
第63回 サステナビリティ学 工学部 サステナビリティ学科 明石 修 准教授
自然の仕組みに学び サステナブルな社会をデザインする

工学部 サステナビリティ学科 准教授
明石 修Akashi Osamu
京都大学工学部地球工学科卒業。京都大学大学院地球環境学舎地球環境学専攻博士後期課程修了。博士(地球環境学)。国立環境研究所社会環境システム研究センター特別研究員、武蔵野大学環境学部環境学科講師を経て、2023年4月より現職。専門は自然共生システム、サステナビリティ学。
気候変動、生物多様性の減少、コミュニティの希薄化など、私たちが生きる現代社会はさまざまな問題を抱えています。こうした問題を乗り越え、サステナブルな未来をつくるため、世界中でさまざまな研究や実践が進められています。自然共生システムを専門とする明石准教授が取り組んでいるのは、地球や自然の仕組みに学び、人と自然がどちらも豊かになる社会をデザインするための研究です。有明キャンパスの校舎の屋上を利用したコミュニティガーデンなどをフィールドに、都市における人と自然の再生について探究する明石准教授の研究を紹介します。
研究の背景
自然を「利用の対象」とする社会からの脱却
今、環境問題はあらゆる人にとって重要な課題です。サステナブル(持続可能)な社会の実現をめざして、世界中でカーボンニュートラルやサーキュラーエコノミー(循環経済)の実現に向けた多様な取り組みが進められています。しかし、サステナブルな社会を本気で実現しようと考えた時、必要なのは小手先の対策ではなく、自然を自分たちから切り離し、「資源」という利用の対象としてとらえてきた現代の社会システムを見直すことではないかと私は考えています。もちろんそれは「便利な暮らしを捨てて原始時代に戻りましょう」ということではありません。これまで積み重ねてきた科学技術や知恵を使って、私たちはどうすれば人間が自然の一部として豊かに暮らせる社会をデザインできるのか。そんな問いを出発点に、人と自然がともに生き生きと繁栄する社会のデザインを実践的に探究しています。
研究について
人間と自然がともに豊かになるために
-パーマカルチャーとシステム思考-
人と自然がともに生き生きと繁栄するには、どうすればいいのか。その問いを探究するため、私が研究のベースとしている手法が「パーマカルチャー」と「システム思考」です。

パーマカルチャーは、パーマネント(永続的)、アグリカルチャー(農業)、カルチャー(文化)の3つを組み合わせた言葉で、地球や自然の仕組みに学ぶことで、自然を再生しながら人の健康、食、エネルギーなどを得ていく環境デザインの方法です。たとえば、自然の森には循環の仕組みがあり、木の葉や実を虫が食べ、その虫を鳥が食べてフンをし、そのフンをミミズや微生物が分解して土に戻し、また木が育ちます。46億年前はドロドロのマグマだった地球が、これほど生命豊かな星になったのは、生き物たち自身が「場を豊かにしていく力」を持ち、その力を発揮して環境を変えていったからです。そうした地球や自然の仕組みに学び、人間が生き物として本来持っているはずの力を発揮して、人が豊かになる活動が同時に環境も豊かにする社会をデザインする、というのがパーマカルチャーの考え方です。
また、システム思考とは、生命、社会、自然などを、相互につながり合う「生きたシステム(Living System)」として捉えることで、全体の関係性や動態を理解しようとする思考法をいいます。畑で野菜を育てる時、私たちは種を植えて水や肥料を与え、それに反応して茎や葉が育ち、実った野菜を私たちが食べる、という生き物同士の「応答」が生まれます。どちらかが一方的にコントロールする関係ではなく、野菜を育てる時のようにお互いが応答し合う「生きたシステム」によって、人、もの、自然のつながりをデザインし直すことをめざすものです。こうした考え方に基づき、現在私は、コミュニティガーデンによる人と自然の再生について研究しています。
-コミュニティガーデンでの実践-

