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学問の地平から 教員が語る、研究の最前線

第19回 建築・都市デザイン学工学部 建築デザイン学科 太田 裕通 講師

住むこと、生きることをデザインする「居住のデザイン」

工学部 建築デザイン学科 講師

太田 裕通Hiroto Ota

2013年京都大学工学部建築学科卒業後、同大学院工学研究科建築学専攻修了、博士後期課程研究指導認定退学、博士(工学)。日本学術振興会特別研究員(DC2)を経て、2018年より京都大学大学院工学研究科建築学専攻助教。2021年4月より現職。専門は建築・都市計画、デザイン学。研究の傍らArchiTech 株式会社のアドバイザーを務めるほか、学生時代よりユニットOxKMを共同主宰し設計活動に取り組む。主な設計作品に「京都大学附属図書館ラーニングコモンズ( DSA 空間デザイン賞2014 協会特別学生賞)」、開発アプリに「評価コミュニケーションアプリ LIVE AHP」等。その他受賞多数。

都市計画や都市デザインと聞くと、たとえば宇宙ステーションのように、まったく新しく都市をつくるイメージを持っている方もいるかもしれません。しかし実際の都市デザインでは、今ある街を少しずつ変えながら、街を育んでいくようなアプローチが重視されています。その場所で生活する人々が感じている地域の価値を対話によって見出し、その価値を高める新たな都市デザインの方法論を構築している太田裕通講師の研究をご紹介します。

研究の背景

「内側のロジック」で街を変えていく

私の専門領域は建築計画・都市計画・デザイン学で、中でも現在は居住のデザインに向けた方法論の研究に取り組んでいます。

「居住のデザイン」はみなさんにあまり耳なじみのない言葉だと思うのですが、人々が自分の住む地域に対して抱いている「価値づけ」を理解し、その価値を高めるように地域や街をデザインしていくことを指しています。手で触れられる物理的なモノのデザインとは異なり、その街に住むことや生きることそのものをデザインする、という意味を込めて、「居住」という言葉を選んでいます。

居住のデザインは、居住者が地域のどんなことに価値や誇りを感じて暮らしているかという、いわば内側のロジックによって街を変えていきます。ところが実は、居住者が持っている自地域へのイメージは、居住者以外の人がその地域に対して持つイメージと必ずしも一致しません。そこで、外側からは見えにくい価値を見出し、まちの将来に向けた評価や発想につなげる介入理論と方法開発に取り組んでいます。

研究について

居住のデザインに向けた方法論

-居住者の価値づけをまちづくりにつなげる-

▲太田研究室の4年生が取り組んだ卒業設計模型  (2021年度学内最優秀賞作品)

居住のデザインに関する研究は、これまで京都の西陣地域をフィールドにしていました。おそらくみなさんは、「西陣」と聞くだけで、西陣織の着物や京町家をイメージすると思いますが、現在の西陣地域は、産業の縮小によって専用住宅が立ち並ぶ他の街と一見変わらない住宅地の風景が広がっています。つまり、内側と外側のイメージにかなりギャップがある街だと言うことができます。 ただ、実際の街並みは変化していますが、西陣の伝統的な営みは、変わらずに続いています。たとえば、昔は町家で行われていた作業が、その伝統的な技法はそのままに、今はハウスメーカー製の住宅の一室で行われているのです。研究を通じて、西陣には、一般的なイメージとは違っていても、あるいは街並みの見た目では分かりづらくても、平安期以降の市街地の形成過程や住んでいる人の生業・経験によって裏付けられた「価値づけ」があることが分かりました。平時からそうした内側のロジックや見方を外材化しておくことは、関係者間の認識のズレを防ぎ、まちの将来像を考える根幹となると考えています。また、一般的なイメージに隠されていた街の価値や秩序が見えるようになり、地域に対する多様な評価にも繋がっていくことが期待されます。

