このページの本文へ移動
学問の地平から 教員が語る、研究の最前線

第18回 社会学アントレプレナーシップ学部 アントレプレナーシップ学科 高松 宏弥 講師

外国人との地域共創が幸せな社会をつくる

アントレプレナーシップ学部 アントレプレナーシップ学科 講師

高松 宏弥Hiroya Takamatsu

東京工業大学環境・社会理工学院博士後期課程(在籍)。専門はエスニシティ論、地域研究、移民研究。2021年4月より現職。本学アントレプレナーシップ研究所主任研究員、東京工業大学エネルギー・情報卓越教育院非常勤講師、東洋大学国際学部非常勤講師、産業能率大学経営学部兼任教員。

近年、日本で暮らす外国人が増え続けています。外国人が労働力として欠かせない存在になっている業種や地域がある一方で、文化の違いや生活トラブルからネガティブな印象を持ってしまう人も。地域で暮らす外国人を「よそ者」ではなく「地域社会の担い手」と捉えることが社会全体のプラスになると考え、大都市郊外の外国人集住地域の形成過程や地域経済・社会に与える影響を解き明かしている高松宏弥講師の研究をご紹介します。

研究の背景

東京圏の郊外で増えている外国人集住地域

少子高齢化による労働力人口減少を背景に、2019年、政府は新たな在留資格を新設し、外国人受け入れを拡大しました。現在、日本に住む外国人は約288万人。その約4割が東京圏(東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県)に集中しています。 東京圏では近年、郊外にさまざまなエスニックタウン(外国人街)が形成されています。こうした現象は1990年代後半のロサンゼルスやパリでも見られたもので、日本でも在留外国人の増加に伴って同様の現象が起きていると考えられます。私は、大学時代から都市に住む外国人が抱える多様な問題に着目し、研究に取り組んで来ました。外国人と地域社会との関わりを考察する中で、日本でも増えつつある郊外型の外国人集住地域がどのように形成され、地域社会や地域経済にどんな影響を与えているのかに関心を持ち、現在この分野の研究を進めています。

研究について

西川口チャイナタウンはなぜ形成されたのか

-エスニック・ビジネスが地域活性化の呼び水に-

東京圏の郊外型外国人集住地域の中でも新しく、一般的にも注目を集めているのが、埼玉県川口市の西川口駅周辺に形成された「西川口チャイナタウン」です。 西川口をはじめとする郊外型の外国人集住地域は、日本人向けの観光地として発展してきた横浜や神戸の中華街とは異なり、同じ国出身の外国人同士で商売をする「エスニック・ビジネス」によって発展しているという特徴があります。

西川口の場合、チャイナタウン形成のきっかけになったのは、西川口駅周辺に急増した中華料理店でした。2010年ごろはわずか数軒でしたが、2015年ごろから一気に増え、現在は70店以上が営業しています。川口市には2万人を超える中国人が住んでおり、中華料理店の多くは同じ中国人の来客を見込んで店を構えました。しかししばらくすると、「本場の味」を求める日本人も西川口を訪れるようになり、チャイナタウンだけでなく地域全体の経済に好影響が生まれています。

中華料理店が増えた背景には、駅周辺の地域特性が深くかかわっています。西川口は東京のベッドタウンとして発展した街ですが、1980年代から川口オートレース場や戸田競艇場の客向けに飲食店や性風俗店が増え、その中には違法な店も多く存在しました。違法店は警察の取り締まり強化で一掃されたものの、街には負のイメージが残り、空き店舗ばかりになった駅周辺は一時「ゴーストタウン」とまで言われました。その空き店舗に入居したのが、中国人による中華料理店だったのです。外国人は西川口の負のイメージを知らないか、気にしません。イメージさえ気にしなければ、西川口は都心へのアクセスが良く、家賃や賃料が安いという好条件がそろっていますから、中国人の集住が一気に進んだというわけです。

