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学問の地平から 教員が語る、研究の最前線

第72回 デジタル金融法学 グローバル学部 グローバルビジネス学科 鈴木 淳人 教授

デジタル資産の未来を拓く法規整のために

グローバル学部 グローバルビジネス学科 教授

鈴木 淳人Suzuki Atsuto

東京大学法学部卒業。同年、日本銀行に入行。大分支店長、金融研究所情報技術研究センター長を経て、2025年4月より現職。専門は、デジタル金融、金融法。日本銀行在職中、米ペンシルベニア大学への留学も経験し、ニューヨーク州弁護士の資格も持つ。

デジタル資産、暗号通貨、ブロックチェーン――こうした言葉は今や日常的に耳にするようになりましたが、その法的な位置付けについて、理解している人は少ないでしょう。長年日本銀行に勤務し、法律とIT技術の両方に精通する鈴木教授が現在取り組んでいるのは、この新しい領域の法整備に関する研究です。急速に進化するデジタル経済と法制度の間にはどのような問題が存在し、どのような対応が求められるのか、鈴木教授の研究を紹介します。

研究の背景

異色の経歴が生んだ研究視点

▲先生の共著書

私は大学の法学部を卒業した1992年から2025年3月まで、日本銀行に勤務していました。さまざまな部署を経験しましたが、中でも長く勤務したのが日銀内の金融研究所です。通算9年間の研究所勤務では、金融という広範な領域の中でも、法制度、会計、情報技術(IT)の視点から研究に取り組んできました。一見バラバラなこの3分野に関心を持つようになったのは、所属していた部署がこの3分野をまとめて研究テーマにしていたという事情があったからです。そこでITの知識を得て2013年から取り組んだのが、仮想通貨(暗号資産)ビットコインと法に関する研究です。当時まだ日本ではビットコインの知名度が高くありませんでしたので、国内でも比較的早い時期に研究をスタートできたと思います。

研究について

デジタル資産を私法上どう扱うかという問題

私が現在取り組んでいる研究テーマは主に2つあります。1つ目は、デジタル資産の私法上の性質に関する研究です。

ブロックチェーンと呼ばれるデジタル技術の発展などに伴い、デジタル資産の利用は世界的に拡大しています。一方で、デジタル資産の法規整は、現実のスピードに追いついていない面があります。

「法」の中でも、公的な関係を規律する「公法」、たとえば銀行法や資金決済法に関しては、日本は国際的にも法整備が進んでいる国です。他の主要国に先駆けてデジタル資産の定義を行い、取引所などの事業者に対するルールも整備されています。ところが、民法や商法といった私人間の権利などを規定する「私法」の領域では状況が大きく異なります。たとえば、ある人が別の人にデジタル資産を渡したとき、それが法律的にどのように位置づけられるのか。この基本的な問いに対する答えは、実はまだ明確になっていません。なぜなら、デジタル資産には形がないからです。

従来の法律は「形のある物」を前提として構築されてきました。鉛筆やノートのような有形物であれば、それを手元に持っている人が所有者であり、所有権という概念で権利関係を整理することができたのです。ところが、デジタル資産には形がなく、法律上、形のないものには所有権は適用されません。

ビットコインを例にとると、ビットコインは何十桁もの番号を知っていることで使用できる仕組みになっています。ある人が別の人にビットコインを「送る」とは、「相手にその番号を教えて使えるようにする」というイメージです。ただ、送った後も教えた側が番号を覚えていれば、理論上は使用可能な状態が続きます。形のある物であれば、盗まれても「これは私のものだ」と主張して取り戻すことができますが、番号を知られただけで使用できてしまうデジタル資産の場合、真に権利を持つのは誰かを判断することが難しいのです。

デジタル資産の私法上の取り扱いについては、世界的にも活発な議論が展開されています。特にここ数年で議論が加速しており、各国の代表が集まる国際的な場でも最大公約数的なルールの検討が進められていますが、まだ明確な解決策は見出されていません。国際的な議論を踏まえながら、新しい技術に対して既存の法律をどう解釈すべきか、あるいは新しい法律をどう設計すべきか、日本の私法上での性質や扱い方に注目し、研究を進めています。

重要性を増す「デジタル証明」

私のもう一つの主要な研究テーマは、デジタル証明に関するものです。
デジタル証明は、私たちの日常生活に深く関わるものです。近年、特にコロナ禍を機に、銀行口座の開設など従来は対面での手続きが必須だったさまざまなサービスが、オンラインで受けられるようになりました。その際の本人確認は、スマートフォンなどで顔を撮影して行われるのですが、生成AI技術の発達により、こうした本人確認の仕組みを突破される危険性が指摘されています。そのため、デジタル上でも真正性を確認でき、改ざんの有無を判別できる技術(デジタル証明)の重要性が増しています。

偽造された免許証や、AIで生成された偽の顔映像を使ったなりすましが横行すれば、経済活動や金融取引の安全性が根底から揺らいでしまいます。デジタル証明に関する議論は活発になってきており、本学の池田眞朗名誉教授が理事長を務めていらっしゃる「デジタル証明研究会」に参加して、特に法規整の視点から多角的な研究に取り組んでいます。

今後の展望

ルールと技術が一緒に発展する社会へ

これからの世界において、デジタル化の流れが変わることはないでしょう。そうした中で、私が研究において目指すのは「法的な不確実性があるので新たなデジタル技術を導入できない」という状況をなくすことです。

