第92回 日本語教育学 グローバル学部 日本語コミュニケーション学科 志賀 玲子 教授
日本語教育の知見を社会の教養に
グローバル学部 日本語コミュニケーション学科 教授
一橋大学大学院言語社会研究科博士課程修了。博士(学術)。一橋大学大学院国際企業戦略研究科(現経営管理研究科)特任講師、東京経済大学全学共通教育センター特任講師、明海大学外国語学部専任講師を経て、2025年4月より現職。専門は日本語教育学。
今、日本では多くの外国人が暮らし、働いています。少子高齢化を背景に日本人の人口が減り続ける中、2025年12月末の在留外国人数は412万人を超え、過去最多となりました。日本語教育、多文化共生の推進など、外国人を受け入れる環境づくりは、日本社会が今まさに直面する重要な課題です。日本語教員養成や多文化共生論を専門とする志賀教授は、日本語教育の実務家を育てるとともに、日本語教育の土台となる知識を広く社会に発信し、日本人も外国人も暮らしやすく、活気ある社会づくりにつながる研究活動に力を尽くしています。
研究の背景
「母語でも教えられない」海外での気付き
私が日本語教育に興味を持ったのは、家族の赴任に伴って香港に滞在していたとき、大学で、中国語の勉強を始めたことがきっかけでした。そこで知り合った日本語を学ぶ学生に、日本語の細かな使い分けについて質問されたのですが、「こちらの方が自然な表現だな」ということは分かっても、その理由を明確に説明することができず、自分の母語だからといって人に教えられるわけではないことを実感しました。日本語教育についての知識を得る必要性はそこにあるんですね。
帰国後、日本語学校の留学生だけでなく、大学や日本語教師養成講座で日本人にも日本語について伝える中で、外国人を受け入れる日本側の姿勢に関心を持つようになりました。日本で生活する外国人が増える一方、漠然と「外国人=怖い」という印象を持つ方もいるように思います。そうした現状を踏まえ、日本語教師ではない人々にも日本語教育の知識を使って広く働きかけることはできないかと考え、「教養としての日本語教育」という視点から研究に取り組んでいます。
研究について
日本語教育実践者の意識はどう変わったのか
現在の研究テーマの一つに「日本語教育に携わる人たちの意識」に関する調査があります。これは、「日本語教育に携わることで多様性を受け入れる姿勢が養われ、考え方が柔軟になった」という私自身の実感から生まれた研究です。
具体的には、日本語教育を学び、学校やその他の場で社会に還元している人にインタビューを行い、日本語教育に関わることで自分の生き方は変わったか、どのようなモチベーションを持って日本語学習者に向き合っているかなどを調査しています。この調査を通して、「日本語を客観的に捉えられるようになった」「相手の立場をより尊重することができるようになった」「日本語学習者と自分は対等であるという感覚が身についた」といった意識の変化が確認できました。また、日本語教育に直接関係のない人が日本語教育の知識を持つことで意識や姿勢がどのように変化するのかについても調査しています。
さらに、海外にルーツを持つ大学生への聞き取り調査を継続的に行っています。大学で勉強するために来日した「留学生」以外にも、多様な背景をもった大学生がいます。それぞれの人によって、来日時期や日本語の習得状況はまちまちなんですね。それで、日本に来た当初から現在までにどんなことを感じてきたか、日本の受け入れ体制をどう考えるか、といった質問を通して、日本社会に対するスタンスや見方を把握し、海外ルーツの子どもたちや学生との関わり方について理解を深めています。
大学には今後「日本で学校教育を受けた、日本語ネイティブではない学生」が増えることが予想されます。こうした学生は、留学生に提供される大学の支援からこぼれてしまうことが多いため、学生生活の中で必要なサポートが届けられるよう調査結果を生かすことができればと考えています。
日本語教育は多文化共生の基礎知識になる
今、日本社会は多くの外国人に支えられています。しかし、受け入れる側の日本人の中には、外国の人々の「あまり日本語が通じない」「日本の習慣をよく知らない」といった面だけに目を向け、彼らの人権や文化を尊重しない言動を取る人も見受けられます。そうした意識を変え、多文化共生社会を実現する上で、社会の多くの方が日本語教育の基礎的な知識を“教養”として持つことが役に立つのではないかと考えています。
たとえば、日本語教育においては「学習者に役立つ日本語の教え方」を重視します。いわゆる規範的な正しい日本語を必要とする学習者もいれば、日常のコミュニティに馴染みやすい、少し砕けた日本語を身に付けたい学習者もいます。いわゆる俗語や方言などですね。「規範的か否か」ではなく「実際に使うかどうか」「活動にむすびつくかどうか」という視点をもつことで、日常的に相手の立場に立ったコミュニケーションを意識することができるようになります。
また、外国人政策に関する知識も、日本語教育の基礎的知識に含まれます。「日本で働く外国人」と一口に言っても、在留資格はさまざまです。しかし、それぞれどのような資格で、働き方などにどのような制限があるのかは、一般の方にはまだあまり知られていないように思います。そうした制度やルールを知ることも、外国人の生活や立場、考え方を理解して尊重する意識につながると思います。
日本語教育の知見が多文化共生の担い手にとっていかに役に立つかを発信するため、これからも調査を進めつつ、実践を重ねていきたいと考えています。
今後の展望
多様で活力ある日本社会のために知見を発信
