数学を探せ!
「個体間にみられるコミュニケーションと数理工学」
私は、生物に見られる個体同士のコミュニケーションの1つの大きな目的が、役割分担の決定ではないかと考えています。人間を含め、多くの生物は次の世代に生命をつなげるために、巧妙に役割分担を行います。先の蟻の例でも、コロニー内で採餌や子育てといった役割分担が適切に行われますが、ただ分担すれば良いわけではなく、役割分担の「個体数比率」(全体におけるバランス)が適切に実現されなくてはなりません。つまり、全員が餌を採りに行きたいと希望しても困るわけです。会社のような組織であれば、リーダーが全体の仕事量などから役割分担を指示しますが、蟻など多くの生物で、そのようなリーダーはいないという状況証拠があるにもかかわらず、適切な役割分担がなされ、大きな謎となっています。
数理的な考え方の解説
図1:二つの状態(モード・役割)A、Bの遷移を示した概念図。Aという状態にある個がBという状態にある他者と出会うと、出会った回数がαを越えるとBという状態に変化する。一方、Bという状態の個が同じくBという状態の他者と出会う回数がβを越えるとAという状態に変化する。これを繰り返す。
図2:図1を表現した数理モデルのシミュレーション結果。様々な初期比率からスタートしても、時間とともに一定の比率に近づく様子がわかる。
ところで、このような仕組みが、本当に生物で用いられているかは検証が必要となりますが、機構の利点を活かした工学的な応用は幾つか考えられます。例えば災害時のように通常のインフラが使えない状況で役立つのではないかと考えています。大きな災害が起こると、それまで普通に使えていた携帯電話等が利用できない状況が生まれ、個々が孤立することになります。しかしながら、複数の避難所へそれぞれの避難所の収容人数を考慮した避難誘導等が必要となるでしょう。紹介した仕組みは、携帯ネットワークが破壊され、全体を見て個々を誘導することが難しい状況においても、個人の携帯端末が発する近距離通信波(Bluetooth等)を用いた、近距離の通信さえ行う事ができれば機能するため、適切な複数避難所への振り分けが可能となるでしょう。
また、近未来では自律制御で運動する様々な移動体が数多く存在する世界になりそうです。例えば、自動運転カーや配達ドローンなど、しかもそれらが数多く身の回りを動き回り、集団として秩序をもって運動する必要があります。それらは、まるで鳥の集団や動物の群れのように見える事でしょう。そのような自立制御によって運動する移動体の制御についても、紹介した仕組みは有効であると考えています。集中的な管理は可能かもしれませんが、例えばそれらが使えなくなるような非常時においても安全に運動を続けるには、局所的なコミュニケーションのみからなる制御のメカニズムを持つ必要があります。そのような制御方法の一例となり得るのではないかと考えています。
数学って何の役に立つの?

担当教員プロフィール
教授 上山 大信
1970年山口県生まれ。
お寺の生まれで、小さい頃から人に接することが多い環境で育ちました。異なる個性を持つ人々の間で思想という目に見えず、簡単には捉えられないものが時代を超えて伝わり、社会を形成する一つの要因となっていることは、数理とは一見かけ離れた問題ですが、今回の研究を通じて少し糸口が見えてきたように思います。コミュニケーションの役割という興味から得られた数理的な見地は、工学的な問題と組み合わさることで、身の回りをより安全で便利にするアイデアがうまれることがあります。生物や化学の世界に見られる不思議な現象を数理的な見地で理解し、それらを応用することは数理工学の一つの立場でしょう。一見関係が無いと思われる事が、数理を通して繋がることはとてもエキサイティングな事です。今後も、自分が得意とする視点から、数理を活用した新たな研究分野を開拓していきたいと思います。