学問の地平から
教員が語る、研究の最前線
第11回 多様体の幾何学
本学の教員は、教育者であると同時に、第一線で活躍する研究者でもあります。本企画では、多彩な教員陣へのインタビューをもとに、最新の研究と各分野の魅力を紹介していきます。
第11回 多様体の幾何学工学部数理工学科 坪井 俊 教授
2000年以上にわたって、人類を魅了してきた幾何学の謎
今後の展望
数学について考えることは生きること
―数学と人間との関わりを探究中―
先ほどお話しした「平面幾何と数学のあゆみ」の授業をきっかけに、自分が長らく取り組んできた数学の歴史についてあらためて調べていくと、これまで見えなかった数学と人間との関わりがいろいろと見えてきました。すると芋づる式にわからないことが増えてきて、今はそれを調べることが私の楽しみの一つでもあります。

たとえば、エジプトのパピルス、ヨーロッパの羊皮紙、中国で生まれた植物などの繊維を、薄く平らにのばして乾かした紙、さらに近代のパルプ紙まで、数学の知識を伝える媒体=紙の歴史から、世界史的な視野で数学知識の伝播を考えることができます。十進法の位取りで使う「0(ゼロ)」はインドで使われ始め、アラビア経由でヨーロッパに伝わりました。では、それはいったい何に書かれて伝えられたのでしょうか?さまざまな史料をあたってみたところ、インドではふだんはモノを書くのに粘土板や蝋(ロウ)板が使われ、後に残す記録のためにはヤシの葉を使っていたようなのです。
西遊記の物語では孫悟空らを従えた三蔵法師が天竺(現在のインド)から、ありがたい経典を持ち帰ります。私たちのイメージですと紙の巻物を思い浮かべますが、現実の三蔵法師が持ち帰った経典はどうやらヤシの葉に書かれていたのではないかと私は考えています。実際、20世紀初頭、京都の龍谷大学・大谷探検隊がシルクロードの敦煌で発掘した「貝葉経(ばいようきょう)」という経典はヤシの葉に書かれていました。

そのほか現代の量子力学にもつながる「複素数」の発見など、数学にまつわる歴史を調べていると、止めどなく好奇心が刺激されます。あまりにもたくさんのエピソードがありすぎて授業では調べたことのほんの一部しか紹介できないのが残念ですが、これからも興味を持って調べていきたいと思っています。

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人となり
―仕事も、趣味も「数学」―
よく趣味について聞かれるのですが、私の場合、趣味も数学かもしれません。休日や空いた時間でも、ふと気がつくと研究上の課題について考えています。

若い頃は登山やスキーなどを楽しんでいました。もう長いこと行っていませんが、そうした話を聞くと、今でもちょっと心が動きます。スポーツ観戦も好きです。生まれは広島で小学生の頃までそちらで育ちましたから、プロ野球で贔屓のチームは現在も広島カープです。コロナ禍の中でなかなか外出もままなりませんが、運動不足解消のためにできるだけ散歩などで出歩くようにはしています。

でもやはり、山やスポーツよりも、私にとっては数学について考えることのほうが楽しいのです。だからふだんから「休み」という感覚があまりありません。仕事も、楽しみもひと連なりのライフスタイルなのです。数学にはまだまだ謎が多すぎます。決して飽きることなどありません。
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▲2014年雄山(富山県)に初めて登る

―読者へのメッセージ―
数学は紙とペンさえあれば、ゼロからスタートできる学問です。そして何もないところから、何かを生み出していく思考法を学べる学問です。だから時代がどんなに変わっても、数学の基礎さえ身につけていれば、さまざまな新たな課題に対処する方法を編み出すことができるでしょう。

私が授業を通して若い学生たちに教えたいことは、何事もいい加減にしない生き方です。できれば、数学を学ぶことを通してそれを学んでいただければ、私にとってこれ以上の喜びはありません。私自身も研究者としてまだまだ挑戦したいテーマがいくつもあります。いつも自分が好きなことに一生懸命なれる……、それこそが人生の喜びではないでしょうか。
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取材日:2021年3月