2019年に外国人への日本語教育について国や企業の責務を定めた日本語教育推進法が成立し、2024年度には日本語教師が国家資格化(登録日本語教員)されました。国全体で日本語教育の充実が求められる中、自立した考えを持って日本語教育に向き合う専門家を育てることに力を尽くしていきたいと思っています。日本語が主流の日本社会において、外国人への日本語教育は、社会として提供すべきインフラのようなものだと思います。多くの人に質の良い日本語教育を提供するためには、良識的で専門的な知識を持った日本語教師を増やすことが大切です。本学の授業や学外での研修などを通じて、そうした人材を育てることに貢献したいと考えています。
また、今後は研究成果を生かして、日本語教育への理解者を増やすような発信にも取り組んでいきたいと思っています。これまでの私の研究から、日本語教育の考え方を知ることで、多くの方が外国人への接し方を見直すきっかけを得ていることが分かっています。日本語教育に触れ、日本語を「一つの言語」として意識できると、言語や文化を相対的に捉える視点が身に付き、異なる相手を尊重する姿勢につながります。市民講座などの機会にそうした知見を広く伝え、一般的な教養として日本語教育の基礎を身に付けた人が社会に増えていくことを願っています。
日本で生活する外国人に日本について理解してもらうことは、もちろん大切です。ただ、「とにかく日本に合わせてほしい」あるいは、「日本人のようになってほしい」という一方的な姿勢には疑問を感じます。私は、外国人のみなさんに「日本語を話す※ことができて、日本の文化や習慣も理解している“多様な背景の人”」として暮らし、自分のバックグラウンドを生かして活躍してほしいと思っています。それが、多様性と活気のある日本社会につながっていくのではないでしょうか。
※「日本人のように話す」という意味ではありません教育
教室に社会を再現 留学生も話しやすい場に
私が所属する日本語コミュニケーション学科では、日本語を母語とする学生と、日本語以外を母語とする留学生がほぼ同数ずつ在籍し、同じ教室でともに学んでいます。日本語教師を目指す学生も多く、登録日本語教員の資格取得に向けた授業も提供しています。
私が授業を行う際に目標にしているのは、「教室の中に実際の社会を再現する」ということです。留学生の中には「日本語のアクセントやイントネーションに自信がない」と発言をためらう学生もいますが、その度に私は「大事なのは内容だから」と繰り返し、発言を促しています。常にそういうメッセージを出していると、留学生も徐々に話し方を気にせずに話せるようになるとともに、日本語を母語とする学生の受け入れ姿勢も醸成され、教室が「率先して発表する環境」に変わっていきます。
社会でも同じように、まずは誰もが思いや意見を話しやすい雰囲気や環境をつくることが大切です。学生たちには、教室での経験や姿勢を社会での振る舞い方につなげていってほしいですね。
日本人学生と留学生がともに日本語について学んでいると、面白いことが起こります。たとえば、日本語の文法について学生に質問すると、日本人学生より留学生の方が論理的に説明できる場合が多いんです。日本人学生の多くは日本語を母語として自然に身に付けたので、文法についてあまり考えたことがなく、留学生は文法や文型を覚えることで効率的に日本語を勉強してきたから、というのが主な理由なのですが、日本語教育について学ぶ授業で日本語母語話者と非母語話者が教え合う、というのはとても素敵な光景だと思っています。
人となり
コンサートは心の栄養補給
子どもの頃からピアノを続けています。離れていた時期もあったのですが、コロナ禍を機にまたぽつぽつ弾き始めました。音楽は聴くのも好きで、心の栄養補給のためにもコンサートやオペラにはよく足を運びます。
海外旅行に行く時は、滞在中に開かれるコンサートを事前に調べ、チケットを取ってから現地に向かいます。ただここ数年、時差に弱くなったのか、到着した日の夜のコンサートはどうしても眠気に勝てなくて……(笑)。今は、少なくとも初日の夜は避けるようにしています。
趣味といえば、スポーツも昔から好きですね。小さい頃は“スポーツ少女”で、小学校で陸上、水泳、ミニバス、中学では軟式テニス、高校大学はバスケットボールをやっていました。今は週1でホットヨガに行くくらいです。テニスやバスケに比べると軽い運動ですが、すごく体幹が鍛えられました。動きは静かだけど、実はしっかり負荷がかかるいい運動なんでしょうね。
疲れない靴が手放せない
定期的に何かにハマるのですが、少し前まではアボカドにハマっていて、5年ほど1日も欠かさず毎朝食べていました。トーストに切ったアボカドを乗せて、オリーブオイルと塩をかけるシンプルな食べ方が私流です。家からアボカドがなくなるのが怖くて、スーパーへ行くと必ず買ってストックしていました。そんなにハマっていたのに、ある日突然パタッと食べなくなってしまったんです。でも、今もアボカドは好きな食べ物の一つです。
最近ハマっているというか手放せないのが、スポーツメーカーが出している仕事にも使える靴。歩きやすくてデザイン性も高いのですごく気に入っていて、同じシリーズのパンプスとサンダルを2足ずつ、色違いで買いました。大学で授業がある日は必ず履いてきますが、もう明らかに歩きやすくて疲れないんです。たまにほかの靴を履いて出かけたら、帰りに腰が痛くなってきて「やっぱりあれじゃなきゃ……」って。ただ、ちょっとカラーバリエーションが少ないので、もっといろんな色を作ってくれたらなと期待しています。
読者へのメッセージ
これからの日本社会は海外にルーツを持つ方々がますます増え、多様な人々がともに生きていく時代へと確実に変化していきます。互いを尊重し、ともに社会を築いていくために、日本語教育の知識や視点は大きな力となり得ます。
日本語教育の学びは、決して「日本語教師を目指す人」だけのものではありません。日本語教育の知見によって培われる、多様な人を受け入れて円滑にコミュニケーションを図る力は、公務員、民間企業、地域コミュニティなど、あらゆる場所や立場で求められる必須の教養となるはずです。多様な人と手を取り合い、新しい社会を主体的に創り上げるため、ぜひ日本語教育に関心を持っていただきたいと願っています。
取材日:2026年7月