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学問の地平から 教員が語る、研究の最前線

第57回 現象数理学 工学部 数理工学科 上山 大信 特任教授

自然界のパターンの仕組みを
数学で解き明かす

工学部 数理工学科 特任教授

上山 大信Ueyama Daishin

龍谷大学理工学部卒業。北海道大学大学院理学研究科博士後期課程を単位取得退学。博士(理学)。広島大学大学院理学研究科専任助手、明治大学総合数理学部現象数理学科専任教授を経て、2017年4月より現職。専門は現象数理学。

身の回りにあるさまざまな現象を、数学を用いて解明していく現象数理学。その世界に触れると、私たちが日々当たり前のように見ている生物現象や物理現象の裏側には、たくさんの数式が隠れていることに驚かされます。今回は、現象の中でも自然界に存在するさまざまな模様や形に着目し、その背景にある仕組みに数学からアプローチしている上山特任教授の研究を紹介します。

研究の背景

キリンの模様は数式で表せる?

美しい雪の結晶、キリンやシマウマの模様、サボテンのとげ、砂漠の風紋―。私たちを取り囲む自然界を観察すると、そこには、似ているようで少しずつ違うたくさんの「パターン」を見つけることができます。しかし、そのパターンがいったいどのような仕組みでできあがっているのか、実はよく分かっていません。

一方、ある種の偏微分方程式は、コンピュータを用いて解を求めると、しま模様やらせん模様、時間とともに分裂して増殖する模様など、多種多様で美しく、時間的にも空間的にも動的な模様を解として持ちます。私が取り組んでいるのは、そうした数学の理論とシミュレーションを使って、自然界のパターン形成のメカニズムを解き明かそうとする研究です。

研究について

数式とコンピューターでパターン形成の謎に挑む

-複雑な現象をモデル化してシミュレーション-

私が専門とする現象数理学は、自然界のパターン形成のような「現象」を、数理モデルを使って理解しようとする学問です。

たとえば、「飛ぶ」という現象のメカニズムを理解しようとする時、鳥を調べるのと紙飛行機を調べるのとでは、どちらが理解しやすいと思いますか?

鳥は自由に空を飛びますが、体の構造が複雑で、一生懸命細かく調べてもなぜ飛べるのかを理解するのはなかなか難しい。他方、紙飛行機は鳥のように羽ばたくことはありませんが、飛ぶための基本的なメカニズムを持ち、鳥よりも構造が単純です。空を飛ぶメカニズムを理解する上では、より単純な紙飛行機を通して考える方が、おそらくシンプルで分かりやすいですよね。
 
私たちの研究では、数理モデルが「紙飛行機」に当たります。キリンやシマウマの模様ができるメカニズムは大変複雑ですが、紙飛行機のようにモデル化(単純化)してシンプルな数理モデルで表現できれば、そのモデルをしっかり理解することで、元の現象も理解できるはずです。そこで私は、対象となるパターン形成現象を数理モデルに置き換え、そのモデルの解をコンピュータのシミュレーションによって調べることで、複雑な現象の仕組みを明らかにする研究を進めています。
 
こうした自然界に対する数理的な理解は、たとえばキリンの模様の形成はどのような遺伝子が関係しているのか、といった生物学的な研究の指針になり得ます。自然や生物は実に神秘的なものですが、その背景にはきっと理解可能な仕組みがある、すっきりとしたきれいな仕組みがあると私は信じています。数学というツールを使って、そこに切り込んでいきたいと思っています。

-難解な自己組織化にもアプローチ-

自然界に見られるパターンや形態の形成は、規則的な模様が「勝手に」できることに特徴があります。たとえば、シロアリのアリ塚の構造は、誰かに指示されたわけでもないのに、驚くほど機能的です。内部にCO2が溜まらないよう、壁を薄くすることで外気を取り込んで空気を循環させ、さらに塚の中でキノコを育てて菌が発する熱を空気循環に利用しているといいます。1匹1匹のシロアリがそんな難しいことをしようと考えて行動しているとは到底思えません。しかし、全体としては、個々の能力をはるかに超えた機能を持つアリ塚ができあがっているわけです。なぜそんなことができるのか、不思議で仕方がありません。

