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数学を探せ!
「血管新生」

3分でわかる数理工学講座「血管新生」

厚生労働省の人口動態統計によると、2020年度の日本人の死因の第1位は悪性新生物(癌)、2位は心疾患、3位は老衰、4位は脳血管疾患です。2位の心筋梗塞・大動脈瘤などの心疾患や、4位の脳溢血・脳梗塞などの脳血管疾患が、血管の状態に起因することは明らかですが、1位の悪性新生物も血管の形成と状態に深く関わっています。
悪性新生物を構成する癌細胞は、増殖に必要な酸素や栄養を手に入れるために、ある種の酵素を放出して、既存の血管から新しい血管網を自分の周りに作ります(図1)。さらに、この血管網を通じて、癌細胞を他の臓器に送り込み転移させます。こうした新しい血管網の形成を「血管新生」と呼びます。血管新生は怪我の治癒や赤ちゃんのための胎盤形成にも必要です。したがって、血管新生の原理を解明して制御することは、癌治療や血管に起因する病気を扱う医療にとって重要な課題です。
 近年、iPS細胞やES細胞から作られる人工臓器(オルガノイド)の開発が進み、再生医療への応用が研究されています(図2)。臓器は単独では存在できず、栄養と酸素を供給する血管網が必要です。血管網をデザインし、オルガノイドによる再生医療を実現するためにも、血管新生の解明が不可欠となっています。
 
現代の医学・生命科学は、数学・物理・情報分野との連携により大きく発展しています。血管新生においても、適切な数理モデルの構築、統計解析、AIによる機械学習などの手法を用いて、基本原理を明らかにして医療に役立てる研究が進められています。

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図1.日本人の3大死因に関わる血管の病態

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図2.iPS細胞による3次元構造を持った人工肝臓の解析図.血管様組織ができている(横浜市立大学、東京大学医科学研究所、AMED) Nature2013より引用

これはどの領域の話か

遺伝子が発現し、細胞の運動が引き起こされて、血管の形態が形成され、臓器としての機能を獲得するという、いくつかの階層に別れた複雑なプロセスなので、数学・物理・情報の広い領域にわたる話です。対象に応じて、確率・統計、力学系、微分方程式、幾何学、アルゴリズム理論、数値解析、ネットワーク理論などが使われています。将来的には、さらに新しい数学が必要になるかもしれません。

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図3.血管新生における内皮細胞の動きをタイムラプスイメージングで追跡したもの

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図4.内皮細胞運動を記述する数理モデルによる原始血管生成

数式を用いた解説

細胞の運動では、例えば、次のような2変数の漸化式を用いるモデルがあります。
 
ここで は各々時間ステップにおける番目の細胞の位置ベクトル、速度ベクトル、は細胞間の相互作用を与えるベクトル値関数です。また時間発展のアルゴリズムとして下のようなものがあります(図5)。

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図5.血管の伸長と分岐を決めるアルゴリズム
時弘先生

担当教員プロフィール

教授 時弘 哲治

1957年山口県生まれ、大学では微積分学の講義がさっぱりわからず、物理工学を専攻することにしました。その後、いくつかのテーマを通じて数学の有用性と面白さがわかり、数学を役立てる研究をしたいと考えるようになりました。数学を身につけて社会に役立てたいと思う皆さんを応援しています。

※この講座の著作権は著者にあります。無断引用や転載等はお断りいたします。

3分でわかる数理工学講座バックナンバー

第1回「スマートフォン市場のシェアを決めるものはなに?」
第2回「雨粒とDNA」
第3回「蛇口から出る水」
第4回「パターンに潜む数理」
第5回「個体間にみられるコミュニケーションと数理工学」
第6回「エネルギーで楽をする話」
​第7回「対称性と周期性」
​第8回「競争している生物の個体数を予測しよう」
第9回「血管新生」
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