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学問の地平から 教員が語る、研究の最前線

第77回 刑法学 法学部 法律学科 山田 雄大 准教授

正当防衛の境界と根拠を問い直す

法学部 法律学科 准教授

山田 雄大Yamada Yudai

慶應義塾大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学大学院法学研究科博士後期課程修了。博士(法学)。慶應義塾大学大学院法学研究科助教、信州大学社会基盤研究所助教、高岡法科大学法学部准教授を経て、2024年4月より現職。専門は刑法。

私たちには、突然誰かに危害を加えられそうになったら、身を守るためにやむを得ず反撃する「正当防衛」の権利が認められています。原則的に国家が実力(暴力)の行使を独占する法治国家において、その例外である正当防衛はどこまで許されるのか、という問題に取り組んできたのが、刑法学を専門とする山田先生です。古くからある正当防衛という法制度の今後、さらに「正当防衛が認められる根拠」という根源的な課題にも向き合う山田先生の研究を紹介します。

研究の背景

刑法研究の出発点は「カルネアデスの板」

あなたが乗っている船が海の真ん中で難破してしまったとします。ほかの船員もろとも海へ投げ出され、助かるためには板きれにつかまらなければなりません。そこであなたはほかの人がつかまっていた板を奪って生き延び、板を奪われた人は溺死してしまいました。さて、この行為は果たして正当と言えるでしょうか。

この問題は、提唱者である古代ギリシャの哲学者の名を取って「カルネアデスの板」と呼ばれています。私は法学部の学生時代、刑法総論の授業でカルネアデスの板の問題を知り、刑法学の議論に興味を持ちました。極限状態での行為に対する価値判断は多数あり得ますが、実際に事件が起きた場合は、誰かが一定の判断をしなければなりません。その際、より適切な判断を行うためにはどのような考え方をすればいいのか、という問題意識を出発点に、刑法学の中でも「正当防衛」に焦点を当てて研究に取り組んでいます。

研究について

どのような状況で正当防衛は許されるのか

「カルネアデスの板」のような状況で人を溺死させた場合、現在の日本の刑法では、殺人罪で罰せられることはありません。切迫した状況でやむを得ず行った加害行為は「緊急避難」として認められているからです。緊急避難と同様に違法性を問われない加害行為に「正当防衛」があります。正当防衛とは、例えば「暴力を振るわれそうになったので、身を守るために相手を殴った」といった行為をいい、日本では刑法36条1項で「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない」と規定されています。

現代の法治国家は、警察や司法制度によって国家が実力(暴力)の行使を独占する代わりに、国民を保護するという考え方に立ち、原則的に私人が実力を行使することは許されていません。正当防衛は国家による実力独占の例外となる制度で、正当防衛権を広く認めすぎれば社会は無秩序になり、逆にすべてを国家に委ねてしまえば、本当に切迫した状況で自分や他者を守ることができなくなります。国家と個人の適切なバランスポイントを探るという意味でも、正当防衛権がどこまで及ぶのかは重要な問題だと考え、研究を進めてきました。

これまで特に取り組んできたのは、どのような状況での反撃が正当防衛として許されるのか、という問題です。「目の前の相手が自分を殴ろうとしている時は反撃が許されるだろう」ということは、皆さんも直感的に理解できるでしょう。しかし、「殴るぞ」と言葉だけで脅されている場合はどうでしょうか? または、インターネット上で誹謗中傷してきた相手に物理的に反撃することは、正当防衛として許されるでしょうか? 実際にはそうした直感的に判断できない事案が多く、これまで、正当防衛に関する世界中の刑事裁判の判例を集め、正当防衛の境界線について横断的に分析を行ってきました。

デジタル化社会で問い直される正当防衛の形

研究を通して見えてきたのは、現在の社会や司法判断では、物質的な基盤があるものに対する攻撃には正当防衛が許されやすい傾向があるのではないか、ということです。自分の体が傷つけられそうな時、あるいは財布からお金が抜き取られそうな時、人々は本能的に反撃したくなるし、法もそれを認める傾向にあります。一方で、物質的なものが破壊されているわけではない誹謗中傷やつきまといに対しては、同じように実力で反撃することが認められにくく、そこにはギャップがあるように思います。

例えば、賄賂の受け渡し現場に立ち会った人が取る行動として、「実力によってそれを食い止める」「その場では犯罪行為を見逃し、後に警察など公的手段を使って解決する」という2つが考えられます。この場合、賄賂を渡すことが誰かの物質的基盤を害したとは言えないため、今の社会では、その場で実力を行使するのではなく、後に公的手段で解決を図る方が適切だと考えられています。

しかし、デジタル化が進み、社会のさまざまな権利や利益が物質的基盤から離れつつある今、正当防衛の考え方も変えていく必要があるのかもしれません。自分の財布から1万円札を抜き取られそうになって、それを阻止することが認められるなら、スマートフォンから1万円分の電子マネーを送金されそうになった時も、同じように阻止することが認められるべきだというのが、普通の感覚ではないでしょうか。物質として存在しないものと正当防衛の関係は、これからさらに考えていく必要があり、社会や人々の意識の変化に合わせて、正当防衛も“読み換え”が進んでいくのかもしれません。

