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学問の地平から 教員が語る、研究の最前線

第52回 データサイエンス学 データサイエンス学部 データサイエンス学科 石橋 直樹 教授

データサイエンスは人をワクワクさせて、
人の役に立つ学問

データサイエンス学部 データサイエンス学科 石橋 直樹 教授

石橋 直樹Ishibashi Naoki

1996年、慶應義塾大学総合政策学部卒業。1998年、同大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。2002年、同研究科博士課程単位取得後退学。博士(政策・メディア)。2020年より、現職。「データサイエンス・ビジネスデザイン特論」「時空間データベース」「テクノロジマネジメント」などの講義を担当。そのほか、2005年、株式会社Governance Design Laboratoryを設立、2010年、公益財団法人石橋財団理事就任、2023年、文化庁「博物館DXに関する検討会議」に有識者として参画している。

現在、データサイエンスが日本中で注目され、データサイエンスを研究する学部や学科が次々に新設されています。武蔵野大学では、国内の私立大学で初めて、日本で3番目にデータサイエンス学部を設立しています。データサイエンスとはどのような学問なのか、どのようにして社会と関わっているのかを、データサイエンス学部の石橋直樹教授に伺いました。

研究の背景

研究は論文を書いて終わり、ではない

元々、学部時代は江戸末期―明治初期の海外からの技術移転を研究する文系の学生でした。技術はどう社会に受容され、どう社会を変える?という問いを考えていたちょうどその頃、World Wide Web(以下Web)が日本でも広がり始まりました。「これは確実に社会が変わる!」と感じ、その可能性に震えたことを覚えています。それをきっかけにして、コンピュータが得意な文系の学生だった私は、データベースシステムの研究を始め、以降いろいろなシステムやサービスなどのモノ作りを沢山行ってきました。

今更いうまでもないことですが、Webは万人がひとしく情報を発信し、情報を受け取ることができる技術で、これにより生活様式、会社や働き方など、あらゆる場面に影響を与えています。Webが現れたときに感じた、人間の知的生産性が大きく向上するという希望は実現されましたが、同時にフェイクニュースなどの問題も実現されてしまいました。

受け取る側もなにが正しい情報なのかを判断する能力がますます重要な時代になっていますし、データサイエンス技術への期待も大きくなっていると思います。

「データサイエンス」とはなにか?

「データサイエンス」の捉え方はいくつかありますが、私は、データとはすべて学術的な裏付けがあるもので、それを数学とコンピュータサイエンスの2つのツールを使って、膨大なデータから有益な知見を導き出す学問だと考えています。

学術的な裏付けがあるデータとは、たとえば、経済や社会のデータ、医療のデータなどをあげることができます。ただの数字や文字の羅列ではなく、根拠を伴っている必要があります。そのようなデータへ統計・数学をツールとして使ったり、機械学習などのコンピュータサイエンスを利用して、分析したり応用したりしていきます。コンピュータサイエンスも幅広い領域にまたがった学問で、ハードウェアやソフトウェアだけでなくインターネット(通信技術)なども含みます。収集・蓄積したデータを分析し、その結果に基づいて意思決定やアクションを行うことを「データドリブン」と呼びますが、データサイエンスはデータドリブンな学問ともいえます。これまで、自然環境、エネルギー、政治、社会など、様々な分野にデータサイエンス技術を導入することで、どういった仕組みやサービスが作れるのか?という試みを沢山してきました。

関わった分野は多種多様ですが、共通しているのは、データサイエンスを通じてどのように社会に貢献するのか、という点です。どのような学問でも同じだと思いますが、特にデータサイエンスでは、知識やモノ作りで社会に研究成果を還元できる学問だと思っています。このように研究開発によって得られた知識や技術、製品、サービスを、実社会で活用して社会問題を解決することは「社会実装」と呼ばれています。

