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学問の地平から 教員が語る、研究の最前線

第36回 地域・在宅看護学 看護学部 看護学科 遠山 寛子 准教授

療養者の家族も支える在宅看護の在り方とは

看護学部 看護学科 准教授

遠山 寛子Toyama Hiroko

東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科博士後期課程修了。博士(看護学)。東京慈恵会医科大学医学部看護学科講師を経て、2020年4月より現職。専門はライフサイエンス、高齢者看護学、地域看護学、在宅看護学。

超高齢社会となり、さらに「多死社会」を迎えることが予測される中、在宅医療への社会的関心が高まっています。「自宅で最期を迎えたい」と希望する人は日本人の約7割に上り、住み慣れた自宅で療養しながら最期を迎える在宅での看取りも身近なテーマになりつつあります。これからの社会における在宅看護の在り方について、訪問看護師としての自らの経験を出発点に考察を深め、人材育成にも力を尽くす遠山寛子准教授の研究を紹介します。

研究の背景

訪問看護師時代に痛感した家族支援の大切さ

みなさんは「看護師が仕事をする場所」と聞くと、どんなところを想像しますか? 大きな病院でしょうか? それとも、よく通っているご近所のクリニックでしょうか?
今、日本では病院やクリニックといった医療機関ではない場所で看護師のケアを受ける人が増えています。その場所とは「自宅」です。自宅で療養する方を看護師が訪問してケアを行う在宅看護は近年ニーズが高まり、訪問看護ステーションとその利用者の数は年々増加を続けています。
私もかつて、看護師として、8年ほど訪問看護の現場に立っていました。在宅看護では、病院での看護以上に療養者の家族と看護師との関わりが濃くなります。在宅での看護やお看取りを経験する中で、訪問看護における家族へのサポートの重要性を強く感じ、現在、研究者として在宅の終末期ケアや家族支援が抱える問題の解決に取り組んでいます。

研究について

在宅療養者をケアする家族をいかに支えるか

-自分のことは二の次でケアに没頭-

今私が手掛けている研究テーマは、大きく分けて2つあります。「在宅療養における家族支援」と「在宅看護に関する教育方法や教材の開発」です。

一つ目の家族支援については、現在、在宅療養者のご家族が介護への「とらわれ」の程度をセルフチェックできるツールの開発を試みています。

看護師が24時間シームレスにケアを行っている病棟とは違い、在宅看護で看護師が適切なケアを行うためには、療養者の日ごろの状況をよく知っているご家族からの情報が欠かせません。そのため、訪問看護師はご家族にいろいろな質問やお願いすることになり、それがご家族と看護師の関わりの濃さにつながっています。特に、療養者の体の状態が変わりやすい終末期には、看護師から「こんなことがあったら教えてください」「痛みが出たらこうしてくださいね」といったお願いすることがどうしても増えていきます。ご家族自身にも「最期までできるだけのことをしてあげたい」という思いがあり、さらに「看護師さんに頼まれたことをしなくては」という責任感が加わることで、療養者の体調把握や身の回りの世話に没頭してしまい、自分の生活は二の次になっている方も珍しくありません。

-「介護へのとらわれ」をセルフチェック-

ご家族の「介護へのとらわれ」は、自分ではなかなか気付くことができないことも問題を難しくしています。そこで、自分で簡単に介護へのとらわれ具合を確認できる方法を検討し、アプリを使ったチェックツールの開発を進めています。これは、いくつかの質問に答えていくと「とらわれ具合」が点数化されるもので、当事者であるご家族や看護師へのヒアリングを通じて、効果的な質問項目の絞り込みを行っているところです。こうしたツールを活用することで、訪問看護師が療養者本人と家族の両方をケアしやすくなるよう、研究を進めていきたいと考えています。

ご家族の「介護へのとらわれ」は、自分ではなかなか気付くことができないことも問題を難しくしています。そこで、自分で簡単に介護へのとらわれ具合を確認できる方法を検討し、アプリを使ったチェックツールの開発を進めています。これは、いくつかの質問に答えていくと「とらわれ具合」が点数化されるもので、当事者であるご家族や看護師へのヒアリングを通じて、効果的な質問項目の絞り込みを行っているところです。こうしたツールを活用することで、訪問看護師が療養者本人と家族の両方をケアしやすくなるよう、研究を進めていきたいと考えています。

訪問看護を学ぶ学生向け映像教材を開発

二つ目の研究テーマである、在宅看護の教育方法や教材の開発では、他大学の教員と協力し、学生が在宅看護を具体的にイメージでき、かつアセスメント力の向上を図るようなビジュアル教材を作成しました。
訪問看護師には、毎回の訪問で得られる“点”の情報をつなぎあわせて“線”にすることで療養者に今どんな看護が必要なのかを自分で判断し、実行する力が求められます。点を線にする時、看護師が見ているのは療養者の体の状態だけではありません。たとえば、洗濯物の量、衣服の乱れ、ゴミ箱の中身など、生活環境すべてを見て前回の訪問から今回までの間にどのような暮らしが営まれたのかを察し、それを元に体調や今起きていることを分析して必要な看護を導き出していきます。そうした観察、分析、判断を行う力が訪問看護師に不可欠な「アセスメント力」です。

