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学問の地平から 教員が語る、研究の最前線

第26回 国際経済学グローバル学部 グローバルビジネス学科 渡邉 賢一郎 教授

国際金融の最前線で得た知見を次世代に伝える

グローバル学部 グローバルビジネス学科 教授

渡邉 賢一郎Watanabe Kenichiro

名古屋大学法学部法律学科卒業。日本銀行に入行後、国際通貨基金(IMF)への出向など、世界各国の中央銀行や通貨当局と深く関わり、国際通貨基金エコノミスト、日本銀行金融研究所長を歴任。その後、教育・研究に転じ、一橋大学国際公共政策大学院特任教授、日本大学経済学部教授を経て2019年4月より現職。専門は国際金融。国際協力機構(JICA)コンサルタントとして途上国支援のアドバイスなども行う。

アジア通貨危機やリーマンショックなど、繰り返し引き起こされ各国経済に打撃を与えてきた国際金融危機。一方で仮想通貨など新しい金融技術が登場し、国際金融は大きな変革期の最中にあります。長年、数々の国際金融の現場で中央銀行エコノミストとして活躍し、現在は国際金融危機の研究者、次世代を担うグローバル人材を育成する教育者、さらに金融実務家としてアジア各国での知的支援を行っている渡邉賢一郎教授の研究を紹介します。

研究の背景

海外ニュースへの興味から国際金融の世界へ

―日本銀行から米国ビジネススクール、そして国際通貨基金(IMF)へ―

私が大学生だったのは、オイルショック後の日本経済が上り坂の時代。農産物や鉄鋼、自動車、半導体などの分野では日米貿易摩擦が騒がれ、米国から輸出規制の要求が突きつけられていました。高校生の頃から私は新聞やテレビで海外のニュースを知るのが好きで、そうした国際政治・経済の動向を注視しながら、将来グローバルな世界で活躍したいという夢が自然と芽生えていたのかもしれません。国際社会の中で日本経済のプレゼンスが急速に増大している時代の風を感じながら、大学卒業後の就職先に日本銀行を選びました。

入行後、米国ジョージ・ワシントン大学のビジネススクールに1年間公費留学し、30代の時に米国ワシントンに本部がある「国際通貨基金」(以下、IMF)へ出向しました。経済ニュースなどをよく見ている方はご存じかもしれませんが、IMFというのは国際貿易の促進と為替の安定のために加盟国の為替制度監視や著しく国際収支が悪化した国への融資を行っている国際機関で、現在では190カ国が加盟しています。

―本当に必要な人のところに確実に届く融資を―

私がIMFで最初に担当したのは、アフリカ最貧国の一つであるタンザニアへの融資でした。経済復興に必要な資金を融資する条件として、IMFは対象国政府に様々な経済改革の実行を要求します。交渉の相手は財務大臣などの政治家で、IMFからの融資を望みますが、一方で自らの利権や支持基盤を失う可能性がある改革については簡単に約束してくれません。そこで、私たちIMFスタッフは相手国の政治・経済、さらには文化や歴史的背景などを深く理解し、相手国内の「改革派」などを巻き込みながら何か月にもわたって粘り強く交渉を続けていきます。こうした国では一般的な金融経済の知識や分析ツールだけでは交渉を突破できません。常識的なロジックが通じずに立ちすくむことも多々ありました。

滞在先ではこどもたちの貧困に心が痛みました。思い余ってホテル前でサッカーをしていたこどもたちに新しいサッカーボールをプレゼントしたことがあります。ところが横からそれを見ていた青年がさっと飛び出してボールをこどもから奪って、たちまちどこかに逃げ去っていったのです……。貧困によってモラルが低下した社会にあっては私の善意など完全に自己満足だと悟りました。しかし、こうした貧困問題を直接肌で感じたことで、「本当に必要な人まで確実にお金が届く仕組みを作らなければならない」という国際金融への使命感と意欲がより一層高まりました。

研究について

なぜ国際金融危機は発生するのか。そして効果的なセーフティ・ネットとは。

―日本は先進国とアジア諸国の「架け橋」―

IMFへの出向以降も私は日本銀行において国際金融に関わる仕事に長く携わりました。米国、欧州、アジアなどの中央銀行・通貨当局の幹部やエコノミストと国際金融危機の予防や解決に向けた国際協力の枠組みを構築したり、グローバルな金融問題に関するリサーチを行ったりしました。

当時、世界経済におけるアジア諸国の重要性が次第に高まりを見せていました。従来はG7を始めとする欧米主要国が主導していた国際的な金融のルール作り等においても、アジア新興市場国の発言力が大きくなっていました。日本は先進国グループの一員ですが、同時にアジアの一員でもあります。国際会議や国際交渉の場では双方をつなぐ役割が求められました。いわば先進国とアジア諸国の「架け橋」としての仕事は、今振り返っても非常にやりがいが大きく、面白い仕事だったと言えます。そうした国際金融の最前線での実務経験が、大学教員に転身して自らの研究を深める際の問題意識にもつながっていきました。

―変化する国際金融情勢を踏まえた理論的・実証的研究―

現在の私は主に国際金融危機の発生メカニズムや、危機防止・解決の枠組みについての研究をしています。前述の通りアジア諸国との関わりが深かったため、特に新興市場国における金融危機の影響をターゲットにした研究に取り組んでいます。