コミュニティガーデンとは、地域住民が共同で野菜や花などを育て、交流や憩いの場として利用する“地域の庭”のことです。研究フィールドのひとつである「武蔵野大学屋上菜園(有明rooftopコモンズ)」では、学生、教職員が自然循環型の菜園、コンポスト、養蜂などを実践し、生ごみの再資源化、自然生態系の再生、コミュニティづくりも同時に進めています。ここでの活動の効果を検証したところ、参加者のソーシャルキャピタル(人との繋がり、人同士の信頼)と個人のウェルビーイングが向上し、普段の生活でも環境に配慮した行動を取るなど、環境意識が高まることも分かってきました。
さらに現在は、この成果を社会に展開する研究として、有明キャンパスに近いショッピングモール「有明ガーデン」の緑地で、地域住民とともにコミュニティガーデンを立ち上げ、活動の方法や効果を検証しています。具体的には、参加者のみなさんに菜園の手入れ、ワークショップ、コンポストでの堆肥作りなどに取り組んでもらい、参加者のコミュニティをつくるとともに、個々人の意識・行動の変化、家庭ごみの削減量、コミュニティガーデンの生き物の変化などを調査しています。今年で2年目になりますが、昨年以上に参加者が主体的にコミュニティづくりを進める様子が見られ、コンポストの堆肥で野菜やハーブもよく育つようになりました。着実に良い成果が見えてきているのを感じます。
今後の展望
都市のコミュニティガーデンを当たり前のものに
私が描いている未来像は、都市のあちこちに人と自然が共生するコミュニティガーデンがあり、そこが地域の人と人をつなぐコミュニティのハブとして機能している社会です。
サステナビリティにおいて、都市には2つの側面があります。一つは、資源やエネルギーを大量に消費し、CO2や廃棄物を大量に排出する“問題を生み出す場所”という側面です。それが変わらない限り、社会がサステナブルになることはないでしょう。ただその一方で、都市は問題を解決する大きなポテンシャルも秘めています。なぜなら、都市には“たくさんの多様な人”という資源があるからです。森の循環は、木だけ、鳥だけでは生まれません。多様な生き物が関係し合うことで、森の循環や環境は成り立っています。その自然の仕組みに従えば、多様な人が集まっている都市は、人と人が関係しあい、その違いを活かしあうことができれば、自然の循環と同じようないのちやエネルギーが循環する仕組みが育まれていくはずです。

大学の屋上菜園は、元々は芝生しかない場所でした。そこに野菜やハーブを植えたことで、私たちは実った野菜を食べ、学びも得られるようになりました。芝生だった時にはいなかったアメンボやトンボもやってきました。人が手を入れたことで、生き物の間につながりが生まれ、さらに多様な生き物が集まってくる。こうした場所を都市の中にたくさん作って行くことが、これからのサステナビリティの方向性ではないかと私は考えています。
コミュニティガーデンが、街の当たり前の風景として根づき、暮らしと自然がつながっている。そんな未来の実現をめざして研究と実践を続け、人と自然がともにいきいきと繁栄するサステナブルな社会の実現に貢献していきたいです。
教育
学生の可能性の開花を応援したい
教員として大事にしているのは、その学生が本来持っている可能性が開かれるようなサポートをするということです。教員として私が何かを教えるというより、その学生の本来持っている特徴が発揮される機会を作り、可能性の開花を応援したいと考えています。
大学のコミュニティガーデンに来ていたある学生は、菜園で育てたキュウリをかじって「ここにいると自分が生きている感がある」と言ってくれました。彼はそれから食や農業に興味を持ち、農産物を売るマーケットでアルバイトを始め、農家さんの元に通って野菜を作り、自分の経験を文章にして発信もするようになりました。キュウリを食べたことで、自分で何かに気づき、行動し、周りの人と応答し、どんどん世界が広がっていったのだと思います。また、フェアトレードに関する卒論を書くために、先進地であるドイツの文献を読みたがっていた学生は、たまたまガーデンに来たドイツ出身の留学生と知り合い、ドイツ語や現地の実際の状況を教えてもらうことができました。中国からの留学生に「この花は漢方薬になるよ」と教えられてみんなで煎じて飲んでみたり、ものづくりが好きな学生が端材で椅子を作ったり、学生それぞれが可能性を発揮することで、ガーデンはどんどん面白くて楽しい場になっています。多様なものがつながって豊かになるという意味では、まるで“人間の森”みたいな感じです。

