学問の地平から
教員が語る、研究の最前線
第37回 キャリアデザイン学
本学の教員は、教育者であると同時に、第一線で活躍する研究者でもあります。本企画では、多彩な教員陣へのインタビューをもとに、最新の研究と各分野の魅力を紹介していきます。
第37回 キャリアデザイン学アントレプレナーシップ学部 アントレプレナーシップ学科 金杉 朋子 教授
「ことを成す人」の土台をつくるアイデンティティ形成
今後の展望
自分の生き方を探す学生を支え続けたい
日本人の生涯労働時間は、10万時間以上と言われています。就職活動では、多くの大学生が「入社すること」をゴールにしてしまうのですが、本当に重要なのは、「仕事に就いた後の10万時間で何を成していくのか」でしょう。また、人生100年時代とも言われる長寿社会を迎え、自分はどう生きたいのかを考えるライフデザインは、これまで以上に重要度を増しています。授業や面談などでの関わりを通して、学生がトライ&エラーを繰り返しながら「かけがえのない自分」を見つけ、大学を巣立った後は社会とどうつながり、貢献していきたいのか考えるサポートを続けたいと考えています。

また、アイデンティティ形成支援の実践をさらに広げるため、今年6月には千葉県の成田高校・付属中学校で、1,500人の生徒に向けた講座を行いました。これを機に、現在教えている大学や高校だけでなく、全国の中学高校での授業にも積極的に取り組んでいきたいです。
教育
ソクラテスの問答法で考え抜く力を育てる
授業では多くの時間をワークや振り返りに使っていますが、その過程では、考え抜く力を養うことを大切にしています。

科学技術が進歩し、AIが身近なものになりつつある今、単に指示通りに動くだけの存在では、いずれ機械に置き換えられてしまうでしょう。これからの社会では、今まで以上に深く考える力が求められるはずです。その力を鍛えるため、グループワークでは、「なぜそう考えるのか」「それは本当に正しいのか」と問いを繰り返す、ソクラテス式の問答法を実践しています。問答法は、議論をしたり、相手を説得したりするものではなく、問いと答えを通して新しい気付きを得ることを目的としています。質問された側が答えを考えるのはもちろん、質問する側も、どんな問いが相手に気付きを与えるのかを考えなければなりません。何度も問答を繰り返すことで、お互いに考え抜く力を高めることができると考え、授業に取り入れています。
また、発達心理学に基づいた青年期の特徴や理論は、しっかり時間を掛けて教えるよう努めています。よく「私はネガティブな人間」「悩みがちな性格」と話してくれる学生がいるのですが、ほとんどの場合、それは気質や性格というより、青年期の心理的な不安定さに起因するものです。一時的にネガティブになったり、悩みがちになったりすることは、いわば「心の成長痛」。歯の生え替わりや成長痛のような肉体的発達と同じように、誰にでも起こり得ることです。授業でそれを説明すると、「仕方がないことなんだな」と安心する学生も多く、そうした背景を理解した上で、アイデンティティを確立することの大切さや、そのために何をしていくのかを伝えるようにしています。
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人となり
アイデンティティ危機を越えて見つけた天職
実は、私自身、大学時代にかなり大きなアイデンティティ危機に直面しました。自分を見つけようといろいろなことに挑戦してみて、どれも続かず、余計に落ち込んだり。答えを探してたくさんの哲学書を読んだのも、その時期です。まさに自分がアイデンティティ危機のときに、インドでのボランティアにいきました。ドイツのボランティアの方たちと一緒に働く中で彼女たちの凄さを味わい、高校時代の夢であるボランティアしながら世界中の人たちと笑うということは、違うのではないかと感じて帰ってきました。

そして2年間図書館の本を片っ端から全て読んだときに、ここに答えはないとわかり、自分の過去から見つめる以外自分を知る事ができないとやっと気づきました。今、学生にやっているライフストーリーシート『長所を書き合うシート』は、そのときに自分で作ったものです。徹底的に掘り下げることで、ようやく自分の内側から「一貫した自分」が見えてきました。それが「人間がすごく好きで、特に1対1で人と向き合うことに幸せを感じる」ということ。そのアイデンティティを生かせる職業って何だろう?と考えて、思い浮かんだのが「哲学や倫理を教える社会科の先生」でした。学校で学年を束ねてはイベントをやり、さんざん先生に迷惑をかけてきた私ですが、それを見つけたときに、霧が晴れたように胸がスーとしたのを今でも覚えています。自分の過去を振り返って、人が好きで人に夢中になる自分に気づき、教員を目指すことを決めました。その時、私は仏文学専攻の2年生。それまで教員になろうなんて全く思っていなかったので、教職課程の授業は一つも履修していませんでした。さらに、仏文学専攻の授業で多少はカバーできる英語やフランス語の教員免許とは違い、専門外の社会科を目指すことにしたので、必要な授業を一から履修することになります。最初に教職課程の先生に相談した時は、前例のないことだし、4年で卒業するのは無理だと言われました。当然ですよね、普通は4年間でやることを、2年間でやろうとしていたわけですから。
でも、本当に無理なのか、試しに時間割を作ってみたら、毎日1限から6限までぎっしり授業を受けて、一つも単位を落とさなければ、2年間で必要な要件を満たせることが分かりました。その表を見せながら先生に交渉して、やっとOKが出て、かなりギリギリでしたけど、計画通り一つも単位を落とさずに社会科の免許を取ることができました。そこまで頑張れたのは、アイデンティティ危機を乗り越え、自分の内側から「これだ!」と思えるものを見つけ、それと仕事を結びつけて目標にできたからこそ、ですね。
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▲カンボジアの孤児院でのボランティア活動

赤ワインと料理でリラックス
教員になって26年が経ちましたが、毎秒幸せを感じていますし、一度も辞めたいと思ったことはないんです。空いた時間や授業が終わった後の夕方も、学生と個別面談をしたり、授業をどうしていくかを考えたりすることに時間を使っていて、仕事が趣味みたいなものですね。息子が2人いるのですが、先日、彼らに私の長所だと思うところを聞いてみたら、「愚直」と「働き者」という答えが返ってきました(笑)

リラックスできるのは、食事の時間に赤ワインを飲んでいる時。お酒はワインもビールも飲みます。お酒に合わせて料理を作るのも好きで、季節ごとに旬の魚を使った料理を作ったりしています。それから、本を読むことは長年の趣味です。書店で目に付いた本を一気に買って、時間がある時に読みふけるのが好きなのですが、それも結局、自分の知識欲を満たすこと以上に、授業にどう結びつけるかを考えることにワクワクしちゃうんですよね。
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―読者へのメッセージ―
「自分とは何か」を考えるのは、なにも青年期だけに必要なことではなく、どの世代の方にとっても大切なことだと思います。人生100年と考えれば、40代でもまだ人生の折り返し地点。何か少しでも「これでいいのかな」と違和感を覚えたら、ライフデザインを考えるチャンスです。私自身、42歳の時に大病を患い、あらためて先の人生をどう生きるかを真剣に考え、ずっとチャレンジしたかった大学教員になりました。中高年になると、家族が増えたり、管理職になったり、背負うものが増えて思うようにならないことも多いのですが、人生は一度きり。年代を問わず、ぜひたくさんの方に「自分とは何か」をあらためて見つめ、ライフデザインを考えていただきたいと思います。そして、かけがえのない自分の人生を、生き生きと過ごしていただきたいですね。
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取材日:2023年7月