今後の展望

新たな視点から考える「正当防衛の根拠」

これまでの研究では、国内外の判例の分析を通して「正当防衛はどのような状況で認められるのか」という問題を考えてきました。しかし、無数に考えられる新しい事例に対して線引きをしていくためには、やはり「なぜ正当防衛は許されているのか」という根源的な問いに立ち返り、その根拠を元に判断していく必要があります。そこで今後は、これまでの研究で集めた事例を手掛かりに、現代の法治国家で正当防衛権が承認されている根拠を明らかにしていきたいと考えています。

正当防衛権が認められる根拠については、すでにさまざまな学説があります。ただ、これまでの学説は、襲おうとしている人と襲われそうになっている人を俯瞰してどちらを勝たせるべきかを判断するような、いわば「神の視点」で検討がなされてきました。ただ、私にはその視点で本当にいいのかという思いがあり、神の視点ではなく「襲われている人の視点」に立って、何が反撃を許す根拠となっているのかを検討していきたいと思っています。

国家が実力を独占することが認められているのは、私人に実力行使を任せると、力の強い者が勝ち残る社会になってしまう危険性があるからです。しかし、逆に国家の側にも、実力を用いて国民を弾圧する可能性があります。国家と国民の間で実力行使の権限を“綱引き”する中で、国民側に残されたのが正当防衛という法制度と考えることもできます。正当防衛が成立するということは、その行為は違法ではなく、私人にはそうした行為に出る自由があるということを意味します。その自由の淵源がどこにあるのか、研究を通して解き明かしていきたいと考えています。

教育

「一番マシ」を考える視点を育てる

大学教育が高校までの教育と大きく異なる点として、教員が一方的に教えるのではなく、双方向で学びが深められるという点が挙げられます。授業ではリアルタイムで学生がコメントできるツールを導入し、対話しながら授業内容の理解が深まるよう努めています。学生の何気ない一言が、私にとって気付きや学びになることも少なくありません。学生の意見をきっかけに新しい議論が生まれるケースもあり、学生との対話は日頃から大切にしています。

また、刑法学の専門家として、学生には「何が一番マシか」を考えることの大切さを伝えています。最近、学生たちや社会の中で、「悪いことをした人にはなるべく重い処罰を加えればいい」といった考え方が広がっているように思います。しかし、もちろんそんなことはありません。また、学生を見ていると、刑罰を執行する国家を信用しすぎているきらいもあります。つまり自分が冤罪の当事者になる可能性は考えていないのです。そうした物事のメリットデメリットを伝えた上で、「一番マシ」な方法や判断を考えてもらうことを意識して、授業を進めています。

人となり

草野球でも発揮される探究心

趣味はいろいろありますが、昔から続けているのが野球ですね。始めたのは小学生の時。高校まで野球部でした。大学時代からは草野球チームに入っていて、左利きなのでピッチャーをやったりしています。

野球は、自分で「こうやったらもっと打てるんじゃないか?」と考えて、試して、ダメだったらまた考えて、試して、みたいな試行錯誤が面白いですね。そういうところは、ちょっと研究と似ているかもしれません。最近はプロ野球選手の映像と自分の映像を見比べたり、野球系YouTubeの練習法を見たりして、「自分とはここが違うな」「こういう動きをするには体のどこを意識したらいいんだろう」なんて考えながら、ちょっとずつ試してみるのが楽しくて。中高生の時は、そういう探究心みたいなものが持てなかったんですよね。当時持てていたらよかったのにな、と今になって思います(笑)。

大学時代に始めた城めぐりとレコード収集

城跡巡りとレコード収集は、大学時代に始めて今も続いている趣味です。城巡りは、元々戦国時代あたりの歴史に興味があって、自分の目で見てみたいと思ったのがきっかけです。城そのものが好きというより、城と町の関係を見るのが好きですね。例えば三重県の松坂城は、蒲生氏郷が築城した時、近江などから商人を呼び寄せてまちづくりをしたので城下町が栄えたという話があって、そういう城と町の発展が絡み合っているようなところは、特に面白いなと思います。

▲先生がこれまで巡ってきたお城の一部(左から『郡上八幡城』『七尾城跡』『姫路城』)

▲先生のお気に入りのレコード

レコードは、大学時代、友人に「デジタルとアナログじゃ音が違うんだ」と言われて、「じゃあ聞いてみようか」という流れで集め始めました。実際聞いてみて、確かに違うような気はするんですけど、詳しくはまだ……という感じです(笑)。集めているのは主にジャズ。都内は中古レコードが安く手に入るお店があるので、そこでディグって買い漁ったりしています。

読者へのメッセージ

刑法は、社会秩序の維持に役立つ一方、人に対して刑罰という苦痛を賦課するものです。その意味では「諸刃の剣」と言っていいでしょう。近年は、拘束刑の創設、性犯罪に関する規定の改正、侮辱罪の厳罰化など、刑事法分野における法改正が活発になされ、社会の変化に応じて刑法も少しずつ変わってきています。皆さんには、「諸刃の剣」であるという二面性を意識しつつ、刑法が目指している社会の姿とはどのようなものなのかをぜひ一度考えていただけたらと思います。




取材日:2025年12月

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