-対話を助ける「ざっくりしたデッサン」-

居住のデザインを実現するには、居住者がそれぞれの持っている価値観を、外から地域に介入する人と共有し、その街に何を作るべきかを考えていくことが求められます。考えを共有する方法として私が重視しているのは「対話」です。 ここでいう対話は、単なる「会話」とは違い、お互いに想定していなかったことを話し、その場で新しい意味を生み出していくような営みです。研究で私が行っている対話では、ライフヒストリー、街との関わり方、自地域の範囲といったことを一人ひとりに詳しく聞いていくのですが、初対面の相手と1対1でそうした深いコミュニケーションを実現するのは、簡単なことではありません。そこで、対話に独自のスケッチを取り入れた「描画対話法」を考案し、西陣での研究や墨田区・京島で学生と一緒に行っている研究で実践しています。

描画対話法では、1対1の対話に、それぞれの話の内容をスケッチで表現する人が同席します。言葉のコミュニケーションにスケッチというビジュアルが加わるため、お互いの考えをより理解でき、イメージをすり合わせやすくなります。

描画対話法のスケッチは、とてもざっくりとした概念図のようなもので、きれいなパースでも上手なイラストでもありません。実はその方が対話には適していて、たとえばまちづくりの計画でも、最初からきれいに仕上げられたイメージ図を見せられると、「ちょっと私のイメージとは違うな」と思っても言いにくいですよね。あまりきれいに描かないことには、突っ込みどころのある絵の方が意見を言いやすいという心理的な効果もあると思っています。

デザイン評価を可視化するツールの開発

もう一つ取り組んでいるのが、デザインという行為そのものの研究です。 学生時代から、デザインには、あらかじめ定められた評価基準がなく、デザイン案の選択や決定に関する判断が曖昧になりやすいという課題があると感じていました。そこで、単純な「良いか悪いか」ではなく、最終的な意思決定に至るまでの判断材料(デザイン評価)を明らかにして、評価する側とされる側のコミュニケーションを支援するツール開発に取り組んできました。これまでの研究で、デザイン評価を可視化するアプリ「LIVE AHP」を開発し、アプリを使った審査会も実験的に行っています。

実際に使ってみて興味深かったのが、審査する側も審査されているような感覚を味わい、双方向なコミュニケーションが生まれる点です。どの項目にどんな評価をしているかがグラフになって現れるので、審査員自身も自分の感覚にあらためて気づかされることになったようです。このツールを使うと、たとえば学生が「なぜ先生は自分の作品よりあの人の作品を高く評価したんだろう」と疑問を持った時に、教員が定量的データに基づいた解説を含めてコミュケーション可能となります。ゆくゆくはデザイン教育の現場にもこうした支援ツールを導入できればと開発研究を進めています。

今後の展望

実践と連関した建築・都市デザインの研究と理論構築

私の研究領域は、建築分野の中でも計画系と呼ばれる領域です。計画系は、私たちの生活自体をどう良くしていくかを考える学問であり、人類学や社会学に近い視点で街や地域の実態を把握していきます。一方で、日本では建築学が工学部系に位置づけられているように、何か有用なものを開発したり、未来に提案したりすることが求められます。つまり建築計画には「実態」の把握と、それをデザインに応用する「方法」の両輪が必要です。研究のアウトプットとして論文を書くことはもちろん、研究で生まれた方法論や理論を現場で応用できるものにしていく活動を続けていきたいと思っています。 私は、研究者を志したときから、「研究と設計を両立したい」という思いをモチベーションにしてきました。どちらか一方だけでも大変なことなのですが、私は元々気が多いところがあって、どちらもやっていきたい。社会心理学者のK・レヴィンは「良い理論ほど実践的なものはない」という言葉を残しています。理論を実践に役立つものにしていく取り組みは、これからも大切にしていきたいです。