▲3Dプリンタで印刷した、さまざまな数理モデルの解

もっと身近な例では、私たち人間の体の形態形成にも同じことが言えます。一つの受精卵が分裂する過程で、それぞれの細胞はせいぜい自分の周辺の情報しか持たないのに、最終的に人体という非常に複雑な構造が完成します。一つ一つの要素はとても単純であるにもかかわらず、それが集まることで、とても複雑な機能性を持つ構造物が自律的にできあがる。こうした現象を自己組織化といいます。

自然界の生物の素晴らしいところは、自己組織化の機構がうまくコントロールされているところにあるのですが、その仕組みはまだほとんどが謎に包まれています。最近は、そういった問題に対しても、数学からアプローチする研究を進めています。生物は自己組織化の宝庫です。数学の理論とコンピュータによる解析を用いて謎の多い生物界の現象を解き明かし、有用な知見を得られるよう取り組んでいきたいと考えています。

-数理モデル化して現象を見る面白さ-

自然界の現象に関する数理モデルをつくるには、元の現象を詳しく知る必要があります。そのため、私は数学の研究者ではありますが、生物や自然に関する本や先行研究もたくさん読んでいます。数学とは全く異なるジャンルの研究者の話が発想の種になることもあり、研究集会などに参加した際は、できるだけさまざまなジャンルの研究に触れることも大切にしています。
 
異なる分野が繋がっているという話で言えば、私の研究分野では時折、全く違うメカニズムを持つ現象がある見方をすると似ている、ということが起こります。たとえば「砂漠化とフグの模様には数学の問題として共通点がある」と言ったら、みなさんはどう思われるでしょうか。
 
緑地が砂漠化していく過程では、草地が部分的にポツポツと残り、斑点模様のように見えることがあります。それと同じような斑点模様は、フグの表皮にも現れます。草地がポツポツと残るのは土壌の保水能力などに起因するもので、フグの表皮に斑点ができるメカニズムとは全く違うと思います。ただ、この2つの現象は、数式で理解しようとすると近い問題と言えるのです。もしフグの表皮パターンを理解する方程式があれば、それが砂漠化の問題に対して何らかのヒントを与えられるかもしれません。「それぞれの現象を細かく見ていけば違うものだが、方程式の種類としては似ている」。そんなことが起きるところも、数理モデル化して物事を見る面白さだと思います。

今後の展望

究極のパターン形成「形態形成」を理解したい

工学部所属ですから研究成果の社会応用を考えたいところですが、私自身はどちらかというと理学的な研究者であり、そうありたいと思っています。理学的であるということは、「知りたい」という欲求にゴールがなく、連鎖し続けるということです。物事を理解したいという思いに終わりはありません。もしある現象のメカニズムを数理モデルで理解できたとしても、おそらくそこからさらに疑問が生まれてくるでしょう。結果的に社会応用できる知見が得られる可能性はもちろんありますが、それを目指すというより、自分自身の「知りたい」を追究する研究者でありたいと考えています。

自然界で生物は、さまざまな複雑な機能を生じさせ、進化を遂げてきました。パターン形成の究極形である形態形成、多細胞生物の体づくりを数学的に理解するために一歩ずつ歩を進めていきたいと思います。

教育

研究者に不可欠なワクワクや熱意を伝える

現在は大学院の授業を担当していますが、授業の中で扱う研究例は、私自身が面白いと思う内容、深く興味を持っている内容を選んでいます。そして、なぜこの研究が重要なのか、何が興味深いのかといった研究の背景を伝えることを重視しています。こんな自然の事象が実は数学的な問題になっているんだ、と知ることで、研究者として必要な「当たり前に思えることの中から問題を見つけ出す力」を付けてほしいと考えているからです。