そうやって、多様な人が自分らしく生き生きと能力を開花させている社会が、サステナブルな社会になるのだと思っています。学生には、自然や人と“生きて、つながっている感覚”を感じてほしいですね。それが、自分自身や世界を理解し、よりよい社会をつくっていくための、何よりも大切な土台になると考えています。
人となり
アボカドが教えてくれたこと
小さいころから、自宅の庭や隣のおばあちゃんちの庭で、虫取りや泥遊び、かくれんぼをして遊んでいました。おばあちゃんちの庭は森のようになっていて、セミや鳥、リスがいる小さな生態系のような場所でした。そこでいつも自然と触れ合っていたのが、今思うと自分の原点だったのかもしれません。
特に印象に残っているは、食べた後のアボカドの種を庭に埋めたこと。忘れたころにそこから芽が出ているのを見つけて、食べ物だと思っていたアボカドが「生き物なんだ!」って。それが日常にある“生きた世界”に気付いた瞬間でしたね。

アボカドからは、もう一つ学んだことがあるんです。武蔵野大の教員になってからの話ですが、学内のロハスカフェからアボカドの種をいくつかもらって、研究室で植えたんですよ。どれもだいたい1カ月くらいで芽が出たんですけど、1つだけ芽が出ない種があって。「この子は、もう芽はでないんだろうな……」と思いつつそのままにしておいたら、しばらくして種がパカッと割れて芽と根が出たんです。それを見た時に「もうダメだなんて思ってごめんね」って謝りました。
生き物には、それぞれのタイミングがあって、それぞれのやり方で芽を出したり、伸びたりするんですよね。そう思ってから、学生に対する態度もちょっと変わりました(笑)。学生もアボカドと同じようにそれぞれのやり方、ペースで成長しています。たとえ外から見えなくても、それぞれらしく変化をしているのです。それをこちらが期待した方向やタイミングに合わせようとするのは教える側のエゴかもしれません。そういう意味でも自然から学ぶことは多いですね。
自宅の庭でもガーデニング
研究だけでなく、自宅の庭でも自然循環型のガーデニングをしています。特に植物の種をポットに植えて、苗を育てるのが好きです。種から芽が出て、育っていく姿に生命の生き生きとした力を感じます。ハーブ、花、季節の野菜なんかを植えていて、今だとキュウリ、トマト、ナス、ゴーヤ、シシトウが育っています。


人生で植物や生き物と関わっていない時期があったかな、と振り返ってみたんですが、今思い返すと部屋にはいつも何かしらの植物がありましたね。学生時代に一人暮らしをしていた時も苔玉みたいなものがあったり、花屋で買った花があったり、サボテンがあったり。部屋に緑を置こう、なんて全然意識してなかった気がするんですけど……。やっぱり根っこのところで好きなんでしょうね。
読者へのメッセージ

環境やサステナビリティというと、社会の中の「課題」、つまりネガティブなものを見つけて、それを解決したりなくしたりするもの、というイメージがあるかもしれません。でも、私が研究や実践を通して目指したいのは、課題に注目するよりも、人や自然、コミュニティが本来持っている可能性が開かれていくようなサステナビリティです。パーマカルチャーの考え方の中に、「Problem is Solution.(問題は解決策だ)」という言葉があります。問題を可能性として捉え、もっとクリエイティブに「自分が幸せになるし、環境も良くなる」方法を追求していくことが、よりサステナブルな社会づくりにつながるのではないでしょうか。そうした未来が少しでも育まれるように、研究を通して手助けをしていきたいと思っています。
取材日:2025年5月