の大生定義先生とALS(筋萎縮性側索硬化症/手足・のど・舌の筋肉や呼吸筋が徐々に弱っていく進行性の難病)の療養者とその家族のレジリエンス(精神的回復力、抵抗力、復元力)の研究も行っています。
今後の展望
「コンパッション=思いやり」が幸せで平和な世の中をつくる
私は研究活動を通して、医療にかかわらず誰もが日常生活の中で活かせるスキルとしての「コンパッション=思いやり」を広く普及させていきたいと思っています。人のケアをすることは、看護職だけではありません。育児をする親、介護をする家族、部下を育てる上司、だれもが日々の暮らしや仕事の中で「ケア」をしています。私がこれまでに看護職や難病患者の家族を対象とした研究を通して得た「ケア」「コンパッション」に関わる知見やスキルを、一般の人々にも広く普及させていくことも研究者として重要な使命です。多くの方が「コンパッション=思いやり」のスキルを身に付けることにより、やがて思いやりあふれる地域、国、世界になっていくこと。それが私の願いです。
教育
いつも学生たちの「幸せ」を願っています
授業やゼミを通して私が学生たちに願っていることは「とにかく幸せでいてほしい」。そして「今、ここ」を大切にしてほしい。そのことに尽きます。以前、担当している授業で「人の幸せを願う」という宿題を出したことがあります。例えば、買い物をした時にお釣りやレシートを渡してくれる店員さん、いつも使っている駅で働く駅員さんやバスの運転手さんなどに対して心の中で「あなたが幸せでありますように」と願うというものです。それを実行したほとんどの学生たちが「自分もうれしくなった、幸せな気分になった」と答えてくれました。人への思いやりが自分にとっての喜びになるということを実感してもらうという私の狙いを十分理解してくれた学生たちに私が感謝したい気持ちになりました。
自分のいいところをたくさん発見することも大切です。これからの人生で辛いときやどうしようもないと思うときもあると思います。しかし自分の強みを発揮して、周りの人々への感謝を忘れずに前に進むことできっと「幸せ」でいられることが出来るはず。これからの人生で迷った時は、ぜひウェルビーイング学部で学んだことを思い出してほしいと思います。
人となり
インドア派ですが最近はアウトドアにも挑戦
若い頃から私はインドア派。スポーツは苦手でマンガやアニメ鑑賞が趣味でした。今は「ちいかわ」「鬼滅の刃」「ガンダム」や「ブルーピリオド」「スキップとローファー」「3月のライオン」、さらに戦隊ものやスーパーロボット系もけっこう好きですね。かわいいキャラクターグッズも大好きで、最近は「ちいかわ」の他にも「Suicaのペンギン」「パペットスンスン」「ナガノのくま」などのグッズを集めており、大学の研究室にもいくつか飾っています。
ただ、あまり身体を動かさないのも健康に良くないので、最近はアウトドアにも挑戦し、またダイエットを兼ねてランニングも始めました。今のところ走るのは3~5km程度ですが、ゆくゆくはハーフマラソンに出場しようと思っています。
新庄監督率いるファイターズ推し!
北海道出身ということもあり、昔から北海道日本ハムファイターズを応援してきました。
もちろんファンクラブにも入っています。今はいわゆる「箱推し」ですが、MLBで大活躍している大谷翔平選手が在籍していた頃は大谷選手を見るため月に2回ほど遠征も含めて球場に行っていました。ファイターズ時代の大谷選手に書いてもらったサインは家宝にしています。もちろん今はドジャースのファンクラブも入っています!
選手一人ひとりの個性や強みを伸ばすファイターズ新庄剛志監督の選手育成は、ポジティブ心理学に通じるものがあり、その点も注目しています。2025年シーズンは惜しくもリーグ優勝を逃しましたが、若手の選手が順調に育っているので来期は必ず優勝できると信じて、2026年シーズンも全力でチームを応援していきます!
休日と定年後の楽しみは?
家族と外食して地元のショッピングモールにいくのが、休日の楽しみであり、最大の気分転換です。学部が発足して間もないのでなかなか完全休日が取れないのが悩みなのですが、学生たちのために定年になるまでは頑張りたいです。そして定年後は、1日中ひなたぼっこしてゴロゴロした猫のような生活がしたい(笑)。中学生の時、私が定期試験の勉強で苦しんでいる時、日向ぼっこしている飼い猫を見て「いいなあ」と思ってから、ずっと猫のような生活が憧れでした。
読者へのメッセージ
自分の中の「コンパッション=思いやり」を培う「Loving-kindness Meditation」という瞑想法があります。これは他者の無事、幸せ、健康、安らかであることをひたすら願うことで優しい気持ちを生じさせ、それを自分自身にも向ける瞑想です。この瞑想を実行することでストレスホルモンが低下することが科学的にも検証されており、試みた人は自分の心に思いやりが湧き出てくることが実感できるでしょう。地球上すべての人がこの瞑想を行ったら、きっと戦争なんて起きないかもしれません。私自身は自分の研究と未来をつくる学生たちとの関わりを通じて、一人ひとりが小さな思いやりを持ち、その輪が広がって、思いやりに満ちた社会や世界が形成されることを願っています……皆さんもまずは身近な人と自分に対しての思いやりから始めてみてください! 小さいけれど確かな幸せが日常の中にあることを見出すことができるでしょう。
取材日:2025年12月
- ウェルビーイング学部 ウェルビーイング学科
https://www.musashino-u.ac.jp/academics/faculty/well-being/well-being/