第86回 環境地球化学 工学部 サステナビリティ学科 真名垣 聡 准教授
海と未来を守るため、環境問題のフィールドに挑み続ける
工学部 サステナビリティ学科 准教授
東京農工大学農学部環境資源科学科卒業。同大学大学院農学研究科修士課程、連合農学研究科博士課程修了。博士(農学)。環境地球化学を専門とし、水や大気、生物に含まれる汚染物質の動態解析や環境リスク評価に取り組む。2015年に武蔵野大学工学部講師、2016年より同准教授。学科では学生が主体となって海洋プラスチック問題の解決にも取り組むプロジェクト授業「海洋プラスチックラボ」を指導している。
少年時代を自然豊かな環境で過ごした経験から環境問題に関心を抱き、研究者の道を歩み始めた真名垣聡准教授。専門とする環境地球化学の視点から、海洋プラスチックやマイクロプラスチックが生態系や人間社会へ及ぼす影響の解明に取り組んでいます。また、学生主体のプロジェクト活動を通じて研究成果の社会還元にも力を注いでいます。フィールドワークを重視し、私たち人類の未来を見据えた研究と教育の実践について、その思いを語ってもらいました。
研究の背景
自然の中で遊び、環境問題への関心を深める
私が生まれ育ったのは埼玉県飯能市。映画『となりのトトロ』の舞台となった「トトロの森」がある自然豊かな地域として知られています。子どもの頃の私は、昆虫を追いかけたり川で魚を捕まえたりしながら、毎日のように自然の中で遊んでいました。
当時は当たり前のように感じていた自然環境でしたが、中学生になる頃から、その豊かさが決して当たり前ではなく、かけがえのないものであることに気づくようになりました。さらに高校時代には、人間の経済活動や産業活動が地球環境や生態系に大きな影響を与えることを学びました。
「きれいな空気や水、豊かな自然を守るために、自分には何ができるのだろうか?」
そんな思いを抱くようになり、漠然とですが大学では地球環境問題について専門的に研究したいと考えるようになりました。
大学は農学部に進学し、講義を通じて環境汚染や化学物質の問題に強い関心を持つようになりました。そして3年生からは、環境ホルモンや化学物質による環境汚染を研究する研究室に所属しました。
地元の環境問題と大学研究室でのフィールド調査
ちょうどその頃、地元では「所沢ダイオキシン問題」が大きな社会問題となっていました。産業廃棄物焼却施設から有害物質であるダイオキシンが排出されているとの報道をきっかけに、市内の農産物が風評被害を受けるなど地域社会に大きな影響が及びました。その後の調査によって実際の汚染レベルは安全基準を大きく下回ることが確認されましたが、この出来事は私に環境問題の難しさと社会への影響の大きさを強く認識させました。
こうした経験から研究への意欲と関心はさらに高まりました。研究室の指導教員は、現在世界的な課題となっている海洋プラスチック問題、とりわけマイクロプラスチック研究の第一人者でした。その先生のもとで私は学生時代から、相模湾や東京湾、さらに東南アジアのメコンデルタ地域などでも海水や海底堆積物の調査に参加していました。
もともと体を動かしながら現場で調査を行うことが好きだったため、フィールドワーク中心の研究は自分にとても合っていました。この経験が、現在の研究者としての原点になっています。
研究について
海洋プラスチック問題の解明に挑む
私の専門分野は「環境地球化学」です。大気や河川、海洋、土壌、生物などを対象に、どのような化学物質がどれくらい存在しているのかを調査し、自然環境や生物への影響を明らかにする研究を行っています。そして現在、特に力を入れているテーマが、大学・大学院時代にも取り組んだ海洋プラスチック問題です。
私たちの生活はプラスチック製品によって支えられています。食品容器やペットボトル、衣類、家電製品、自動車など、身の回りのあらゆる場所で利用されています。その一方で、使い終わったプラスチックごみの一部は川や海へ流出し、深刻な環境問題を引き起こしています。


なかでも大きな課題となっているのが「マイクロプラスチック」です。これは直径5ミリ以下の小さなプラスチック片を指します。さらに近年では、より微細な「ナノプラスチック」の存在も注目されています。これらは非常に微細なので、魚貝類、海鳥などが餌と間違えて体内に取り込んでしまいます。また、プラスチックは自然界で分解されにくく、数百年もの間、海洋中に残り続ける可能性があります。その結果、生態系への影響だけでなく、人間にも海産物や飲料水などを通じて取り込まれていることが分かってきました。
キャンパスの目の前に広がる東京湾も研究フィールド
私たちの研究室では、国内外のフィールドで海水や底質、生物試料を採取し、プラスチックや化学物質が自然界にどの程度分布しているのかを調査しています。また、それらが生物や人間にどのような影響を及ぼす可能性があるのかについても研究しています。
幸いにも有明キャンパスは、海洋プラスチック問題の解決に向けたフィールドワークを展開しやすい東京湾が目の前に広がっています。学生との研究活動ではこの恵まれた環境も十分活用し、外来魚の調査や高度成長期の海洋汚染で失われた海草(アマモ)の再生などの研究も手がけています。
マイクロプラスチックだけでなく、こうした環境問題はその実態を正確に把握することが解決への第一歩です。科学的なデータを地道に積み重ねていくことで、安全で安心して暮らせる環境づくりに貢献したいと考えています。