ところが、社会状況の変化もあって、最近の学生は自分の家以外のお宅を訪問した経験が乏しく、アセスメント力の土台となる「他人の家の環境を想像する力」が低下しています。そこで、在宅療養の現場をリアルに感じつつ、アセスメント力をはじめとする能力を効果的に身に付ける手法として、ロールプレイング形式の映像教材を開発しました。在宅療養によくあるシチュエーションでストーリーを構成し、途中に設定された質問に答えると、その答えによって物語が分岐していくRPGのような教材です。現在、本学の学生にも任意で参加してもらい、教材の学習効果を検証しているところです。今後は、よりリアルなVRなどのデジタルツールも活用し、今の学生が学びやすい教育手法の研究開発に引き続き取り組んでいきたいと考えています。

今後の展望

家族支援が「ボランティア」でなくなるために

訪問看護師にとって療養者のご家族との関わりはとても濃く、重要なものです。ただ、公的保険の制度上、療養者以外の人への支援は、診療報酬を算定できません。つまり、訪問看護師による家族支援は無報酬、「ボランティア」で行われているのが現状です。

在宅での看取りの後、多くの訪問看護師はご家族のグリーフケア(悲嘆へのケア)のために一度は担当したお宅を訪問するのですが、保険活用者である療養者がすでに亡くなっているので、その訪問もボランティアということになります。もし今後、研究を通して、たとえば「看護師の関わりが、遺族の病的な悲嘆状態を予防する」といったエビデンスが得られれば、グリーフケアのための訪問を診療報酬の算定対象とすることが可能になるかもしれません。在宅看護における家族支援が、保険点数が算定できる「看護ケア」になることをめざして、これからも研究を積み重ねていきたいです。

また、最近は看護の現場でもケアプランなどにAIを活用する動きが広がっています。今後、看護教育の場面でもAIをどのように生かせるのか、これまで培ってきた知識をベースに検討していきたいと思っています。

教育

看護師ができる“ほんの少し”を見つめて

看護学部では在宅看護や家族看護、終末期看護に関する授業を担当しています。講義で大切にしているのは私が一方的に話すのではなく、必ず学生を巻き込むこと。座学の授業では学生の反応を見るために、ずっと教室中をぐるぐる歩き回っています。学生にとっては、ちょっとウザい先生かもしれないですね(笑)。

また、自分の看護経験を含めて、できる限り具体的に説明することも心掛けています。看護は実践の学問ですから、学術的な知識と臨床での実践をつなぐことが重要です。学生がリアルだと感じる実体験を例に挙げながら授業を行うと、その話が知識と実践の橋渡し役となり、より知識が定着しやすくなっているようです。

「看護師が患者さんや家族にできることは、ほんの少し背中を支えることくらい」。これは過去の経験から私が本当に実感していることで、授業でもそのことを繰り返し学生に伝えています。学生の言葉や行動を見ていると、決して悪気はないのでしょうが、患者さんに対していろいろなケアを「やってあげる」という感覚でいると感じることがあります。しかし、療養者の“ホームグラウンド”である自宅にお邪魔する在宅看護の現場では、こちらにできることは本当にわずかです。学生には看護師にできる“ほんの少し”を見つめながら精一杯学修し、看護師としての感性を磨いてほしいと願っています。

人となり

療養者のために始めたアロマセラピー

訪問看護師をしていたころ、療養者さんを癒やしたいという思いからアロマセラピーの認定資格を取り、主治医に許可をもらった上で、実際に療養者さんに精油を使ったマッサージや足浴をしていました。だるくて眠れないとおっしゃっていた方がマッサージを始めてほんの数分でぐっすり眠ってしまったり、足浴で血行が良くなってむくみが解消されたり、たくさんの方に喜んでいただきました。

今はもっぱら家族や自分をマッサージするくらいですが、大学の授業でデモンストレーションをすると、興味を持ってくれる学生もいるので、いずれ演習の時間に取り入れてみたいと思っています。

踊ることは長年の趣味

ほかに趣味と言えば、昔から踊ることは好きですね。幼少期にはバレエ、高校ではダンス部、大人になって始めたフラメンコは妊娠中も続けていました。最近は子どもたちがチアリーディングとチアダンスを習い始めたのに影響されて、私もチアリーディングを始めました。先日、チアリーダーとして初めてスポーツイベントに参加したら、たまたまボランティアの医療スタッフとして教え子が会場に来ていて「先生、何やってるんですか?!」と声を掛けられてしまって、あれはなかなか恥ずかしかったです。

―読者へのメッセージ―

これまで私は、たくさんの在宅でのお看取りをお手伝いしてきました。どの方も、本当に眠るように、おだやかな最期を迎えられました。「あんなふうに生き抜ける在宅での最期は素敵だな」と、今も心から思っています。
日本は今、超高齢社会と同時に多死社会の時代を迎えています。年々亡くなる人の数が増える一方、病院のベッド数は減り、今後は自宅で最期を迎える方が確実に増えていきます。しかし、現時点では日本人の多くが自宅での看取りを経験したことがなく、「自宅で死ぬ」ということの具体的なイメージを持っている方は決して多くないのではないでしょうか。
人生の最期をどのように迎えるかは、ご本人とご家族の準備がどれだけできているかにかかっています。死をタブー視せず、より良く生き抜いた先でどんな最期を迎えたいのか、ご家族同士で話し合う時間をつくっていただきたいと思っています。

取材日:2023年6月