-マクロな視点で外国人起業家の影響を考察-

▲高松先生の著書

外国人居住者が増えると、日本人との間でごみ出しや騒音のトラブルが生じることがあります。西川口でも当初はトラブルがあったそうですが、生活のルールの浸透などによって減っているといいます。また、地域経済の活性化に苦心していた商店街の方々にとっては、新しくビジネスを始めてくれる中国人はありがたい存在でもあります。中華料理店が増えることで人流が生まれ、地域経済が息を吹き返したことが理解されるにつれ、外国人へのネガティブな印象も薄れていったようです。 海外の事例では、郊外型の外国人集住地域ではエスニック・ビジネスが拡大していく傾向があります。たとえば、インド人集住地域が形成されている東京都江戸川区の西葛西には、インド人によるインド人向けの弁護士事務所やクリニックもあり、より広い業種でエスニック・ビジネスが生まれています。今後は、西川口以外の郊外型集住地域にも目を向け、外国人がその場所で起業した経緯や、外国人の起こしたビジネスが地域経済や社会にどのような影響を与えるのか、マクロな視点で共通理論を構築していきたいと考えています。

起業家インタビューで知見を蓄積

▲高松先生の著書

現在力を入れているもう一つの研究が、インタビューを通して起業家の起業過程と広告戦略に対する考え方を明らかにしていく研究です。インタビューでは、それぞれの起業家の未来への展望に重きを置き、予定調和を打破する起業家の新たな物語、新たなアントレプレナーシップ学を築いていくことを目指しています。さらに、広告は、起業家が他者と協力しながら会社を大きくしていくツールとして非常に重要です。広告には、テレビCMをはじめ多様なチャンネルがありますが、それらを活用した広告に起業家が何を求めているのかなどを深掘りし、広告業界や社会に広く共有していきたいと考えています。 起業家に関する研究は、アントレプレナーシップ学部の教員になったことをきっかけに始めました。アントレプレナーシップ学は、日本ではまだ拡大途上の学問であり、学問分野として大きく育てていくためには研究者が業績を積み重ねることが不可欠です。また、教育において学生に共有する知見を蓄積するという意味でも、研究活動に力を入れる必要があります。起業したばかりの方から既に事業を大きく成長させた方まで、幅広い起業家に話を聞き、それぞれの段階で起業家がどんなビジョンを持ち、何に取り組んでいるのか、学生に伝えられる知見を蓄えていきたいと考えています。

今後の展望

社会を生きる人びとを元気にする研究を

西川口では、中国人の起業家をきっかけに衰退していた地域に活力がよみがえりました。外国人を「地域を一緒に盛り上げる主体」「地域社会の担い手」と捉えることは、「よそ者」として排除することよりずっと社会全体にとってプラスに働くのではないか。そうした視点は、研究を通じて今後も広く発信していきたいと思っています。一方で、日本で暮らす外国人の生活や教育には多くの課題があり、その現実を変えていくことも必要です。改善すべき問題だけを論じるのではなく、外国人の存在が社会にどうプラスに働くかという議論も同時に行っていくことこそが、社会を変える力になると私は考えています。 研究者としての私の出発点には「社会を良くしたい」というモチベーションがあります。起業家にインタビューをする中で感じるのは、彼らがみな「社会の価値を創造すること」を目的として活動しているということです。社会を良くする、世界を幸せにする研究という点では、外国人の研究と起業家研究には相通じるものがあるのかもしれません。社会でみんなが幸せになるためには、限られたパイを奪い合うのではなく、社会の幸せのパイそのものを大きくしていくことが大切です。社会が直面する困難から目を背けず、また、将来を悲観することなく、より多くの人が幸せになり、世界の平和に寄与するような研究をしていきたいと思っています。

教育

社会学が「モヤモヤ」を言葉にする手助けに

アントレプレナーシップ学部(EMC)は2021年度に誕生した新しい学部であり、教員のほとんどが実務家というユニークな学部です。私がこれまでいた研究環境では、研究者はどちらかというと「引き」の目線で、観測者の立場から研究対象を観ることが常でした。ところが、EMCの先生方は実社会と密接に繋がり、当事者としてアクションを起こします。だからこそ学生が「ことを成そう」とする時、すぐにサポートすることができる。そうした社会との繋がりの強さがこの学部の最大の魅力だと思います。起業には私も以前から興味があったのですが、EMCに着任してからは同僚の先生方によく「逆にどうして起業してないの?」と言われています(笑)。いずれは私も起業し、研究者としての知見やアイデアを活かして社会をより良くする事業に取り組むことも考えています。