今後の展望
研究成果の社会還元と最新知見のキャッチアップ
私は海洋プラスチック問題を、研究室の中だけで完結するテーマではなく、社会全体で取り組むべき課題だと考えています。そのため、研究成果を社会へ還元し、実際の課題解決につなげることを重視しています。
研究者にとって現場を知ることは非常に重要です。私自身、新しい研究のアイデアは実験室の机の前よりも、海岸や河川などのフィールドで生まれることが少なくありません。これからも国内外の現場に足を運びながら、環境問題の実態を明らかにしていきたいと考えています。
また、問題解決につながる新しい技術の研究にも取り組んでいます。その一つが、使用後に自然界で分解される「生分解性プラスチック」です。従来のプラスチックに代わる環境配慮型の素材として期待されており、その環境中での挙動や有効性について実証研究を進めています。
学生たちのアイデアと実践を活かす道を拓く
研究成果を実際に社会実装した事例として、神奈川県横須賀市での海洋ごみ回収装置の設置があります。このプロジェクトは、大学の学生、自治体、企業が協力し、資金面ではクラウドファンディングを活用して実現しました。装置は海面に浮かぶプラスチックごみを自動で回収し、その量や種類を分析しています。さらに回収したごみは、単に処分するだけでなく、学生たちのアイデアによってアクセサリーやアート作品として再利用する取り組みも行っています。
海洋プラスチック問題を一挙に解決することはできません。しかし、研究によって得られた知見を社会へ発信し、多くの人と協力しながら少しずつ改善していくことは可能です。今後も学生たちとともに、新しいアイデアを生み出し、持続可能な社会の実現に貢献していきたいと考えています。


▲海洋ごみ回収装置設置の様子
教育
学生の主体性を引き出し、社会につながる学びを
私が所属するサステナビリティ学科では、実社会の課題解決に挑戦するプロジェクト型の学びを重視しています。学生自身が問題を発見し、調査し、解決策を考え、社会へ発信する機会が数多く用意されています。
その代表例が「海洋プラスチックラボ」です。この活動は2019年にスタートし、「海のごみを減らす」「科学的な調査を行う」「回収したごみを有効活用する」「社会へ情報発信する」という4つの目標を掲げています。先ほど紹介した海洋ごみ回収装置の設置もこのラボの学生たちによるものです。
多角的に考える。主体的に取り組む…それが大切
学生たちは海洋の調査活動やごみ回収だけでなく、小中高校生向けのSDGs学習プログラムの企画・運営にも取り組んでいます。このような自分たちの研究成果を社会へ「伝える」経験を通じて、環境問題を多角的に考える力を身につけています。私自身もゼミの学生とともに武蔵野大学附属中学校・高等学校で海洋汚染問題について中高生向けの体験授業やPBL(探究学習)に協力するなど、環境問題に関する知見を多くの方に、特に未来を担う若い世代に知っていただく活動を続けています。
大学教員として私が大切にしているのは、学生一人ひとりが主体的に研究テーマを見つけ、自ら考え、行動できるよう支援することです。研究の進め方や専門知識を教えるだけでなく、学生自身が挑戦したいテーマを見つけやすい環境づくりや知的好奇心を刺激してあげることを心掛けています。
振り返れば、私自身が環境研究の道へ進んだきっかけの一つも大学で受けた講義でした。だからこそ、今度は私が学生たちに新たな気づきや挑戦の機会を提供したいと考えています。
人となり
実は「体育会」出身
子どもの頃から体を動かすことが好きだったので、中学・高校時代はバスケットボール部に所属していました。フィールドワークを主体にした研究者には、私と同じく体育会出身者が多いように思います。大人になってからは、なかなかスポーツに取り組むことは難しくなってきましたが、健康のために週1~2回はプールで泳ぐようにしています。
子どもたちから“気付き”を得る
わが家は共働きで中学生と小学生の2人の子育て中。そのため休日は妻や子どもと一緒に過ごすことがほとんどです。スポーツ観戦、旅行、読書、映画鑑賞などですが、子どもたちとのふれあいを通して今の自分にはできないモノの見方や考え方を知ることができるのはとてもありがたいです。前述した武蔵野大学附属中学校・高等学校のPBL(探究学習)の前にはふだん大学生にしか教えていないので、中学生の娘を生徒役にして入念なリハーサルを行いました。おかげでなんとかうまくできたと思います。
読者へのメッセージ
若い世代の皆さんには、「これから先、人類はどのような社会を築き、どのように生きていくべきか」という視点を持ってほしいと思います。かつて人類は環境汚染に対する意識が十分とはいえず世界中で環境汚染が進行していました。しかし、現在では多くの人が地球環境問題の重要性を理解しています。さらに、その課題解決に向けて実際に行動を起こす人も着実に増えています。
私は、大学での学びや研究を通じて環境問題への関心を深めた学生たちが、卒業後もそれぞれの立場から持続可能な社会の実現に貢献してくれることを願っています。そして、そのきっかけづくりや背中を押すことこそ、研究者・教育者としての大切な役割だと考えています。
もし生まれ変わったとしても、私は迷わず今の仕事を選ぶでしょう。それほどこの仕事には大きなやりがいがあり、次の世代へ未来を託すことのできる魅力があると感じています。
取材日:2026年5月