研究について

誰もやっていないけど、誰かが必要としていること

近年は美術館を対象としたデータサイエンスを検討しています。具体的には、2020年に京橋にできたアーティゾン美術館が開館する際、まったく新しいバックエンドの仕組みを設計、構築し、密かにサービスインさせました。

このバックエンドの仕組みとは、美術館のためのマルチデータベース・システムで、学芸員の知的財産を来館者に動的に提供する仕組みです。学芸員は日々の仕事で、膨大な量の知識を蓄積しています。これまでは、蓄積された知識はそれぞれのパソコンや書類の中にあるだけでした。開発したマルチデータベース・システムでは、蓄積された知識を自動的に変換して、来館者に提供することを可能にしました。来館者はスマホアプリと館内Wi-Fiを利用することで、スマホにイヤホンをつなぐだけで音声ガイド、映像、収蔵品データなどを利用することができるようになっています。美術館のようなITの専門家があまりいないところでは、自動化する仕組みを作らないとコンテンツの作成や発表を持続的に行えないのが実情です。マルチデータベース・システムを利用することで、学芸員の高度な知識や作品に関わるデータを動的に抽出・統合・演出し、来館者に提供しています。

これは4年たった今でも改造されつつ稼働中です。また、これを導入例として、世界中の美術館のデータを集積し、どのように検索可能とし、どのように提示するのか?といった問題を解くことで、新しいアート体験の創出を目指しています。世界中の美術館がデジタル技術を導入するきっかけや、助けになれば、と思う部分もありますし、この活動を通じて世界中のアート作品を統合して、サイバー空間で楽しめる新しいアート体験を追求していきたいと考えています。

Tシャツで再生可能エネルギーを売る

20年ほど前の取り組みですが、日本で最初にインターネットを通じて、個人に再生可能エネルギー(グリーン電力証書)を売る試みにも取り組みました。雑な説明ですが、グリーン電力証書を買うことで、再生可能エネルギー由来の電力を買うことになります。

当時、データサイエンスは意識していませんでしたが、今振り返ると、データサイエンスの取り組みの一つといえると考えています。グリーン電力証書の販売会社から、売上が伸び悩んでいるという相談をその当時受けました。原因を分析すると、手続きがすべて人手だったために、膨大な事務作業が追いつかず、販売数の増加を抑えている事がわかりました。そこで、すべての手続きを自動化して、インターネット上ですべての処理を行えるシステムを開発しました。

また、より多くの人にグリーン電力証書を買ってもらうための工夫も考えました。当時、夏の間(7-9月)日本で生活に使っているエアコンの使用電力総量を全人口で割ると、一人当たり約250kWhになりました。そこで、Tシャツに、250kWh分のグリーン電力証書を付けて売ることを思いつきました。Tシャツ一枚一枚にシリアルナンバーとパスワードが印刷されたタグを付け、インターネット上でグリーン電力証書を確認できる仕組みも構築しました。Tシャツを買うことで、一夏の間エアコンで使用する電力が再生可能エネルギー由来のものに変わる、というアイディアです。

この取り組みを坂本龍一さんが知ることになり、ライブ会場でTシャツを販売する機会を得ることができました。そこで私は坂本さんになぜ、この取り組みに興味を持ったのかを尋ねました。坂本さんは「9.11の同時多発テロが起きて、化石燃料の稀少性が人類を不幸にしていることに気づいた。自分のやっている音楽は、化石燃料で作った電気や、石油からできているCDが必要だった。これではもう、自分は音楽はできないと思ったときに、再生可能エネルギーで代替できることに気付いた。自分の音楽はいま、再生可能エネルギーで作られている。グリーン電力証書付きのTシャツは、このライフスタイルを自分のファンにも体験してもらえる良い機会だと思った」と話してくれました。

自分がやっていることが間違っていなかったと感じたと同時に、坂本さんを始め多くの方にご興味を持っていただき、かつ、ご参加いただいたことで、日本でも再生可能エネルギーに対するニーズがあることがわかりました。誰も知らない小さなベンチャー企業にとてつもないご支援をいただき、20年近く経った今も、これからも、坂本さんへの感謝の気持ちが薄れることはありません。

