学問の地平から
教員が語る、研究の最前線
第9回 経営学
(コーポレート・ガバナンス)
本学の教員は、教育者であると同時に、第一線で活躍する研究者でもあります。本企画では、多彩な教員陣へのインタビューをもとに、最新の研究と各分野の魅力を紹介していきます。
第9回 経営学(コーポレート・ガバナンス)経営学部会計ガバナンス学科 海野 正 教授
産業構造が変化する今、会計プロフェッションに必要な能力とは
今後の展望
コーポレート・ガバナンス・コードの再改訂を注視
コーポレート・ガバナンスについては、これからの方向性に大きな注目が集まっています。特に日本では、2021年にコーポレート・ガバナンス・コードの再改訂、さらに東証の市場制度の見直しが行われます。この1年はさまざまな議論がなされていくことが予想され、あらゆる組織に関連・影響するものとして、私も注視しています。

コーポレート・ガバナンス・コードとは、上場企業における企業統治の指針となるものです。今回の再改訂に向けては、すでに、独立社外取締役の増員など「取締役会の機能発揮」、女性や外国人の管理職登用の目標や状況を公表する「企業の中核人材の多様性確保」といった項目を盛り込むことなどが提言されています。

より適切なコーポレート・ガバナンスが求められる一方で、何でもコーポレート・ガバナンス・コードに盛り込めばいいというものではない、という考え方もあります。果たして「規制」として行うべきことなのか、それとも、自主的なルールで対応していくことなのか。真に必要なものを取捨選択していく必要があると思います。

さらに、2022年4月には、東証の市場区分が、現在の4区分からプライム、スタンダード、グロースの3区分に再編されます。このうち、現在の1部上場企業の移行が想定されている「プライム市場」では、一段と高い水準のガバナンスが求められることになります。コーポレート・ガバナンスにまつわる日々の動向を追いながら、必要な情報を授業でも共有していきたいと思っています。

また、ESG分野での国際協調や関係機関の連携の動きにも、大きな関心を持っています。ESGに関しては、評価機関や開示基準設定機関が数多く存在していたことから、信頼できる統一の指針に集約し、情報を開示する側も利用する側も使いやすい形にまとめていく必要性が指摘されていました。主要国の金融当局からなる金融安定理事会が設置した気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言に沿った開示活用の機運が高まっているほか、まさにここ数カ月の間にも、米サステナブル会計基準審議会(SASB)と国際統合報告委員会(IIRC)が共同作業を始め、国際会計基準(IFRS)をつくる国際会計基準審議会(IASB)の母体、IFRS財団が統一的なESG基準づくりをする新組織設立の提案を公表するなど、世界的な取り組みが始まりました。日本からも積極的に意見を発信し、それを踏まえた上で、有効で効率的な共同基準に集約されることを願っています。
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海野教授の金融機関勤務時の訳書

人となり
勤務先の破綻と再建を乗り越えて
34年間の銀行員時代を振り返ると、前半は、支店の営業や海外への融資の審査、新たな市場取引への取り組みを通じてお客様から学び、外に向かって働きかけた時期だったと思います。一方で、後半は、銀行をどう立て直していくか、状況をどう外部に説明していくかに私自身の役割が移り、「内部固め」の部分の比重が高くなりました。銀行の再建の過程では、大蔵省や日本銀行からお見えになった方々が、経営の舵取りに私心なく力を尽くしてくださいました。間近でその真摯な姿勢に接し、公益のための仕事の大切さや生き様のようなものを学ばせていただいたと思っています。

大学を卒業して就職したときには、世界の金融市場のランキングでも上位で活躍している自分の勤務先が傾くとは思いもよりませんでした。経営状況が悪化し、力を注いでいた海外関連のビジネスを維持できない状況になってしまった時には、大変ショックを受けたことは事実です。

ただ、早期に問題を解決したいという思いの方が強かったように思います。若手時代には、留学を含めさまざまな金融機関の戦略的業務における経験を積ませてもらいましたから、今度は組織のために自分に何ができるかを考えることが、自らの使命だと考えていました。

再建に取り組む間には、当時の金融再生委員会の方と議論しながら銀行の売却先を選ぶ手続きがあったり、格付会社や投資家の理解を得るための説明を重ねたり、海外の投資家の出資を得て経営体制を再構築したり、多くの挑戦もありました。でも、ハードルがあると、機会として活かそうという気持ちやアイデアがどんどん湧いてきました。こんなことになって残念だ、という気持ちにとらわれて立ち止まることはありませんでした。そういう性分なんだと思います。
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国際会計士連盟(IFAC)理事会での会長・副会長からの功労表彰
[ ニューヨーク ]

「ロッキー」の街は第二の故郷
趣味は旅行です。仕事でも海外へ出掛ける機会が多かったので、行く先々で異なる文化、習慣、考え方を理解する楽しみを味わっていました。友人が来日すると国内を案内することも多かったので、その経験を活かして、2021年はオリンピックのボランティアとして「おもてなし」役も務める予定です。

旅に出ると、街を散歩しながら地元の人々の生活に触れるのが楽しみです。特にアメリカのざわざわとした雰囲気が好きで、銀行員時代に二度駐在したニューヨークと留学で滞在していたフィラデルフィアは、第二の故郷のように感じています。

フィラデルフィアは、映画「ロッキー」の舞台になった街です。私が暮らしたのは映画公開から5年後のことで、街の中はあの映画の雰囲気のまま。危険な地域もあり、最初は物騒なところに来てしまったなと思いました。しかし、ビジネス・スクールで学ぶうちに、思いを共有できるたくさんの仲間と出会い、グループで討論やプレゼンテーションをしたり、共同でイベントの開催をしたり、互いに刺激し合う素晴らしい時間を過ごしました。その頃の仲間とは家族ぐるみの付き合いがあり、今でも連絡を取っています。「ロッキー」を観る度、当時を思い出します。
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来日した各国公認会計士協会専務理事による会議の懇親会
[ 浅草 ]

―読者へのメッセージ―
世界の経済や産業は、「VUCA(変動、不確実、複雑、曖昧)の時代」とも呼ばれる、激しい変革の時期を迎えています。産業構造の変化は、社会全体にも多大な影響を与えるものです。そこで生きる私たちには、長く広い視点を持つこと、バランス感覚を持つこと、さらに、自分が社会課題に参画していく意識を持つことが求められていると思います。私たちの世代の人は、次の世代に何を残していくか、次の世代に課せられた課題にどう協力していくか、未来に向けての「公益」を考えることも必要でしょう。逆に、若い世代のみなさんには、異なる世代の人の協力をどう得ていくかも考えてほしいと思います。

環境が大事だから環境のこと、AIがトレンドだからAIのこと、と偏るのではなく、物事を長期的、多角的にとらえ、バランスを取ることにより、不安定な時代を飛躍の機会に変えていくことができるのではないでしょうか。
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取材日:2021年1月