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学問の地平から 教員が語る、研究の最前線

第30回 人工知能学データサイエンス学部 データサイエンス学科・大学院データサイエンス研究科 ウィラット ソンラートラムワニッチ 教授

人工知能に「思考」させるために、人間の思考パターンを知る

データサイエンス学部 データサイエンス学科・大学院データサイエンス研究科 教授

ウィラット ソンラートラムワニッチVirach Sornlertlamvanich

1979年来日。京都大学で機械工学を学び、修士号取得。東京工業大学大学院情報工学科後期博士過程で博士号を取得。日本とタイを行き来しながら知識工学や人工知能の研究に取り組み、現在もタイのタマサート大学工学部で講師を務める。タイ国立電子コンピューター技術センターの研究員、泰日経済技術振興協会の顧問を歴任。2019年より現職。

これからの社会に欠かせなくなっていく人工知能。万能かのように思えますが、人間には当たり前のようにできることが機械にとっては非常に難解です。例えば、「思考」。人間の思考プロセスをどう機械に理解させるか――。人の思考の奥深くに迫り、それを機械に構築すべく取り組んでいる、ウィラット ソンラートラムワニッチ教授の研究を紹介します。

研究の背景

人工知能に「理解」を伝える

▲ウィラット教授の編集著書

大学時代から、人工知能の知識表現や推論機構などに関する研究を行ってきました。最も興味を惹かれたのは「人間が行う『理解』を、どのようにコンピュータ上で実現するか」ということです。そのためには、人間が物事を理解するプロセスを分析する必要がありました。 「人間はどうやって物事を考えていくのか」を探求するために、人間が生み出した作品や文献をとにかく分析していきました。「どう発想してきたのか」などと人間の思考プロセスを紐解き、人工知能がそれを再現できるよう、コンピュータ上に仕組みを構築しました。 研究を通じて知識表現の重要さを実感し、その面白さにどんどん惹かれていきました。私たち人間は自分の頭の中にある知識を相手に伝えるため、言語に翻訳しています。自分の理解しているものを言葉に変換しているのです。人間が当たり前のように行っている「理解」をどのように機械に伝えるか……。ここが知識表現に関する難しさでもあり、非常に面白い部分でもあります。

研究について

人間の理解には「知識」が必要

知識表現を追求していくことは、人間の言語を理解することが鍵になります。私は元々理系だったので、文系の言語学を学び直しました。そして、タイ語に特化した研究を進め、必要な構文情報を設計し、文字体系・品詞分類・構文解析などを行いました。タイ語を処理できる環境を整えるのに半年ほどかかりましたが、その結果、タイ語・日本語・英語をはじめ、6カ国語での自然言語処理の応用研究につながりました。これは今でも研究界・産業界で広く使われています。

人間の言語の使い方はかなり曖昧なものです。例えば日本語は主語を省略することが多いです。それでも、聞き手に基礎知識があれば問題なく理解することができます。しかし、機械にはそれができません。どういう状況で省略されることが多いのか、例外があれば条件付けをして機械が処理できるようにする必要があります。

言語というのは、自分の理解しているものを言葉に変換しています。そこに「知識表現」があります。人間が使っている言葉を文法や単語ごとに定義付けし、機械が理解できるようにシステム化すること。こうして言語を科学的に説明できるようにするプロセスが非常に面白いですね。研究を通じてようやく判明したのは、人間が物事を理解するには「知識」が必要だということです。知識とは「物理的なもの」「数学的なもの」「システム化するもの」と大きく3つに分類できます。人工知能の研究で「知識表現」がいかに重要かを実感するにつれ、その面白さにどんどんのめり込んでいます。

タイの国家プロジェクトを主導

タイにデジタル情報基盤を作るべく、国家プロジェクトとして提案した「デジタイズ・タイランド・プロジェクト」は私にとって大きな挑戦であり、野望でもありました。最初の狙いは、タイの無形文化遺産の知識ベースを構築することでした。無形文化遺産とは、例えば舞踊や格闘技、織り模様、薬草、料理などが挙げられます。これまでも写真や説明文などのデータはありましたが、それだけでは活用が難しい状況でした。人工知能や自然言語処理を応用することで、もっと一般の人に開かれたデータベースにしようと考えたのです。

例えば「舞踊」を伝える場合、言葉の説明だけでは不十分です。実際にどのような動きなのかを伝えるためにはアニメーションを見せる必要があります。そのため、踊り手にモーションセンサーを身に付けてもらい、10台以上のカメラで動きを撮影しました。そして、あらゆる角度から撮影したデータを集めてアニメーションを作成しました。また、「どうしてそういう形になったのか」という歴史的な背景も調査しました。

▲「デジタイズ・タイランド・プロジェクト」において知識ベースを構築した山岳民族の織り模様

このデータベースはタイで一般の人にも使われています。例えば、洋服には様々なデザインがあります。お客様に魅力を伝えるには「このデザインはこの時代に生まれ、このように作られています」といった知識が必要です。しかし、店舗スタッフは歴史の専門家ではないため、それら全てを把握することは難しいです。これをデータベースで解決しました。 デザインとデータベースを繋げることで、その意味や、さらには販売店までも検索できるようになりました。一般の方も活用できるようなデータベースがあるのは、現状タイだけではないでしょうか。タイでは今、Eコマースが非常に流行っています。研究が実際のビジネスに生かされているというのは嬉しいことですし、研究者として面白い経験でした。