今後の展望

データサイエンスはブルーオーシャン

「競争が激化している市場」をレッドオーシャンと呼びます。インターネットの世界は一見するとレッドオーシャンに見えますが、競争の少ないブルーオーシャンの領域は、まだまだたくさんあります。

また、レッドオーシャンの分野でも、たとえばSNSのように、X(旧Twitter)やInstagram、LINEから、Tik TokやBeRealなどへと、次々に移り変わっています。コンピュータの性能も、黎明期は数字しか扱えず、弾道計算や国勢調査に使用されるだけでしたが、現在は文字、画像や動画まで扱うことができるようになり、機械学習や生成AIなどが簡単に利用できるようになりました。

さらにこれまでは「計算」できなかった感情などについても扱えるようになってきました。誰かが必要としているけれど、誰も実現していないサービスはまだまだたくさんあります。データサイエンスはブルーオーシャンを開拓する強力な武器になると考えています。

教育

社会を変えるチカラを養う

学生の皆さんには、社会の傍観者ではなく、社会を前に進めるプレイヤーになってほしいと考えています。システムやサービスを考案したり、設計したり、実際に構築を行うというプロセスは、それなりにエネルギーが必要です。これらを成し遂げるためには、前向きな気持ちが大前提です。前向きな気持ちでチャレンジし続けること、これを学生の間に沢山経験すれば、社会に出てからもそれぞれの道でチャレンジしていけると思います。

そのために、私は自分がやってきたこと、失敗したこと、成功したことをすべて学生に伝えています。そして、前向きな気持ち(情熱)が持続するようにサポートすることを大切にしています。情熱がなければゴールに辿り着くことはできません。

私は、何かを作っている人が、この社会を動かしていると考えています。自分の好きなことに、ほかの人もよろこんでくれるアイデアをプラスすることで、新しいサービスが生まれます。ゼミで3年間を過ごす間に、自分なりのアイデアの出し方(課題の解決方法)を習得することができます。これは社会で活躍する力になります。

人となり

子どもの目線でものを見る

2人目の子どもが生まれたときに、ずっと続けていた音楽活動をやめて、育児と家事に専念することにしました。

とくに育児に関しては、育児期に子供と関われる時間は一生に一度しかありません。彼らがさまざまなものに出会って感動したり、笑ったり、泣いたりする体験、これを一緒に楽しむことで、人生を2回楽しめる気がして、かなり密な時間を過ごすことができました。

現在は、子どもたちも高校生になり、自分の時間を取れるようになってきました。最近、仕事で3Dプリンターを購入したので、何を作ると面白いか?ということを継続的に考えています。子どものリクエストで、イベントで使うおもちゃのコインを作ったこともあります。

研究や私生活を通じて自己分析すると、与えられたお題をうまくこなすのが上手な性格なのかもしれない、と感じています。

▲3Dプリンターで制作中
▲3Dプリンターで作ったアイテム①
▲3Dプリンターで作ったアイテム②
▲3Dプリンターで作ったアイテム③

読者へのメッセージ

データサイエンスは刺激的で楽しい

経済、政治、社会と日本の未来は見通しが難しくなっていると思います。しかし、アイディアを設定して、モノ作りをし、社会に提供する力は、どんな社会にあっても有用であり続けると思います。

データサイエンスとは、「社会を前に進めるための学問」だと考えています。

また、インターネット上で仕組みを作るだけでは、誰も利用してくれません。そこには楽しんでもらえる仕掛けやアイディアが必要です。ワクワクさせるシステムやアプリをつくる。ユーザーを感動させる。それはアートと同じだと考えています。

30年ほどの自分の経験でいえば、データサイエンスは常に刺激的で楽しい体験でした。ぜひ、データサイエンスの世界に飛び込んできて下さい。


取材日:2024年10月