第2回 惑星磁気圏物理学 工学部 環境システム学科 田所 裕康 講師(取材当時)
膨大なデータとの格闘から、
磁気圏の謎を解き明かす
工学部環境システム学科 講師(取材当時)
田所 裕康Hiroyasu Tadokoro
東北大学理学部宇宙地球物理学科卒業。同 理学研究科地球物理学専攻修士課程及び博士課程を修了。博士(理学)。東北大学大学院日本学術振興会特別研究員、国立極地研究所 特任研究員、東北大学大学院 研究員、東京工科大学 助教を経て、2015(平成27)年より現職。日本史検定1級。
私たちが暮らしている地球の上空には大気があり、そのさらに上空には宇宙空間が広がっています。宇宙空間は何もない無機質な場所である・・・、と思われるかもしれませんが、実際にはプラズマと呼ばれる粒子が激しく飛び交っている活発な場所です。 このような場所の研究が、私たちの暮らしている地球環境とどのように関わっているのか? その大きな謎に挑んでいる、工学部の田所裕康講師の研究をご紹介します。
惑星周辺で起きる自然現象を明らかに
「惑星磁気圏物理学」とは
―大気のさらに上の見えない世界―
「惑星磁気圏物理学」という言葉自体、あまり馴染みのあるものではないと思いますので、そこからご説明しましょう。 物理という単語が入っていますが、高校の教科でいうと「地学(地球科学)」で扱う領域の自然現象を研究していることになります。扱う領域は幅広く、地球だけでなく天文学など宇宙の分野まで広がっています。 「地球科学」の中に、地学で扱う自然現象を物理学的な手法を用いて研究する「地球物理学」という分野があります。これを細分すると、「地震学」「火山学」「気象学」などの聞き慣れた学問分野が出てきます。それらの中で、気象学が扱う大気よりも上層、さらに国際宇宙ステーションよりも上層の世界、目に見えない「磁気圏」と呼ばれる領域を研究対象としたものが「磁気圏物理学」です。
―地球以外の惑星も研究対象―
地球が大きな磁石である、ということはみなさんもご存知かと思います。小学校の理科の実験で、棒磁石を砂鉄の中に置き、砂鉄の模様(磁力線)を観察する実験をされた方も多いでしょう。棒磁石の周りに幾重にも広がる磁力線、それと同じものが地球の周りにも存在しており、その地球の磁力線が及ぶ範囲を磁気圏と称しています。もちろん宇宙空間には砂鉄はないので磁力線を目で見ることはできません。 また、宇宙空間には、プラズマと呼ばれる高速かつ電気をもった粒子が存在しています。太陽からも太陽風と呼ばれるプラズマの風が吹き付けており、これが磁気圏に到達したときに様々なプラズマ現象が磁気圏内で発生します。「磁気圏物理学」とは、このような自然現象を明らかにしていこうとする研究分野なのです。 さらに、地球のほかにも、磁石を持つ惑星(水星・木星・土星・天王星・海王星)には磁気圏が存在しています。そのため、研究者は、他の惑星磁気圏での新しい知見を地球の磁気圏研究に活かしたり、その逆を行いながら、惑星の磁気圏の仕組みそのものを明らかにするための研究「惑星磁気圏物理学」を進めているのです。
「宇宙天気予報」の実現に向けて
―磁気嵐というリスク―
もちろん、磁気圏の研究については、もっと実利的な意義もあります。 大気、そして磁気圏は、太陽から放出されている太陽風から、私たちの住んでいる地表を守ってくれている存在です。しかし、この磁気圏は太陽風の気まぐれで、バリアになるときもあれば、太陽風を磁気圏に侵入させやすくするときもあります。 太陽表面の大きな爆発現象である太陽フレアが発生したときに、侵入が容易な条件を満たすと、磁気圏の内側では磁気嵐と呼ばれる磁場の擾乱現象が発生します。磁気嵐は、極域でオーロラなどの美しい自然現象を発生させる一方で、人工衛星や地上の電子機器に影響を与えることがわかっています。 実際に、1989年3月に発生した磁気嵐では、カナダのケベック州で大停電が発生しています。1967年にはアメリカ軍のレーダーが影響を受け、これをソ連軍の攻撃だと捉えたアメリカ軍が、核での反撃を準備するような事態も起こりました。 こういった事態に備えるために、「いつ、どこで」太陽フレアや磁気嵐が発生するかを予測する「宇宙天気予報」の必要性が唱えられています。予報の実現のためには、太陽から磁気圏、地表までの一連の理解が必要になります。磁気圏の研究は、それを実現するための基礎研究でもあるのです。
―困難さを実感しつつ、一歩ずつ前へ―
先だって(2017年9月)、10余年ぶりに巨大な規模(Xクラス)の太陽フレアが発生したと報じられたのは記憶に新しいかと思います。ちょうど、大学の講義の海外研修の引率という立場でカナダ(フォートマクマレー)におり、オーロラが見られるかと期待していたのですが、あまり見られずオーロラ予報を含む宇宙天気予報の難しさを感じた出来事でした。 人工衛星の故障の原因の一つとして、磁気圏の中に存在している高エネルギーのプラズマ(「放射線帯」と呼ばれている)が増加することがあげられます。この放射線帯は磁気嵐のピーク過ぎに増えるということがわかっています。私自身も、衛星の観測データを使用することによって地球の放射線帯の変動を明らかにする、といったテーマで修士論文を書きました。この研究も「宇宙天気研究」の1つの貢献になっています。また現在、国立極地研究所との共同研究でオーロラの研究をしているのですが、修士時代の研究手法が大いに役立っています。
土星の衛星エンケラドスの水資源の研究
宇宙空間にはプラズマが存在している、と言いましたが、電気をもっていない中性の粒子も宇宙空間には存在しています。そして、プラズマよりも中性の粒子が多い、という特徴のある磁気圏をもっているのが土星です。
