学問の地平から
教員が語る、研究の最前線
第6回 データサイエンス学
本学の教員は、教育者であると同時に、第一線で活躍する研究者でもあります。本企画では、多彩な教員陣へのインタビューをもとに、最新の研究と各分野の魅力を紹介していきます。
第6回 データサイエンス学データサイエンス学部 データサイエンス学科 中西崇文 准教授
人間は何を感じ、どう表現するかをデータを通じて解明
 研究者としてのあゆみ
3歳で始めたピアノが研究の原点
データサイエンスの中でも、特に感性に関わる研究に惹かれたのは、幼い頃から音楽が身近だったことの影響が大きいと思います。
音楽との出合いは3歳の時。両親がピアノを習わせてくれたことがきっかけでした。研究に繋がる最初の転機は、高校時代に音楽とコンピュータが結びついたことでしょうか。当時は、ちょうどWindows 95が発売され、パソコンが一気に社会に広がった時期でした。初心者でもパソコンで音楽を作ることができるDTM(デスクトップミュージック)のパッケージが売り出され始め、それを使ってパソコンで曲を作る楽しさに、私もすっかりハマってしまったんです。
当時は、音符を数値で入力する「ステップ入力」がメインでしたが、それは言い換えると「楽譜を数値データで表現し、パソコン内で音楽として再現する」ということになります。音楽は、聞いていて楽しいとか、体が動いてしまうとか、感性に働きかけるものであり、さらに、楽譜というデータがあって分析がしやすい。つまり、さまざまな芸術の中でも、音楽は特に感性とデータが繋がりやすい分野なんです。もっとも、私がそのことに気付いたのは、かなり後になってからなのですが(笑)。
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パソコンでの作曲風景

幸運だった二人の恩師との出会い
音楽の道に進むことを考えたこともありますが、大学では情報工学を学ぶことに決めました。これからの時代、コンピュータを使えば、音楽を作ること以外にも、もっといろいろなことができるだろうと興味を持ったからです。
大学で学ぶうちに、「感性」という切り口で研究を進めたいと考えるようになり、心理学の論文や書籍を数多く読んだり、同じ大学で心理学を専攻する学生と話したりして知識を深めていきました。そこで出会ったのが、北川教授、清木教授と「意味の数学モデル」です。この研究を知ってすぐに魅了され、お二人の下で研究することを即決しました。当時、先生方も感性の研究に特に力を入れていらっしゃったので、その時期に一緒に研究をさせていただいたことは、とてもハッピーだったと思っています。
仲間とのライブやセッションが楽しみ
ピアノと作曲は今も趣味で続けていて、仲間とライブに出演したり、女優の青木鞠子さんとの音楽ユニット「タイアップ」として活動したりもしています。コロナ禍の今は集まって演奏することができないのですが、動画編集でのセッションを楽しんでいます。
今は、音楽を作ろうと思うと、ほとんど全ての作業がパソコンだけでできてしまう時代です。音楽制作システムをユーザーとして使いながらも、新しい機能が追加されると「人間が話した言葉でも同じような処理ができないかな」と研究に結びつけて考えることもありますね。ただ、仕事でも趣味でもパソコンに向かいっぱなしになってしまわないよう、ピアノを弾いて自分で音楽を奏でる時間は大切にしています。
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今後の展望
AIが出した結果の「根拠」を示したい
-AIの普及は、人を迷わせる-
ビッグデータとAIの本質は、その分析結果から最適な意思決定を行うことにあります。これからの時代、人間はAIに囲まれて生活することになるでしょう。一つの問題に対して、複数のAIが、別々のことを言い出すかもしれません。そうなれば、私たちはきっと、「最適な意思決定」をするまでに、今まで以上に迷ったり悩んだりするようになります。
AIは、分析結果は教えてくれますが、「どうしてその結果に至ったのか」を分かりやすく教えてはくれないのが現状です。しかし、意思決定をするためには、「これだ!」と思える根拠が欲しいとは思いませんか? 少なくとも私は、今のAIに対して「もうちょっと納得させてくれたらいいのにな」と思ってしまうのです。
-「Interpretable Smart Computing」を目指して-
人間はよく、直感で物事を決め、決めた理由を後付けで考えます。同じように、AIに求める根拠も、「後付け」でもいいと私は思っています。そして、その「後付けの根拠」を示すことに、これまでの研究が応用できるのではないかと思っています。
 たとえば、感性を「波」としてとらえる研究は、結果に至る流れの把握に役立つはずです。自動作曲システムは、音楽を言葉に変換する研究の「逆」を計算することで生まれました。AIが導き出した答えも、「逆」を計算できれば、理由を説明できる場合がありそうです。今後こうした研究を組み合わせて、「後付けの根拠」を示すアルゴリズム、名付けるなら「Interpretable(後解釈可能な) Smart Computing」を実現していきたいと考えています。
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―読者へのメッセージ―
センサーの廉価化や高性能化によって、「コツ」や「勘」と呼ばれるものを含め、さまざまなデータを取得できるようになりました。データサイエンスと聞くと、AIと結びつけて「人間の仕事を奪う」というイメージを持つ人もいます。しかし、後継者不足に悩む産業で「職人の勘」や「匠の技」をデータとして残せば、後世まで多くの人が受け継ぎやすくなる、という見方をすることもできるでしょう。これまでデータとは縁遠かった分野でも、データサイエンスが貢献できる時代が来ているのです。
社会はこれから、何事もデータを根拠に判断する時代に向かいます。しかし、AIがデータ分析して導き出した結果は、絶対ではありません。たとえば、企業がビジネスで最適化を図ろうとしている時、AIが示した判断がブランドイメージと大きく異なっていたらどうなるでしょう? AIの言う通りにして企業イメージが傷ついたのでは、意味がありませんよね。ですから、物事を判断する時には、データを根拠として持つだけでなく、他者の意見を聞いたり、話し合ったりする人間同士のコミュニケーションも必要であることに変わりはありません。むしろ、AIが身近になればなるほど、互いの意見を調整する「人間らしい力」がますます重要になるだろうと私は思っています。

取材日:2020年10月
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