1990年代のメキシコや東アジアの通貨危機、2000年代の米国リーマンブラザーズ証券倒産に端を発する国際金融危機(リーマンショック)、そして最近では新型コロナウイルスパンデミックに起因する国際金融市場の混乱など、グローバルな金融市場ではその姿形を変えながら様々な危機が繰り返し発生し、そのたびに新興市場国の経済は大きな打撃を受けてきました。一国で発生した金融危機は、貿易や国際的な資本移動などによって関係国に波及する傾向がますます強まっています。このため、今やグローバル、あるいはアジアなどの地域内の政府・中央銀行(通貨当局)の間で、重層的な安全網(セーフティ・ネット)の構築など危機に対する協調行動を取ることの重要性がより強く認識されるようになりました。しかし同時に、仮想通貨を始めとする新たな金融技術の出現や、GAFAと呼ばれるビッグテック企業の金融分野参入など、国際金融を巡る情勢は今も大きく変化しつつあります。こうした変革期にあっても、効果的に金融危機の発生を抑止することが可能なのか、それを理論的・実証的に検証することが私の研究の大きなテーマです。

今後の展望

金融危機に対するアジアの抵抗力を高めるために

今や多くの日本企業がアジア諸国を生産拠点やマーケットとしてビジネスを展開しています。今の日本経済は、近年のアジア経済のダイナミックな成長にけん引されているといっても過言ではありません。また、グローバル・サプライチェーン(製品の原材料・部品の調達から販売までの一連の流れ)の深化により、アジアのどこかの国で障害が生じれば、それは直ちに日本にも波及します。したがって、わが国の重要なパートナーであるアジア各国が金融危機に対する抵抗力を高め、安定的に発展することは日本経済の持続的な成長にとっての生命線でもあります。

▲JICAの専門家として訪れたミャンマー中央銀行

これまでの経歴と研究成果を活かし、現在は国際協力機構(以下、JICA)の外部専門家として、ベトナムやミャンマーなどアジアの発展途上国での金融制度や決済システムの近代化に必要な日本の技術や経験を伝える知的支援にも取り組んでいます。現地を訪問するたびに高度成長期の真只中にあるアジア各国のエネルギーを感じ、国づくりやビジネスに取り組む人々の熱意から良い刺激をもらっています。 コロナ禍で渡航できなくなったことや、ミャンマーでの軍事クーデター発生など、不測の事態もありましたが、日本がアジアの国々と協力して様々な課題に取り組んでいくことは重要であり、自分の行動や研究がそうしたプロセスに少しでも貢献できればと考えています。

教育

世界の出来事がどのように自分と関係しているか?

私は武蔵野大学でアジアを始め世界中から集まった留学生を相手に授業をしています。授業では世界の様々な場所で起こっている出来事が、自分たちの生活にどのように関係するのかを具体的に理解してもらえることを常に意識しながら話しています。ビジネスや金融の現場を知らない学生にとって、その関係性を理解することが国際的な金融・経済・ビジネス問題に幅広く関心を持つ入口になるからです。

▲ゼミ生と東京証券取引所で学外授業

JICAの仕事でアジア各国の人々と接すると、日本への留学経験者がたくさんいました。彼らは口をそろえて「日本で多くのことを学び、素晴らしい経験をした」と話してくれ、とても協力的でした。こうした日本サポーターがアジア各国の重要なポジションにいることは日本とアジアの良好な関係を支える礎です。留学生たちには大学での学びを母国や世界の舞台で役立ててほしいと願いながら、日々の授業に臨んでいます。同時に自分自身の研究や実務活動を進める上で、留学生たちから良い刺激をもらっています。

人となり

アウトドア派からインドア派への転身

若い頃は休日にスキーやゴルフなど、スポーツを楽しむことが多かったです。また、世界各国で仕事をしていたということもあり、プライベートの旅行や仕事の合間などでアドベンチャーな体験を楽しみました。たとえばアマゾン川でのピラニア釣り、タンザニアのセレンゲッティ草原での野生動物観察(ジープのタイヤがパンクして猛獣が闊歩する草原の真ん中で立往生したことも)、ナイル川源流行など。そうした旅ではあまり観光客が来ない地元のレストランを食べ歩きするのも楽しみの一つでした。

最近は体力の衰えもあって、読書や映画、観劇などすっかりインドア派に転身。昔からミステリー小説が好きで、アガサ・クリスティ、エラリー・クイーン、ヴァン・ダインなど海外著名推理作家の作品はほとんど読破しました。彼らの作品は作家と読者の知恵比べでもあり、作家が周到に張り巡らした伏線を読み解いた時の満足感は格別です。近年は綾辻行人など日本の新本格派と言われる作家の作品を愛好しています。実は自分でもミステリーのトリックやプロットを考えていまして、いつの日にか自作のミステリー作品を出版するのが夢です。

―読者へのメッセージ―

学生の皆さんは大学卒業後の長い職業生活の中で多くの人々や仕事との出会いがあると思います。そうした出会いを何となくやりすごしてしまうのではなく、出会いをひとつのチャンスととらえて自分自身のキャリアの可能性を広げていくことが大切です。私もエコノミストとして、研究者として数多くの人々と出会ってきました。その出会いがなければ現在の私はなかったとつくづく思います。 出会いを活かすためには、ふだんから自身の関心領域を広げ、アンテナを高く張り巡らすように心がけることが大切です。留学生とも積極的に交流してください。若い皆さんの可能性は未来に向けて、そして世界に向けて大きく広がっていくと思います。

取材日:2022年8月