ただ、授業で扱う研究の面白さは、土台になる知識がないと伝わりにくいことがあります。たとえば、解として模様ができあがる偏微分方程式は、実は拡散方程式の一種で、本来は模様があったとしてもそれを壊していく性質の方程式です。ところが、その方程式にある条件を加えると、壊すのではなく形を作るようになる。そこがとても不思議で面白いのですが、「本来は壊す方程式である」という前提を知らないと、その面白さは半減してしまいます。授業では、前提となる知識から順序立てて伝え、学生にその研究の“本当の面白さ”を感じてもらえるよう心掛けています。   研究というものは、一種の“仕事”ではありますが、「知りたい!」「分かった!」という興奮、そして深い知的好奇心がなければ成り立ちません。だからこそ、私が本当に興味を抱いている研究を授業で扱い、私自身が感じた興奮やワクワクを学生に伝えたいと思っています。学生には、熱意や好奇心を大切にしながら、自分の研究に主体的に取り組んでほしいですね。

人となり

AIは助手のような存在

十数年前、パターン形成を扱う基礎的な問題として有名なDLA(Diffusion-limited aggregation、拡散律速凝集)をシミュレートする「TheDLA」というアプリを開発し、今もメンテナンスを続けています。割とたくさんダウンロードされていて、いくつかフィードバックもいただいています。これからも自分の研究分野であるパターン形成の問題に関するアプリ開発はやってみたいですね。

▲自身で開発したアプリ「TheDLA」

アプリ開発とも関連するのですが、最近はAIにもハマっています。ちょっと試してみたいアプリをAIが短時間で作ってくれるので、それを自分で改良していくような作業が楽しくてたまりません。私は統計学が苦手なのですが、AIを使うと手元のデータから簡単に統計解析ができるので、それも面白い。現在のAIは、得意なことをさらに伸ばし、苦手なことは手伝ってくれる助手のような存在ですね。今後の発展がさらに楽しみです。

大型バイク乗りの住職兼数学者

30歳ぐらいの時にバイクの大型免許を取りました。若い頃は「バイクなんて不良が乗るもの」みたいな時代でしたから、周りに反対されていて、就職して給料がもらえるようになってから免許を取ったんです。バイクは車より“操作している感”がある。お願いして動いてもらっている感があって、楽しいですよね。愛車はカワサキZRX1100。軽自動車よりエンジンが大きく、重さが200㎏もあって、加速もとんでもない。必要性の全くない大きさですけど、必要性のないものって、やっぱり魅力があるんですよ。

▲愛車の「カワサキZRX1100」(2007年撮影)

バイクは休みの日に乗っていますが、実は今、大学教員と実家の寺の住職を兼務しているので、休日があまりないんです。昔は寺が嫌で、そこから抜け出すために理系に進んだところもちょっとあるのですが、結局戻ることになりました。

住職をしていると人の生と死について深く考えるわけですが、そこには数学の研究との共通点もあります。私が研究で扱っている形態形成の方程式は、エネルギーが絶えず注入されることによってパターンが維持される「非平衡系」のシステムに分類されます。逆にエネルギーの出入りがないものが「平衡系」で、いわば止まっている冷たい世界です。私たち人間はまさに非平衡系の存在で、ご飯を食べてエネルギーを消費して形を保ち、そのサイクルが止まった時が「死」ということになりますから、どちらの仕事でも、生命の基本的なところに目を向けているんだなとあらためて思います。

読者へのメッセージ

アリの巣を見ては「不思議だ!」と思い、美しい貝殻を見れば「この模様はどうしてできるんだろう?」と思う。私の研究は、身の回りにある現象への素朴な疑問から始まります。自然界で起きているさまざまな現象は、その仕組みがほとんど分からないことばかりです。そして、この世界は、そのような仕組みが分からない現象がさまざまに関わり合って存在しています。

私が考えた言葉ではありませんが、「見えないものを見る数学」という表現をされた数学者の先生がおられました。まさに、表に見える現象の背後にある仕組みを、数学を使って説明することは、現象を理解することに繋がり、ひいては将来的な応用に大きな力を発揮することは間違いありません。短期的に「役に立つかどうか」という価値観を超えた根本的な仕組みを探究する研究は、今後ますます重要になると思います。


取材日:2025年2月