デジタル資産の法的な不確実性は、実際、経済活動にさまざまな影響を与え始めています。例えば、相続において、目に見える物理的な資産は相続財産として把握しやすいのですが、デジタル資産はもし持ち主が番号を誰にも教えずに亡くなった場合、その存在すら認知されない可能性があります。また、デジタル資産の法的な不確実性は、銀行などの金融機関の融資判断にも影響を及ぼす可能性があります。従来、銀行側は不動産などの有形資産を担保に取ることで、貸し倒れのリスクを管理できました。しかし、デジタル資産に法的な不確実性があることで「担保として評価できない」と判断されれば、デジタル資産を多く保有している企業や個人が、それを活用して資金調達することが難しくなります。

技術がめまぐるしく進歩する今、新しい技術に対するルール整備がそれに追いついてないという現実があります。デジタル資産やデジタル証明の分野でも、新しい商品やサービスが次々と登場し、そのたびに新しい法的課題が生じるという「いたちごっこ」の状態が続いています。研究を通してそうした状態を少しでも解消し、技術とルールが一緒に発展していく社会を実現していきたいです。

また、デジタル資産やデジタル証明に関する法研究を進めることで、「デジタル資産が盗まれてしまったが、何も請求することができない」「フェイク情報にだまされた」といった事態を防ぐこともできると思います。技術の可能性を最大限に活かしつつ、技術の進歩の速さに負けないように、グローバルな視点を持って利用者を保護するルール作りに役立つ研究を進めていきたいと考えています。

教育

教育現場での新たな挑戦

今年4月、グローバルビジネス学科教授に着任しました。30年以上日銀に勤務してきた私にとって、教育現場は新たな挑戦です。現在は、SDGs関連の講義のほか、ビジネス・エコノミクス、金融論などの授業とゼミを担当しています。グローバル学部は学生のほぼ半分が国際学生で、すべての授業を英語で行います。英語での授業はもちろん初めての経験で、私にとっても刺激的な学びの場になっています。

経済学も金融論も、学生にとって身近な内容ばかりではありません。特に、英語を第一言語としていない学生にとっては、二重の難しさがあると思います。授業で取り上げる円安、インフレ、失業といったキーワードは、学生にとって身近とはいえないかもしれませんが、講義で取り上げたキーワードを1つでも2つでもいいので記憶に残してもらえたら、という思いで毎回授業を行っています。

ゼミでは、学生たちに自分の関心のあるテーマについて金融と絡めて調べ、プレゼンテーションをしてもらう形式を取っています。学生たちはインド、イラン、韓国、日本の4カ国から集まっていて、それぞれの視点から金融の問題を考察できるのが面白いですね。先日はインドの学生が、母国では金が資産として非常に重視されているという話を聞かせてくれました。また、韓国の学生は、韓国で普及しているモバイル決済アプリを紹介してくれました。それぞれが自国のデジタル決済システムや金融制度の現状について教えてくれるので、教える立場ながら私も勉強になっています。

実は大学時代、卒業後に希望していた進路の一つが研究者でした。専門分野の能力不足に加え、研究者として不可欠な英語のコミュニケーション能力に自信がなく、違う道を選びましたが、それから33年経って、本学で研究職に就き、さらに英語で授業やゼミを担当することになりました。とても不思議な気持ちですし、望みが叶った喜びも感じています。

人となり

大分の「かぼす特命大使」を拝命

日銀時代、2020~22年の2年間大分支店長を務めていました。そのご縁で「豊の国かぼす特命大使」を拝命していますので、この場をお借りして大分県の特産品であるカボスをPRしたいと思います。

▲特製の机上プレートとかぼす大使の証

カボスは、国内生産量の95%以上が大分県産です。クエン酸やビタミンCが豊富で、まろやかな酸味とさわやかな香りが素材の味を引き立てます。収穫時期は毎年9~10月上旬で、私は毎年この時期になるとカボスを調達しています。焼き魚に添えるのはもちろん、果汁がたっぷりあるので焼酎にしぼってカボス割りにしたり、ドレッシングとして野菜にかけるのもおすすめです。同じ柑橘類のスダチとユズが“ライバル”ですが、スダチは主に徳島県、ユズは主に高知県が産地です。見分け方は、大きい順にカボス、ユズ、スダチです。ぜひ皆さんも大分県産のカボスをご賞味ください。

別府で88湯の温泉巡りを達成

▲温泉道名人の認定証と認定タオル

大分県といえば日本一の温泉県。別府温泉には私も足繁く通い、「別府八湯温泉道名人」の段位も持っています。別府八湯とは、別府の8つの温泉郷(浜脇、別府、観海寺、堀田、明礬、鉄輪、柴石、亀川)の総称です。それぞれの温泉郷にたくさんの温泉施設があり、そのうち88湯を巡ってスタンプを集めると「温泉道名人」になることができ、私は大分赴任中の2年間で達成することができました。

別府は本当に温泉施設が多く、コンビニエンスストアくらいの密度で温泉があります。地元の方が日常的に利用する共同温泉は、地域の自治会や温泉組合が管理していて、2階が公民館になっている施設もあります。そういうところへ行って地元の方とおしゃべりをするのも楽しかったですね。東京で「温泉に行く」と言うと何か特別なことのようですが、別府では温泉が生活の一部なんです。東京に戻った今も、近場の温泉や銭湯巡りはちょっとした趣味として続けています。

読者へのメッセージ

今、世の中にはデジタル技術を使った商品や金融サービスが次々に登場しています。新しい金融商品やサービスを使うことは、暮らしを豊かにするチャンスになり得ますが、そこにはリスクも存在します。重要なのは、何も知らずに利用したり投資したりすることを避ける、ということです。新しい商品が登場したら、その良い点と悪い点を勉強してから判断する。この基本的な姿勢が、これからのデジタル時代では不可欠です。リスクを過度に恐れて新しい技術から遠ざかる必要はありませんが、ルールや仕組みを知ってリスクに備えることは忘れないでいただきたいですね。




取材日:2025年10月

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