人工知能が作曲をする時代に

現在力を入れて取り組んでいるのは音楽に関する研究です。音楽は人間が生み出したものですから、音楽と言語は非常に近しいものがあると思います。音楽の分析というと、一般的にはジャンルやテンポだと思いますが、ここに言語的な知識を取り入れてパターン化を試みています。「音楽を言葉で表現する」ということを考え、音楽の分析がより細かくできるようになってきました。 これまでは主にクラシック音楽を分析してきました。作曲者ごとにスタイルがありますが、そのスタイルを一度認識することができれば、音楽を聴いて作曲者を推定することができるようになります。たくさんのパターンを抽出することで、いずれは人工知能が音楽をつくることができるようになるかもしれません。

今後の展望

人間が得てきた知見同士をどう結びつけるか

▲「スーパーAIエンジニア」2022年11月放送、  タイのテレビ番組のプロフェッサー役

人間の知的活動(言語理解・知識表現・問題解決など)を解明することで、人間・社会・環境を支援する仕組みを築き上げることが目標です。タイのデータベース構築で行ってきたことを、より規模を広げて取り組んでいきたいと考えています。人間がこれまでに得てきた経験や知識をいかにして繋げるかが最も大切ではないでしょうか。人間が想像して作ってきたものは元を辿っていけば必ず何か共通点があるはずです。その共通点さえ見つかれば、音楽や舞踊などといった「媒体」が異なっても、応用することができると信じています。 誰のスタイルなのか、誰の作った音楽なのか、どんな気持ちだったのか……。まずはこうした人間の特徴をパターンとして理解させること。そして人工知能自身で表現できるようになれば、もっと幅広い展開が見込めると思います。人間の発想と結び付けることで、人工知能は大きく進化していくはずです。人間の知識をいかにして抽出するか、そしてそれをどう表現・統合していくか、非常に興味深いです。

教育

原理に興味を持つことが研究者の礎

私はタイと日本で教育を受ける機会がありました。今も、タイと日本を行き来してそれぞれの学生と接しています。同じアジア圏であっても、国民性は違います。日本の学生は責任感が強く、タイの学生は自由な発想を持っています。どちらが良いというわけではありません。ただ、互いの違いを知ることは大切です。最近は海外経験のない学生が少なくないですが、日本でも交流の機会はあります。自ら異文化に飛び込むことを意識してほしいです。

学生には早いうちに、自分の興味ある分野に出会ってほしいですね。そのためには、パソコンが便利、スマートフォンが楽しい、SNSが面白い……。とユーザーとして楽しむだけでなく、その奥の仕組みにまで興味を持ってほしいと思います。

私の授業では原理から説明することが多いと思います。作り手としての知識や経験をきちんと伝えていきたいですね。グループワークを積極的に取り入れるなど、創造力を高める授業を心がけています。

人となり

新しい文化に触れることでリフレッシュ

旅行は視野を広げることにとても役立っています。リフレッシュになりますし、いろいろな文化に触れることで自分の研究への新たなひらめきが生まれることもあります。印象に残っているのは中央アジアの国々です。宗教も食べ物も、もちろん言葉も全く違い、非常に奥深くて面白い場所だと感じました。旅行の前には多少言葉も勉強しますので、それが研究のヒントになることもあります。違う国の言葉でも、どこかしら共通点が見つかるものです。

珍しいスポーツへの挑戦

体を動かすことが好きで、なるべく毎日30分運動するようにしています。日本に留学していた頃は、できる限りほとんどのスポーツを体験しました。特にスキーはタイではできないスポーツなので、よく出かけていました。スキューバダイビングにもハマって、ライセンスを取りましたね。新しいことを見つけると挑戦したくなる性格で、変わったこと、面白そうなことを見つけるとやってみるようにしています。

―読者へのメッセージ―

言葉は人間の知的活動の成果物であり、 人間の感性や想像性を追求できる一つの糸口である――。この言葉をいつも念頭に置いて研究に取り組んでいます。言葉は人間の成果物です。言葉を真に理解できれば、人間の思考をある程度までは理解できるのではないかと思います。そして、言葉の仕組みが分かれば、思考を機械的にすくい上げることも可能だと信じています。 人間の知識は、ほとんど計算できない「多次元的な表現」という領域にあります。それを人に伝えようと言葉に変換することで、どうしても「二次元的な情報」になってしまう。この時に行われている「変換」が、非常に複雑で非常に面白いところです。どれだけ研究を重ねても人間の思考は本当に興味深く、飽きません。 私が研究を始めた頃、人工知能がまさかここまで進歩するとは夢にも思いませんでした。研究環境がかなり良いものになっていますので、いつか人間のように思考することのできる人工知能が生まれることを期待しています。

取材日:2022年11月