EMCの学生は、社会に対して「何かを変えたい」というモヤモヤした思いを持っている学生がとても多く、みんなとてもアグレッシブですね。ただ、その思いを形にするには、「モヤモヤを言葉にする」という作業が必要になります。その手助けになるのが、私の専門である社会学の学びです。

社会学は「自分が生きやすくなるための学問」とも言われ、学びを通じて、自分が抱えている悩みや疑問がほかの人にも共通するものだと知ることができます。さらに、自分が置かれている社会状況がなぜ生じたのか、その原因を学ぶこともできます。EMCの学生が社会学を学ぶことは、自分の“モヤモヤ”の学問的裏付けを理解し、論理的に説明できるようにする力を養うことに繋がります。起業家を目指す学生のモヤモヤは、いわば新しいビジネスの種。社会学は、その種の発芽を助ける栄養素になり、学生の未来に役立つものになると思っています。

人となり

故郷で感じた「生きづらさ」が研究の原点

社会学や地域研究に関心を持ったきっかけは、自分自身の生い立ちにあります。私が生まれ育った北海道函館市は、観光地として人気の街ですが、急激な人口減少や地域経済の衰退、離婚率の高さなど、さまざまな社会課題を抱えている街でもあります。そうした状況を目の当たりにし、地域の課題の根底にある要因が知りたいと考えたのが、最初のきっかけでした。また、片親の家庭で育ったということも社会学への興味に繋がっているように思います。経済的にあまり裕福ではなかったこともあり、幼いころから度々友達の家庭とのギャップを感じることがありました。EMCの学生と同じように、私自身も何かしら社会へのモヤモヤや生きづらさを感じていた、ということですね。その生きづらさを自分の力で解消したい、それも、同じようなモヤモヤを抱える人たちも生きやすくなるような解消法を考えることができたらとても幸せだなと考え、社会学の研究者の道に進みました。

少年時代から20年来のスワローズファン

昔から、母の影響でさまざまなジャンルの音楽に触れてきました。ロック、ジャズ、レゲエ、何でも聞きましたね。その中でも、高校時代から今まで続けているのが合唱です。中学の音楽の先生に勧められて始めたのですが、人間の声を重ねあわせてハーモニーを作り出す瞬間がめちゃくちゃ気持ちよくて、すっかりクセになってしまいました。今はコロナ禍で制限が多いのですが、所属する合唱団では、オンラインで練習したり、チャットツールを使って練習状況を共有したりしながら、工夫して活動を続けています。 もう一つハマっているのが、プロ野球の東京ヤクルトスワローズ。2001年に日本一になったのを機にファンになり、20年間応援しています。シーズン中は毎晩試合中継を観ながら、食事をし仕事をするくらいスワローズ愛は強いです(笑)。最近特に応援しているのが清水昇投手。気合いが前面に出るタイプの選手が好きなんです。昨年は、2001年当時守護神だった高津臣吾監督がチームを率いて20年ぶりの日本一になり、とても幸せな1年でした!

―読者へのメッセージ―

今、世界では、外国人労働者を「自分たちの仕事が奪われる」とネガティブに捉える人は少なくありません。しかし見方を変え、「たくさんの文化に触れることができる」「一緒に地域を盛り上げる仲間が増える」と考えることができれば、もっと多くの人々が幸せになれるはずです。研究を通じて現代社会の構造や現状を理解し、その上でベターな解を導き出して、みなさんと共有していきたいと思っています。 また、アントレプレナーシップ学部は、外から関わることでもさまざまな経験や知見が得られる場です。学部の理念に共感してくださる方、社会をより良くしていきたいと考えている方は、ぜひ私たちの学部の仲間になっていただきたいですね。

取材日:2021年12月