教育

実社会で学びを実践できるのは本学の強み

武蔵野大学で教員になって1年が過ぎようとしていますが、建築デザイン学科の実践授業「プロジェクト」には驚きました。1年生から4年生が一緒に取り組む授業なのですが、学部生のうちから学外で実践ができる大学は珍しいと思いますし、武蔵野大学の強みだと思います。 2021年度に私が担当したのは、神奈川県茅ヶ崎市にあるコワーキングスペースとカフェバーを併設した施設と協働で、冬のビーチに新しい価値とコミュニケーションを生み出すためのデザイン実践です。メンバーは1年生だけでしたが、私の指示がなくても自発的に発案し、現地調査を行ったり、アイデアを成長させたりする学生がいたことは、うれしい誤算でした。学生にとって、学内の設計演習などで培った力を活かして実社会で何かを実現することは、それがどんなに小さなことでも大きなモチベーションにつながります。私のプロジェクトでは、今後も学外で実社会に触れながらデザインする機会をつくっていくつもりです。 実習系の科目では、学生と1対1でやり取りする機会も多いのですが、学生への指導で特に気をつけているのは、やはり対話的に行うこと。自分の制作したものを「たいしたものじゃない」と卑下する学生も少なくないのですが、自分の作品をポジティブに感じられるようになると、おのずとやるべきことが見え、あとは自律的に手や体が動いていきます。学生が自分で走っていけるような力を引き出したい、と心掛けながら対話や授業を行っています。

人となり

『たろうのひっこし』

実を言うと、私が大学の建築学科に進んだのには、あまりはっきりした理由がありません。工学部の中でも、デザインや絵の要素があっていろいろなことができそう、という割と浅い考えで建築を選んだというのが正直なところです。 大学院で研究を本格的に始めてから、自分が幼いころに読んでいた『たろうのひっこし』という絵本のことを思い出しました。主人公のたろう君は、お母さんにもらったじゅうたんを敷いた場所を部屋に見立て、いろいろな動物の希望を聞きながら、みんなが満足する居場所をつくっていきます。建築の研究者になってあらためて読んでみると、「様々な意見を持つ他者と対話し、意見を調整し、最終的に全員が納得する未来を実践する」という物語は、例えばパブリックな場所を参加型デザインでつくっていくようなものです。とても建築的な、居住のデザインの話だったことに気づいて、子どものころから本質的に興味があることは変わっていないんだなと思いましたね。 もう一つ感じたのは、絵本のすごさです。私たちが大量の文章と難しい言葉で論文にしていることを、ひらがなだけのわずか30ページほどで伝えているわけですから。要素をそぎ落としてシンプルに伝える方法は、絵本に学ばないといけないなと思いました。

研究者 兼 ラジオパーソナリティ

建築の研究とはまったく関係ありませんが、博士課程にいた20代半ばの1年間、京都市のコミュニティラジオでパーソナリティをしていたことがあります。

別に研究者が嫌になったわけではないのですが、ただ、30歳手前でなんとなく先の人生が見えてきて、「このままこの道でいいのかな?」と迷う瞬間ってありますよね。そのタイミングで、新しくできるラジオ局が学生パーソナリティを募集していたので、ちょっとやってみたいと思って応募したんです。

アナウンサー志望やメディア関係の学部の学生が集まる中、私だけがラジオとは全然関係ない建築の研究者で…(笑)。その“異色の経歴”が良かったんでしょうか、採用され、毎週木曜日の夕方5時から生放送を担当することになりました。

小さなラジオ局だったので、企画を考えてゲストを呼ぶのも、番組で流す曲を選ぶのも、選んだ曲をかけるのも、全部パーソナリティの私の仕事。めちゃくちゃ大変でした。しかも生放送なので、機械の操作を誤って無音になってしまったら放送事故ですから、それもすごく怖くて。ただ、研究とはまったく違う分野のプロフェッショナルの方から勉強できるのは刺激的でしたし、実は妻と出会ったのもそのラジオ局だったので、人生の中で大事な時間だったことは確かですね(笑)

―読者へのメッセージ―

都市デザインでは、その街に住むみんなが「デザイナー」です。自宅の庭に道路から見えるように花を咲かせたり、近所の方々とお食事会を開催したり、地元の祭り準備に参加したりするのも、広く捉えれば街の風景を良くしようとする「デザイン」にほかなりません。自分の価値観に基づいて生活環境や居住環境を良くしていく行為は、たとえささやかなことであっても、居住のデザインと言えるのではないでしょうか。街のデザインは行政や建築家の仕事と思われるかもしれませんが、普段みなさんが暮らしの中で環境を良くするためにしている工夫こそが実はデザインの種となり、もっとみなさんの街に合う建築を提案できるかもしれません。「誰かがつくった街」に住んでいるのではなく、私も都市デザインに参加している。そんな思いを一人でも多くの方にもっていただけたらと思っています。

取材日:2021年12月