この土星の研究を博士課程時代から続けています。近年生命の存在で注目されている土星のエンケラドス衛星の南極からは、宇宙空間に大量の水蒸気(H2O)が放出されています。放出された水蒸気は、酸素原子などに分解されて土星周辺に分布していきます。これらがどのように分布しているのかをスーパーコンピューターを使ったシミュレーションによって明らかにし、博士論文を書きました。現在ではシミュレーション研究に加え、人工衛星に搭載された観測装置を使って観測された土星磁気圏中の酸素原子のデータ分析を、宇宙航空研究開発機構(JAXA)などとの共同研究で行っています。
つい先日(2017年9月15日)、土星の磁気圏探査を長きにわたって実施していた探査機カッシーニが、運用を終了して土星に突入し、消滅したというニュースが流れました。私も、博士課程時に少し観測データをいじった経験があり、加えて、自身のシミュレーション結果とカッシーニの観測結果の比較をしたこともありました。日本の土星磁気圏研究者はかなり少なく、博士課程時代の苦労を思い出す感慨深い出来事でした。
研究者としてのあゆみ
スタートは、ありふれた「天文少年」
何か大きなきっかけがあったわけではないのですが、気がつけば、小学生の頃から宇宙好きの子どもでした。 ただ、研究者の少年時代として連想されるような、熱烈な天文少年というほどではなく、いくつかある好きな分野のひとつといった感じでした。親や祖父に天体望遠鏡を買ってもらったのですが、それで木星や土星を見て、図鑑と違うぼんやりした姿にがっかりしたくらいですから(笑) 天文と並んで好きな分野が歴史でしたので、「わからないこと」「未知のこと」を知るのが好きな子どもだったのだと思います。 高校時代に文系・理系の選択を迫られた際には、歴史学の文系にするか天文学の理系にするか大いに悩みました。その際、その道に進まなくても、趣味として継続していけるのはどちらかと考え、「歴史は趣味でも楽しめるが、天文は高度な数式が理解できないと楽しめない」と考え、理系に進みました。実際に、大学時代には趣味で日本史検定1級を取得しました。
偶然の積み重ねで、磁気圏研究の道へ
大学では、当然天文のある宇宙地球物理学科を志望したのですが、化学科に振り分けられてしまいました。2年次に転科することには成功したのですが、そこでも、天文学専攻ではなく地球物理学専攻になってしまいました。しかし、そこで、宇宙との関わりが深い、磁気圏研究の存在を知り、専攻分野に選んだという次第です。 物理学の研究というと、たくさんのデータや複雑な数式というイメージを持たれているかと思いますが、地球物理学の場合は少々異なります。一般的な研究の流れとして、「観測装置を作るー>観測するー>観測データを分析ー>シミュレーションなどによって説明ー>新たな謎が生じるー>それを解決するための観測装置を作る」といったループで成り立っています。 研究者は各フローに得意分野があります。私は、元来の「知ることが好き」という性質のせいか、ものづくりよりも、「観測データの分析」「シミュレーション」の畑に進むことになりました。
衛星設計コンテストで大賞受賞
大学院時代の思い出としては、天文や航空宇宙関係の学会、JAXAなどが共催で行っている衛星設計コンテストで設計大賞を受賞したことが挙げられます。 以前から工学部は参加していたのですが、理学的な知見も必要であるということで、理工連携でチームを組み、チャレンジしたのです。 私の大学からは理工合同となって初の大賞受賞ということで、大学の広報からも取材を受けました。 そのときの経験で、耐圧や耐熱などの検証を入念におこなう工学的なアプローチに触れられたことは、研究者としての見識を広げるのに大いに役立っています。2015、2016 年には、今度はコンテストの実行委員という立場で関わりましたが、非常に良い経験をさせてもらうとともに、当時を思い出す良い機会となりました。
今後の展望
過去の観測データからも、新たな知見を生み出していく
研究内容を紹介すると、どうしても新しい衛星や観測装置を活用したデータ収集のことが注目されます。もちろん、新しいデータを使用した研究から得られる「初めて自分が見る」という感動は、何ものにも代えがたいものがあります。ただ、個人的には、過去の古いデータの解析に取り組むことも重要視しています。 観測装置や衛星は、実に多様なデータを膨大に収集しています。このため、古いデータでも、自分の研究テーマに合った手法で視点を変えれば、新しい現象が見つかることもあります。実際に、修士課程の研究は、過去の衛星データから新しい現象を見つけた、といったものでした。 また、シミュレーションを使用した研究も、自由に世界を設定できるという面が非常に面白いと思っています。「シミュレーションから現象を予測し、観測によってその現象を実証する」といったことも、近年注目されている研究手法の一つです。 これからも、データの分析とシミュレーションを中心に、研究を進めていきたいと思っています。
読者へのメッセージ
磁気圏というものは目に見えるものではありません。そのせいか、その存在の重要さ、研究の大切さを知っていただくのが難しい分野ではあります。しかし、太陽を出発点とした磁気嵐は、衛星の故障の原因になったり、地上のインフラに影響を与えたり、私たちの生活にも密接に関わっています。 また、壮大な話になってしまいますが、将来的に、人類が地球以外の惑星にも活動領域を広げていくことが想像できます。そういったときに備えて、他の惑星についての研究も欠かせません。さらに先の未来においては、太陽系外の惑星への進出…ということも十分考えられます。 そういうときに備えて、惑星磁気圏物理学という分野が、人間環境や活動を考える上での基礎的な学問になっていってほしいと思っています。